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また注文しちゃいました。

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タイのCM


日本だと、このCMは法律違反になるのかな?

人は誰でも、心から欲しいと思う物は手に入らず、手に入るものは欲しくないものばかり。

夫が協力してくれません。 : 恋愛・結婚・離婚 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

他人の家庭の話となると、安易に離婚をすすめる人が多いのはなぜだろうか。

子持ちの女性に向かって、一人で自活しろなんて言っている人がいる。生活保護でも受けないと、女性の自活なんかありえない時代になっているのに、そんなこともわからないとはねえ。無責任だよ。

子持ちの女性を正社員で雇ってくれるような会社はいまどきどこにもないし、フルでパートをしたって、1ヶ月10万円くらいしか稼げない。家賃だって払えない。かとって、サラリーマンの平均年収が400万円の時代なのだから、住宅ローンを抱えていたり、アパートの家賃があったりしたら、夫だって養育費を払えるような余裕はない。

離婚を考える前に、夫の協力は完全に諦める努力をするとか、協力してもらえるように、夫に優しくするとか、何か他にも方策はあるはずだ。

以前、女性の権利を擁護する女性弁護士がテレビに出て、穏便に解決することも可能なトラブルで、いたずらに離婚を勧めていたけれど、近頃とんと顔を見ていない。彼女もテレビ局もきっと「現実」を知ったのだろう。弁護士がやたらに離婚を勧めるのは、お金になるからである。

今の日本では、離婚は人びとを不幸にするだけだ。当事者やその子どもだけではなく、部外者までもだ。離婚は生活保護家庭の数と、我々の血税をつぎ込む社会保障費を増やすことになるからである。離婚を勧めれば勧めるほど、自分自身の首を絞めることにつながるということを我々は理解しておいたほうがいい。

同時に、結婚しなくても、男性も女性もまともな暮らしができるような社会を作っていく必要もあるかもしれない。結婚は、良いこともあるかもしれないが、悪いことのほうが多いからね。

40代後半になって買い物が楽しくありません : 生活・身近な話題 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

実は私も買い物はあまり好きではない。ファッションセンスがないから、なにより服と靴を買うのが面倒で面倒で。体育の先生のように、年間を通してジャージで暮らせれば、なんて楽なんだろうと思うほど。そういえば、ジャージ姿の大学の先生って、まずいないよね? ジャージで教壇に立ち続けていたら、メディアに取り上げられるかな?

それから、ショッピングモールをぶらぶらするのも苦手。ヨメはパートをやめてから、毎日昼間買い物に出かけるようになってしまった。一日中家にいた試しがない。本当にあの人はやることがないみたい。

ネットで安全に小遣いを稼ぐ方法 | Howchu.com

「バジンプレス」とか「NAVERまとめ」とか「トリップアドバイザー」とか知らなかったなあ。やるつもりはないけれど。

部屋を魔法のように上手に片付ける方法 | Howchu.com

「片付ける」の意味は、部屋の片方に物を寄せるということ。いくら片付けたって、物自体の数は減らない。巨大なモノに占有されているのであれば、それを捨てるのが一番。一般家庭では、学習机や椅子っていらないことが多いから、最初からそういうものを買わないこと、あっても使わなかったら処分することがいいんじゃないかな。

ごみ焼却場へ行くと、驚くほど多く人が粗大ゴミを車に積んでやってきている。それだけ家の中にはいらないものがあふれていて、しかも何かを「捨てたい」という気持ちが強いのだろうね。


『勝手にしやがれ』(1959年)

勝手にしやがれ (映画) - Wikipedia

あらすじ 解説 勝手にしやがれ - goo 映画

『勝手にしやがれ』と「À bout de souffle」の由来について: Uoh!

ブログテーマ[勝手にしやがれ]|映画で学ぶフランス語

~映画でフランス語~ (10) 「勝手にしやがれ」

ヌーヴェルヴァーグの旗手ジャン=リュック・ゴダール監督のカルト的作品。私も高校生の時と、大学生の時と合計2回観ている。今度が3回目になる。何度も見ても古びない作品だ。

映画のタイトルであるÀ bout de souffleは息切れを表す言葉で、英語版ではBreathlessとなんとも味気ない。これほど日本で人口に膾炙したのは、原題のセンスをはるかに凌ぐ日本語タイトルのインパクトのおかげかもしれない。

映画俳優のハンフリー・ボガートに心酔するミシェル(ジャン・ポール・ベルモンド)は、その日暮らしの刹那的で自由な時間を享受している借金取り。彼はマルセイユでクルマを盗み、バイクで追ってきた警察官を射殺してしまう。

パリに着いたミシェルは、ソルボンヌ大学のアメリカ人留学生パトリシア・フランキーニ(ジーン・セバーグ)のもとに身を寄せる。彼女とはニースで3週間前に知り合ったばかりで、お互いのことをまだほとんど知らないという関係。なのに、「あなたの子を妊娠したの」と言って、パトリシアはミシェルの態度を伺う。これは彼女の未熟さ、幼さを醸し出す演出なのかもしれない。

しばらくパトリシアとの自由奔放な生活を楽しんでいたミシェルだが、ある日パリの街中で、ゴダール監督演じる通行人に顔を見られ、警察に通報されてしまう。

パトリシアのもとに警察が訪れ、彼女はミシェルが警察官殺しで追われていることを知る。しばらくはミシェルとの逃避行を楽しむが、牛乳と新聞を買いに頼まれたミシェルは隙を見て、衝動的に警察に密告してしまう。

密告した後、パトリシアはミシェルに逃亡するように勧めるが、ミシェルは「もう疲れた。眠たい。警察なんか怖くない」と言って聞かない。そこへ逃亡資金を持ってきた友人ベリユッティがクルマで駆けつける。彼も逃亡するようにと勧めるが、ミシェルは断る。

去り際にベリユッティがミシェルに渡そうとして投げた拳銃をミシェルが拾った瞬間、警察が放った弾丸が腰に命中する。ミシェルはしばらくよろめきながら、それでも走るように逃げ続ける。しかし、通りの出口のところで、まるで「息切れ」したかのようにバタリと仰向けになって倒れてしまう。駆けつけた警官ふたりとパトリシアがミシェルを取り囲む。ミシェルの先にはパトリシアしかいない。

ミシェルはア、イ、ウの口をして表情を作る練習をしてから、"C’est vraiment dégueulasse. "と言い残して、自分で目を閉じて息絶える。

dégueulasseとは、俗語で「汚い、ひどい」という意味。名詞だと「嫌なやつ、汚いやつ」になる。

このセリフを文字通り英語にすると"This is really disgusting/boring."となる。日本語に直訳すると「本当にうんざりだ」となる。「最低だ」訳すフランス映画社の字幕が普及しているため、「うんざりだ」という訳に抵抗を感じる人も少なくないようだ。

それに対して、パトリシアは "Qu’est-ce qu’il a dit ?"(彼は何て言ったの?)と警官に問う。警官はそれを意図的に歪めて、 "Il a dit : Vous êtes vraiment une dégueulasse." (あなたは本当に最低な女だと言ったんだ)と返す。

最後のパトリシアの言葉も意味深長だ。

"Qu’est ce que c'est dégueulasse?"(最低って何のこと?)

英語にすると、"What is it that it is dégueulasse?"となるところだ。

要するに、ミシェルは、「こんなのはもううんざりだ」と自分の人生について述べたのに対して、警官は密告したパトリシアがうんざりする女なのだという限定的に解釈する。

しかし、パトリシアはdégueulasseそのものの意味を理解できないまま映画が終わるのだ。

「うんざりする」「ヘドが出る」という旧大陸の「息切れ」の感覚は、新大陸アメリカからやって来た未熟な彼女にはまだわからないのだとゴダールは言いたかったのだろうか?

以下の動画は、このラストシーンについた、いくつか英語字幕を見比べられる。

『勝手にしやがれ』といえば、ジャンプカット(ジャンプショット)を最初に用いた作品としてつとに有名だ。時間の連続性を無視し、途中を端折ってしまう手法である。それゆえに、物語にスピード感が生まれる。「落語」では定番だが、映画では文法を無視しているなんて言われることも多いらしい。

『死刑台のエレベーター』(1958年)

死刑台のエレベーター - Wikipedia
82歳の大女優ジャンヌ・モローが『死刑台のエレベーター』を語る - MovieWalker

高2の時、友人にマイルス・デイヴィスの音楽がクールだから観るようにと勧められたのだが、残念ながらこの25年間見る機会を逸してきた(うっかりしているうちにとうとうオヤジになってしまった!)。

フランス語のタイトルはAscenseur pour l'échafaudで、英語のほうはElevator to the Gallowsだから、文字通り訳せば「絞首台へのエレベーター」となる。そこを、「死刑台のエレベーター」と訳したのは誰だろうか。すこぶるセンスがいい。

無軌道で衝動的な若者を描くこのヌーベルヴァーグの代表作は、当時弱冠25歳だったルイ・マル監督のデビュー作だ。

この作品は、偶然が重なり、物語があらぬ方向に展開するサスペンス(宙吊り)だが、まさに、社長殺しの犯人ジュリアン・タベルニエ(モーリス・ロネ)をエレベーターに閉じ込め、宙吊りにしたまま物語が進行していく。

(モーリス・ロネはこの映画のあと『太陽がいっぱい』(1960年)でアラン・ドロンの悪友を演じている。)

その緊張感をマイルスの即興演奏と、アンリ・ドカエ『大人は判ってくれない』(1959年)、『太陽がいっぱい』のカメラマン)の手持ちカメラが巧みに表現する。

途中で殺されてしまう金持ちのドイツ人の夫婦が乗っているガルウィングドアのベンツの高級スポーツカー(たぶん初代300SL)もクール。

ジュリアンの愛人で、夫(社長)殺しの共犯者を演じるジャンヌ・モローの無表情な演技も光っている。

「上からの民主主義」と「下からの民主主義」

東電、「世界最悪企業大賞」で堂々の2位入賞〜「我々が作り出したのは、我々の手に負えないものだった」とゴジラに例えられたTEPCO(木走正水(きばしりまさみず)) - BLOGOS(ブロゴス)

TEPCOの企業イメージは世界で最悪から二番目になってしまった!

この意味を、すべての日本人は理解しておきたい。

日本人全体が、TEPCOの偽造したクリーンイメージにころりと騙され、かつ(国をあげて)積極的に応援してきたのだから、TEPCOのイメージは、日本そのもののイメージと言っても過言ではない。

朝日新聞デジタル:「J・エドガー」のクリント・イーストウッド監督に聞く - 映画 - 映画・音楽・芸能

「『内なる敵』は外敵より危険だという9・11同時多発テロ以降の米国や世界の状況と似ている。それがこの物語に興味を持った動機の一つだ」と、イーストウッドは言う。「人類は過去から多くを学ばない。だが、歴史に注意を払わなければ、繰り返すことになる」

イーストウッドから学ぶべきことは多い。

【赤ペン記者つれづれ】デジカメ、カッターも商標権侵害に(1/2ページ) - MSN産経west

「デジカメ」という言葉は三洋電機の登録商標なんだね。知らなかった。カッターは、カッターシャツのことだね。昔の映画を見ていると出てくるけれど、いまは関西人しか使わない言葉みたい。

Techinsight » 【エンタがビタミン♪】「契約金1億円」、「毎晩女性30人」。大金が宇宙に消えたダイアモンド☆ユカイの壮絶バブル人生。

映画評論家の町山智浩さんが編集者時代に、あるロック歌手が毎晩取っ替え引っ替えファンの女の子をホテルの部屋に連れ込み、セックスしていたという話をされていたことがあったが、もしかしてそれはダイヤモンド☆ユカイさんだったのかな? 彼が活躍していた頃、私のアパートにはテレビがなかったので、つい最近までこの人のことを全く知らなかった。

【エンタがビタミン♪】「羊羹は極薄切り」「“ゴミ”でも使えるなら」超節約家の妻に戸惑う、ダイアモンド☆ユカイ。(Techinsight Japan) - livedoor ニュース

いい話だね。妻の鑑だよ。

外国人が「日本に長く居すぎてしまった」と実感するのはこんなとき:らばQ

18. 母国の両親と電話中に父親に「どうしてぶつぶつと文句でこちらの話しをさえぎるのかね」と言われるとき。 (日本人は相手の話しが終る前に話し始めることで有名)

私も話を混ぜっ返されることがものすごく嫌いなので、自分では絶対にしないし、自分の子供には、私の話が終わるのを待ってから、「話を変えてもいい?」といちいち確認するように躾けている。

躾の悪い親に育てられた妻は、平気で人の話を遮り、勝手に話題を変えるという悪癖がなかなか抜けない。これは日本人の話し方の特徴らしいが、非常に恥ずかしいことだ。ぜったいに治したほうがいい。

薬師院仁志教授、朝まで生テレビ出演「大阪をどう変えたいのか、わからない」橋下市長と議論? : 噂のニュース真相は○○

薬師院さんに、「学者なら対案を出せ」と言うのは筋が違う。彼が対案を出せないからといって、彼に能力がないことの証明にはまったくならない。少なくとも、薬師院さんを批判する人より、はるかに優秀であることは間違いない。

大阪市の改革案を練るのは、むろん政治家の役目だ。部外者の学者の役目では毛頭ない。

薬師院さんが、舌鋒鋭い橋下市長の攻撃をかわすには、たとえば、「もし私に対案を出せというのなら、私を副市長にでもして、給料もたっぷり払ってもらわないといけませんね。私は橋下市長のボランティアじゃないんですから。本業も忙しいし。ガハハハハ。まあ、市長も頑張ってくださいな。もし万が一、橋下市政の下で大阪市が住みにくいところになったら、私は家を売って兵庫か京都にでも引越しますよ。家の資産価値が下がったら、その分を橋下さんに賠償請求しますからね。フフフフフ」と切り返せばよかったと思う。橋下市長には「だから学者は無責任なんだ」と突っ込まれてしまうかもしれないが、「住民がよそに逃げて行かないように大阪市を住みやすい魅力的な場所にしていくことは橋下さんの役目でしょう? 学者であろうと、私はただの一市民ですからね。私にはそんな義務はありませんよ」と応じればいいだけだ。

はっきり言うと、テレビで橋下さんと、彼に批判的な学者や議員が討論したところで、彼ら自身はもとより、日本国民は誰一人得をしない。得するのは、視聴率の取れるテレビ局だけだったりして。こんなあほらしい討論に付き合うのは、もう止したほうがいいと思う。

TBS RADIO 2012年01月27日(金) 映画評論家 町山智浩さん - 小島慶子 キラ☆キラ

町山さんは、今回、陪審員制度の問題点を指摘する映画を紹介してくださっている。

不用意に、日本は、アメリカの陪審員制度の亜流である裁判員制度を導入してしまったが、もっと陪審員制度の短所をしっかり研究しておくべきだった。

薬師院仁志さんの言葉を使わせてもらうと、アメリカは「下からの民主主義」の国だから、国家を信用せず、民衆の自治で国を動かすことを善とする。ヨーロッパは、「上からの民主主義」で、知的エリートが大衆を啓蒙することで、民主主義を促進する。

日本は、いまだに百姓根性が抜けず、一人ひとりが民主主義の担い手であるという意識を持つように成熟していないにもかかわらず、アメリカ型の民主主義の真似をしようとしているから、さまざまな弊害が生じているのである。

個人が民主主義の担い手としての意識を持つように教育されているはずのアメリカでも、中世の魔女裁判のようなことをいまだに繰り返しているのであるから、日本人がアメリカの猿真似をして「下からの民主主義」を目指すと、大やけどをするに違いない。

おそらくヨーロッパ型民主主義を目指すほうが怪我の大きさは小さくなるはずだ。もしそのように方針を転換したならば、日本は早晩、法律の知識もない、なんの訓練も受けていない素人が裁判に参加し、刑期まで決めてしまうような危なっかしい裁判員制度を廃止せざるをえなくなるだろう。

ちなみに、私がもし裁判員の候補者に選ばれたら、すぐさま辞退を申し入れる。辞退の理由はあとからいくらでも考えられるしね。もし辞退したことで、私が罰せられるようなことがあったら、そのことで裁判を起こせば、少しは(私の陰鬱な)人生も楽しくなるかもしれない。

 

幸福という概念がないことこそが、いちばん幸福だよね。

本当に悪いのは夫?それとも妻?夫婦愛が冷める原因8つ【後編】(Menjoy!) - Peachy[ピーチィ] - 毎日をハッピーに生きる女性のためのニュースサイト - livedoor ニュース

夫婦愛が冷める原因の7つ目は「妻から尊敬されていないと感じる」ことで、8つ目は「面と向かえば悪いニュースばかり」とのこと。

それって、まさに私のことだ!

もう3週間以上我が家では冷戦が続いていて、まったく口をきいていない。目も合わせない。冷戦の直接の原因は、妻が私をバカにするような口をきいたからである。

『理由なき反抗』の中で、ジェームス・ディーンが"Chicken" (臆病者)という言葉に敏感に反応するように、人には誰でも聞き捨てならない言葉というものがある。自分の全人格を否定し、これまでの努力をすべて水泡に帰すような、部外者による冒涜的な言動は絶対に容赦できないものだ。

私は妻のほうが悪いと思っているから、私の方からは和平調停の努力は一切しない。先方は昔から他人に共感を持たない無神経で冷徹な女だから、私のほうが悪いと思っているのだろう。

妻は「面と向かえば悪いニュースばかり」。妻は私に向かってはネガティヴな発言ばかりしかしない。私の悪口ではなく、他人の悪口と愚痴が多いのだが、その呪いの言葉を聞いていると、私の気持ちがどんどん萎えていくことがわかる。

これまでずっと我慢してきたのだけれど、1ヶ月ほど前に、とうとう堪忍袋の緒が切れて、「そういう話をいくら俺にしてもなにも変わらないんだから、自分で直接本人に言えばいいだろう」と冷たく突き放したのだ。

それも私たち夫婦の冷戦の原因のひとつになっているのだと思う。私も人間だから、呪いの言葉を受け止めることができる許容量というものがある。その限界値を超えると、私だって耐えられなくなるのである。

しかし、口をきかなければ、他人の悪口や愚痴を聞かなくて済むので、かえってそのほうがありがたい。冷戦のお陰で、なんとか私のうつ病的な症状が改善しつつある。

“幸福度世界一”のブータン 公用語には「幸福」の概念ない(NEWSポストセブン) - livedoor ニュース

幸福という概念がないことこそが、いちばん幸福だよね。

『若者たち』(1967年)

若者たち - Wikipedia

あらすじ 若者たち - goo 映画

腹を割って本音で語り合う議論からいつの間にか始まってしまう、きょうだい(男4人女1人)の取っ組み合いの喧嘩が実にアツくて爽快な作品である。

これを「左翼映画」だと罵る輩もいるが、単に「プロレタリアートよ、連帯せよ」「ブルジョワを打倒せよ」というマルクス主義的なイデオロギーを喧伝する目的で作られた政治映画と読むのは間違いだろう。

広島の被爆者差別の問題、(授業料の4割値上げに反対する)学生運動、お金だけが人生の尺度になっている人間たちへの嫌悪感、解雇された労働者にだって養わなければならない家族がいるじゃないかという弱者への共感、みんなが幸せにならないと自分だって幸せにはならないんだという宮沢賢治的な宗教観、そして拡大しつつある格差社会への強い憤りなど、それらはみな左翼イデオロギーだと言われれば、確かにそうかもしれない。

しかし、貧しい時代には人びとが協力していかないと生きていけないという全人類共通の常識に右翼も左翼もないだろう。これを左翼的だと見る人間は、有り余るほどの潤沢な資産を持って裕福な生活を送っているような他者への共感を持たない精神的に未成熟なボンボンなのかもしれない。

この作品に描かれている45年前(私が生まれるたった3年前)の経済や社会状況は、現代の我々が置かれている状況に極めてよく似ていることに驚かされる。時代が下っても、日本人はほとんど進歩していないと知って絶望的になるほどだ。

唯一、当時の状況とは違うのは、2010年代を生きる我々に、この苦境を乗り越えようとする「逞しさ」、それを支える「希望」、そして社会を動かす「議論」が決定的に欠如しているということだ。もう一つは、我々が安易な犯人探しに興じ、誰かに責任をなすりつけ、溜飲を下げようとしてばかりいるところだ。

しかし、『若者たち』の中で描かれる、なんとかみんなで支えあって、希望を持って必死に生きていこうとする主人公たちの姿は、苦悩の時代に生きる我々に、勇気と希望を与えてくれるものである。

出演者は、田中邦衛、佐藤オリエ、山本圭、橋本功、松山省二、石立鉄男、江守徹、小川真由美、井川比佐志、大滝秀治、栗原小巻、夏圭子ら。

佐藤オリエさんは、この映画の元となったテレビドラマで人気に火がつき、役柄の名前を自分の名前にしたのだそうだ。日本人って、彼女のように健気で、一途で、そこそこの美人って好きだよなあ。私も大好き。(そういえば、私の親は父方も母方も5人きょうだいで、父方のおばさんは、昔、佐藤オリエさんみたいな雰囲気だった。そのくらい当時のオリエ人気はすごかったわけだ。)

主題歌は、ザ・ブロードサイド・フォーの『若者たち』。この曲は当初、『空にまた陽が昇るとき』という題名だったが、ドラマのイメージが強くなったためったせいか、『若者たち』に改題されたという。

小学生や中学生の頃、古臭くて辛気臭い歌だなと思っていたけれど、この映画を見て後では、この曲に対する考えが大きく変わった。この歌を子供たちに歌わせているときに、我々の先生たちの頭の中には、さまざまな思いがよぎっていたのだろうなと思うと、なんだか感慨深い。

君の行く道は

希望へと続く

空にまた

陽が昇るとき

若者はまた 

歩き始める

ザ・ブロードサイド・フォー/歌詞:若者たち/うたまっぷ歌詞無料検索

チャップリンの『キッド』(1921年)

キッド (1921年の映画) - Wikipedia
キッド
キッド - 愛すべき映画たち

貧乏画家との間に私生児を生んだ貧しい女性が、豪邸の前に停まっていたクルマの後部座席に赤ん坊を放置する。そのクルマを盗んだ二人組の泥棒が気づき、貧民街に置き去りにする。そこへチャーリーが通りかかり、その子の面倒を見るはめになる。

一方、息子を捨てた母親は後悔し、教会に戻るが時すでに遅し。

5年後、チャーリーはジョンと名付けたその子ども(天才子役ジャッキー・クーガン)に他人の家のガラスを石で割らせて、都合よくそこにガラスを背負って通りかかったふりをし、修理をするという詐欺的な商売をして生計を立てていた。

その頃、売れっ子の歌手になった母親は、良心の呵責ゆえに慈善活動に励んでいた。たまたま貧民街を訪れた際に、彼女は自分の子供と再会するのだが、哀しいかな、二人は自分たちが血の繋がった母子であることに気がつくはずもない。

ジョンの父親もまた、画家として名声を手にしていた。何の因果か自分の絵の展覧会で元恋人に再会し、彼女に後悔の念を語るのだが、もはや手遅れであることがわかる。

近所の子どもとのいさかいの後、ジョンは急に具合が悪くなってしまう。たまたまぐったりしたジョンを見つけ、腕に抱えてやってきた母親は、チャーリーに医者に診てもらうように忠告し、すぐにまた戻ってくると約束する。診察に来た医者が、ジョンが孤児であることを知ると、勝手に孤児院に預ける手続きをとってしまう。ジョンは、チャーリーの看病の甲斐あって回復する。ところが、孤児院から来た二人の人物によって、強引にジョンが連れ去られてしまう。しかし、チャーリーが必死でジョンを取り戻す。

チャーリーの家に戻ってきた母親と、往診に来た医者が出くわす。医者はチャーリーからあずかっておいた赤ん坊の産着に入っていた手紙を母親に見せ、母親はジョンが自分の息子である事実にそこでやっと気づく。

家には戻れなくなったチャーリー親子は木賃宿に泊まるが、たまたま新聞で彼らの捜索願を読んだ主人は、眠っているジョンを抱きかかえて警察に連れて行く。夜明けて警察署を訪れた母は息子と感動の再会を果たす。

行き場所に困って家に戻ってきたチャーリーは玄関の前で眠りこけ、夢を見る。警官にたたき起こされ、わけも分からず車に乗せられ連れていかれると、なんとものすごい豪邸。ドアが開くと、ジョンと彼の実の母親が出てきて、チャーリーは歓迎される。

この映画の最大の魅力は、なんといっても天才子役のジャッキー・クーガンだろう。それに尽きる。帽子のかぶり方なんか、ほんとうに可愛くてたまらない。

彼はクーガン法成立のきっかけとなった俳優。Wikipediaから引用しておく。

ジャッキー・クーガンは子役スターとして300万から400万ドルを稼いだ。しかし、稼いだ資産は母と義父によって全て浪費されてしまったことが発覚し、親と訴訟沙汰になった。このことは子役が稼いだお金を子役のために残しておくことを規定したクーガン法1939年成立)のきっかけとなった。

芦田愛菜ちゃんは、大丈夫だろうか?



『暴力脱獄 Cool Hand Luke』(1967年)

『暴力脱獄』神なき世のキリスト | 映画をもっと楽しく![シネマポスト]

暴力脱獄 - Wikipedia

主演は、ポール・ニューマン、監督はスチュアート・ローゼンバーグ

これは、神を信じられなくなった時代に、もしイエス・キリストが生きていたら、どんな生き方をしただろうかということを示した実存主義的な作品である。

キリスト役はルーク・ジャクソン(ポール・ニューマン)。酒に酔ってパーキングメーターを壊し、懲役2年の刑(不条理なほど重い!)を喰らったルークが、フロリダの刑務所に送られるというところから映画が始まる。

刑務所の囚人たちを仕切っているボスは、ドラグライン(ジョージ・ケネディ)だ。ルークは生意気な口のききかたのせいで、彼に目を付けられ、休日のボクシング大会で、完膚なきまでにコテンパンにのされる。しかし、ルークは何度も何度も立ち上がり、周りの者に止められても、「俺は死ぬまで戦う」と言って立ち上がり続ける。彼の顔にはかすかな笑みが浮かんでいる。ドラグラインは彼の根性に惚れ、ルークは他の囚人たちにも一目置かれる存在になる。

刑務所内の楽しみは、せいぜい賭け事くらいのものである。ある日、ドラグラインは、大食いのルークがゆで卵を1時間以内に50個食べられるかどうか賭けないかと提案する。ルークはかろうじて完食することに成功し、ルークとドラグラインは大儲けする。その後、テーブルにぶっ倒れたルークは、キリストの磔刑の姿になっている。唯一の違いはルークの腹が膨らんでいるということくらいだ。

ある日、ルークのもとに母親の訃報の知らせが届く。看守は「葬式のことなどを考えていると、脱獄したくなるものだから、しばらく懲罰小屋に入っていろ」とルークに命じる。これもまた不条理な話である。

懲罰小屋から出されたルークは、刑務所のベッドの下の床に、手作りののこぎりで穴を開けておき、就寝前に脱獄を敢行する。彼は朝になるまで走り続け、犬の追跡を撒くために金網のフェンスをジグザグに横切ったり、川を泳いだり、豚小屋を通り抜けたりする。その顔にはまたしても不敵な笑顔が浮かんでいる。しかし、その後、盗んだクルマで信号待ちをしていると、運悪く隣にパトカーが停まり、囚人服に気づかれ、あっさり御用となる。

刑務所に連れ戻されたルークは両足に鎖をかけられる。しかし、懲りずに二度目の脱獄を図る。黒人の子どもたちをたぶらかして斧を借り、鎖を切断し、唐辛子を道に撒いて追跡の犬をかわす。犬の困惑ぶりを見て、黒人の子どもたちが顔をほころばす。痛快なシーンだ。その後、アトランタあたりまで逃げることに成功したルークは、二人の美女をはべらせて優雅な生活を送っている様子を写した写真を偽造し、雑誌に仕立て、刑務所にいるドラグラインのもとに送りつける。それが悦びのない過酷な生活を送る囚人たちに「生きる希望」を与えることになる。

しばらくすると、ルークはまた逮捕され、虐待を受けて、刑務所に連れ戻される。看守の怒りを買ったルークは、2つ目の鎖をはめられたあげく、庭に自分が横になれるほど大きな穴を掘るように命じられる。作業が完了すると、看守が現れ、「庭になぜ穴を掘るのだ。庭を汚すな」と言って、またその墓穴のように大きな穴に土を戻すように命じる。その作業が終わるのを見計らってやってきた看守は、「何をしているんだ。俺は穴を掘れと言ったんだ」と言う。アルベール・カミュの小説で有名になった「シーシュポスの神話」を想起させる不条理な(=ばかげた)シーンである。

疲れ切って、痛々しいルークは、「神よ、お助け下さい。改心しました」と看守の足にすがりつき、やっとのことで許しを得る。

その後は、看守の「使い走り」と「ご機嫌取り」に精を出す生活が始まる。囚人たちは彼の態度の急変ぶりに冷たい軽蔑の眼差しを注ぐようになる。

しかし、ルークは全く懲りてはいなかった。草刈り作業中に一瞬の隙を見てトラックを奪い、脱走を図るのだ。しかも、追手が来ないように他のトラックの鍵は抜いておくという用意周到さ。ドラグラインは走って追いつき、トラックに乗り込む。

キリスト教会のところまで来たときに、もう逃げ切れないと悟ったルークはドラグラインとの別れを切り出す。ルークは意を決してひとり教会へと入っていく。

キリスト像もなにもない殺風景な教会(おそらくはプロテスタントの黒人教会)の中で、ルークは神に向かって「どうして俺をこんな目に遭わせるのですか」と話しかける。もちろん、答えは返ってくるはずもない。

そこへ、看守と所長を乗せた数台のクルマが到着する。ドラグラインも戻ってきて、ルークを殺さないように所長と取引したことを伝える。

しかし、ルークが窓際に立ち、外の様子を伺った瞬間に、夜でもサングラスをかけた無口で冷徹な看守がライフルを放ち、弾丸がルークの首に命中してしまう。ドラグラインに肩を背負われて、投降したルークは、車の後部座席に乗せられるが、頭が後ろにカクっと倒れる。またしても、顔には笑みが浮かんでいる。

ラストシーンは、笑顔のルークの回想だ。その笑顔は、囚人たちに生きる勇気を与える。観る者の心に、(ポール・ニューマンの)笑顔が深く刻みこまれる、よいエンディングだと思う。

キリストが伝えようとしたことは、大きく言うと二つあると私は思う。

ひとつは「自分の信念を貫き通し、最後まで妥協するな」ということ。どんなことがあっても、笑みを絶やさず、無意味に思えることに果敢に挑戦し、けっして負けを認めないルークの生き方にそれが象徴されている。

もう一つは、逆説的だが、「強いものは弱く、弱いものは強い」ということだ。一見肉体的に強そうに見えても、実は心が弱い人も多い。一方、弱いものでも自分次第で強くなることができる。

その弱さが刑務所の所長とドラグラインとサングラスの看守の三人に象徴されていることを、我々は見逃してはいけない。

一度目の脱獄の後、所長は、ルークの足に鎖をはめさせ、ルークを金属棒でしたたかに殴る。その後、所長は、「本当はこんなことをしたくないんだ」と言って、自分が犯した暴力行為に怯えるところがある。彼も「所長」という肩書きがあるからこそ、強い立場にいるが、もしルークと立場が逆転していたら、ものすごく弱い人間であることを想起させるシーンである。

ドラグラインが弱さを見せるのは、ルークと脱獄をした際に、ルークに別れを切り出された瞬間だ。彼は自分一人でどうしたらいいのだろうかと不安になる。肉体的には逞しくても、実は彼は弱い人間であったことが暴露されるシーンである。

サングラスの看守は、他人には表情を見せないし、命令以外の言葉を口にしない。これは、自分の弱さを見られるのを怖がっている証拠である。最後に、怒ったドラグラインに殴られた看守は、サングラスを失う。そのサングラスが、クルマに踏みつけられ壊れるという印象的なシーンがある。自分を強く見せる道具(ライフルとサングラス)を失い、一気に弱さをさらす看守を見て、我々は溜飲を下げるのだ。

一方、ルークはどんなときも笑顔を絶やさず、自分から無駄に思えるような挑戦をし、神がいるかいないかもわからないこの不条理な世界を積極的に受け入れようとする。酒に酔ってパーキングメーターを壊して逮捕された時の彼はニヒリズム(厭世主義)の塊であったが、刑務所内でしだいに自分の命をかけて戦うことが楽しくなっていく。たまたまそれは脱獄というゲームだったにすぎない。

世間では、社会システムに順応し、長いものに巻かれている人が「社会人」として認められている。しかし、そんな「空気の読める」人は、ほんとうに成熟した「大人」と言えるのだろうか。間違ったことばかり言う偉い人たちにペコペコ頭を下げながら、自分より弱い立場の人には威張り腐っているような人が「大人」なのだろうか。

むしろ私は、子どもみたいに脱獄のゲームを無邪気に楽しむルークのほうがはるかに大人であるように思うのだが、どうだろうか。

ネットでレビューを見ると、キリスト教やその影響を深く受けて発展してきた西洋哲学のわからない日本人にはすこぶる評判が悪いが、この映画は隠れた名作なので、多くの人にぜひとも見て欲しいと思う。

実は、このブログの記事を1時間以上かけて書いて投稿したのだが、トラブルで原稿が消えてしまい、最初から書き直す羽目になった。人生って、本当に不条理だよねえ(苦笑)。

「上から目線」を言い換えると?&日本人にとってのグローバリズムは未熟さの反映ではないのか?

ネットの[上から目線野郎]を撃退する方法(SPA!) - エキサイトニュース

この論者は、学者や政治家は「上から目線」でいいが、一般人はダメだと述べている。そうなのかなあ?

ところで、「上から目線」とは別の日本語に置き換えるとどうなるか。

高慢、傲慢(無礼)、尊大、独断的、独善的、教条的、高圧的、高飛車、傲岸(不遜)、横柄あたりだろうか。古臭い言葉だが、「大風(おおふう)」というのもある。

辞書で調べていたら、こんなものを発見した。

そんだい‐ご【尊大語】
待遇表現の一つ。話し手が自分を相手より上位に置くために用いる表現。「おれさま」「教えてつかわす」など。傲語(ごうご)。

ただ、英語の場合(西洋の言語の場合)、物事を(自分も含めて)上から見下ろすように表現するので、「上から目線」は、英語を使う上でなくてはならないものである。英語のできない人には、わかってもらえないと思うけれど。これって「上から目線」?

朝食を抜くと体調が良くなる!? 「1日3食」という固定概念を覆す『医者いらずの「クスリごはん」』(マイスピ) - エキサイトニュース

人類は何万年もの間、狩猟採取生活を送っていたため、それに合うように進化した遺伝子を持っているのだそうだ。昼間、森に分け入り、木の実をおやつにしながら、狩猟を行い、夜、獲物を仲間と分け合いながら、たらふく食事を摂る。彼らの夕食はタンパク質を中心にしたものであるため、当然、朝は食欲がない。だから、朝は食べる必要がない、というわけだ。

現代人は、いつでも食べるものが手に入り、しかも、炭水化物を大量に摂取する食生活になってしまった。しかし人類はまだその食生活に遺伝子的に適応できていない。そのため、肥満になったり、糖尿病になったりする人が増えてしまったのだという。

だから、朝食を抜けば健康になるかというと、そうとも言い切れない。それに合わせて、食べるものも変えないと、体調は改善しないだろう。

20代女子から総スカン! 勘違い40代男の大暴走(SPA!) - エキサイトニュース

バブルを味わった40代男のことかな。私も40代だが、甘い汁を一切吸うことが出来なかったので、そういう勘違いはしていない。

ナポレオン?アインシュタイン?自分に合った睡眠時間を知る方法(Gow!Magazine) - エキサイトニュース

私の場合は、7時間半だと調子がいい。6時間以下だと、一日中頭痛に苦しめられるか、うっかりミスを頻発するハメになる。

【赤木智弘の眼光紙背】「3月11日は誰のための日か」(眼光紙背) - BLOGOS(ブロゴス)

日本人は等し並に被害にあっているのだから、特定の人たち(反原発派)のために3月11日を利用するのはおかしいのではないかという主張。確かに私だって被災者の一人だと思っている。自宅の外壁に細かいヒビが入って、かなり落ち込んでいるくらいだから。

より便利で、公平・公正な社会へ―― 「社会保障・税に関わる番号制度」が変える、私たちの生活 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

たった1枚のカードを住民票や健康保険証や年金手帳などの代わりにできるのなら便利だと思うけれど、それを誰かに奪われたら自分のアイデンティティがこの世から抹消されてしまう可能性だってある。

「中退」を切り口に大学教育改革をおこす 山本繁(NPO法人NEWVERY代表理事) (SYNODOS JOURNAL) - BLOGOS(ブロゴス)

学校って、本来こういうものだよね。私もお金があればこういう学校を運営したい。

「○○ちゃんが持っているから、僕も」という大人たち……恥ずかしいよ(Business Media 誠) - livedoor ニュース

「21世紀はグローバリズムの時代だ。グローバルスタンダード(海外の強国のやり方)に合わせなければ、日本は競争に負けてしまうよ」という主張を展開する無邪気な人が近頃とみに増えた。公用語を英語にしちゃおうよという会社とか、授業は全部英語でやることにして、入学時期も変えちゃおうよ、などと言う大学も出てきた。

しかし、「これは友だちのAちゃんだって、Bちゃんだって持っているんだもの、お母さん、ボクにも買ってよ」というボクちゃんと全く同じ発想ではないのか。いわゆる、「バンドワゴン効果」だ。こんなふうに強いものに巻かれる人って、精神的に未成熟なことが多いが、日本人にとってのグローバリズムというのは、未熟さの反映でしかないような気がする。

英語話せる?(ガジェット通信) - livedoor ニュース

もし英語を話せるかどうか聞かれたら、私は「話せるに決まっているだろう」と答える。とは言っても、英語を使って国家間交渉に参加できるようなことはできない。日本語でだって、そんな難しいことはできないくらいだもの。

倦怠期夫婦に朗報!? まもなく世界同時ハグタイム!(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース

1月31日までに、「夫婦げんか」を収束できない。

そもそも、“演歌”っていったい何?(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース

「演歌は中高年に人気がある」とこの人は書いている。『大辞林』によると、「中高年」とは「四五歳以上六五歳程度の人」のことを指すらしい。45歳くらいの人で、演歌を聴き込んでいるような人は私の周りではただの一人もいない。60歳前後でも少ない。いまだに演歌を聞いている人というのは、私の親の世代、つまり70歳以上の人のように思える。彼らは「高齢者」のカテゴリーに入るのだから、「演歌は中高年に人気がある」のではなく、「演歌は高齢者に人気がある」と言ったほうが正しい気がする。

私は演歌を聞くと、気持ちが萎えてしまったり、イライラしたりする。なぜなのだろうか。

『タワーリング・インフェルノ』(1974年)

タワーリング・インフェルノ - Wikipedia

パニック映画の傑作。主要な出演者は、ポール・ニューマンスティーヴ・マックイーンウィリアム・ホールデンフレッド・アステア、『俺たちに明日はない Bonnie and Clyde』(1967)のフェイ・ダナウェイジェニファー・ジョーンズ

まともな神経を持っている人なら、この映画を見た後、「虚栄の象徴」である超高層マンションや超高層ビルにも近づきたくなくなるだろう。まして、そこに住むなんて、絶対にありえない。

最新設備を備えた138階建てのグラスタワーの落成式が行われている最中、81階の備品室で火災が発生する。原因は、オーナーのジェームズ・ダンカン(ウィリアム・ホールデン)が大幅なコストカットを実現するためにに防災設備の手抜きをしたこと、娘婿ロジャー・シモンズ(リチャード・チェンバレン) が予算を着服するために設計者のダグ・ロバーツ(ポール・ニューマン)に断りなく電気系統の手抜き工事をしたこと、そしてダグ自身が工事の監督を怠ったことにあった。

さらに、火災発生の知らせを受けた後も、オーナーが市長や上院議員(ロバート・ヴォーン)らの前で恥をかくことを恐れ、またビルの安全性を過信して、出席者たちの避難誘導を怠ったことも重なり、取り返しの付かない惨劇を招いてしまうのだ。

映画の見所は、消防隊のオハラハン隊長(スティーヴ・マックイーン)と設計者のダグ(ポール・ニューマン)による手に汗握る救出&脱出劇だ。やはり、スターはスクリーン上で命を賭けないと、つまらないよね。

ご存知のように、二人は別々の映画会社に所属し、互いにライバルだった。そんな二人が共演したことでも、この映画はつとに有名である。

この二人がさまざまな救出方法を試みるが、決定的な方法とはいかない。最終手段として、スティーヴ・マックイーンとポール・ニューマンが協力して、ビルの最上階にある水のタンクとそのフロアーに時限爆弾を仕掛け、それらを爆破し、上から水を降らして消火する作戦を遂行する。その結果、300人余りのパーティーの参加者や従業員たちのうち、死亡者を200人に留めることに成功する。

救出作戦を終えたあと、再び二人が顔を合わせる。マックイーンは、ニューマンの向かって「この手のビルだとたいていは10000人の死亡者が出るものだが、今回は200人で済んでよかった。建築家は本当に建物の建て方を知らない。俺のところに来れば教えてやるんだが。しかし、そんなことを言っても俺のところに来る奴はいないがね」と苦笑いをする。しかし、ニューマンは、「今度俺が教えて貰いに行くよ」と微笑む。なかなかラストシーンだ。

そうそう、妻を殺しで有名な元フットボール選手のO・J・シンプソンも端役で出ている。まったくの大根役者だけれど、貴重な記録かもしれない。

音楽は、かの『スター・ウォーズ』のジョン・ウィリアムズ。

対話

過去2年間で4300万台も売れたテレビが、「売れていない」とばかり報じられるのはなぜ?(ダイヤモンド・オンライン) - エキサイトニュース

人間というのは、自分が思いたいように思う癖がある。いくら客観的なデータがあっても、そういうことに無自覚な人間が解釈するのだから、正確な分析はできない。これは学者だけではなく、官僚がいつもやっていること。

言葉その3 事を知る、自分を知る(1/2) - ネルケさんの禅生活 - どらくの本棚 - [どらく]

知事も大衆も元は仏教用語なんですね。

タイワハウス

私も夕方のニュース番組『NHK 首都圏ネットワーク』で見た。タイワハウスって、あのダイワハウスにかけているんだね。それはともかく、確かにいま必要なのは、喧嘩腰のディベート(討論)ではなく「対話」であることは間違いない。1体1の対話を通じて解決法を探るような議論でできない人が増えていると私も感じている。政治家と学者がまさにその典型。

数学的に東大秋入学が労力の無駄であることを証明する

ジョークはさておき、この秋入学が実施された年度に、4月に入学するはずだった学生が9月まで入ってこないということになると、その間、大学のセンセイたちは仕事がなくなるのだ。専任はいいけれど、非常勤は、どうなるのだろうか。給料が半分になるとか? この議論には、こういう視点がまったく欠如している。

かずうの気まま日記: 【Kazwoo's Kitchen】-01-「タモリ流しょうが焼き」作ってみた!

うまそうですな。

今からブログを始める人に、僕が「blogger」をすすめるワケ | 想造ノート

googleって、そんなに信用できる会社?

登山ブームの落とし穴? 山岳遭難に備える保険 : 保障設計 : 女性FP発ポイントレッスン : 投資講座 : マネー・経済 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

入山届けを出さないと、保険が下りないなんて基本的なことを知りませんでした。

ノエル・ギャラガー ソロで歩む : アーティスト : 音楽 : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 今回はアルバムの中に、一つのストーリーのようなものが流れているそうだ。「今の状況から逃れたいというところから始まり、幸せや悲しみを経験しながら、よりよい場所にたどり着いたと思う。けれど、実際にはそうじゃなかった。で、何を伝えたいのかというと、環境を変えても幸せにはなれない、今、自分がいる場所で頑張って幸せをつかむべきだってことなんだ」

でも、兄弟げんかは止めたほうがいいよ。

イーストウッド監督 FBI初代長官描く「J・エドガー」 : 映画ニュース : 映画 : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

FBIのイメージが変わるね。

OL男子の4コマ書評 : 「ゴミみたいなのばっかり」と芥川賞選考委員を辞任する石原都知事の著作が「ゴミみたいなのばっかり」と評判

本当にこんなにしょうもない作品ばかり書いているのだろうか、石原慎太郎は。しかし、彼が急に武者小路実篤みたいな作品を書きだしたら、それはそれでまたバカにされるのだろうな。

役所の「検討する」の意味は「先送りする」 新聞論説副主幹解説(NEWSポストセブン) - エキサイトニュース

今後、新聞社は「役人言葉」を翻訳して記事を書いて欲しい。あるいは、周到に逃げ道を作るトリックを詐欺として法律で禁止して欲しい。その法律を役人が作るなら、それにもまた逃げ道が作られるのかもしれないけれど。

「茶柱が立つ」と縁起がいいワケ(R25.jp) - エキサイトニュース

第3のステマ説が一番面白い。

島津製作所 茶柱のお話 (茶柱が立つのは珍しい訳は?)

私はそもそも日本茶をめったに飲まない。我が家には急須がないからだ。だから、飲むときは、ティーバッグか粉を利用するので、茶柱が立つ環境にない。だから、不幸なのかも。

「第3の勢力」大躍進 首都圏では民主 11議席 自民 28議席 第3 32議席(ゲンダイネット) - livedoor ニュース

民主も自民も共倒れするとよいと密かに思っている。でも、「みんなの党」は嫌い。

答えにくい子どもの質問(教えて!ウォッチャー) - livedoor ニュース

神様はいるかどうか子どもに聞かれたら、「いる」と答えたい。でも、神様はとことん不公平で、幸せな人はどんどん幸せにし、不幸な人はどん底へと突き落として楽しむんだよ、と伝えたい。そんな神様に、プレゼントをお願いをしたいと思う? しないでしょ。だから、欲しいものがあったら、自分でなんとか手に入れなさい、と言うと思う。

このネガ写真の点を30秒見つめてください...ビックリしますよ(GIZMODO) - livedoor ニュース

本当だ。びっくりした。

『イングロリアス・バスターズ』(2009年)

イングロリアス・バスターズ - Wikipedia

クエンティン・タランティーノ監督はものすごく頭がいいのか、ものすごく悪いのかわからない。もしかしたら、あまりに頭が良すぎて、あまりに頭が悪く見えてしまうタイプなのかもしれない。

彼は高校の歴史の時間に居眠りをして、しばしば白昼夢を見ていたに違いない。この作品は、まさにそんな高校生の妄想を映画化したようなものだ。しかし、最初に言っておくが、この作品は「大」をつけてもいいような「傑作」であることは間違いない。

タイトルにある「バスターズ」は「退治屋、破壊屋」のBustersではなく、「私生児、ろくでなし」のBastardsのことだ。しかし、監督は間違えて、Basterdsと綴っている。Inglorious の方は、「不名誉な、恥ずべき」「名もない」という意味だが、こちらも間違ってInglouriousと綴っている。これは監督がただ単に間違えただけで、何の意味もないらしい。

「イングローリアス・バスターズ」とは、ドイツ占領下のフランスに乗り込み、ヒトラー暗殺計画を敢行するユダヤ系アメリカ人たちのことである。リーダーはブラッド・ピット扮するアルド・レイン中尉。残虐なレイン中尉は、アメリカインディアンよろしく、殺したドイツ兵の頭の皮を集めるのを趣味としている。

もう一人の主人公はユダヤ系女性のショーシャナ(メラニー・ロラン)だ。彼女は、家族をドイツ兵に殺された後、パリに逃がれ、名前を変え、伯父夫婦から相続された映画館を経営している。そんな彼女のもとに、ドイツの英雄を称える映画をゲッベルス宣伝相やヒトラー総統を招いて上映するという話が舞い込む。この絶好のチャンスを利用し、彼女はナチスドイツに対する復讐のために、上映中に映画館ごと燃やしてしまおうとする。

メラニー・ロランはフランス映画の『オーケストラ Le Concert』(2009年)で、バイオリニストを演じているフランスの美人女優である。顔からはまったくわからないが、彼女は実際にユダヤ系だそうだ。

この映画で使われている言語は、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語の4つ。

たいがいの映画は英語字幕で見るようにしているのだが、この映画はさすがにそれは無理だった。マルチリンガルな俳優たちの演技にただただ舌を巻いた。

とくに、最終的にナチスを裏切ることになる、「ユダヤハンター」のハンス・ランダ親衛隊大佐(ショーシャナの家族を殺害した男!)を演ずるクリストフ・ヴァルツは出色だ。極端な英語なまりのイタリア語をたどたどしくしか話せないのにイタリア人に扮して、映画館に乗り込んだブラッド・ピットを相手に、彼の口から予想を超える滑らかなイタリア語が出てきたときには、本当に感動してしまった。彼はこの演技で、Wikipedeaによると、16の賞を受賞している。

万の事は頼むべからず

名著09 兼好法師『徒然草』:100分 de 名著

最終回(第4回)がすでに放送されてしまったけれど、再放送があると思う。今回のシリーズは、予備校講師で文筆家の荻野文子さん(非常にお美しい!)が指南役。

兼好法師の『徒然草』というと、お説教されているような気分になる随想文学というイメージがあるが、最終回に登場した嵐山光三郎さんは人生を楽しむヒントを与えてくれる本だと述べておられた。

兼好法師は仏教に携わっていながら、来世など当てにしていない。彼は世の煩わしさを捨て、人生を楽しもうとした。もともとは天皇に仕える身であった兼好はこの文章を帝王学として書き始めたのだが、仕える天皇がことごとく逝去してしまったことから還俗して、退屈しのぎに仏教的な知見(無常感!)をもとに自分の所感を綴っていったのだという。

一方、荻野さんは、『徒然草』に書いていることが矛盾だらけであることは、兼好法師が物事を多面的に捉えてバランスを取ろうとした証拠だと述べられていた。兼好法師は、騙される人のタイプを10に分けているが、それらを座標軸に置いて考えると、非常に論理的であるという。

橋本治の『絵本 徒然草』 (河出文庫、2005年)を読んだことがあるが、今回、番組で知ったようなことを橋本さんが指摘していたかどうか、まったく記憶にない。

兼好法師の書いていることは、私が高校生の時にはまったく理解できなかった。しかし、いま読むと、膝を打つことが多い。きっと中高年にならないとわからない味わいがあるのだろう。改めて読み直したいと思った。

最終回で取り上げられていた魅力的な文章を2つ引用しておく。

万の事は頼むべからず
(中略)
寛大にして
きはまらざる時は
喜怒これにさはらずして
物のためにわづらはず(第211段)

人生は思い通りになるものではないから、寛大な気持ちを持って、いちいち喜んだり、怒ったりせず、くよくよしなさんなってこと。

花はさかりに
月はくまなきをのみ
見るものかは(第137段)

桜は満開の時、月は満月を見るものだけではないよ。人生は、影の部分だっていいものだよってこと。


小島慶子、「キラ☆キラ」降板へ

小島慶子、「キラキラ」降板を激白 「自営業男性を意識して話して」と言われた (1/2) : J-CASTニュース

ものすごく残念なニュースである。

解雇をめぐる話というのは、自分のことでなくても、聞くと欝な気分になる。それでなくても落ち込んでいるのに、このニュースを聞いて、よりいっそう落ち込んでしまった。

小島さんは、TBSの上層部から、『キラ☆キラ』のリスナーではない「40代、50代の自営業男性」に聞いてもらえる番組作りをしてくれと要求されたという。

具体的なやりとりのひとつの例として、「昼間から、震災に関する子どもたち手記の一部を朗読するなんて、40代、50代の自営業男性にはウケない」と言われたことを紹介していた。

そういう要求に対して、小島さんは、ヘビーリスナーの肩越しに、自分の番組を聴いていない潜在的リスナーの方を見て話しかけることはできないから、番組を降ろさせて頂きますと返答したそうだ。

「40代、50代の自営業男性」というのは、具体的にはどういう人達なのか私にはわからないが、もしかしたら、あまり教養がない人たちかもしれない。

聴取率の調査によると、小島慶子の知的レベルの高い議論にはついていけない層は「40代、50代の自営業男性」であることが判明したので、高尚な話は『荒川強啓デイキャッチ!』に任せておいて、『キラ☆キラ』のほうはオチャラケたピエール瀧さんを好むような人たちのレベルに合わせてくれと、TBS側は小島さんに求めたのではないか。

私は仕事で多様な価値観を持つ学生たちを相手にしているので小島さんの考えはよくわかる。もし大学側に、自分の授業に登録していない学生を惹きつけるために、自分の学生に向けて話すことをやめ、教室の外に向かって話せと言われたら? この話はそれと同じように滑稽極まりないものだ。

ブログだってそうだ。アクセス数を増やすために、今まで訪れたことのなかった人を引きこむような努力をしろと誰かに命令されても、私はしないだろう。ブログをやっている意味は、アクセス数を増やすことではなく、自分の考えに興味を持ってくれる人たちに何かを伝えることだからだ。ただ単にアクセス数を増やすために、センセーショナルな見出しをひねり出して、自分に興味のない話題を取り上げるなんてあまりに馬鹿馬鹿しくて私にはできない。

これはまた、友人や家族との付き合いを続けても金儲けにはならないから、そっちの付き合いを減らし、新規の顧客を増やすために知らない人を見つけて話しかけろと会社の上司に要求されたというのと同じ話だ。

もし上司にそんなことを言われたら、私なら、「お前は、アホか?」と言うだけだ。

地上波のテレビ番組が誰も見向きもしなくなってしまったのは、制作者側が「数字」ばかり気にした番組作りをしているせいだと思う。

視聴率を上げるためには、全ての層にウケる番組を作らなければならない。しかしお金が無いから、お笑い芸人を使おう。お笑いなら、老若男女が好むはずだ。病気の話もみんな好きだろう。だったら、お笑い芸人を使って、病気の番組がいいという感じで、どこのチャンネルに合わせても、毎日毎日、同じようなお笑い芸人が出てきて、同じような話ばかり聞かされ(時間の無駄!)、お茶の間の人たちは、もううんざりしてしまったのである。

いまだに、そういう発想で番組を作ろうとしている制作者側の愚かさには呆れ返ってものも言えない(言っているけれど)。

マスコミは視聴率重視主義とか支持率調査とか大好きだ。

けれど、視聴率がよい番組が視聴者の満足度が高い番組とは限らない。

内閣支持率が低いからといって、国民にとって有害な政権とは限らない。

こういう基本的なことを、きちんと理解できる人たちに番組の制作やニュース報道に携わって欲しいと思う。

最後に一言。

J-CAST ニュースの記事に「激白」という熟語が使われている。これは辞書にはまだ掲載されていないものなので、正しい使い方とは認められない言葉だ。

噛み砕いて言うと、「激白」とは「激しい口調で告白する」ということになるのだろう。

しかし、小島さんの口調はけっして激しいものではなかった。冷静に淡々と論理的に語っていた。

激しいのは、(TBSの物分りの悪さに対して)リスナーが受けたショックのほうだろう。

ゴミ捨て

市内のクリーンセンター(ごみ焼却場)に行ってきた。古い風呂の蓋とブラインドと椎茸の原木3本を捨てるためだ。

私が住んでいる自治体では、長さが40センチメートルを超えるゴミは回収車が持って行ってくれない。だから、大きなゴミを捨てたい人は、自分で焼却場へ持って行くか、粗大ごみ処理券を購入しなければならない。後者だと無駄なお金がかかってしまうので、我が家ではいつもクルマで捨てに行くことにしている。

椎茸の原木は本当はまだ収穫できるのだが、収穫する前にたいていナメクジに食べられてしまうので意味がない。椎茸のセシウム汚染も怖いし、通路を塞いでいて、見てくれも悪いので、一緒に捨てることにした。

クリーンセンターには、もう10回近く行っているが、ゴミを投入するところのドアが自動であることを今日まで知らなかった。係の人に、「もっとドアに近づけば、自動で開くよ」と言われ初めて気づいた。

クルマを近づけても、なかなか開いてくれないので、車ごと下に落ちて一緒に燃やされてしまうのではないかと、ヒヤヒヤした。

帰りに、某ホームセンターに立ち寄ると、スーツ姿の若い男性二人が店長さんに、頭をペコペコ下げて謝罪していた。商品を見るふりをしながら立ち聞きしていると、どうも教え子(たち?)が万引きをしたらしい。私も万引き犯に疑われないように、商品を抱えるようなことをせず、カゴに入れて買い物をした。いやなものを見てしまった。

ついでにペットショップも見てきた。ケージにいるのはチワワばかり。ミニチュアピンシャーもいたけれど、色がきれいではなく、身体もずいぶん大きくなってしまっていた。ヨメは犬を飼いたいと前から言っている。犬でもいれば、私たちの冷え切った夫婦仲も少しは改善するかもしれないと思っているんだけれど、ヨメは優柔不断な人だから、なかなか決められないんだよね。

1÷998001が驚くべき結果に! - [モ]Modern Syntax

安物の電卓を使って計算すると、0.000001という平凡な結果。でも、実はその先が面白かった。

給食献立 うどん、いか竜田揚げ、ドーナツパン、柏餅、牛乳 - Infoseek ニュース

まずい。違和感を覚えなくなってしまっている。シチューにご飯とか、餃子にご飯、ドーナツにコーラというのも、本当は妙な組み合わせだと思うけれど…

ナゲット100円でマクドナルドに大行列! しかし多くの客が「ナゲット1箱+水」だけを注文 - Infoseek ニュース

マクドナルドのハンバーガーのパテは、牛の首の肉を使っているらしい。「ビーフ100%」と威張っているけれど、安価な部位なので、ありがたみはない。ちなみにナゲットというのは、金塊のこと。それが転じて、「非常に価値のあるもの」となったらしい。マックのナゲットは、そんなに価値があるのかな?

クエンティン・タランティーノ監督が、2011年のベスト&ワースト映画を発表 - [モ]Modern Syntax

1.『ミッドナイト・イン・パリ』
2.『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』
3.『マネーボール』
4.『私が、生きる肌』
5.『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』
6.『ヤング≒アダルト』
7.『アタック・ザ・ブロック』
8.『Red State』
9.『Warrior』
10.『アーティスト』/『Our Idiot Brother』(10位タイ)
11.『三銃士 王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』

サイレント映画の『アーティスト』と『マネーボール』は観てみたいな。

「幸福」に関する驚きの事実?

知ってた?知らなかった?「幸福」に関する驚きの事実20個【2/3】 | Menjoy! メンジョイ

■11:結婚は幸せ?

研究によると、結婚でピークに達した幸福度は、ある程度時間がたつと結婚前の幸福度と同じところに戻るとのことです。

“幸せにしてもらいたくて”結婚するのは、全く的外れということみたいですね。“この人と一緒にいると幸せ”な人だと、元に戻っても問題ナシ!

たいていは自分だけではなく、相手を幸せにしたいと思って結婚するものだけれど、その相手が自分の不幸の原因になることも多い。皮肉だけれど。

■12:人生最悪の年齢

研究によると、女性が生涯で最も不幸せだと感じる傾向にある年齢は“37歳”だそうです。ちなみに男性は“42歳”だとのこと。

これは厄年とも重なっていますね。身心のバランスが崩れやすいことも、幸福度と関連しているのかもしれません。

女性の人生最悪の年齢は37。そういえば、うちのヨメも37歳のころ、大暴れしていた。おかげで私は不幸のどん底にあった。

男性の人生最悪の年齢は42。私もちょうど42歳。いわゆる後厄。年明けから最悪続きで、人生二度目の不幸のどん底を味わっている。

■19:所得格差が少ない社会

スウェーデン、ノルウェーといったスカンジナビア諸国のように、所得格差が少ない国の方が、アメリカのように格差の激しい国よりも幸福度が高いという結果がでています。

格差が少ないことが、社会の安定につながるからでしょうか。安定した社会は、幸せの基盤だということですし、個人個人が、安定した社会に貢献できるということでもありますね。

人間というのは、他人と比較することを好む生き物だ。だから、自分が受けている恩恵が、他人が受益よりもはるかに少ないとき、羨望の感情が暴発してしまう。それは社会を不安定にし、人びとのパフォーマンスを下げる要因になる。だから、知性的な人間たちの作る社会では、平等が重視されるのではないか。

もちろん、平等を追求すれば、自由な競争が阻害され、技術革新が滞ることもある。しかし、その逆も真なりである。よく言われるように、自由と平等は対立するのである。

自由は格差を許容し助長するするもので、平等は格差を小さくするものだ。

アメリカを見ていると、これが厳しく対立していることがよくわかる。

自由を追求するのが共和党で、平等を追求するのが民主党だ。そのバランスが崩れたために、アメリカは不幸な国になっているのだろう。日本でも、アメリカのような二大政党制を必死に追いかけている人たちがいるが、理念とは無縁の日本の自民党や民主党は、「自由」と「平等」のように対立する概念を体現していないので、バランスを取りながら、社会を発展させることができない。それもまた不幸である。

 

「正しく怖がる」の嘘

アスペルガー、本物はこんなに酷いらしい
Autism-Spectrum Quotient

私の得点は17点でした。アスペルガー症候群ではなく、ただの健常者のようです。

NEWSポストセブン|大前研一氏 福島原発事故は神様が人間の知的怠慢を潰した

人間の頭で考えた科学物体は、必ずどこかに欠陥がある。なぜなら、科学の世界は演繹法(最初の前提から次の前提を導き、それを繰り返して最終的に必然的な結論を導き出す方法)により、ロジックで考えていくからだ。

しかし、この手法だと想定外の事態には対応できない。演繹法上あり得ないという段階で思考が停止してしまうからだ。福島第一原発事故は演繹法の弱さを露呈した象徴的な例であり、それを補うためには帰納法(いくつかの事例や経験から結論を導き出す方法)で対策を講じていく必要がある。

「放射線リスクを正しく怖がる」の嘘、エリートがパニックを引き起こす!?(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース

“問題になるのは、(放射線)リスクについて、人々が合意しないのは、適切な科学的知識を欠いているからであるという「欠如モデル(deficit model)」が含意されているからである。「正しい」とか「正確な」という表現は、あたかもこの問題に対して合意された正解があるように錯覚させる。”

ところが、まあ、現状で正解が得られているとはいいがたい。情報を集め、議論を積み重ねていくしかないのだが、“情報の正しさに固執することは、情報提供を萎縮させることにつながっている”

放射線のリスクについて、科学者の合意がないのに、正しい怖がり方などありえないというわけだ。この問題については、議論をして、合意を形成していくしかないとのこと。非常に共感できる考えだ。

この考え方は英語学習にも当てはまる。正しい英語の学習法が売りの英会話学習教材の販売会社があるが、科学でさえ、何が決定的な答えを保留しながら、暫定的な正解を提示していることに自覚的であるのに、学習法など科学にさえなっていないものが、「正しさ」を売りにするなんて、詐欺みたいなものだ。

『理由なき反抗』(1955年)

理由なき反抗 - Wikipedia

理由なき反抗 Rebel Without a Cause

高校生のジム(ジェイムズ・ディーン)は、父が威厳を失い、母や祖母の言いなりになっていることに対する不満が原因で、たびたび不祥事を起こしている。そのたびに家族ごと引越しをし、問題に直面することから逃げている。ジムには心を許せる友達もいない。

転校したばかりの高校で、不良の集団と対立し、リーダーのバズとナイフで戦ったが邪魔が入ったため、「チキンレース」で決着をつけることになってしまう。チキンレースとは、断崖絶壁に向かってクルマを猛スピードで走らせ、落ちる直前でクルマから飛び降りるもので、早く飛び降りたほうがチキン(臆病者)というレッテルを貼られることになる。

一旦、帰宅したジムは、父親に、「男にならなければならないとき、どうしたらいい(What can you do when you have to be a man?)」と問う。しかし、エプロン姿の情けない格好をした父親はすぐには答えられないと言って逃げてしまう。

ジムにとってはこの戦いは男としての「名誉」の問題であり、逃げることはできない。彼は、父親の制止を振りきって、不良たちのもとへ向かう。

一対一のチキンレースが始まる。この映画の中でもとりわけ有名なシーンである。ジムはクルマが崖に落ちる寸前でうまくクルマからころがり落ちる。一方、バズのほうはジャンパーの袖が何かに引っかかり、車から出られなくなって、そのまま海に転落し死んでしまう。

バズの仲間たちは、トラブルに巻き込まれることを嫌がり、その場から慌てて立ち去る。

ひとまずジムはバズの恋人ジュディ(ナタリー・ウッド)とジムに信頼を寄せるプレイトー(サル・ミネオ)とともに帰宅する。

ジムは父親にチキンレースの前に聞いた質問の答えを求め、その後、チキンレースの顛末を話し、警察に行くべきかどうか相談する。しかし、父親は答えを出さず、口うるさい母親に「自分の将来をダメにしてしまうのだから黙っていたほうがいい」と抑えこまれてしまう。

しかし、そんなことより、自分の名誉を保つことを重視するジムは、信頼する警察官のレイに事情を説明するために警察署を訪れる。ところがレイは外出していて、他の警官に明日来るようにと、軽くあしらわれてしまう。

警察署の玄関で、ジムは警察に呼ばれた不良仲間たち3人(そのうちの一人がデニス・ホッパー!)とすれ違う。彼らはジムが警察に告げ口をしたと早とちりし、その仕返しをするために、ジムとジュディとプレイトーを探し求める。

ジムたちは、追手を逃れて、その日の授業で訪れた天文台近くにある、かつてプレイトーの父親のものだった大きな白い屋敷(『サンセット大通り』(1950年)の撮影でも使われた億万長者のポール・ゲティ邸)へ隠れる。

ジムとジュディは、疲れて眠ってしまったプレイトーを置いて、別の部屋で愛を語り合う。その間に、プレイトーは3人の不良に発見されてしまう。追いつめられたプレイトーは、持っていた拳銃で一人を射殺してしまう。銃声を聞いて驚いて部屋から出てきたジムに対しても、怒りの収まらないプレイトーは発砲する。弾は運良く逸れたが、住宅侵入で見張っていた警ら隊に気づかれてしまう。

近くの天文台に逃れたプレイトーは、警官隊に追い詰められるが、ジムが間に入って、投降させようとするが、銃を取り出したプレイトーに警官が発砲。彼は射殺されてしまう。

皮肉にも、ジムは2人を人間の命を犠牲にして、自分が求めていた「名誉」と「友人」(ジュディ)を手に入れ、父と母と和解する。

この映画の原題Rebel Without a Causeは日本語では『理由なき反抗』と訳されている。しかし、このcause というのは理由ではなく、「大義(名分)」(an organization, belief, or aim that a group of people support or fight for)のことだろう。そう捉えれば、ジム青年の反抗というのは、大義のない、虚しいものであることがわかる。正しく訳せば、『大義なき反抗』となる。

かつての西部劇では、ジョン・ウェインのようなヒーローの戦いには大義があった。しかし、ジムの反抗はわざわざしなくてもよい、何の意味もない戦いだ。チキンレースで死んだバズも、射殺されたプレイトーも無駄死にとしか言えない。

なんともやりきれないものだ。

ニコラス・レイ監督は、きっとそういうことを描きたかったに違いない。

 

『アンジェラ・アキのSONGBOOK』は必見

NHK SONGBOOK

アンジェラ・アキさんが先生になって、名曲の歌詞を深く読み込み、その後、生徒たちが曲に合うように日本語の歌詞を書くという画期的な英語学習+音楽番組。

第1回と第2回の課題曲はビリー・ジョエルの"Honesty"。

第2回の授業では、曲のテーマに沿って実際に生徒たちが書いた日本語の歌詞を、アンジーが英語の音節数に合うように書き換え、キーボードの弾き語りで歌ってくれた。

自分の歌詞がアンジーに歌ってもらえた生徒たちの感動が伝わってきた。

実によい番組なので、英語学習に興味のある方は、ぜひご覧になるとよい。

大杉正明先生が終始「借りてきた猫」のようになっているのが、少し残念かな。次回以降の先生の活躍に期待。


学生の頃、よくビリー・ジョエルの曲を歌って発音の練習をしたものだ。

Billy Joel Honesty in Leningrad 1987 - YouTube

アンジーに指摘されるまで、この歌が「葛藤」の歌だとは気づかなかった。

葛藤があるからこそ、心に響くのだろう。

If you search for tenderness
it isn't hard to find.
You can have the love you need to live.
But if you look for truthfulness
You might just as well be blind.
It always seems to be so hard to give.

Honesty is such a lonely word.
Everyone is so untrue.
Honesty is hardly ever heard.
And mostly what I need from you.

I can always find someone
to say they sympathize.
If I wear my heart out on my sleeve.
But I don't want some pretty face
to tell me pretty lies.
All I want is someone to believe.

Honesty is such a lonely word.
Everyone is so untrue.
Honesty is hardly ever heard.
And mostly what I need from you.

I can find a lover.
I can find a friend.
I can have security until the bitter end.
Anyone can comfort me
with promises again.
I know, I know.

When I'm deep inside of me
don't be too concerned.
I won't as for nothin' while I'm gone.
But when I want sincerity
tell me where else can I turn.
Because you're the one I depend upon.

Honesty is such a lonely word.
Everyone is so untrue.
Honesty is hardly ever heard.
And mostly what I need from you.

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