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2009年3月の115件の記事

スマイル、スマイル

「ここぞというとき」というのはどういうときなんだろうか。あいまいで、よくわからないけれど、大事な場面であるということはなんとなくわかる。

「まじない」(=呪い)ということなら、「災いを除いたり起したりする術」(『広辞苑』)と受け取ればいいのだろう。

ふつう、「おまじない」というときは、災いを起こす方は考えないから、災いを除ける方を考えたほうがいいのかな。

『デカレンジャー』だったと思うけれど、みんなが困っていたり落ち込んでいるたりするときに女の子の隊員(デカピンク?)がいつも「スマイル、スマイル」と言っていたのが印象に残っている。

困っているときに当たり前のように困った顔をするのではなく、とりあえず「スマイル、スマイル」といって作り笑いでもしてみると、けっこうどうにかなってしまうもの。

これが世界で一番良いおまじないだと私は信じている。

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農民

転職するとしたら、百姓になりたい。

百の姓(かばね)というくらいだから、何でも自分でやる人のことを百姓というのだそうだ。

百姓というのは、最短でも1年単位でモノを考えなければならない人である。

現代人の多くは、特に会社員は、短期間で結果を残すことが要求されるから、気が短くなって、精神的に貧しくなり、考え方がどんどん狭くなっていく。

私はモノを教える仕事に従事しているけれども、会社員が感じているのと同じような圧力を年々強く感じるようになってきている。

私たちの場合はまだましかもしれないが、昔は結果を出すのは4年先でもよかったが、近年は半年後には結果を出せと要求されることが多くなってきている。

人間の成長のスピードは、そんなに早くはないはずだ。

このズレを同期させるためにも、転職するなら、百姓になりたいと思う。要するに、悠長にモノを考えられる人になりたいということである。

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卵焼き

「おべんとう」というコトバを聞くと、幼稚園の頃の思い出がよみがえってくる。

コロボックルのキャラクターのついた楕円形のアルミの弁当箱のふたを開けると、卵焼きの匂いが漂ってくる。台所でお弁当の準備をする母親の後から、覗き込む私。

あの匂いをかぐたびに、いまでも35年以上前の記憶がよみがえる。

いまでも、卵焼きが入っていると、心の中では子どものようにうれしがってしまう。

不思議なことに、妻が作る卵焼きは、私の母が作るものとはまったく違う。

でも、甲乙つけがたいほどうまい。

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ブログにポートレイト

今朝は、早くから洗車。半年振りにポリマーワックスも塗布。一度塗って乾かしてから磨く作業が面倒くさい。たまらず、ホームセンターに電動ドリルドライバーにつけて磨けるパフを買いに行ったら、二度拭きのいらないガラス系のワックスが1980円で売られていた。しかも持続期間は12ヶ月。私が使っているものは7ヶ月。パフを買うのをやめて、次はそのワックスを買うことにした。半年以上先になるけれど。世の中はどんどん便利に、よくなっていくなあ。

ケータイ電話を解約するためにauショップへ行ったら、4月が解約月なので、明日の4月1日に解約すれば、通常3000円かかるところが、ただになると教えられた。その月の第1日目に解約しても、無料なんだそうだ。ということで、また明日出なおすことにした。

帰宅後、壁に漆喰を塗る作業を再開。漆喰はあと2袋しかないのに、まだまだ塗り残しがある。あと5袋くらいは新たに購入しなければならないかも。

このブログに、草加ふささらマラソンのときの写真を貼り付けた。よく見ると、脚が短い。日本人だから仕方がないか。

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アウトレット、公園、日帰り温泉

昨日は、三井アウトレットパーク 入間へ行って来た。開店1周年ということで感謝祭が行われていた。といっても、通常の価格設定を知らないので、安くなっているのかどうか私にはわからない。

戦利品はこちら。キャップは945円だった。500円くらい得したと思う。ただ、ああいうところへ行くと、自分が持っているウェアが自分が購入した価格より安くなっているのを見て、がっかりすることもある。まさに今回がそうだった。私が草加ふささらマラソンでも着用したランニングシャツが1500円くらい安くなっていた。

Cap

 

大量に購入するのならいざしらず、ガソリン代やら食事代やらかけてわざわざ遠くの店に行って購入するのなら、近場で購入したほうが、品物の価格は高いかもしれないが、トータルでは安上がりであるということをまたまた思い知らされた。

帽子の下のものは、コロンビアの春秋モノのカジュアルジャケット。通常なら今の時期に最適なはず。でも、ここ数日は真冬並みの気温なので、着る機会がまだない。

ランチはモール内のハンバーガー屋さんで。マックとは比べ物にならないほどのパティーの厚さに、子どもたちも大満足。

妻は何かを買うと言って、しばらく単独行動をしていたが、1時間以上かけて思案した挙句、「やっぱりもたいないからやめた」と言って何も買わずに戻ってきた。いつもの調子なので、予想通りの展開だ。

その後、所沢航空記念公園へ。日本庭園の中では、ミツマタが満開だった。あいにく展示館は月曜日のため入れなかったが、外に展示されている飛行機を背景に子どもたちの写真を撮った。あとは中を散策し、遊具のある公園で、夕方近くまで時間を費やした。

Plane

その後は、帰りがてら、川越の小江戸はつかり温泉へ。お湯が茶色で、鉄臭い。まさに温泉というお湯。秩父のほうの湯とは違って、アルカリ度は低いらしく、ぜんぜんつるつるしなかったのが残念かな。もうひとつ残念なのは、テレビがお風呂にあること。2箇所あるサウナのひとつに1台、洞窟風呂に1台。なぜ温泉でテレビを見せられなければいけないのか私にはわからない。夕食も食堂で食べたのだが、そこにもテレビがある。テレビに背を向けて食べたのだが、前のガラスに後ろのテレビの画面が映っている。どうがんばっても、テレビから逃れられないようだ。

9時ごろ、帰路に着いた。財布の中身がすっからかん(残り735円)になってしまったが、子どもたちに喜んでももらえたから、私も満足である。

行きは私の運転で、妻がナビゲーター役。妻のナビゲーションはいつもデタラメなので、何度も道に迷って時間がかかってしまった。どうして女の人は地図が読めないんだろう。昔そんなタイトルの本もあったけど。

痺れを切らして、航空公園からの道は私が助手席に座ってナビゲーターになった。適切であいまいさのない明確な指示を与えたので、それからは一回も道を間違えることはなかった。道案内の模範を示したような印象だった。妻の道案内は、「次の信号は?右?」という具合にいつもは使わないような「語尾上げ」を使って、自信のなさそうないい振りをするので、運転手の私は、右に行けばいいのか、左に行けばいいのか、判断がつかなくなり、ときどき路側帯にぶつかりそうになる。

あとはしばらくまっすぐに行けばいいというところになると、妻はすぐに油断をするので、道に迷ってから、「ここまで順調に来ていたのにおかしいなあ」と言って、おもむろに地図を開き、迷った原因を探し始めるのだが、もうときすでに遅し。頭の中は完全に混乱し、自分たちのクルマがどこを走っているかさえもわからなくなってしまう。最悪の道案内の見本のようなものである。結婚してから10年目でようやくこのストレスフルな道案内に我慢ができるようになったが、結婚した当初は本当にいらいらした。

そのために、先代の車では、何よりもまずカーナビを取り付けることを優先した。当時(6年前)30万円(20万円の中古で買った)もしたカロッツェリアのカーナビは、いい加減な案内ばかりするし、道のないところで曲がれと自信たっぷりに言うので、ほとほと愛想が尽きた。

だから、今乗っている車には、何よりもカーナビを取り付けないことを優先した。あればあったで役に立つこともあるが、反面邪魔になることもある。

なければないで、なんとかなるものだ。そういう思いを、私はカーナビを通じて強くした。

これは世の中のすべてのものに通じる。なければないで、なんとかなるものである。

温泉に、電気つぼ風呂というものがあったので、電気を筋肉痛がある部分に当てて、凝りをほぐした。そのおかげか、今日はいくぶん楽に歩けるようになった。

今日で3月も終わり。明日から長男は新4年生、次男は幼稚園生(2年保育)になる。

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元気

昨日のハーフで最後の4キロを全速力で走ったため、ふだんあまり使わない筋肉を酷使したらしい。

ふとももの付け根の外側の腰骨のすぐ下あたり、つまり腸脛靭帯と接する大腿四頭筋の一部にこわばりがある。

階段を上り下りするのにもさして支障はない。いたって元気。朝から普段の2倍の食事量だ。

これから、子どもたちを連れて、遠くの公園に遊びに行き、その帰りに日帰り温泉に立ち寄り、昨日の疲れを癒してくる予定。休足日を5日以上取ることにした。

昨日、千葉県知事選挙で森田健作氏が当選した。

ニュースでその報道を知った瞬間に、「日本人はいま元気な人を欲しているんだなあ」と実感した。「知名度の差」で野党連合が押した会社社長が落ちたという分析がなされているようだが、勝因は「元気」の差であると私は確信する。知名度の差ではないと私が主張するのは、森田さんは前回の選挙で前知事に敗れているのだからである。

から元気でもいい、やせ我慢でもいいから、「元気」な人を応援したいという気持ちが、ここ数ヶ月本当に強くなってきているのではないかと思う。

辛気臭い人、陰気な人は、鬱陶しい。マスコミの報道は、いつも悲観的。悲観的ではないとニュースじゃないみたいなところがある。

みのもんた氏のように、世の中に「ほっとけない!」とか、「見過ごせない」とか言って、世の中に憤慨していても、彼には使い切れないほどの資産がある。

そんな奴が自分は庶民だといっていることの欺瞞や偽善を私にはどうしても許せない。

まあ、ともあれ、周りを奈落の底に引きずり込むように意気消沈させるような人間は、ただちにこの世から去って欲しい。

森田健作氏は、千葉から日本に元気を与えてくれそうな気がする。あの人にまかせておけば千葉は大丈夫そうだ。

麻生さんのほうが小沢さんより人気があるのは、バカみたいに間違いが多くて人間的であるからではなく、ただひたすら、健康で、スタミナがあって、元気だからなのかもしれない。

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ふささら完走

風もなく、おだやかな一日だった。草加のフラットな路面のおかげで自己ベストを更新できた人が多数いたと思う。

会場で司会の女性がスタート直前に「ハーフマラソンの参加者は5300人です」と言っていたように聞こえた。名簿を見ると6636人の登録がある。私の聞き間違いかもしれない。受付はないので、実際にはスタートをする前に参加者の正確な数を把握できるはずがないと思う。しかし、5300人というのは、私が参加した3つの大会の中でもっとも大きな大会である。

私は「2時間以上のランナー」のところに並んだ。

ゲストランナーの高橋尚子さんが、スタートゲートのところで手を振ってくれるというので期待して待っていたら、彼女は我々の足の遅い連中を待たずに、スタートしてしまった。まわりのランナーのため息が聞こえた。

最初の10キロあたりまでは、いつもの練習のときと同じようにゆっくり入った。息を切らさないように、周りのランナーのペースに乱されないように注意して楽なペースを維持した。完走証を見ると、10キロ地点のタイムは1時間4分35秒と書いてある。これはグロスなので、実際は1時間だ。まったくいつもと同じペースだ。

それから、いつものペースより上げて大勢の人たちを追い抜いた。どのくらい抜いたかまったく見当もつかない。数十人から100人程度であることは間違いない

15キロ地点を過ぎても余力がだいぶ残っており、「あと6キロしか楽しめないのか」と思うほど。そのころからランニングハイに入ったみたい。

最後の4キロ地点からさらにペースを上げた。ストライドを大きくし、跳ねるように走った。アシックスゲルカヤノのクッションのおかげで、大腿四頭筋の負担は少ない。キネシオテープの力も借りなかったが、膝も脹脛も痛くならない。

面白いように、さらに数百人の人を追い越していった。

そのころから、ずっとマークしていた(ペースメーカーにしていた)フォームのきれいな男性が脱落。

女性のふくよかなお尻を眺めていると、禁欲生活が続いているせいか、変な気分になりそうで、今回はなるべく見ないようにして走った。でもだいぶ堪能させてもらった。こんなに重たそうなお尻の人が、どうして私より前を走っているのだと思うとアドレナリンが出てきた。

最初からずっと緊張感のない、アロハな走りをしていたのだが、そのころからランニングハイの上に、攻撃的な走りが加わっていった。

2キロ地点から、スパートを掛けた。最後の1キロに達すると、猛ダッシュ。1キロ5分は確実に切っていた。本当に自分にこんなスピードが出せるのかと思うほどの勢いだった。

数百メートル後ろからずっとピンク色の戦隊モノのコスチュームに身を包んだ男性は絶対に追い抜きたいと思っていた。その人を含む、十数人のランナーを最後のトラックで一気に抜き去り、フィニッシュ。

ハーフ2時間というのは実際は凡庸な記録かもしれないが、数百人の「ごぼう抜き」の至福も味わえたし、ランニングハイも味わえた。走り終わっても、苦しくて倒れてしまうようなこともなく、まだまだ走れるぞというような雰囲気だった。(でもフルには出る覚悟が決められない。)

今日は、本当に楽しい、満足の行く一日を過ごすことができた。

おまけに自己ベストまで更新できた。

スタートゲートを通過するのに4分ほどかかったので、グロスタイムは2時間4分5秒だったが、ネットタイムは2時間00分15秒。惜しくも念願の2時間切りを達成できなかった。川口マラソンのときが、2時間4分55秒だったので、5分ほどタイムを縮められた。

総合順位は2471位。

しかし!

私はそもそも健康増進のためにジョギングをしているのであって、つらい思いをして記録を更新するために走っているわけではない。

友人の奥様は1時間37分だった。たいへんすばらしい記録なのに、練習の結果がでなかったと残念がっていた。

そういう能力の高い方と自分を比べて、「私はまだまだだな」なんて思えない。スポーツカーと軽自動車がどっちが速いのかを競い合ってみても意味がないし、面白くない。市民ランナーにとって、重要なのは、自分が心から満足できたかどうかだけである。他人の評価などどうでもいいのである。

高橋尚子選手を半径1.5メートルのところで見ることができた。レース後、公園のトイレに入る前に、運よく護衛のスタッフと一緒に公園の外周を走っているところに遭遇したのだ。さすがにQちゃんはエリートランナーである。ジョギングでもスピードが違うし、女性として華がある。

帰りは、道を間違えて、レイクタウンの中に入ってしまった。ついでだからビクトリアを覗いてみた。迷わず、ランニングウェアではなく、シングルバーナーのコーナーへ。ああこれでおでんでも温めて、花見を楽しみたいものだなあなどと考えていたら、顔に塩がふいていることにふと気づき、どの面下げてショッピングモールの中を歩いていたのだと恥ずかしくなって、慌ててトイレを探し、顔を洗った。モール内の暖房がきついせいか、場違いなベンチコートも恥ずかしくなってきて、いそいそと駅に向かい、家路を急いだ。

帰宅後、シャワーで汗を流していると、乳首が痛いことに気づいた。絆創膏を貼っておくのを面倒くさがって、ワセリンですませてしまったのがいけなかった。

やはりランナーなら常識なのかもしれないが、カーボローディングも、水分補給も、ストレッチも、筋肉を温めておくことも、事前の周到な練習も重要だ。経験者のアドバイスをきちんと守ることが大切なんだなとあらためて思った。

明日は自分へのご褒美に、日帰り温泉にでも行ってこようと思う。ここ1ヶ月、禁欲的な生活をしていたので、家族と楽しく過ごして、たっぷりたまったストレスを発散したい。

そうそう、靴下がどういうわけか泥だらけになってしまった。1年くらい使用してたので、全体的に生地も薄くなり、底の滑り止めもすりきれていたので、捨てることにした。

靴も風呂場で洗い、泥汚れを落とした。ランニングシューズを洗うのは今回が初めてだ。大人になってから靴を洗うというのも、もしかしたら初めてかもしれない。

過去2回のレースのあとは、帰宅後、倒れるようにベッドに直行したが、今日はその必要はなさそうだ。

書き忘れていたが、ウェストポーチに入れていたゼリー飲料は最後まで飲む必要がなかった。給水は水のみだったが、すべての地点で立ち止まって100~150ccずつ飲んだ。

昨日の夜はスパゲッティにお菓子、朝食は自家製パンを普段より多めに食べて、スタート前に、ゼリー飲料を一本飲み干し、アクエリアスもごくごくとやっておいたので、グリコーゲンもそれ以上補給する必要もないくらいだったようである。

今日は歩数計を携行して走った。

16時の時点で、33322歩。ディズニーランドを丸一日歩き回っても2万歩くらいだから、今日はずいぶん足を使った。

ふささらマラソン2009 - スポーツ写真サイト オールスポーツコミュニティ

Fusasara

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HAIKU

Haiku in English - The Mainichi Daily News

summer solstice
dawn silently scales
skyscraper windows
-- Origa (Lancing, MI, USA)

このHAIKUが2008年の賞を得たそうだ。ピクチャレスクで、すばらしいHAIKUである。夏至であって、冬至ではダメだという寸評もいい。silentlyとwinterだとイメージが近すぎるからなのだそうだ。

日本語の俳句とは少々趣が異なるが、英語のHAIKUもひとつのジャンルとして成熟してきたなという印象をもった。

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緊張感ゼロ

明日は草加ふささらマラソンの日。

5時起床、6時半出発、(受付なしの)8時スタート、10時ゴール、12時前に帰宅というスケジュール。

ハーフマラソン出場も3回目となると緊張感がなくなる。

アドレナリンがぜんぜん出てこない。

別に、腹が据わっているわけではない。

自己ベスト更新を考えていないので、プレッシャーを感じないだけかもしれない。

私なんぞが自己ベストを更新したところで、健康な若者なら、ものの1ヶ月の練習期間さえあれば、軽々と達成できてしまう程度の記録でしかない。

ハーフ2時間だもの。ちっとも威張れる記録じゃない。英検準2級とか、TOEIC500点みたいなレベルだし。

そもそも健康維持を目指して走り始めたのだから、ただ完走できればいいのである。

なにより楽しむことが大事。

ゲストランナーのQちゃんもハーフを走るらしい。会えるといいな。

悲壮感を漂わせ、しまいには泣きながら走るプロのランナーがいるけれど、あれはいやだ。たとえば女子で言うと、Tさん見たいな人。

Qちゃんみたいに、フルマラソンを笑顔で楽しみながら走れるように私はなりたい。

そういえば、2月の「みさとハーフ」の終了後、低血糖が原因で片目の視力が半日落ちた状態が続いて驚いたが、今回はそういうことのないようにゼリー飲料を携行して走る予定。パンフレットを見たら、給水は基本的には「水」のみで対処するのだそうだ。けち臭いねえ。

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銀座

変なことを思い出した。

20年前、大学時代の話だが、銀座にひとりでカバンを買いに出かけたことがある。カバン屋さんに入ると入り口付近でいきなり「あなたが買うようなものはうちの店には置いておりませんよ」と言われた。

あまりにも悔しいので銀行に寄ってお金を下ろしてこようと思い、当時さくら銀行と言っていた銀行が近くにあるかどうか探した。

田舎モノの私にはなかなか見つけられなかったので、宝くじの露天商のババアに道を尋ねると、「あたしゃ、知りませんね」というそっけない返事。

仕方がないので、近くをぶらぶらしていると、目と鼻の先にさくら銀行があるではないか。

20年前の銀座という場所は、そういうところであった。これは買い物用の手提げカバンに2000万円を入れて、天気がよくても傘をぶらさげていた永井荷風が闊歩していた遠い昔の話ではない。

バブル期だったせいもあるかもしれないが、連中は殿様商売であぐらをかいていた。それから、本当に銀座が大嫌いになった。高級デパートや老舗が不況にあえいでいるのを見るにつけ、「ざまあ見ろ」と思う。おそらく、今の銀座はそういう場所ではないと思うが、きっとあのときの傲慢な雰囲気はどこかに残っているはずだ。

それに比べると、いまの日本は本当に住みやすいところになった。サービスが標準化されて、ありがたみもなくなったかもしれないが、コンビニの店員だって愛想笑いをしてくれるようになったし、お客が不快な思いを我慢しながら買い物をするようなこともなくなった。それを考えると、感謝の心でいっぱいになる。

私はこういう話をよく義理の母とするのだが、やはり昔より今のほうがよいという点では、いつも意見が一致する。

教育だって、昔よりはるかによくなった。義母は新聞紙を握りつぶしながら、昔の教師はいつもかわいい女の子にえこひいきをしていたと言う。確かに昔の教師はひどかった。何かと言うと体罰を加えたものだ。友人は耳やうなじを引っ張られたり、抱きかかえられて、ベランダに投げ捨てられたりした。私自身も張り手を食らったこともあるし、膝蹴りを食らったこともある。

そんな往時を思うと、本当にいまの日本はよくここまで進歩したなと感心する。すばらしい世の中になった。

銀座での苦い思い出を突然思い出したのは、銀座のネクタイ屋を紹介するBSの番組を、スパゲッティが茹で上がるのを待ちながら、ちらりちらりと見ていたからである。恰幅のよい裕福そうなおじさんが、「ネクタイといったら、私は田屋しか考えられませんね」などと話ていた。

そいつを握りつぶして、ネクタイを海苔代わりにして、おむすびマンにしてやりたいと思った。

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高速代1000円スタート

渋滞情報を見てみると、笑っちゃうくらいどの高速道路も渋滞がほとんど見られない。

「今週末はGW並みの渋滞が予想される」と、今朝ちらっとテレビを見たら、アナウンサーが言っていた。

でも、画面に映された料金所のあたりはガラガラ。リストラされたオヤジの背中を見ているようだ。

今日もまたテレビは、巷の占い師のように信憑性のない報道ばかりをしているなあと改めて思った。

私は明日ハーフマラソンを走るので、今日は完全休足日にする。

ホームセンターか100円ショップに行って、本を郵送するための梱包材を買ってきて、その足で郵便局へ行って荷物を出してくるくらいしか予定はない。

あとは壁に漆喰を塗る作業の続きかな。

そうだ、授業で使う教科書の選定作業もあった。本当に面倒だなあ。

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『のんびり行こうぜ』

昨日から、私の机の上には、野田知佑氏の『のんびり行こうぜ』(昭和61年初版)がある。アマゾンでは古本が1円(郵送代が340円?)で販売されている。

実家の倉庫に20年以上眠らせておいたため、表紙はきれいだが、紙質が悪いらしく、だいぶ黄ばんでおり、時代を感じさせる。シミもたっぷりついている。

野田さんが千葉の亀山湖付近に住んでいたころのエッセイで、いまはおそらく別の場所に居を構えているはずである。

プロフィールに昭和13年生まれと書いてあるから、彼は私の両親より少し上の世代の人間である。もう70歳を優に超えている。

私はこの本を中学3年か高校1年のときに読んだ。当時はまだ、環境問題や自然破壊についてほとんどメディアでは取り上げられなかった時代である。

私がこの本から受け取ったメッセージは、必要最小限の荷物をカヌーに積み込んで、自然や川のそばで暮らしている人たちと対話をしながら悠久の時間をすごしてみれば、不遜な態度を改められ、人間本来の謙虚さを取り戻すことができるというものである。

人間たちは数々のモノで武装し自然より強くなった気になっているが、とんでもない幻想である。

自分自身のカラダで自然との対話を楽しんでみると見えてくる世界がある。

この本は、そういうものを疑似体験させてくれる。

この本を読んでからカヌーで川下りをするのが私の夢になった。しかし、いまだにその夢は実現していない。私がときどき足を運ぶモンベルショップには、折りたたみ式のカヤックが展示されているのだが、あれを見るたびに今夏こそカヌー教室に家族で参加するぞという気持ちになる。でも、予算の都合でなかなか。

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注文が入った!

アマゾンマーケットプレイスに出品していた英語学習関係の二冊に注文が入った。TOEIC関連の本ではなく、それぞれ発音と発想に関する本。語学関係の本から売れていくのは予想通りである。

文学関連にはなかなか注文が来ないような気がする。値段が高いものしか出品しなかったから。しかし、語学関連の本とは違って、どれも価値のあるものばかり。詩集や思想関連の本なんて、神保町あたりを探し回ってもなかなか見つからないようなものだと思う。

それにしても、いざ配送手続きをすることを考えると、自分の娘を嫁に出すような感傷的な気持ちになる。

書籍を送る場合、昔は「書籍小包」とか「冊子小包」」といったけれど、いまは「ゆうメール」と名称が変わったことをいま初めて知った。

料金は150gまでが180円、250gまでが210円、500gまでが290円、1kgまでが340円、2kgまでが450円、3kgまでが590円となる。

それ以上は「ゆうパック」だ。たいていのものなら1000円くらいで収まるようだ。

アマゾンのサイトには、2営業日以内に注文者に当該書籍を郵送する手続きを取らないと、評価が悪くなるという脅しが書いてある。怖いねえ。

「2営業日」って、土日祝日を除外するという意味なのだろうか。よくわからないけれど、私は専業でやっているわけではないので、2日で発送するというのはけっこうきつい。まあ、代わりに妻に郵便局に出向いてもらえればいいのかもしれないけれども。

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スリムになりたい

自慢じゃないけれど、カラダのほうは十分にスリムなので(体脂肪率15%、BMIは20)、そっちの心配はない。貧血気味なので、焼き鳥のレバーを夕食に食べたほど。

ネットマイルをもう7年以上利用していて、これまでに1万円近く振り込んでもらったけれど、もう心の底から飽きたので、本日ようやく解約できた。貯まっていたマイルはドリップコーヒーに替えて、残りのマイルは満足に食べられない貧しい子どもたちのために寄付した。

ついでに、フルーツメールも解約した。懸賞なんてまったく当たらないので、これにはうんざりした。

gmailもだいぶ前に解約したと思っていたら、していなかったので、それも解約。

昨日はyahooメールを解約した。

ディノスも脱会したと思っていたら、していなかった。でもIDとパスワードの組み合わせを忘れてしまい、脱会できなくなった。メール配信だけを停止する手続きをとった。

だんだん、いろんなものが鬱陶しくなってきた。私のところに来るメールはみなダイレクトメールのようなものばかりで、私個人へのメッセージは数ヶ月に1度程度しか来ない。みな、何かを買え、アンケートに答えろ、というものばかり。

ETCマイレージも、ポイントなんてほとんど貯まるものではないので、解約を検討している。

マクロミルもあと120ポイント貯まったら現金に換えて脱会しようと思う。

JOMOのクレジットカードもいい加減解約しよう。

auのケータイ電話も来週解約する。nanacoポイントも使ってしまわないと。でもセブンイレブンで買うものなんてろくにないんだよね。

いつも見ていたニュースサイトを5つほど「お気に入り」から抹消した。もう見ることはないだろう。

まだまだ解約したいものがある。自分の視界から消えて欲しいものがたっぷりある。

いかんせん、浮き世の柵(しがらみ)があって、そう簡単には身軽になれない。

TBSラジオの「ストリーム」という番組が今日をもって終わってしまった。私の家ではTBSラジオは朝鮮語の放送と混信してしまうので、ポッドキャストで聞くしかなかった。いまの日本のメディアの中ではきわめて珍しく、大人の鑑賞にも堪えるような批評性があるすばらしい番組だった。きわめて残念である。

世の中には消えて欲しいものが溢れかえっているのに、消えて欲しくないもののほうが先に消えてしまう。

いま私には、見たいテレビ番組もラジオ番組もまったくなくなってしまった。どうしてもお気に入りに入れておきたいようなウェブサイトも、10本の指があれば十分なほどにまでに減ってしまった。ここ数ヶ月で、一気にあらゆるものがつまらなくなった。

これは私の心境の変化だけではなく、番組を製作する側の責任でもあるような気がしている。

「重要なのは数字」という意識が極端に強くなりすぎている。そのせいであることは間違いない。

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替り目

私は二人称(あなた)を使って感謝の手紙を書くのは、おそらくその人が死んだときだけだと思う。そんな手紙を書いたら、その人の人生を勝手にまとめてしまっているような気がするから、ぜったいに書きたくない。

落語に「替り目」という演目がある。

古今亭志ん生みたいに妻に苦労をかけた爺さんが演じると、ほんとうに説得力があるいい噺である。

私だってあの酔っ払いのぐうたら亭主のように、本当は心の中で誰かにいつも感謝しているのだよ。

それにしても、なぜあの噺は「替り目」という題がついているのだろうか。亭主の態度が、女房がいなくなると急に転調するからかな。

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転んでもただでは起きるなよ。

今日が人生最後の日だと思って生きていこう。

いつ死んでもよいように、身辺を常に整理しておくべし。

(後始末をする人のことを考えよう。)

どんな状況に置かれても冷静に考え、落ち着いて行動しなさい。

常に複数の選択肢を想定し、自分が最善であると思った選択肢をためらうことなく選びなさい。

選んだ選択肢が最悪だったとしても、めげないように。

誰でも必ず失敗はあるもの。失敗は人生の肥やしである。

転んでもただでは起きるなよ。

と、自分に言い聞かせたい。

このごろの私は惰性で生きている気がする。でも惰性の力がなければ生きていけない気もする。

私は来年40歳になる。人生の新しいステージに入るような気がしている。そろそろ踏ん切りをつけなくちゃならぬわい。

みなさん、がんばっていきましょう。

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コートハンガー

コートハンガーを自分で取り付けました。

ニトリに行って見たら、素材がMDFで塩ビで覆った不自然なつくりのものが800円ほどで売られていました。さすがに、ひどいので敬遠。

その後ホームセンターでこれを購入しました。素材はパイン材。クリアラッカーが塗られています。本当は自分で作りたかったのですが、面倒くさくなりました。

このコートハンガーにはねじ穴が両端に2本しかなく、若干不安定だったので、真ん中にもねじを埋め込みました。これでぐらつきはまったくなくなりました。

実際に、140cmの長男をつれてきて、彼が背伸びをすれば手が届く高さに設置しました。あんまり低いと頭をぶつけたり、下においてあるものの邪魔になったりするので、高さを決めるのがけっこう厄介なのだとやってみて初めて気がつきました。

水準器を使ったので、完璧に水平です。

Wallhanger1

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ジョグ6K

レースをあと2日後に控えているので、ハーブ・オオタのハワイアンミュージックを聴きながら軽く6キロ。

前半は20分18秒。

後半は17分2秒。

今日はなんとなくカラダが重く感じた。夜は、レバニラ炒めでも食べて、貧血対策を講じないといけないかな。

お昼前に、子どもたちを連れて、郵便局へ。学会費10000円の振り込み手数料に525円も取られた。子どもたちの貯金通帳に、それぞれ1000円ずつ預け入れ。1000円ずつしか貯金できなくて悪いねえ。それと80円切手5枚を購入。

その足でたい焼き屋に立ち寄ったが、あいにく休店日。仕方がないので、少し先のパン屋に行ってランチを調達。近くの公園のひだまりで、芝生に座って、みんなで(妻抜きで)パンを食べた。

帰ってきたら、これが届いていた。UCCコーヒーのポイントが120ポイントたまったので、先日頼んでおいたもの。お湯の中に浸すタイプのレギュラーコーヒー6パックセット。

Parcel Dipin

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ニオイ・リフォーム

消臭リフォームで家の 「ニオイ」 を断つ! - [リフォーム]All About

玄関まわりの壁を漆喰で塗り固めたので、一階全体に漆喰独特のほのかな匂いが漂っている。接着剤のニオイのようなものではないので、決して不快なものではない。

ニオイは、布を多く使っている家に多いのだそうだ。布はニオイを吸着しやすいからである。確かにどの家でもクローゼットの中が一番臭いし、カーテンも妙なニオイのするところが多い。

このところ、身辺の整理整頓に時間とエネルギーを費やしてきたが、ニオイということに関しては盲点だった。

我が家のニオイをちょっと調べてみよう。

昨日100円ショップで仕切りを買ってきた。日常的に使っているものが、200円できれいに整理整頓された。本当は、古道具屋あたりで木製の小抽斗を手に入れたいところだが、我が家にはそんな余裕はないので、プラスティックで我慢せざるをえない。

Drawer

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ピースフル・イージー・フィーリング

昔、深夜の首都高をJamiroquaiのSynkronisedというアルバムを聞きながら走ったことがある。危ないから、やめたほうがいいと思った。そのままあの世に行ってしまいそうだった。

中年になった私は、イーグルスの「ピースフル・イージー・フィーリング」を聞きながら、まったりとドライブするのが好きになった。

スピードを出すよりも、ぐっと抑えて走ったほうが、いろんな楽しみが見つかる。

いつも走っている道路の信号機の青から赤になる時間がわかるようになったり、風の強い日に女の子のスカートがめくれるのが見られたり、よいことも多い。

後ろから煽り立てるように走ってくる車があるときは、ルームミラーの角度を変えて、無視するようにしている。

私のポリシーは「バカは相手にしない」である。

どんな状況に置かれても、私は「ピースフル・イージー・フィーリング」でいたいと思う。

コネタマ参加中: ドライブのときに聴きたい曲、教えて!

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研修

昨日は仕事の研修(全部英語)に午後から出た。午前中の部は貧血気味で遠慮させていただいた。

ある外国人教師による、成績のつけ方(grading)についてのプレゼンを面白く拝聴した。

日本の主流は、normative based evaluationだが、西洋の主流はcriteria based evaluationだという。要するに、日本型は古いというわけだ。

いつものパターンなので、眉にツバをつけておいたほうがいい。

日本型はどうしても相対評価になってしまい、クラスによって評価が変わってくるという欠点がある。西洋型は絶対評価であり、しかもクラス全員が自分たちの評価に参加できるという長所があるという。学生のプレゼンを教師一人が採点するのではなく、クラス全員が採点に加わるのである。

criteriaということなので、ポイントが明確か、内容は面白かったか、声は大きかったか、アイコンタクトがあったか、などの項目に上限5点ずつつけて総合点を出し、クラス全員の評価の平均点と、教師の採点と足して2で割り、成績を出す仕組みである。

私も10年以上前、学生に評価に加わってもらうという試みをインターネットを使って行ったことがある。それで論文を1本書かせてもらった。しかし、きわめて作業が煩雑になり、時間を奪われるだけで、たいして効果も上がらなかったので、それを限りに従来型に戻してしまった。

プレゼンターは、経験的に学生たちの評価と教師の評価には大きなずれがないことがわかっていると述べていた。意地の悪いことを言わせてもらうと、だったら、学生の評価はいらなくなってしまうだろう。

授業をつくるのは教師一人なのか、それとも学生たち全員かという違いはものすごく大きい。ただ、それぞれに長所と短所があるので、いままでの日本型のものをすべて捨て去って、西洋型を受け入れろというのはどうかと思う。この「総取替え」というパターン自体、これまでの日本人のやり方とまったく同じではないか。

わたしはその部分がどうしても受け入れられない。頭が古いのだろうか。

それから、西洋型の授業のやり方だと、1週間にさほど多くの授業はこなせない。準備や後処理が大変だからである。専任講師は、一週間に6コマ程度だからなんとかやれるかもしれないが、非常勤の場合、たいてい13コマ以上も持っているので、そのうちの10コマ程度は手を抜かないとやっていけない。そういうところもわかっていただきたい。

日本は、ノルマを達成したかどうかを重要視する。規定の量をこなしたかどうかである。しかし、西洋は、量はさほど重要ではなく、質に重きを置くのかもしれない。よくはわからないが。

最初から覚えるべきことを決めておいて、それを正しく覚えたかどうかを評価するのではなく、覚えるべきことなど最初から決まっていないのだという前提に立ち、その後の人生の中で、状況に合わせて自分で工夫し、解決策を出せる能力が身についたかどうかを大学の授業では評価するということを、プレゼンターは言いたかったのかもしれない。

だとしたら、おっしゃる通りである。

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『収ったり、出したり』

ふつうの収納術には、「いい場所を見つけてやる」という発想が根本的に欠如している。

 自分にとって大事なものの居場所を工夫して見つけてやるのは、実は面白い作業だと思っている。そして物の置き方、並べ方を試してみて、ここに置くと一番きれいに見える、ずっと見ていても見飽きないというレイアウト、デザインが決まるとすごく爽快、すごく誇らしく感じる性分なのだ(49)。

はっとさせられた。便利さ、快適さ、居心地の良さの追求だけではなく、美しさの追求も必要なのだということを堀井和子氏は教えてくれている。

掲載されている数々の写真には、他の実用的な収納術の本にはないような、雑然とした感じと生活の匂いが漂っている。しかし、それだからこそ美しいと思えるのかもしれない。不思議な本である。

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『貧乏神髄』

2002年発行の本。「スローライフ」などという軟弱なコトバがまだなかった頃である。タイトルは坪内逍遥の『小説神髄』をもじったものだろう。

著者の川上卓也氏は昭和49年生まれなので、私の弟と同い年。28歳くらいのときの著作になる。自分が28歳だった頃と比べたら、えらく老成しているように思える。

どこぞのすっとこどっこいの企業のトップにクビを切られる前に自分をリストラし、生きることを真に楽しむために貧乏に降り立ったらしい。

貧乏には本物とニセモノがあり、ニセモノの貧乏は貧乏臭いのだそうだ。貧乏臭い人は、自分に足りないものを消費で補い、モノに頼ることで自己を維持し、確固たる個や思想をもたない。この人たちの生活に必要なのは、「何を買うかを選ぶことだけ」(227)と喝破する。

貧乏臭さの漂う現代の日本を川上氏は「一億総貧乏時代」と名づける。耳の痛いコトバである。

開高健の『ロビンソンの末裔』(昭和39年刊)を紹介するコラムの中の次のような文章が心に響いた。

 冒頭、東京の家の家財を売り払うシーンは印象的です。六畳間いっぱいに並んだ役に立たない家財道具も、いざ捨てるとなると惜しい気がする。「これだけくだらないものを背負わなければ人間は暮らしていけないのか」とうんざりするシーンは、現代の貧乏人の胸にも響くのではないでしょうか。敗戦から何十年も経ち、日本は経済大国と呼ばれるに至りました。けれどそれは、「これだけくだらないもの」が自由に手に入れられるだけのものなのかもしれません。 

 生きることに精一杯にならなくても生きられる時代、他に精一杯になれるものを見つけることこそが、本当の豊かさではないでしょうか。豊かさの享受がくだらないものを消費するだけというのでは、なんだか寂しい思いがします。精一杯にふさわしいなにかを見つけ出すことは、現代における開拓ではないでしょうか。自分の可能性を開拓し、まいた種はやがて芽を出し、実りを収穫できたなら、その喜びはロビンソンの末裔たちが得ることになったかもしれない収穫の喜びと同等だと、胸を張って言える気がします(195ページ)。

私には川上氏のように、炊飯器も冷蔵庫もテレビもまだ捨てられない。洗濯機を捨てることなんて考えたこともない。

けれども、情報の消費期限があまりに短い新聞は何年も前から購読しなくなったし、腐臭の漂うテレビはほとんど見なくなった。ラジオもめったに聞かない。ケータイ電話も今月末で解約する予定。あとはパソコンとインターネットか。そこまでは私にはむずかしい。

人は自分が主体的に消費しているつもりでも、実は消費される側の人間になっているという現代文明批判がこの著作の基調である。私はその思想に全面的に首肯できる。

しかし、完全に消費主義に反旗を翻した生活を送ることは家族持ちの人間にとっては現実的に不可能である。現代人は生活の糧を稼ぎ、それをお金に変換し、それで別のものを手に入れる。その過程とそれによって手にするものをミニマムしていくというのが著者の理想である。それは「一人暮らし」だからこそ、容易にできることだ。

「シンプルライフ」を目指す私も川上氏と同じ方角を向いていると信じているが、不便さを極端に我慢する必要もないと思う。

したくないことはしない。必要のないことはしない。自分ができる範囲に収まることだけをこないしていく。生きる指標はこういうことだけで十分じゃないかと思う。

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『自分でわが家を作る本』

家だって、DIYすれば、ローンを組まなくても済むかも。

著者は在来工法の家を860万円(窯業系サイディング、ペアガラス樹脂サッシ)で作ったそうだ。質素な家(外壁は杉板、アルミサッシ)にすれば470万円(33ページ)。

我が家の近所の建設中の家は、「560万円の家」と書いてある。人に頼んだほうが安上がりということもあるようだ。

家を作るといっても、法律の知識や電気の知識なども必要になるし、ひとりでやるのは大変だ。たとえログハウスだって、自分で作るなんて私には考えられないな。あっぱれ。

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『そうじ以前の整理収納の常識』

私が参考になったのは次の2点。

1.毎日使うものは取り出しやすくする。

2.引き出しの中に箱をひとつ入れるだけで片付く。

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『捨てない!シンプル整理術』

私は高校の担任の先生に、「人生で大切なことは自分の座標軸をもつことだ」と教えられた。先生はどういうことを言おうとしていたのかを自分が完全に理解できたという確信はいまだに持てない。

しかし、物事を考えるとき、座標軸をつくってみるというのは一応やっている。

この本にも、整理術の核心として、その座標軸が紹介されている。

縦軸に「役に立つ」、「役に立たない」を置く。こちらは客観的な評価である。

横軸に「関心がある」、「関心がない」を置く。こちらは主観的な評価である。

すると、右上のカテゴリーには、役に立つし、自分でも関心があるというものになる。シンプルにものを考える場合、これを優先すればいいというわけだ。

「関心もないし、役にも立たない」という左下のカテゴリーは真っ先に捨て去るべきものがくる。

通常の場合、「役に立つけれど関心がない」、「関心があるけれど役に立たない」というものが多いだろう。私の人生は、「関心があるけれど世の中には役に立たない」、さらに言うとお金にならないというもので占められている。

この整理法は、モノばかりではなく、人間にも当てはめることができる。やはり、できるだけ左下の「関心もないし、役にも立たない」というカテゴリーに入る人間は切り捨てるべきだろう。誰からも好かれるのは無理だし、人生は短いのだから。

この本の中で著者がもっとも言いたかったことは、どうやら次の二点に集約されるようだ。

1.しなくてすむことは、しない。

2.いらないものは、いらない。

つまり、「自分の納得できることだけをしよう」(219ページ)ということ。

実用的な整理術のひとつを紹介しておく。「いらない衣類の見分け方」(128ページ)である。

  • すでにサイズが合わない
  • その服に二年以上まったく袖を通していない
  • その服と組み合わせられる服がまったくない
  • 好みが変わりきらいになった
  • バーゲンなどで安さにつられて買った失敗作
  • 似ているテイストの服の古いほう
  • ほころび、しみ、傷などがあって袖を通す気にならない

「その他の整理」も参考になる。

    1. 子どもの作品などはしばらく飾って、本人といっしょに写真に収めてから処分
    2. 余分なものを持ち込む結果になるので収納場所を増やしすぎない
    3. レジャー用品、季節限定用品などはレンタルを利用する
    4. どうしても処分に迷うモノのために「迷い箱」を用意。二週間をメドにして「行く先」が決まらなかったら処分
    5. つかれてへとへとになるほど整理に打ち込みすぎない
    6. バーゲンのDMは見ない、会場にも極力近寄らない
    7. 「モノを得る」ということ以外の豊かさや満足感を知る

最後の項目は、もっとも大事なことだと思う。

100円ショップダイソーで購入したiPod nanoのシリコンケース。エレコムから出ている1000円の商品との違いは、ペンダント型のインナーフォンをぶらさげる穴がついていないところだけだと思う。こちらのケースは裏に足(突起)がついている。

Ipodcase

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「選ぶ!」技術

人は生きている限り選び続けていくもの。選ばずには生きていけない。

著者は、選ぶ主体を他人ではなく自分を据えることを提案している。

「これは一生モノですよ」とか「お似合いですよ」などというコトバにはだまされずに、自分が気に入ったかどうかだけを基準にして対象を選ぶのだ。

賢い消費者になれなくたっていい。自分が気に入ったという気持ちを大事にしたい。

もちろん、失敗や後悔もあるだろう。しかし、それがよい経験になる。

美術鑑賞でも、価格の高さとか他人の評価が気になるものだが、そんなことはどうでもいい。自分が好きかどうかだけでいいのである。

「身辺をオーガナイズする」というコラム(134ページ)の中で、アメリカでもオーガナイズすることの重要性がさかんに言われているということが紹介されている。要するに、不要品を処分して身辺をすっきりさせるということだ。

自分自身をオーガナイズできれば、探し物もなくなるので、時間を無駄にすることがなくなるかもしれない。

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借りてきた本

Photo_2 朝から壁に漆喰を塗る作業をしていた。もうヘトヘト。貧血気味なので、高いところの作業をしていると、目が回ってくる。

午後から図書館へ。またくだらない本を借りてきてしまった。

妻のために「クリエイト」という求人誌を送ってもらっている。

宅配業者のお姉さんは、私がたまたま玄関先に出ているときに配達にくるので、顔を覚えられてしまったようだ。

宛名は妻のものなのに、私が失業中であると錯覚しているようで、まなざしに同情が浮かんでいる。

私は春休みを満喫しているだけであり、けっして失業中ではないのだが、いつもこの時期はリストラされたオヤジのような気分を味わわされることが多い。

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魔法使いチャッピー

Photo

実家の倉庫から掘り出してきた『魔法使いチャッピー おはなし魔法のドライブ』(ソノシートつき)は以下のサイトだと4600円で販売されている。

バナクレ棚=絵本/アニメ絵本&特撮/宇宙船の棚

手塚治虫の『ビス・ビス・ビス星ものがたり』はけっこうレアものかな。

『三平の釣りキチ道場』は私が子どもの頃むさぼるように読んでいたもの。古本市場では安いらしい。

いずれにせよ、ぜったいに手放したくない本たちである。

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ニコニコペース

東京マラソンが行われている間、実家に帰省していたので、いろいろ出かけるところがあって、まったく見ることができなかった。

松村邦洋さんが心肺停止状態になったという話は、月曜日に知ったほど。

J-CASTニュース : 松村邦洋のマラソン心肺停止 体重100キロは走れる体か

東京マラソンのせいで、フルマラソンをなめている人がけっこういるのかもしれない。テレビではアナウンサーや芸能人にたった3ヶ月くらいの練習期間でフルマラソンを走る企画があるし、楽しそうに走る仮装ランナーも頻繁に画面に映される。そのせいなのだろう。

走ったことがない人にとっては、まったくわからないのだろうけれども、10キロだって必死に走ったら、死にそうになるほど大変なのである。私はハーフマラソンを2回しか走ったことがないので、フルマラソンを走る体力はまだないことをカラダで十分すぎるほど理解している。

今日17キロをニコニコペースで走った。自分に最適なペースをようやくつかんだ気がする。途中から、永遠に走り続けたいと思えるようなランニングハイを味わえるのがニコニコペースだ。

今度の日曜日のハーフマラソンでは、お年寄りのランナーたちと一緒に走りながら、時間を気にせずゆっくりゆっくり走って無事完走することだけを目指そうと思う。もし余裕があるのであれば、残りの2キロを必死に走りたい。でも、無理は禁物。

たかがマラソンだ。「されど」なんかいらない。つらいを思いはできるだけしないほうがいい。つらい思いを味わわなくても、ランニングハイは感じられる。市民スポーツというものは、楽しむことが肝心。スポーツで死んだら、元も子もない。

そういえば、東京マラソンを開催している頃、幸運なことに、水族館のバックヤードツアーに参加できた。セイウチのえさやりをしたり、注射器や体重計を見せてもらった。長男の夢は、水族館の飼育係になることなので、心から喜んでくれて、私もうれしかった。

水族館のお姉さんの説明によると、魚が群れるのは、自分が大きな魚に食べられてしまうリスクを避けるためなのだという。群れれば、自分ではなく、他の魚が食べられる可能性が高くなる。それを利用するのだという。賢いね。

群れる行為というのは他者に依存するような甘えのイメージがあるけれど、実は、甘えではなく、賢さの証明であるのだ。

Fish

Guide Nigero

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ジョグ17K

ソメイヨシノが咲き始めた。今週の日曜日の草加ふささらマラソンはお花見ランになるだろう。

今日は当初10キロの予定だったが、調子がよかったので、17キロまで走ってしまった。

1キロ6分強だと、息切れもしないので、どこまでも走っていけそうになる。久々にランニングハイになった。

走行時間は1時間44分。

あと4キロ走れば、21キロでハーフマラソンと同じ距離。4キロなら軽く走れそうな気分だったが、疲れを残さないようにするためにぐっとこらえて17キロでやめておいた。金曜あたりに10キロ走るかもしれない。

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昨日の稽古

一昨日から続いていた強風がようやくおさまった。今日、改めて10キロ走をする予定。

昨日、強風にあおられて、女子高生のミニスカートがめくれあがって、かわいいピンクのパンツが見えた。ラッキー! そういうときは観音様を拝むような気持ちになる。ありがたや、ありがたや。

また、自分の蔵書の中からいくつかアマゾンのマーケットプレイスに出品した。

たとえば、こんな本。

http://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/4335150237

昨夜は、入門したばかりの方と最初の30分ほど練習をした、小手抜、逆小手、寄抜、巻抜、内受突まで。体の使い方を教えるというのは難しい。とにかくやってみせるしかない。さらにそのような動きをする理屈も単純明快に説明できないと、相手には伝わらない。その理屈も、論理的に説明するだけでは、うまく伝わらない。やはり想像力を喚起するようなイメージ、比喩を使わないといけない。指導するのは、ほんとうに難しい。

その後は、有段者の胸を借りて、下受蹴と送小手の練習。

前半は主に、下受蹴の体のかわし方の練習をした。腰をひねりすぎて横を向いてしまってはいけないし、蹴る予定の足の先がなるべく相手の方向を向いていないといけないので、あまり腰をひねってはいけない。腰をひねる癖がついてしまっているので、それを修正するのはかなり難しかった。下受をする側の反対の手を強く引き、鈎手の形をつくる。その結果、下受が出ているような感覚にする。そこで腰を戻して、蹴るのだとタイミングが遅すぎるので、あまり腰を回さないというわけだ。

後半は、送小手の手の使い方の練習。ようやく、手を立てるやり方ではなく、かぶせて密着させるやり方をしてもよいというお許しが出た。最後まで密着させたまま、送固まで行うようにといわれたが、そこまでは時間がなくてできなかった。

最後にまとめとして、師匠がプラスとマイナスの話をしてくれた。押すばかりでは、相手に動きを簡単に悟られてしまうから、押したら引く、引いたら押すということの複雑な繰り返しをするのが大事だということ。これは人間関係にも応用できる。押すばかりでも、引くばかりでもダメ。おっしゃるとおりである。

このごろテレビを見ないので、ますますニュースに疎くなった。世の中どうなっているんだろうとふと思うときがあってラジオをつけるのだが、ニュースが始まるとうんざりしてすぐにスイッチを切ってしまう。どうしてどうでもいいことばかり報道するんだろうという気分になる。

ニュースの中にはメタメッセージがいろいろ含まれているが、そのひとつは「あなたは世の中を知らない。もっともっと情報を受信しろ」というものがある。その上に、「消費しろ。モノを買え。どこかへ出かけろ」というものが乗る。

このごろは逆に、不況は深刻だから、モノを買うなというメッセージが乗っている。資本主義社会は複雑だ。

そのような経済的なメッセージだけではなく、政治的なメッセージもある。野球ごときで戦争をしているような気分にさせようというのはどこか間違っていると思う。スポーツと言うのは、本来楽しむもの。悲壮感を漂わせて戦うものではないのではないか。余裕がない人というのは、どこか精神的な貧しさを感じさせる。

そういうものから完全に隔離されて生きることができたら、人間はどんなにか幸せな一生を送ることができるだろうと思うと、テレビやラジオ、新聞に触れることは時間の損失にしか思えない。

金持ち喧嘩せず。セレブと言うのはそういう精神的な余裕のある人のことである。

東京マラソンで、石原都知事が、普通の人よりたくさんお金を払っても走りたいという人のために「セレブ枠」を設けたいという話をしたそうだ。

celebrityというのは本来、「有名人、名士」のこと。すでに芸能人が多数参加しているからおかしいと思ったら、富裕層の連中ということらしい。

世界に類を見ない、最悪の発案である。さすがは石原都知事だ。

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ジョグ4K

強風のため途中で断念。トータルで4K、22分56秒。

実家に墓参りのため帰省した。ついでに、水族館や魚市場、温泉を堪能してきた。弟夫婦もそろって、次男の誕生日パーティーも行なった。

次男の誕生日プレゼントは侍戦隊シンケンジャーのロボット。いまのおもちゃは高価なものが多いから、親の財布はやせ細るばかり。

弟の配偶者がめでたく懐胎した。9月の予定。チャイルドシートや赤ちゃん用の服も譲ってあげよう。

父親にストーブとキャンプ用の椅子2脚をプレゼントした。コタツもあげようかといったら、そこまではいらないそうだ。やはりリサイクルショップにもって行ったほうがいい。

弟から使っていないビデオデッキをもらったので、持っているビデオを子どもたちがHDDレコーダーを利用していない時間を見計らってDVDにしていこうと思う。かなりの時間がかかるだろう。

ヘッドが汚れていたらしく映像が出ないので、100円ショップのクリーニングテープを買ってきて掃除をした。3回掃除をしてようやく画面に映った。相当使っていなかったらしい。

実家の倉庫に眠っていた蔵書1000冊を持ち帰り、不要な本を整理したら、3分の2がゴミ本。ブックオフに持っていくまでもないので、紙ごみの日に捨てることにした。

驚いたのは、私の蔵書に、少林寺拳法の文庫サイズの入門書があったことである。買ったことを完全に忘れていた。

Kempo

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常識と非常識

ここのところ立て続けに学生から成績評価理由伺いが届いた。

私が学生だった頃にはなかった制度だが、どこの大学でも10年ほど前から取り入れている。

初期の頃は、明らかに私が名簿を一列見間違えてA評価であるべき学生に不可をつけてしまったというような単純なミスの訂正を求めるものばかりだった。

ところが、ここ数年、ゆとり教育を受けてきた学生たちからだと推測するが、自分はこんなに努力したのだからA評価を受けるはずなのに、どうしてB評価なのか、その理由を聞きたいという学生が増えてきた。

自分自身の評価と、他人(教師)の評価がいささかでもずれていることが受け入れられないらしい。

そもそも80点ではA、79点はBなのであるから、AとBとの間は誤差の範囲内である。教師側から言わせてもらうと、成績評価など瑣末的なことである。教員が伝えたいと思っていたたった一つのことを、学生がしかと受け止めましたと思ってくれればいいわけで、A評価だろうが、C評価だろうが、ほとんど差はないのである。

大学の成績などというものを、いまどきの学生たちは、あまりに過剰評価しているのではないか。成績が悪いと目指す企業に就職できないというのであろうか。だいたい、学校の成績がよいからと言って、いまどきの企業はそれだけで採用してくれるのだろうか。そんなことはあるまい。

まず、人間としてもっとも大切なものは何かというと、情報を正確に暗記する能力ではなく、他人の言葉に左右されず、自分の頭で冷静に考えて、状況に的確に対応できる能力があるかどうかである。そういう人間をおそらく企業側としては求めているはずである。

成績証明書を見比べるだけで足切りをするような企業は、確実に近いうちに沈没するから入らないほうがいい。

とにかく、そういう能力はなかなか通常の授業では評価できるものではない。だから、学校の成績がよくても、必ずしも世間的に評価が高い人間になれるわけではないのである。

他人から見た自分と、自分が思っている自分との間には千里の径庭がある。それを受け入れて生きるのが「成熟」というものではないのか。人はいかに努力をしても、評価する者が神様でもない限り、その努力が申し分なく評価されるとは限らない。

未熟な私が言うべきことではないかもしれないが、私たち上の世代が所与の前提として受け入れてきたものが、非常識になりつつあるのかもしれない。

彼らの常識と私の常識とが完全に乖離してしまったときこそが、私がこの世を去るべきときなのかもしれない。

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ジョグ6K

朝一雨あったあと、すぐに天気が回復し、昨日のように季節はずれの夏日が訪れた。気温は20度を超えていたかもしれない。

10キロ走ってこようかと思っていたが、雨が上がるのを待っているうちにお昼近くになってしまい、おなかがすいて10キロ走れる気力がなくなってしまった。

折り返し地点で、ストレッチをしていたら、いつもすれ違う女性が後ろからやってきた。追いかけて行こうかなどと思ったが、恥ずかしいので、やっぱりそのまま引き返した。

前半3キロは17分41秒。

後半3キロは16分00秒。

壁塗りの続き。漆喰の残りはあと6袋になった。今日は、丁寧に滑らかになるように塗ったので、昨日塗ったところとは印象がだいぶ違う。昨日使用したのは3袋、今日は1袋。丁寧さの度合いがわかると思う。

Wall

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収納術

昨晩、子どもが見ていたテレビ番組がちらりと視界に入った。モノを捨てずに、収納スペースを増やすリフォームを競うのだそうだ。アホらしくて見ていられない。

まず、要らないモノを捨てるというのが、収納術のツボ。

そのツボを完全に外したところから、この番組はスタートするのだから、まったくの邪道である。

壁を壊して、そこに棚を作るというのは、それはそれでよいかもしれないが、だいたいモノを整理できない、処分できないという居住者の性格を直せないから、収納スペースがもっと欲しいと思うわけで、モノをしまえる場所を増やせば、数年後にはさらに多くのものがその家には溢れ、収拾がつかなくなるはずである。

だから、モノを捨てずに収納スペースだけを増やすという収納術は邪道なのだ。

ひとりの人間が使えるモノの数というものはそんなに多くはない。

捨てるというのは、モノを大事にするリサイクルの精神に反するし、企業としては、もっともっとモノを買ってもらわないと儲からないから捨てろとは言えないし、リフォームの特集を行えば仕事がなくて困っている建築業者が繁盛するかもしれないから、こういう番組が存在するのである。

まったくバカバカしい番組だと思う。

片付けられなくて困っている人は、とにかく、なんでもかんでも捨てなさい。

もともと要らないから使っていないんでしょ。そんなもの捨てたって惜しくないでしょうが!

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壁塗り

簡単練り漆喰 壁材・天井材 施工アドバイス

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注文したロイヤル通販の練り漆喰は、ダンボール2箱で到着。

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ダンボール1箱の中に、一袋4キロ入りの漆喰が5袋入っていました。

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薄く塗ると、壁紙の凹凸が目立ってしまうので、一度薄く塗って、乾いた後に二度塗りするというやり方にしました。

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素人には、この程度が限界です。乾けば気にならなくなるかもしれませんが、表面がガサガサ。反面は明日以降の作業予定。

それにしても我が家の玄関は狭いな。

殺風景だから、コート掛けでも設置しようか。

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子育て応援特別手当

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我が家では定額給付金(6.4万円)に加えて、多子世帯のための子育て応援特別手当(3.6万円)というものがもらえることになっていると、つい先ほど知った。合わせて10万円とはありがたい。でも、夫婦二人の年金で完全に消えてしまうんだよな。それでも足りないんだから、どうしようもない。

子育て応援特別手当というのは、いつ決まったものなのだろうか。ニュースに疎い私にはさっぱりわからない。

申請書には通帳のコピーを添付せよと書いてある。

私の持っている銀行口座はいずれも通帳を発行していないのでどうしようかとしばらく悩んだが、ウェブサイトの明細をプリントアウトして張り付けることにした。

振込口座にゆうちょ銀行をしているすると、振込みが大幅に遅れると書いてある。なぜだ? 民営化によって効率がよくなったんじゃなかったのか? 世の中はわからないことだらけだ。

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消費主義

町山智弘さんが怒っている。

アメリカは税金対策として株を国民に買わせたり、年金を株で運用させたり、銀行は証券会社のようなマネをして株を必死になって売り、テレビ局も新聞社も株を買うように盛んに煽りたて、結局世界中の人々に大損させてしまった。

なのに、その張本人たちは誰も責任を取らないときた。

ロバート・キヨサキなんかインチキな奴で、自分では株で運用なんてしていなかったし、金持ちと父さんなど存在しなかったという。

まあ、その怒りはよくわかる。

しかし、だ。

町山さんだって、「この映画を見ろ」、「この本を買え」などと言って、お金を使うことを促しているではないか。同じことである。

それが資本主義社会、消費主義というものだ。

もう済んだことは仕方がない。

入ってくる情報を制限すれば、うその情報に惑わされる危険性も減る。他人が発するいろんな情報を無視するか、眉につばをつけて聞いておくのが最善のサバイバル方法だということが、みんなようやくわかってきたんだから、それはそれでいいではないか。

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気分が軽くなる

Yahoo!占い で今日の運勢をチェックしたら、こんなことが書いてあった。

人生が思い通りにならないような気がして気持ちがふさぎがちだったかもしれませんが、今日は気持ちがふと軽くなりそう。気分が弾んで、自分から人を食事やお酒に誘いたくなるかもしれません。ひとりきりでは生きていけないということを、ようやく好意的に受け入れられるような気持ちになるでしょう。

もちろん、占いなんてものは誰にでも起こりそうなことしか書かないので、当たるも八卦、当たらぬも八卦。しかし、いろいろ悩みのある人にとっては一服の清涼剤のようなものになることもある。

気が楽になるのであれば、活用するのもひとつの手である。良いことだけを信じて、悪いことは信じないようにすればいいだけ。

ガソリンスタンド系のクレジットカードのポイントがたまったので、今朝5000円分のギフト券と交換する手続きを行った。ずいぶんたまるものだなあと感心する。現金払いだったら、5000円分は還元されなかったのだから、たいへんありがたい。

商品券は使わなければ、ただの紙切れ。5000円で何を買おうかな。春用のジャケットとシャツとウォーキング・シューズを買うための足しにしようか。

スーツはもう買わないことにした。私の職場ではスーツは必須アイテムではないし、もういまどきスーツなんて時代遅れ。アメリカ人の先生たちはいつもカジュアル。いまだにスーツを愛用しているのは、日本人の高齢の先生とイギリス人の先生くらい。

先月クローゼットを整理した結果、私の手元に残ったスーツは4着(礼服2着は除く)になった。ひとつはサイズが大きいので持っていても着られないのだが、馬の毛を使った高価なものなのでなかなか手放せそうにない。もうひとつは、母親が買ってくれたダブル。これは完全に時代遅れだから捨ててしまおうかと思っているところ。着られるのは残りの2着のみ。冬用と夏用1着ずつ。

スーツはもういらないが、春秋用のジャケットを今度買いに行こう。

洗面所の鏡に裸の自分を映したらあばら骨が見えて貧相だった。1月ごろは少し体重がいまよりもあったので、あばら骨はほとんど見えなかったのだが、2月以降走りこんできたため、上半身がだいぶ痩せてきてしまったようだ。

3月末のレースが終わったら、あまり走らないことにしようかな。6キロくらいでも十分だろう。

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杉の木

Sniffle, sneeze — and why's all that cedar pollen still in the air? | The Japan Times Online

数年前に、石原都知事は花粉症対策として杉の木を10年で180万本(多摩地区の20%)を切ってしまうと威勢のいいことを言っていた。しかし、その木はほとんど他人の所有物だ。

杉の木の現在の価格は30年前の4分の1。1本40,000円から11,000円への下落である。

それらは現在の所有者の親たちが将来への投資として植えたものであり、花粉症に悩む人が多いと言っても、彼らが自らの懐を痛めることは考えられない。

しかも、昨年の金融危機以来、外国産の輸入材木の価格も下がってしまった。

かりに石原都知事の計画が成功したとしても、花粉症患者は苦しみから解放されることはない。スギ花粉だけが、花粉症の唯一の原因ではないからだ。さまざまな汚染物質との関連もある。さらに、いったん花粉症になると、他のアレルギー物質にも反応するようになってしまう。

さしあたって取るべき解決策は、野放図に育ってしまった杉の木の枝打ちをきちんと行い、間伐し、間に胡桃などの別の木を植えてやること、とC・W・ニコル氏は言う。もちろん、これも将来収穫することが前提だが。

近いうちにロシアの材木価格が上昇し、国内の木材への需要が高まる可能性もあるらしい。

しかし、このような外国頼みをやめて、国や企業がもっと需要を喚起すべきではないか。

花粉症の発生の根本的な原因は、林野庁が30年前に多摩地区はいずれ材木を供給する場所になり、林業が盛んになるとして大量に植えさせたが、その目論見が大きく外れてしまったことである。国の政策が誤ったのだから、国が責任を取って杉の木を積極的に活用するしかないだろう。

私のジョギングコースの一部に、金属のフェンスではなく、杉の丸太を使った柵の設置工事が行われている。これまで設置されていたのはコンクリート製のニセモノの丸太だったが、今度のは景観に合っている。

日本中に腐食した金属フェンスがあるが、あれをみな杉の丸太に置き換えていけば、それだけでもだいぶ杉の木が減ってくれる。

もうひとつは、大量にログハウスを立てることである。ログハウスは、カナダやフィンランドからの輸入木材ばかりではなく、国内産の杉の木を使ったものも人気が高いそうだ。ログハウスは揺れを吸収するので地震対策にもなる。断熱材を入れなくても、断熱効果が極めて高いというアドバンテージもある。

庶民はテレビばかり見ているから、テレビで積極的にログハウスの宣伝をして、洗脳するとよいかもしれない。古民家の次は、ログハウスだ。いまなら広告費も安いだろう。

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ジョグ15K

今日は、天気がよい。風もなく、気温も20度近くまで上がったので、途中で上着を脱いで走った。草原で鶯の鳴く声が聞こえた。ボタン桜も満開。春だなあ。

今日はむりせず15キロ。

前半は44分51秒。

後半は42分29秒。

平均すると1キロ6分弱のペース。とは言っても、途中で給水のための休憩を3回取ったから、ぶっ続けで走ったわけではない。

明日は一日休足日にして、金曜日以降にまた15キロ以上走る予定。29日のレース本番までに、15キロをあと2回走れればいいかな。

私は花粉症患者だけれど、このごろくしゃみも出なくなったし、目や鼻やのどの奥に感じるかゆみもない。アルピードというアレルギー治療薬は引き続き飲んでいるおかげか、症状はほとんど出ない。今日もマスクなしで走ったが、帰ってきてもなんともない。

次はヒノキの花粉が到来する番になるのかもしれないが、ようやく一息つける。

このごろテレビを見ないし、ここ数日ラジオも聞いていないので、世の中で何が起きているのかさっぱりわからない。インターネットのニュースサイトも見ることは見るが、興味のあるヘッドライン以外は視界に入らないので、ほとんど見ていないのと同じ。

数週間前から妻とろくに会話をしなくなった。するとしても、ビジネスライクな日常会話程度。無論、ビジネスの話なんてしない。小さな子どもが腹話術を使ってぬいぐるみ同士に会話させているようなくだらない会話ばかり。

よく子どもが友達と会話するためのネタとして、友達が見ているのと同じテレビ番組を見るということがある。あれと同じで、話の種を仕込む用事もなければ、どんな番組もクズ同然に思えてくる。

そういう心境(境地?)で、読売のニュースサイトを眺めてみたら、99%はクズだった。視野に入ってくる文字は、「WBC」、「殺人」、「死刑判決」、「若田さん」、「春闘」、「小沢さん」。

世の中は平和ですな。どうでもいいネタばかり。

ニューヨークタイムズのサイトには、Japanで検索したら、日経の株価がヒットしただけ。

ガーディアンのサイトには、Robo-model is a fashion flopという記事のみ。これも日本での報道とおそらく違っていると思うけれども、このロボットは失敗作(flop)だと痛烈に罵っている。ぜんぜんファッションモデルの代わりにはならないと。

ということは、日本のニュース番組の報道価値はほとんどゼロに近いということだろう。一般庶民は、日本のメディアの報道に逐一惑わされず、外国のメディアを通して伝わってくることだけを知っておけばいいのかも。入ってくる情報を制限するには、これが最善の方法だと思う。

Robotmodel001

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雑本の処分

今日は紙と金属ゴミの日。45Lのゴミ袋1つ分の壊れた金属製の家財道具(鍋、小型扇風機、傘、バドミントンのラケットなど)とともに、先日ブックオフで買い取ってもらえなかった雑本200冊以上をすべて処分できた。

壊れたものを捨てるのとは違い、本を捨てるというのは妙な気持ちがする。

なんだか後ろめたい気分と同時に、風呂上りのようなさっぱり感が共存するのだ。

丸谷才一氏も書いているように、本は活用しなければインクのシミのついたただの物体にすぎない。

破ったり線を引いたりして活用するものであって、後生大事にとっておくものではない。必要がなくなったら、さっさと処分すべきなのだろう。

有体に言うなら、活用しなければただのゴミということだ。

それにしても、「出す」という行為は人間の精神衛生上きわめてよい行為であると最近よく考える。

溜め込むだけ溜め込んで出さなければ、落語の「黄金餅」に出てくる乞食坊主の西念(さいねん)と同じになってしまう。

自分が生きているうちに、活用すること。これが大事。

入れたり出したりするのが人間というもの。出し入れがなくなって、入れるばかりだったりすると体の中から腐臭が漂ってくるし、出すばっかりだったりすると頭の中が空っぽになってしまう。要するに、バランスが悪くなって、不健康になっていくのである。

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思考のレッスン

Lesson

この本も成仏させてやらねばならない。

しかし、大事なのは、本という物体ではないんです。テクストを読んだとき、テクストと僕とのあいだで、ある種の幻想、観念が生じるわけでしょう。ロラン・バルトふうに言うと、テクストと読者とのあいだに電流が通じる。それがなければ単なる白い紙に黒いインキがついて汚れている物体にすぎないわけだから(単行本版169ページ)。

大事なのは本を読むことではなく、考えること。まず考えれば、何を読めばいいのかだってわかるんです(183ページ)。

 勘九郎さんは「演技で大事なのは型である」と言う。同時に、「その型をするときに、なぜこういう演技になったのかを考えることが大切だ」とも言っているんですね。(中略)つまり型の成立する原点まで戻って考えて、その上で学ぶわけですね。

 先代仁左衛門さんの型についての説もおもしろい。仁左衛門さんは、「役者ってものはみんな身長その他違うんだから、人の型なんか取入れたってあんまり意味がない」と言うんですね。

 これを延長して言えば、型の生まれたゆえん、自分と型との関係、そういったことを考えないで、ただ型をなぞるのでは意味がない。つまり、通説、定説に無批判に盲従していても意味はないということです。それは官僚主義というものですね。ところが日本の学者には官僚が実に多い(196-97ページ)。

 とにかく最初に仮説を立てるという冒険をしなければ、事柄は進まない。直感と想像力を使って仮説を立てること、これはたいへん大事なことですね。

 同時に、仮説を立てるに当っては、大胆であること。びくびく、おどおどしていてはダメです。同じ仮説なら、みんながアッと驚くようなものを立てたほうがいい。つまり仮説を立てるに当っては、学者的手堅さよりも、むしろ藝術家的奔放さのほうが大事だと思う。

 自分の直感と想像力を信頼するのが大事で、実證主義に遠慮してはならない。もちろん実證主義も大事だけれども、それに「主義」がつくと、単なる臆病、あるいは前にお話しした学問的官僚主義に陥ってしまう(217ページ)。

 人間がものを考えるときには、詩が付きまとう。ユーモア、アイロニー、軽み、あるいはさらに極端に言えば、滑稽感さえ付きまとう。そういう風情を見落としてしまったとき、人間の考え方は堅苦しく重苦しくなって、運動神経の楽しさを失い、ぎごちなくなるんですね。

 つまり遊び心がなくちゃいけない。でも、これは当たり前ですよね、人間にとっての最高の遊びは、ものを考えることなんですから(229ページ)。

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中沢新一の宗教入門

Nakazawa

中沢新一、『夜中の学校⑨ 宗教入門』(マドラ出版、1993年)

これは1991年の9月に4週にわたってテレビ東京で放送された番組の採録である。

この本も蔵書の整理をしているうちに出てきたもので、成仏してやるために、アンダーラインを引いたところを中心に斜め読みした。

ほぼ終わり近くで、次のように中沢さんは2000年代の最初の10年間を予言するようなことを述べていた。

 これから宗教というものは、人間の世界の中で、いろんな意味でとても大きな影響力を持ってくるでしょう。キリスト教的な原理が市場経済ということを通じて、もっと広い影響力を地球上に発揮するようになるだろうしね

 市場経済型の原理の影響力は、前にもお話ししたように、ものごとを単純化して誘惑するようなものとして働くようになるでしょう。広告ですね、早い話が。それは深いものを浅くし、重いものを軽くし、暗い部分を持つものを明るいものに作り変えちゃう働きを持っています。

 でも、人間の知性というものは、それだけでは満足しません。もっと深いもの、暗いところへつながりのあるもの、それを表現しようとすると、とてつもない何かが飛び込んできてしまうようなものを求めます。そのとてつもないものを表現しようとするから、口ごもったり、気絶したりするしかないこともあるんですが、それを自分の力で捉えていこうとする人間の欲望は、なくなるどころか、ますます増大してくるでしょう(93-94)。

物事を単純化するという「広告」の機能を存分に利用したのが、小泉政権であったのは記憶に新しい。その単純化に大衆は幻惑されてしまったが、その悪夢から、いままさに目覚めようとしている。

「広告」をビジネスの中心に据えるモデルは、2008年9月に発生した金融危機以降、徐々に力を失ってきている。大企業からの広告費に依存してた大メディアはその経営方針の再考を迫られ、週刊誌や月刊誌などの中小のメディアはバタバタと倒産している。

しかしながら、これは物事を単純化するという広告の力が衰退してきていることを示していると素直には受け取れない。

複雑に考えなければいけないという学者の主張に、一般大衆は飽き飽きしているからである。

単純に考えれば言い訳でもないし、複雑にコードが絡まった状態を放置しておいてよいわけでもない。これは処理するのがたいへん難しい問題である。

My Life With Cables - Abstract City Blog - NYTimes.com

I don't like cables, too.

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無線LAN

業務スーパー(神戸物産)に行ってみた。一般のスーパーの半額近いものばかり。我々はいかにボラれているかということがよくわかる。勢いで妻と二人で3500円分も買ってしまった。もう冷凍庫が破裂しそう。

引越しといえば、私はこれまでに5回している。

詳細は忘れたが、一度違法なことをしたことがある。もうだいぶ前の話だから、時効だろう。

インターネットで何かの手続きをしなければならなかったのに、それを忘れてプロバイダー契約を打ち切り、インターネットの接続ができなくなってしまったのだ。

窮地に追い込まれて思いついたのは、隣の住人(知人)が漏らしている無線LANの電波を拾ってインターネットを利用させてもらうこと。部屋の明け渡しはまだ数日先だったので、家具のない自分の部屋にノートパソコンを持ち込んで電波を拾った。

もちろんマクドナルドなどでも、ただで無線LANが利用できる店舗がある。でも、設定がわからないので、急場しのぎで知人の環境に2、3分侵入させてもらったわけだ。恒常的にこういうことをしていないので、お許しくだされ。

コネタマ参加中: 教えて! 引っ越しのエピソード

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長屋の花見

落語に「長屋の花見」という私の大好きな演目がある。

長屋の住人たちが大家さんの誘いで花見に行く。みんな貧乏なので、豪勢な酒盛りのようなことはできない。そこで大家さんは一計を案じ、酒の代わりにお茶を水で薄めたもの、かまぼこの代わりに大根の漬物、卵焼きの代わりに沢庵を持参する。

この「やせ我慢」がたまらない。

私は下戸なので、酒には興味がない。だから、「長屋の花見」をiPodで聴きながら、ペットボトルのお茶をちびりちびりとやれば、それだけで満足だ。

コネタマ参加中: お花見で食べたいもの・飲みたいものを教えて!

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ふささら

昨日、草加ふささらマラソン2009の案内が届きました。ゼッケンとRCチップ同梱。これを忘れると走れません。

Fusasara 2000

まったく見かけない2000円札の写真です。

こんな紙切れを持っていても、コレクションの趣味のない私には意味がないので、写真に収めて、ATMで自分の銀行口座に入金しようかと思っています。 できなかったらどうしよう。

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禅武拳法?

社団法人日本禅武拳法連盟(護身術・武道・生涯スポーツ)

ある人が少林寺拳法の亜流を立ち上げたと師匠から聞いた。

少林寺拳法は指導者がお金儲けをすることが禁じられているのだが、その人は少林寺拳法でお金儲けをしようという料簡らしい。

わたしにはよくわからない話である。

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僕ならこう考える

Yoshimoto

10余年前、当時付き合っていた女性が私に読むようにしつこく勧めた単行本の文庫版である。

私はこの本を2000年3月30日に購入した。奥付にそう書き込んであった。

そのころから、「癒し」という言葉が盛んに使われるようになったと記憶している。

その女性は「癒し」がほしかったのだろう。

いくらか読み返してみて、この本の中でもっとも重要な部分は「ありのままでいい」ということだと感じた。

「だから、どうしたらいいんだと言われたら、やっぱりそれでいいんじゃないでしょうか。嫌な性格はそのまま放っておいて、長所を伸ばすようにすればいいんじゃないでしょうか」(「自分を好きになる方法、好きな自分の見つけ方」、15ページ)

このあと、教師も腹が立つときがあるのなら、生徒に対してその気持ちを素直に出せばいいじゃないかということも吉本さんは言っている。

世の中の多くの人は、「いまの自分はだめなんだ。もっと努力して、自分を変えていかなければいけないんだ」と考えている。

諸悪の根源は、それだと思う。

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まず一本

貴重なカセットテープとMDの音源を、暇を見て一本ずつデジタル化していこうと考えている。価値がないと判断したものは潔く捨ててしまった。今日は、手始めに一本だけ。

その前にまず抵抗なしのオーディオケーブル(780円)をホームセンターで買ってきた。

Audio_cable

このケーブルをラジカセのPHONE端子とPCのLine-in端子につないだ。

ラジカセから流れる音を取り込むソフトはSound Engine Free

音源をWAVEフォーマットで取り込んだ後、空白を除去。

さらに、XRECODEというソフトでmp3に圧縮し、作業完了。

Line-in端子から取り込めば、さほどノイズは気にならない。マイク端子からだとノイズが残る。

Sound Engineを使ったノイズ除去については、Tool is Over !というサイトが参考になる。

ノイズを除去するソフトとしては、Audacityというのもあるが、音がピコピコしてしまって、余計に聞きづらいものになってしまうようだ。

今晩の稽古は払受蹴のみ。受けるときに、腰を回転させて、前足を鉤足にし、重心を前足に移動すると、反対の足で蹴りやすくなる。その後は連反攻。裏拳、中段突、廻蹴。

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ETC車載器

ETC車載器が飛ぶように売れているが、タイヤみたいには利益幅がないし、取り付けも面倒なので、店側としては嫌がっているという。

私の父親は助成金が出る前に、1万円も出してETC車載器を購入し、弟に取り付けてもらったらしい。

私はクレジットカードを作れば無料で車載器がもらえるサービスを利用して、自分で取り付けた。お金がかかったのは、電源を取るためのヒューズくらい。数百円で済んだ。

ETC車載器なんて、クルマの素人にも簡単に取り付けられる。私は義父の車にも取り付けたことがあるし、前に乗っていたクルマにも自分で取り付けた。

なんだったら、1台5000円程度でアルバイトをしてもいいくらい。クルマにもよるが、1時間もあれば十分だ。

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ケータイやめます

今月で契約期間が24ヶ月目になった。

途中で解約しても違約金が取られることはないはずだから、今月末でケータイ電話を手放すことにした。

妻以外にメールを送ることも、電話をかけることもめったにない。契約しているだけ無駄。

ひと月2600円くらいだから、一年間でおよそ3万円もかかっている。2年間で6万円をドブに捨てたようなものだ。

もう、や~めた。

普段使っているのは目覚まし時計の機能と、ニュース&天気予報をチェックする機能だけ。

スケジュール管理なんてしないし、写真だって撮らない。ワンセグも見ない。

いま、nanacoが1010円分入っているし、おそらく無料通話可能な5000円分が残っていると思う。

それを使い切ってから、契約解除の手続きに行こうと思う。

ひとまず、契約を解除したら、今後1年間に浮く予定のコストとして3万円分を定期預金に入れておこう。

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漆喰

玄関の壁が手垢などで汚れてみすぼらしくなったので、漆喰を塗ることを検討している。

三階の押入れに塗ったのは、うま~くヌレールというもの。これは、たたみ十枚分を塗れる18キログラムタイプで、14280円もする。

ロイヤル通販の袋から搾り出してすぐ塗れる練り漆喰 [5坪用/畳10枚分] 20.0kgなら8800円+送料840円で済む。15000円以上の注文なら、送料無料。これにしようかな。

別の押入れには珪藻土を塗ったのだが、表面をきれいにするのはきわめて難しい。その点、漆喰なら楽に平らにできる。

玄関の壁なので、人の目につく。やはり表面は滑らかにしておきたい。

追記: これを2セット注文した(2009年3月16日)。

Sikkui

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遺品整理

asahi.com(朝日新聞社):父が残した成長記録に娘涙 「遺品整理びと」の見た哀切 - 社会

ここ数週間、自分の所有物の整理をしていて、はたと気がついた。

おそらく私より両親のほうが先に死ぬ。

ということは、親たちの遺品をどうするのかということを先に考えておかなければならない。

親は私たちに何を残し、何を処分してほしいと思っているのか。

まず家はどうするか。そのまま誰かに売るか、更地にして換金するしかないだろう。弟夫婦は、別の土地に家を建てることが決まっているのだから。

庭の植木や家具などは欲しい人に譲ってもいいだろう。

私が譲り受けたいと思っているのは、ただ、子どもの頃のアルバム、背の低い和箪笥、柘植(つげ)でできた高級将棋盤の三点。将棋盤は父親がいまでも大事に使っているし、子どもの頃の思い出がぎっしり詰まっている。和箪笥は数年前に母親が手に入れたものだから、私の思い出とは何のつながりもないのだが、私には買えないような高価なものである。趣味もいい。

親たちが旅行先で手に入れた思い出の品々(ガラクタ)はみな要らない。

そのあたりのことについて、親たちはどう考えているのだろうか。

翻って、私自身が自分の子どもたちに残したいものは、やはりDVDに焼いたデジタル写真やビデオ映像。

あとは私が拵(こしら)えたアルダー材の丸椅子と、パインの集成材のテレビ台、それから、妻が選んだカントリー調の食器棚とダイニングセット。高かったけれど、でかすぎるので、あれは誰かに売るしかないかもしれない。

考えてみたら、子どもに残したいものとしては、ろくなものがない。

800冊近くある専門書は、おそらく神田神保町の北澤書店あたりに買い取ってもらうしかないだろう。あんなもの譲り受けるのは、子どもだって迷惑だろう。

フランス文学者の鹿島茂氏は横浜の自宅を4万冊の所蔵するオフィスとして、自分たちは神保町にマンションを買って住んでいるのだそうだ。そんなに本を持っていても、冥土の土産にはもっていかれない。

彼のような有名人なら鹿島茂図書館というようなものを自治体が建ててくれるかもしれないが、私のような下層階級の人間のもっている本など高が知れているので、そういうことはありえない。

私が生きた証拠は、モノとしては何も残らないのかと思うと、悲しくなる。

いま部屋にはジプシー・キングスの「マイ・ウェイ」が流れている。涙が出そうになった。

でも、残せるのは、モノだけではない。

思い出、記憶、経験、技術、考え方、話し方などだって残せるじゃないか。

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ジョグ18K

片道9キロコースに挑戦。最後の3キロはバテバテ。途中、4回休憩した。

ひさしぶりに追い込んだ感じ。

筋肉の痛みはないが、脱水症状がひどかった。500mlのスポーツドリンクを携行したが足りなかった。私は汗っかきだから、1Lは必要だ。

前半は54分27秒。

後半は51分11秒。

左肩が落ちて、ストライドも狭い背の小さな50代の女性ランナーとよくすれ違う。

いつもは、私の帰り道ですれ違うことが多いのだが、今朝は9時ごろ出発したので、その女性が私の数百メートル前方を走っているのが目に入った。スピードを落として、しばらく追い越さないように、途中でジュースを飲んだりストレッチをしたりして休憩した。

それから少しして再スタート。その女性が、知り合いの女性ランナーに出会ったらしく、途中で立ち話に花が咲いていた。仕方なくそこで追い抜いた。

9キロ地点で5分ほど休憩し、そこから折り返し、しばらく走っていると、前方からその女性がやってきた。

ペースは亀のように遅いのだが、疲れた様子がまったく見られない。

私はその時点で、負けたと思った。

私はその女性ランナーの走る距離は、せいぜい10キロ程度なのだろうとずっと思っていた。ところが、もしかしたら、毎日20キロ以上は走っているのかもしれないと気がついたからである。

おそらくその女性はフルマラソンを走るランナーなのだろう。

いまの私には当然フルマラソンなど走れるわけがない。

「うさぎと亀」の話のように、ゆっくりだけれど着実に走ってきちんと完走する亀はぜったいに負けない。勝てないかもしれないが、負けないのである。

帰宅後、テーブルにお好み焼きが一切れ残っていた。いつもなら3切れはペロリと食べてしまうのだが、今日は一切れで十分だった。

内臓まで疲れてしまったようだ。しばらくぐったりして、口も利けなかった。低血糖状態だったのだろう。

長距離を走るときは、背中から給水できるバッグを利用したほうがよいのかもしれない。

ペットボトルをウェストポーチに入れていると、ずれてきたり、ゆれる音が気になったりするから。

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トレイルランニング

いつかやってみたいなと思うのがトレイルランニング。

トレイルランナーの走り方を見ると、一般道の走り方と少し違うような気がする。

山道は捻挫の危険性が高いから、テーピングもしっかりしないといけない。

山道を一人で登るというのも、ハードルが高い。

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寅さんに学ぶ日本人の「生き方」

志村史夫、『寅さんに学ぶ日本人の「生き方」』(扶桑社、2008年)を読んだ。

精神論ばかりで、寅さんの謎のトランクの中身などという具体的な話がないのが残念。

お説教を聞かされているような気分になった。

寅さんは「世間体」を気にしない。一般に「アウトサイダー」はニヒル(虚無的)であるが、寅さんは決してニヒルではない。寅さんの「独自の思想」とは、いま述べたように「競争原理とは無縁で、排他性を持たず、己の利益を捨てておいても、他人の幸福のために尽くす」という思想なのである。このような「独自の思想」を持つ人物が、結果的に現代社会の「帰省の枠組」の「外」に出てしまうのは仕方あるまい(28ページ)。

この部分が著者の寅さん観を要約した部分。残りはほとんどが水増し。何度も何度も同じ話が続く。

この本は寅さんのセリフの引用部分のいくつかだけを読めば十分である。

印象に残ったのは2つ。インテリ論と教育論である。

「ええ、治りますよ、インテリというのは、自分で、考えすぎますからね、そのうち、俺は何を考えていたんだろうって、わかんなくなってくるわけなんです。つまり、このテレビの裏っ方でいいますと、配線がガチャガチャに込み入っているわけなんですよね。ええ、その点、わたくしなんか線が一本だけですから、まあ、いってみりゃ空っぽといいましょうか、叩けばコーンと澄んだ音がしますよ」(208ページ)

この「インテリ論」が1992年(平成4年)の東京大学の国語の入試問題になったそうだ。問題は、これについての自分の考えを160字以上200字以内で記すというもの。

赤本の模範解答では、寅さんに庶民が魅力を感じるのは、寅さんが多面的・多角的思考をするインテリに対するアンチテーゼや解毒剤になっているからだというのである。笑止千万である。

著者もこれを取り上げ、インテリが必ずしも多角的思考の持ち主であるとは考えられないと書いている。同感の極みである。

二つ目の教育論はこうである。

「人は何のために勉強をするのか」という問いに対して、第40作『寅次郎サラダ記念日』の中の寅さんが出した解答が次のものである。

「つまり、あれだよ、ほら、人間、長い間生きていれりゃあ、いろいろなことにぶつかるだろう。な、そんな時、俺みたいに勉強していない奴は、この、振ったサイコロの目で決めるとか、その時の気分で決めるよりしょうがない。ところが、勉強した奴は、自分の頭できちんと筋道を立てて、はて、こういう時はどうしたらいいかなと、考えることができるんだ」(219ページ)

勉強や学問の目的は、自分の頭で筋道を立ててものが考えられるようになること。これしかない。

その他、著者は寅さんの中流・上流意識を取り上げ、贅沢を戒めろ、身の程を知れという「生き方」を説く。

確かにおっしゃる通りなのだが、他人に言われる筋合いのものではないという気になってしまう。

最初に戻るが、私が読みたかったのは、そういう精神論ではなく、具体的な「暮らし方」、要するに、寅さんのサバイバル術のほうである。

寅さんは、数々の危機的な場面でどう対処してきたか。この奥義こそが、現代の人類に伝えるべきものだろうと思う。

私がこういう本を書いたとしたら、寅さんの魅力だけしか書かなかっただろうと思う。著者のように、寅さんはこんなにすばらしい人物だが、それに引き換え現代の日本人は、なんと劣化していることか、などということはぜったいに書きたくない。

そんなことは、言われなくても、読者は自分で気づくもの。わざわざ言われると反発したくなるだけである。

「おっしゃるとおりです」、「ごもっとも」、「さすがです」という賞賛と同意のコトバだけを並べるのが正しい紹介文である。

偉そうなことを言ってはいけない。そういう偉そうなことを言う奴こそ、寅さんに言わせたら、「無粋」の極みなのであろう。

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リサイクルショップ

リサイクルショップというところは、私にとってはなんだか行きにくいところです。

慣れていないせいか、持ち物を売るというのが貧乏な感じがしてしまうのです。

昔、お金がない人が、血液を売ったり、髪の毛を売ったり、娘を売ったりしたのと、どこか似ているような気もします。

「お前こそ貧乏なくせに何をいうか」と言われてしまうかもしれませんが、貧乏人にもプライドがあるのですよ。

リサイクルといえば、世間では「環境問題」と切り離せない高尚なトピックですが、リサイクルの意識のない我が家では、ただ単にお金を作るという視点から捉えるべきトピックです。

今日は本屋さんで、『偽善エコロジー』で有名な武田邦彦さんの新刊を見つけました。

買うのはお金がもったいないので、目次にさらりと目を通して書いてありそうなことを想像して、興味を持ったところだけ斜め読み。

ハイブリッドカーは原子力発電所でつくった電気で動くのだし、ふつうのガソリン車と違って部品の製造に余計に石油を使うのだから、ちっとも環境になんかよくない。道に負担をかけるのもよくない、と武田さんは書いています。

そこまで行くと、ただ難癖つけているだけのような気もしますが、確かに自家用車は、鉄道や飛行機に比べたら、効率が悪すぎるので、武田説はごもっともなのです。

話を戻しますが、リサイクルになんか出すのなら、最初から自分で買わずに借りておけばよかったということです。自分の持ち物を売ってお金をこさえるのは、プライドが許さないとか偉そうなことを言うのなら、最初からそんなものは買わなければよかったわけです。

結局、武田さんもそういうことをおっしゃりたいんでしょう。

無駄なものを買うな、慎ましく生きろ、と。

500円玉貯金を続けています。

500円玉が財布の中にあったら、それを貯金箱に入れるというもの。それだとなかなかたまらないので、50円玉以上の硬貨が残っていたら、まるごと貯金するというふうにしてみました。今晩数えてみたら、3000円。

先日、蔵書を売ってこしらえた1万円を足すと、1.3万円になります。それから、2000円札3枚がへそくりとして机の引き出しの中にしまってあるので、それを加えると、1.9万円。

ウッヒョ~!

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心拍数と寿命の関係

(3)心拍数減ると 寿命延びる : 健康プラス : 医療 : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「一生の間に打つ心拍の合計は、どんな哺乳(ほにゅう)類でもほぼ15億拍(回)で同じ」という説は、『ゾウの時間、ネズミの時間』でも紹介されていたもの。

しかし、人間の総心拍数は「24億拍」ほどになるらしい。

そこから次の公式が導き出される

寿命(分)=24億拍÷1分当たりの心拍数

私の心拍数は60回/分以下なので(だいたい54~58)、約76年以上生きるかもしれないそうだ。現代の医学の進歩を勘案すると、現代人の寿命は、この公式プラス5歳くらいが妥当だという。ということは、私も80歳を超えられるかも。

一方、スポーツ心臓は早死にするそうだ。

この前、2日間ジョギングを休むと宣言したが、やはり、明日、15キロ走ってこよう。

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頭がよくなる照明術

以前読んだ本だが、付箋を貼ってあるところだけ見直してみた。

映画館とは異なり、テレビを見ていると目が悪くなるのは、画面が小さいので、周辺の光が視野に入り込み、目に負担がかかるからなのだそうだ。

英語では、映画館で映画を見る場合は、「自然に視界に入ってくる」という意味のseeという動詞が使われるが、テレビの場合は「凝視する」という意味のwatchが使われるが、凝視というのだから確かに不自然で、筋肉に疲労が残りそうだ。

自宅のテレビをホームシアターのようにするには、天井の照明を消して、ソファのうしろとテレビの後ろにライトを置き、壁のコーナーや天井の一部に光を当てる。

これによって、雰囲気をよくして、リラックスできる空間を作ることができ、さらには視力を落とさないという効果も生まれるという(177-179ページ参照)。

明かりというものは、自分より下に位置していたほうが落ち着くのだそうだ。古代人が、外敵に襲われることを防ぐために焚き火を囲んでいたという習慣が人類の集合的無意識に残っているのだろう。

それはともあれ、わたしはこのごろは一切テレビを見なくなったので、ホームシアターなんかどうでもいいんだけど、リラックスということでは、お風呂の天井照明を切って、浴室の外にライトを置いてみようかなという気になった。日帰り温泉になんて行かなくても、自宅のお風呂が夜の露天風呂みたいになるかもしれない。

昼間ラジオを聴いていていたら、3歳の子どもが食パンの耳を残すので、母親が「パンは耳から食べなさい」と言ったら、口ではなく、自分の耳にパンを突っ込んだという話が紹介されていた。

その話を小3の息子に風呂の中で話したら、それにちなむ謎々を出された。

子守唄を聞かせると眠くなるパンは、食パンとアンパンのどっちか?

答えは…。

わからなければ、誰かに聞いてください。

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もっと生活をシンプルに

生活をシンプルにするための21のライフハック - ELECTRIC DOC.

ここで紹介されているものの中で、特に気に入ったのは次の4つ。

  • 人生で大切なもののリストを作る

  • 情報量を制限する
  • 収納場所を少なくする

  • 30日ルールで衝動買いを抑える

要するに、モノにせよ、情報にせよ、人にせよ、入ってくるものを制限することが、生活を快適にするためのコツ。

世の中に出回っている整理法の本を一言で要約するとそういうこと。

人生で大切なもののリストを作ると優先順位が決まる。それにしたがって、自分がしたいことやしなければならないことを優先する。

結果的に、人づき合いが減ったり、収入が減ったりするかもしれない。しかし、たった一度の人生だ。モノや情報や他人にわずらわされながら生きるより、自分がやりたいことだけに専念して、満足できる人生を送っていくべきだと思う。

中年の域に入ったら、入ってくるものを制限する一方で、出すものを増やすのが生活を楽しむためのコツ。不要品を家から追い出したり、自分の考えを書いたり、話したり、教えたりするのも楽しいものである。

整理法の中で、意外とよいと思った方法は、近々捨てるかリサイクルに出すかもしれないものを入れておく箱を用意しておくこと。

そこに入れておいて、モノへの愛着を失わせるのである。

愛着や思い出が消えれば、比較的容易に手放すことができるようになる。

30日ルールで衝動買いを抑える」というのは、あるものを買いたいと思ったら、「30日リスト」に追加する。30日後に、それを見直して、欲しいと思っていたら買うことにするというものであるそうだ。これはいい。たいてい30日もたてば、考えが変わってくるものだ。

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バックパック

Backpack

16年前に海外に一人旅をしたときに背負っていたバックパックなので、愛着がないわけではないが、今後使うことが思い浮かばない。しかし、まだまだきれいだし、小さいので、将来、息子が海外に一人旅をするときにでも取っておいてもよいのかもしれない。

Screentarp

スクリーンタープは、5年ほど前に購入したもの。キャンプに行ったときに、妻が虫に襲われるのが耐えられないというので、仕方なく買ったのだが、設置が面倒なので、2回しか使用していない。 プラスチックのペグは華奢だったので、全部捨ててしまった。これはリサイクルショップで買い取ってもらう予定。

Books

本日図書館で借りてきた本。

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モニター当選

Detergent 生きていれば良いこともあります。

懸賞に当たるのは、かなり久しぶり。2年ぶりくらいかな。

最近は、テレビでCMを放送させてもらうために何千万も使うのなら、モニターという形で商品を1万人くらいの人に配って、実際に使った人の口コミを利用したり、商品のリピーターを増やすという方法が取られるようになってきている。

たいへんよいことだと思う。

この洗剤は配送料を入れてもせいぜい300円程度だろう。1万人に配っても、宣伝費はたった300万円で済む。

CMを作成するためのコストと放送するためのコストを足したら、確実に桁が違ってくる。こういう形で、消費者に利益を還元するのもよい方法ではないかと思う。

メディアというものの価値が下がってきている現在、徐々に、広告がこの形に変わっていくと思う。

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脱皮

妻が来週からパートに出る。

働く気があれば、60歳までずっといられる職場なのだそうだ。

今日は二階のリビングルームを中心に片付けた。

テレビの前に敷いてあったホットカーペットカバーが薄汚れてきたので捨てることにした。もともと私の母親が3年前にくれたものだが、カバーの色がいまひとつなので気に入っていなかった。来シーズンにきれいながらのものを手に入れよう。

我が家のリビングルームには大きなクローゼットがあり、その中にキャンプ道具や子どものおもちゃや妻のものがぎっしりとつまっている。

それを掘り起こし、不要品を選別し、こまごまとしたものは余っていた衣装ケース2つ(私が大量に自分の服を処分したため)を使って整理した。そのうちのひとつは、妻が学校のバザー用に取っておいたゴミのような品々。

いろんな紙袋も取ってある。妻は、実家の親がものを捨てずに溜め込んでいることをよく馬鹿にするくせに、自分でもまったく同じようなことをしていることに気がついていない。先日は、私が捨てた子どものおもちゃをゴミ袋から拾い出してきて、また押入れの中に仕舞いこんでしまったほど。

結局、捨てるものは、ホットカーペットカバー、シミのついたじゅうたんなど。

キャンプ用のスクリーンタープと、バックパック(15年前に私が海外を一人旅したときに背負っていたもの)と、前のアパートで使っていたカーテンはリサイクルに出すことにした。

石油ストーブは、私の父親が引き取ってくれることになった。

コタツは来シーズンまで保管しておき、シーズン前に、リサイクルショップにもっていくことにした。そうすれば1000円くらいは高く買い取ってもらえるだろう。

それにしても、2月以降私が捨てたゴミ袋(45L)の数は40近い。50枚入りだったゴミ袋がもうすぐ底をつきそうだ。

まるで引越を控えている家のようなありさま。

実際には引越しないので、古い自分からの「脱皮」のようなものかもしれない。

キャンプ道具を見ていたら、道具が成仏できない気がしてきた。

今度の夏は必ず1回はキャンプに行くことにした。でも小さいクルマに買い換えたので、荷物は極力少なくして、食事はコンビニを利用したりして、軽いものにしないといけない。

持って行くなら、テント、スリーピングマット、ランタン、ガスバーナー、鍋、フライパン、皿、カップ、カトラリーくらいかな。椅子はいらない。レジャーシートで十分。

キャンプの初心者は知らないかもしれないけれど、バーベキューは、汚れるし、かさばるから最悪のメニュー。

慣れた人は、主食はそうめんとか蕎麦とかスパゲッティなどの麺類。ご飯なんか絶対に炊きません。パンも面倒。途中でおいしいパン屋でも見つけて買ったほうがいい。

キャンプ場に到着した日の夕食は作らないという手もある。日帰り温泉にでも行って夕食をとれば非常に気が楽になる。

朝食用にどこかでパンなどを調達しておけば、一切食事を作らずに帰ることもできる。

キャンプと言っても、旅館ではなく、ただキャンプ場に泊まるだけ。そういうキャンプだと荷物が軽い。

しかし、夏だと、キャンプ場でも、テントの中は暑くて寝られない。というわけで、我が家ではキャンプをここ5年ほど敬遠してきてしまった。

経済的にリゾートホテルに宿泊する余裕もないので、やはり今年の夏はキャンプにでも行こう。

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ジョグ6K

昨日走ったから、今日はやめようと思っていたが、陽気に誘われて走りに行ってしまった。

大腿四頭筋のストレッチをし忘れたせいかもしれないが、走っている最中に右の膝の裏とふくらはぎ、帰ってきてから左のふとももに若干の痛みが出た。

前半は17分9秒。

後半は15分32秒。

花粉症対策にマスクをしながら走ると、汗でびしょびしょになって気持ちが悪い。途中で外してしまうと、帰ってきてからくしゃみが出て困る。

まったく、どうにかしてほしいよ。

明日と明後日は完全休足日の予定。

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MD&カセットのデジタル音源化

以下のサイトを参考にして、カセットテープのデジタル音源化に挑戦することにした。その前にケーブルを買ってこないといけない。

カセットテープ・LPレコードから音楽を取り込む/シニアのパソコン夢工房

カセットテープをデジタル化

アナログ音源のデジタル化方法

レコード・カセットテープをCDに! ”VAIO”でデジタル化大作戦! 前編 [ソニーショップ里内]

MDをCDにダビング

思い出を永久保存! あの音楽を現代に蘇らせる アナログ音源のデジタル化計画 - デジタル - 日経トレンディネット

♪超録 - パソコン長時間録音機(Windows95/98/Me / 画像&サウンド)

ビデオテープもDVD化しなきゃ。でもビデオデッキも壊れたので、どこかから借りてこないと。面倒だなあ。

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成仏

本棚は売らないことにした。

本を衣装ケースに入れて押入れにしまいこむのは、あまりよいことではないような気がしてきた。

いままで押入れの中や本棚の奥にしまいこんでいた本を引っ張り出してきて、写真に収めて、エンピツで線を引いていたような部分を、このブログに写すようなことをしてみることにする。

本を愛するものとして、本はきちんと成仏させてやらなければならない。

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どこの国がいいかって?

このネタに参加する人の大半はヨーロッパあたりの先進国を挙げるのではないかと思います。あるいは、住めば都で、日本とか。もしくはハワイみたいな観光地かな。でも、あそこは国じゃなくて州か。

ともあれ、日本人のメンタリティーなんてそんなものでしょう。

内田樹氏が書いていましたが、日本人は古来より、外国に憧れ、外国の流儀を取り込み自家薬籠中のものにしてきました。だから、アメリカ人とは異なって、外国と自分たちの国を比較せずには生きていけないというのです。

「外国ではこうなのに、それに引き換え、わが国では」という発想の仕方が、日本人の骨の髄まで染み付いてしまっています。

内田さんは、それはそれで仕方がない。それが日本人のアイデンティティの確立の仕方なのだから、というような趣旨のことを述べています。

そうなのかもしれませんが、私はそういう考え方に若干の違和感を感じます。

外国の現実を見ることもなく、ただ観光客の憧れのレベルにとどまるのもイヤです。

かといって、日本が一番という田舎もんの考えも痛々しいと思います。

私は、生まれ変われるとしたならば、ヨーロッパ文明にいっさい影響を受けていないような南の島に生まれたいと思います。もうそんな場所はこの地球上には存在しないのかもしれませんが。

『パパラギ』の酋長の住んでいるような島なんていいですねえ。

くだらないモノや情報にあふれていないし、「国家」なんていう面倒な概念すらないんですから。

ただひたすら生まれてきたことと自然の恵みに感謝しながら、その日その日をあくせくせずに生きることに憧れます。

忙しいこと(=ビジネス)[business] がよいことだと見なされるような社会からは、別に生まれ変わらなくてもいいですから、早々に離脱したいものです。

コネタマ参加中: 生まれ変わるなら、どこの国の人がいい?

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年金

定額給付金の使い道ですけれど、前にも書きましたように、我が家では妻の国民年金の支払いに使わせてもらいます。我が家には子どもが二人いますので、あわせて6.4万円。確定申告の還付金とあわせて半期分を支払うつもりです。

だから、消費になんて回せません。消費に回せる人というのは、もともと給付金などもらわなくてもよいような裕福な方々なんでしょう。

どうして、我が家のような子育て世代に、手厚く給付してくれないのでしょうか。

とはいっても、おかげで、少しはお金に余裕が出ますので、1万円のスーツと1000円のネクタイでも買おうかと思います。(さすがに100円ショップで買ったものは1回使っただけで捨てました。)それから、1万円のランニングシューズ。子どもには、何も買ってやれません。

脚を故障してからずっとCW-X スタビライクスを買いたいなと思っていましたが、やはり、よいシューズをはいて、フォームに気をつければ、タイツなどいらないのかもしれませんね。それから、冬は寒いので怪我をしやすくなるようです。あまり練習をしないほうがよいのかもしれません。

もう一足アシックスのシューズを買おうかな。1足だと、すぐだめになってしまいそうだし。

いま愛用しているアシックスのゲルカヤノはたいへんはき心地がよいシューズです。クッション性も高く、練習用にはぴったり。いかんせん、価格が高いのですよ。

今度、またアシックスのニューヨーク2140SW を買おうかな。サイズはわかっているから、通販でもいいか。

それともミズノなんかどうでしょうね。

またお店に見に行こうかな。

コネタマ参加中: 定額給付金、もらったら何に使う?

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ジョグ10K

前半31:07

後半27:47

どこも痛くならなかった。絶好調。でも、経験上、慢心していると怪我に泣く可能性が高いので、「あせらず、無理せず、ゆっくりと」を心がけよう。

朝食にはホームベーカリーで焼いた「味噌はちみつパン」にピーナッツバターをつけて食べた。味噌だけで塩分は十分だったのだけれど、さら塩もたっぷり入れた。ランナーには塩分が必要だからね。それを食べた妻には塩辛かったかもしれない。

さらに今日は途中の自動販売機でスポーツドリンクを買い、それをときどき飲みながら走った。おかげで、スタミナ切れにはならなかった。ランナーにとって、やはり塩分は大事だよ。

10キロ程度だとあまり疲れず、楽に走れるようにまで体力が回復してきたようだ。

レース本番まであと17日。15キロをあと3回くらいは走っておきたい。

走りながら、小田和正の『自己ベスト』をiPodでシャッフルしながら聞いた。

「風のように」の歌詞が心に響いた。

誇りある道を 歩いてく どんな時も

やがていつか 一人だけに なってしまうとしても

あの風のように やわらかく生きる君が

はじめて 会った時から 誰よりも好きだった

この「君」を「自分」に置き換えたい。他人がどう思おうとも、誇りある道を歩いていきたい、風のようにやわらかく生きたい、などと偉そうなことを考えながら走った。

小田さんもマラソンに関わる仕事をしていたはず。ご本人もランナーじゃなかったかな。記憶が定かではないが。

今度のレースではぜひとも自己ベストを出したい。

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非正規雇用と少子化

若い独身男性の結婚率、「非正規雇用」は「正規」の半分 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「非正規雇用労働者の増加が少子化に影響していることが浮き彫りになった」という。

少子化は女性の社会進出のせいだなんていっている人がいまだにいるけれど、それはとんだ勘違い。少子化の大きな原因のひとつが、非正規雇用労働者の増加であるということは確かなのだろう。

<川崎の医師>講演会で「どんどん吸って早く死んで」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

こういうことを言うのは、医者の料簡ではなく、落語家の料簡である。でも、少子化が進んでいるのだから、それに合わせて高齢化に歯止めをかけることは、よいことなのだろう。

こういうことを言うと、暴論だ、放言だと言われてしまうような状況こそ、まずい世の中なんじゃないのかな。

マスコミは、目くじらを立てすぎる嫌いがある。

何事も大目に見るように。

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「捨てる」決心

絶版ですが、よい本です。家中にモノがあれふている方はぜひとも図書館で探して読んでみてください。

「いずれ」使うときがくるかもしれないし、「そのうち」譲るべき相手が見つかるかもしれないから「とりあえず」取っておこうとか、捨てるのは「もったいない」という意識こそをまず捨てるべし。そういうものが使われる日は99%来ない。

「いずれ」「そのうち」「とりあえず」「もったいない」というコトバは直ちに追放しなければならない。

いつでも捨てられると思ってはいけない。捨てるのは今だ! 

家の中は倉庫や蔵ではない。押入れは、使わないものを押し込んでおくための場所ではない。

私はこの本を読む前に、不要品を捨てる決意を固めていたが、まだまだその決意が弱いものであったことをこの本を読んで再認識した。

読み返すことはありえないのに、処分できない本がまだまだある。ブックオフに持っていったのは、蔵書のごく一部。処分するのは忍びなかったものを、衣装ケースの中に入れて押入れに仕舞いこんでしまったが、その9割以上は処分してもよいものであった。

先日空っぽにした180センチの高さの本棚1棹を近いうちにリサイクルショップに持っていくことにした。収納できる隙間があると、人間はさらに仕舞いこんでしまう癖がある。だから、収納スペースはできるだけ作らないのがモノを溢れさせないコツである。そういう心理を知っておくことに越したことはない。

今はまだ本棚の棚のゆがみがもどらないので、それが戻ってから、行動を起こすことにする。漬物石のような辞書を載せていた棚の1枚のゆがみが少し取れてきた。他の棚と比べるとそれがよくわかる。今朝、その棚をすべて重ねて、その上に小さな本棚を載せ、重たい本をたくさん積み上げた。1週間もたたないうちにまっすぐになってくれるだろう。

立川談志が落語のマクラで「新聞を購読しないということは勇気がいりますね」と話している。インターネットが普及する前の録音だろう。いまじゃ、新聞なんて取らないのが当たり前(?)。

談志の母上は、本など一切読まないという人だったそうだ。それもすごい。そうすると、家の中にあったのは、必要最低限のものだけだったはず。

夜逃げがしやすくていいな。

冷蔵庫や洗濯機や鍋などの家財道具はなければないでなんとかなる。着る物も2泊3日程度のものを旅行かばんに入れておけば、あとはお金さえもっていればいい。

夜逃げは不謹慎かもしれないけれども、災害に見舞われても、オレにはもう捨てるものは何もねぇ、何も怖いものはねぇぞ、と強くなれそうだ。

人は捨てなければならないものを山ほど抱えてしまう癖がある。あの世になんてもっていけないのにね。

なければないで済ませられるものは、どんどん処分したほうがいい。

書籍はすべて電子化して、デジタルブックで読めるようになるといいなと、いま本気で思っている。

専門書とちがって、新書や文庫本なんて、何度も参照するものではないから、一回読んで終わりがふつう。

雑誌が売れないというのは、雑誌は捨てるのが基本だから、買うのがもったいないという意識を人々が持つようになってきたからなんじゃないかな。

だったら、デジタルブックのような形で、有料で雑誌を配信したらいいのに。それでも、雑誌は今後もっと売れなくなるということが容易に予測できる。

なぜなら、テレビ番組と同じように、情報の鮮度がすぐに落ちるからである。

現代の若者は、友人や恋人とくだらないメールを送りあっているというが、雑誌だって、そのくだらないメールと同じような内容でしかない。消費期限が圧倒的に短い記事ばかり。発売された時点ですでに、消費期限が過ぎてしまっているものさえある。

そんな噴飯物を食わされるなら、友人や恋人とメールをしていたほうがはるかにましなのかもしれない。

だから、今後は、書籍の販売価格を2倍以上にして、全国の図書館に買い取ってもらうということで、出版業界はやっていくしかないのではないかと思う。

アメリカ人は本を買わない。それに比べて日本人は本を買いすぎる。アメリカ人のよううに、本は借りるものという意識に転換し、かつ公共物として書籍は図書館を通じて共有する形でいくべきなのではないかと思う。

基本、新聞・雑誌はデジタル化。

さもないと、ゴミが増え、処分場がなくなってしまう。

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本日の稽古

今日は、黒帯の中学生が遊びに来てくれたので、彼を相手にいろんな技を練習した。

天地拳第5系を教わってから、逆小手からの裏固や送巻天秤、送横天秤、切抜、切小手、片手押抜、二段抜、諸手引抜、襟抜、袖抜、上膊抜、上膊捕、押切抜、腕巻、袖巻、切返抜、袖捕、片胸落、腕十字固、千鳥返。

新しい技としては金的蹴膝受波返を習った。

腕巻は腕を高く掲げながら反対の手で相手の手をつかみ、手を下げ降ろし、肘が頂点になったときに、すでにS字になっている。そのまま鈎手をつくって、後足を引きながら自分の体に引き寄せれば技がうまく極まる。

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ザクティ

ビデオカメラのザクティが手元に戻ってきた。

結果からいうと、修理はせず、ただモードを変更しただけ。

高感度モードの設定を切れば、焦点が定まらないという現象はストップするのだという。

そんなことはつゆ知らず、アフターサービスの方たちににご迷惑をおかけしてしまった。

妻のアルバイトの件だが、私の聞き間違いではなく、たしかに「採用」だったようで、お昼ごろ担当者から電話がかかってきた。「電話をするとすれば火曜日ごろに連絡を入れる」と先方が言っていたのに、火曜日を過ぎても連絡してくれなかったので、再度、夫婦関係がこじれそうになってしまったじゃないか。

ようやく雪解けムードになってきた。

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機嫌のよい人

ほぼ日刊イトイ新聞 の中で、糸井さんは次のように書いています。

 機嫌よくいつもいたいなぁ、と思うのです。
 できることならば、どういういやなことがあっても、
 機嫌よくいたいものです。
 機嫌がいいときというのは、ものがよく見えます。
 機嫌のいいときというのは、音がよく聞こえます。

 で、じぶんが機嫌よくいたいのも、そうですが、
 他の人が機嫌いいのも、とてもいいなぁと思います。
 機嫌のいい人のところに、ぼくは引き寄せられます。
 機嫌のいい人のそばにいると、
 なにかいいことが起こりそうな気がするんです。
 
 (中略)

 「悲しみのわかる、機嫌のいい人」というのは、
 ぼくの理想的な人間像かもしれません。
 「機嫌よく百年生きたい」というのは、
 ぼくの最大の夢かもしれません。

圧倒されました。まさにおっしゃるとおりです。

わたしはいつも他人の説にただひたすら「おっしゃるとおりです」と言うだけの人間です。そういうことをしていると、相手の機嫌がよくなってくるので、自分の機嫌もよくなってきます。そうやっているうちに周りのみんなが機嫌がよくなってくれれば、人間界はもっと住み心地のよいところになると思います。

「機嫌がいいときというのは、ものがよく見えます」というのもまさに至言ですね。

とある英和辞典に次のような例文を発見しました。

The trick in life is to turn an unhappy experience into a happy one.

人生の秘訣は不幸な経験を転じて福となすことである.

いい言葉ですね。ことわざだと「災い転じて福となす」といいますね。

なんだか、いまからスーパーに砂糖を買いに行きたくなってきました。

「萬事機嫌よく」(by桂枝雀)

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トートバッグ

今使っている8年もののトートバッグがへたれてきたので、須田帆布のウェブ限定のデイリー・トートバッグがほしくなってきました。上の段の真ん中か、下の段の右端がいいな。

トートバッグって、図書館で借りた本を運ぶのに便利なんですよ。

価格は送料込みで1万円ほど。

Sh259_color

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適性試験

Science Xitalk - サイエンス・サイトーク

2009年3月8日の回で、村上宣寛 富山大学教授(認知心理学、性格測定のプログラム開発等)は、企業が人事採用の際に行っている適性試験は、自分が一番自分のことをわかっているので、自分自身を分析できるという前提に立って作られた試験であるから、当てにならないと断定している。

まったく、おっしゃる通り。溜飲が下がった。三島由紀夫も誰よりも自分のことがよくわかっていると昔ある文章の中で書いていたが、彼くらい頭のよい人ならそういうことを言ってもいいが、本当はどんな人間でも他人のことはわかったような気になれるものだが、自分のことはいちばんわからないものである。

私は教職の都合で適性試験を受けた折に、すべて5段階の真ん中を選んだ。自分では自分のことを分析できないし、日によって、あるいは状況によって、自分の特性というものは変化するものであるからであると、その意味を面接官には説明した。

いまから16年くらい前の話だが、当時そういうことを言う人はほとんどいなかった。

ようやく私のことをわかってくれる人に出会えた気がした。

番組パーソナリティーの日垣隆さんが、自らの体験として述べているが、ふだんは人と話をしてても緊張することはまったくないのに、同窓会でこの20年間何をしてきたのかということを話すことを求められたとき、自分の順番が回ってくるまでの間、心臓がバクバクしたという。

わたしも学生の前で緊張することなどないのに、結婚式のスピーチをする機会を与えられたときには、頭の中が真っ白になって、忌み言葉を連発してしまった。

桂米朝師匠もマクラで述べているが、落語家さんも結婚式のスピーチが下手な人が多いらしい。

ともあれ、そういうわけで、人前で話すことを商売にしている人でも、必ずしも人前でも緊張しないわけではないので、置かれた状況によって変わるのである。

だから、企業が行っている適性試験などというものは、まったく当てにならない。

自分が一番自分のことをわかっているので、自分自身を分析できるという前提に立たずに周到に作られた適性試験でも、それを利用する人の側の能力で変わってくることがあると、村上教授は言う。

私は試験というものが、その人の能力を客観的に算出する指標であるとは確信したことがない。だから、学生たちの成績をつけるときも、ほとんどの場合ゲタをはかせてやる。

将来の伸びしろを勘定に入れないといけない。

世の中の人事担当者の多くはそれを理解していないように思われる。

そうでなければ、私のような優秀な人間がこんなに苦労するはずがない(苦笑)。

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『パパラギ』の新刊文庫本

私が自分の生き方を見直す大きなきっかけをつくったのがこの本。

お金、モノ、所有欲、忙しさ(ビジネス)、そして情報に振り回されて生きることは、不幸であると気づかせてくれた。

昔から私は禅僧にあこがれている。いろんなものにあこがれてきたが、究極的には、禅僧のような生き方だ。

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被害妄想

Sabine Durrant on why more than a quarter of us are suffering from paranoia | Life and style | The Guardian

The Guardianに面白い記事があった。

イギリスの話だが、被害妄想(パラノイア)が昔は人口の1%しかいなかったのに、いまでは4分の1以上にまで増えているという。

被害妄想は10代から20代に生じ、その後急減するのだが、老齢になるとまた増えてくる。

確かに、老人には、被害妄想が多い。体制側がメディアを巻き込んで民衆を洗脳しようとしている云々という言説が、ネット上では鬱陶しいほど蔓延している。発信源はたいてい団塊の世代の方々。

確かに、そういうこともあるのかもしれない。だったら、私のようにテレビに触れなければいいだけのこと。

最近はメディアの発達もあり、日本でも「集団的被害妄想」に陥ってはいないだろうか。その割合は4分の1どころではなく、2分の1くらいいるような気がする。

心理学者のDaniel Freemanは、次のような解決策を与えている。

The trick is: thoughts aren't facts. Think through explanations for events. We have something called a 'confirmation bias' so that we find evidence to support our bad thoughts. You need to find evidence that goes against them. Finally, if you have a scary thought and you have considered it and think it is unlikely, test it out.

人はみな自分の考えが正しいと思い込んでしまうもの。自分の考えを裏付ける証拠しか視界に入らないのである。だから、この被害妄想から脱出するためには、反証を見つける努力をしてみること。

本当にその通り。人が考えることは必ずしも「事実」ではないのだからね。

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卒業

卒業といえば、やはりダスティン・ホフマン主演の『卒業』じゃないかい?

大学時代、英作文の授業の教科書がどういうわけか『卒業』のスクリプトだった。

そういうわけで、「卒業」と聞くと、サイモンとガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」が頭の中で再生されてしまうのです。妖艶で性悪なあのロビンソン夫人の姿とともに。

私の場合、絶対に海援隊とかユーミンとか尾崎豊とかアンジェラ・アキとかではありません。

あたしって、面倒くさい人ですかねぇ?

コネタマ参加中: 「卒業」と聞いて思い浮かぶ曲は?

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本棚の整理

書籍の整理をしていたら、一棹分が空っぽになってしまった。

棚は5枚ともすべて本の重みで歪んでいたので、いったん外して、逆さまにして上に漬物石のような辞書を数冊載せている。歪みが取れるまで数週間はかかるかも。

どかした本は、あまっていた衣装ケースの中につっこんで、押入れの中に仕舞ってしまった。

結局、この本棚もいらなくなった。なければ少しは部屋が広くなるから、棚のゆがみが取れたらリサイクルにでも出そうか。どうせ1万円で買ったものだし。

こういう安物は比較的軽いのだけれど、板が中空になっているので、壊して別のものを作るということができない。しかも、今回のように棚が歪んでしまうことも多い。いまの家に引っ越してくる前に使っていたものも棚がヤワだったので、のこぎりでバラして捨ててしまった。本棚なんて既製品を買うものではない。

やはり少々高くついても自分で作ったほうがよかった。持ち家なんだから、他の二つの本棚も処分して、自分で壁に棚を作りつけたほうがいいや。

専門分野の論文のコピーも捨てることにした。どうせ持っていても、参照することはありえないし。

コレクション癖は本当によくない。所有欲を捨てる努力をしよう。

中年になったら、他人を参照するより、自分のやりたいことを絞り込んで、やりたいようにやっていくべき。村上春樹氏もそう言っている。生きていられる時間は、日に日に短くなっているのだから。

思い出の品も、だいぶ捨てた。昔の恋人からの手紙まで出てきた時には、誰も見ていないのにひとりで慌てしまった。

Empty 妻のアルバイトは実は不採用だった。担当者が、「ふさいよう」の「さ」にアクセントを置いていたので、私には「ふ」が聞こえなかったのだ。

はっきり申し上げて、聴力の衰えている私の誤解もいけなかったかもしれないが、先方が正確に用件を伝えるすべを心得ていないことにも問題があると思う。自分のことを棚にあげて言わせてもらうけど(棚を外したので棚はない!)、人事担当者としては、ダメだね。どうでもいいけれど、妻には申し訳ないことをした。また私の株が下がってしまった。

ユニクロが、g.u.ブランドを立ち上げて、ジーンズを990円で販売するという。残念なことに、私がよく行くようなところでは販売しないようだ。なぜ、ユニクロで販売しないのだ。まったく理解できない。

いま28インチ(72センチ)のジーンズをはいているのだが、カラダを絞り込んでいるので、ウェストがだいぶゆるくなってきてしまったのだ。太もももゆるい。

年々、小学生のズボンのサイズに近づいている。

棺おけに入る頃には、ジャコメッティの彫刻やベケットの小説のように痩せこけてしまうのだろうか。それもまたよし。

ここ数日、グレン・グールドの「ゴールドベルク協奏曲」を繰り返し聴いている。若い頃の録音と、晩年の録音を交互に。私は晩年のもののほうがよいと思うタイプ。逆に、大学時代の親友は、青年期の頃のほうがよいと思うタイプだった。私は若い頃から、枯れていたみたい。「爺むさい」と、恋人によく言われたものだ。

最近はテレビを見ないので、ニュースがよくわからない。ラジオをかけていても、ニュースの部分はろくに聞いていない。世の中に対する関心がなくなってしまったらしい。インターネットでもニュースサイトをろくにチェックしていない。

完全にシラけている。鬱なのかも。

今度の総選挙は、比例区では民主党に入れようと思っていたけれど、やっぱり共産党にしようかなと思い直した。

今週の月曜日に、共産党の志井和夫委員長がJ-Waveの夜の番組に出ていた。クルマの中で、志井さんのリクエスト曲、ショパンの「革命のエチュード」が大音量で流れたときは感動した。

「革命」か。「IT革命」以来、久しく耳にしなくなった言葉だ。

私は、こういう「時代錯誤」が大好きだ。

日の丸は明治政府のものだから、大嫌い。俺は徳川幕府のほうが好きなんだよね、という立川談志に共感を覚えるので、変なところで私は共産党にシンパシーを感じてしまう。とどのつまり、私は「サヨク」(by島田雅彦)なんだろう。ゴリゴリの左翼ではなく。

そういえば、院生の頃に読んだ小林多喜二の『蟹工船』の文庫本をブックオフに買い取ってもらおうとしたら、はねられた。なんでぇ? 古いから?

あと毛沢東とレーニンとエンゲルスの東洋文庫も。ああいう文庫本は、見るのも汚らわしいから仕方がないけれど(笑)。

ブックオフで買い取ってもらえなかった本は、念のため「古本市場」に持っていってみようかな。それでも買い取ってもらえなかったものは、燃やすのは忍びないので、資源ごみの日に出すことにする。

でも、家に薪ストーブがあったとしたら、あるいは風呂が薪で焚き付けるものだったら、とっくに燃やしていただろうな。

カヌーイストの野田知佑がカナダの川をカヌーで下る旅をしているときに、読み終わったペーパーバックのページを焚き火に放り込んで暖を取ったというエッセイを昔読んだことがある。覚えた英単語集のページを食べてしまうよりずっと健康的だ。人間はヤギじゃないので、セルロースは消化する酵素は持っていないんだし。ああいうのが理想的な本の読み方じゃないかな。

とにかく、研究なんかしちゃだめ。お勉強はしちゃいけないよ。バカになるから。

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私、待つわ

待つことは大切だね。

少林寺拳法でも、相手の攻撃の起こりを見てから、受けたり、かわさないと、自分の動きに合わせて相手が攻撃の矛先を変えてしまうので、やられてしまう。

拳士たちは、みな、犬のように、「待て、お座り」とつねに命令されている。だから、待つことには慣れている。

待てるものは、負けないのである。

だから、私は死ぬまで待っているつもり(笑)。

ただし、私に5分以上待たせた場合、その人はもう恋人ではなくなっているので、待たずに、帰ると思う(笑)。鈴木亜美主演のお昼のメロドラマじゃないんだから、何年も待っていられるわけがないでしょ。

コネタマ参加中: 待ち合わせ相手が遅刻…どのくらいなら待てる?

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一日とは言わず、残りの人生はずっと鳥として生きていきたいくらいである。

世界を「鳥瞰」することは子どもの頃からの憧れ。

新しい東京都庁ができた当初は何度も足を運んで展望台から地上の人間どもを見下ろしたものだった。

鳥と言っても、人間の出したごみを漁る烏や雀でもなく、どぶ川で魚を取る鴨でもなく、もちろん動物園の中で飼育されている白鳥でもない。

私がなりたいのは、野生の鼠を捕食する眼光鋭い鷹である。

そうはいっても、夢の話。

なれたとしても、せいぜい「夜鷹」か「夜鷹蕎麦」くらいだろう。

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LSD 15K

一昨日13キロ走ったので、一日休足日をとって、本日15K走に挑戦。15K以上を走るのは、2月1日のハーフマラソン以来だ。キロ6分強のペースを心がけた。ふだんは5分30秒を目指しているので、もたもたした感じになる。ふくらはぎに負担を掛けないように、足を押し出し、腕を後ろに引き、股関節を動かし、楽に走ることを意識した。

今日は、足の裏が痛くなった。拇指丘と親指の横がこすれるのである。

風に吹かれて梅の花びらが水溜りに水玉模様を作っていた。花桃は満開。早咲きのボタン桜が咲き出した。いい季節になってきた。午前中の気温は15度。春の陽気である。

走行時間は、トータルで92分40秒。

歩数計では、16637歩を刻んでいた。

ディズニーランドで一日遊ぶとたいてい2万歩になるから、それに近い疲労感である。

終わりに近づくに連れて、だんだん名残惜しさが募って来て、あと5キロ以上は知り続けていたという気持ちにとらわれた。私にしては、きわめて珍しい感覚だ。そういう気持ちを吹っ切るために、最後の500メートルは全力疾走。もう、これ以上は走れないというところまで、出し尽くして今日のLSDを終了した。

疲れて帰ってきて、すぐに塩をなめた。塩の入ったビンに人差し指をつっこみ、ついてきたつぶつぶをペロリ。最初の一口では塩がこんなにうまいものかと思ったが、二口目では、舌にしびれるような鋭い痛みが走った。あら塩は、直接なめるものではないことを認識した。

ということで、疲れたときに欲しくなるのは、塩。もちろん長距離を走った後の話だが。

仕事でストレスがたまって疲れているときは、やはり甘いものが食べたくなる。ケーキとかバナナとかリンゴとかヨーグルトとか。

コネタマ参加中: 疲れたときに欲しくなる食べ物・飲み物を教えて!

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貧乏人なら麦を食え

池田勇人氏は蔵相時代に以下のように国会で答弁した。

御承知の通りに戰争前は、米一〇〇に対しまして麦は六四%ぐらいの。パーセンテージであります。それが今は米一〇〇に対して小麦は九五、大麦は八五ということになつております。そうして日本の国民全体の、上から下と言つては何でございますが、大所得者も小所得者も同じような米麦の比率でやつております。これは完全な統制であります。私は所得に応じて、所得の少い人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副つたほうへ持つて行きたいというのが、私の念願であります。

いまでも、意外に知られていないが、米より麦のほうが実は安い。

我が家で購入している米は5キロで2000円前後。1キロあたり400円になる。1合は150gなので60円ほどになる。3人分だと、我が家の場合は1.5合だから90円くらい。

パンを作るための小麦強力粉は1キロあたり300円。我が家で購入している生協のものは250円である。

薄力粉なら200円。

米は麦より圧倒的に高いのである。

小麦粉は安物でもまずくはない。でも米は5キロで1500円くらいのものは、よほど優れた炊飯器で炊かなければ、豚のエサになってしまう。

私はほぼ毎朝ホームベーカリーで焼いたパンを食べている。一回分に使う強力粉は50円。バターやドライイーストを入れても、3人分のパンが60円程度で作れる。一方、天然酵母パンの場合は、110円ほどになるようだ。

市販の食パンとは違って、怪しい添加物も一切入っていないので安心である。

せいぜい、そのあたりが、貧乏な我が家の「食へのこだわり」かもしれない。

もちろん、我が家でも米は食べる。白米だとビタミンがほとんどないので、我が家では栄養を考えて押し麦を入れている。やや黒っぽくなるので、見た目にはうまそうではないが、味は玄米入りのご飯よりはるかによい。以前は玄米を入れていたが、消化に悪く、カラセコばかり出るので止めた。それに納豆と味噌汁とアジの干物をつける。野菜の煮物か漬物があれば、最後の晩餐と錯覚するほど神々しい夕餉になる。

立川談志が落語のマクラでよく言うように、食べるものというものは、総じて、安いもののほうがうまい。そういうことを子どもに教えるのが、我が家の「食育」である。

コネタマ参加中: あなたの「食育」!食に対するこだわりを教えて!

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本日の稽古

パートナーが1級の昇級試験を控えているため、1級技を総復習。

私は技を覚えてないというより、コツを忘れている。ふだんから意識的に何度も繰り返して練習をしないから、すぐ忘れてしまうのだ。語学と一緒。

最後に、怪力の相手に両腕で手首を握られたときの鈎手守法を稽古した。私のパートナーは元自衛隊員で、怪力の持ち主。要するに、この場合は、自分から近づいていって相手の両腕を自分の腹に近づけばいいだけのこと。相手の両手はふさがっているのだから。それから、腰を使って下に引くようにして鈎手をつくれば、相手はあっけなく倒れてしまう。

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買取

ブックオフに行って、本を買い取ってもらった。

蔵書の一部が1万円札に化けた。家に帰って財布をあけて見たら、葉っぱが1枚入っていたので驚いた(笑)。

もっと驚いたのは、持参した本の半数近くがはねられたことである。全部で200冊くらい。

買い取ってもらえたのは、文庫本が99冊、新書が74冊、単行本が77冊、雑誌3冊。

弾かれたものは、買い物袋5袋分になった。

辞書は基本的にダメらしい。文庫本も古いものはすべて弾かれた。ほとんどが高校時代と大学時代(20年前)に買ったものだ。

ブックオフで買い取られないということは、「燃えるゴミ」というお墨付きがつけられたわけだ。よく見ると、確かに、ろくなものがない。

明日にでも、他の燃えるゴミと一緒にクリーンセンターへ持ち込んで焼却してもらおう。

一般書は、食品と同じように、おいしく味わえる賞味期限があるのかも。

専門書は、転職をするか、もしくは死期を悟ったら、換金するかもしれない。妻には処分する方法がわからないと思うので。

本日受け取ったお金で、ホームセンターへ行き、バスマットと爪切りを買った。爪切りは、置いてあった商品の中で一番高いものを選んだ。もちろん日本製である。ほんとうかどうか怪しいが、手作りなのだそうだ。価格は1380円。爪切りなんて100円ショップで売っているくらいだから、爪切りとしては確かに高級だ。使い心地はよい。だが、切った爪が方々に飛び散るので、縁側のある家に住んでいる人向きかもしれない。

Clipper

妻の態度がやや軟化してきた。明日あたり仲直りしようかな。

家の駐車スペースの壁の下部のモルタルが汚くなってしまった。気になるので、化粧モルタルを塗りなおしたほうがよいのかな。

それから、玄関のあたりだけでも、漆喰を塗ろうかと思う。みんなが壁を汚れた手で触るので、もうすでに真っ黒。物がぶつあ買ったらしく、壁紙がところどころ敗れている。

漆喰にしておけば、汚れたら塗り重ねればいいだけなので、気にならないはず。家の臭いも吸い取ってもらえる。すぐ塗れるバケツ入りの漆喰は、5キロ缶でおよそ4千円強。18キロ缶を買えば、6帖くらいのスペースはまかなえだろう。

漆喰(しっくい)・うま~くヌレール:塗り壁材料の日本プラスター

漆喰塗り---その1 | DIY・ハンドメイド・収納…暮らしなモノづくり

* COCOA BRUNCH *: 「うま~くヌレールその後*ガラス玉配置*漆喰に埋めたもの、などなど」

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ジョグ13キロ

当初6キロで帰ってこようと思ったのですが、日ごろの鬱憤を晴らすために、潰れてしまってもいいやと思い、13キロコースに挑んでみました。

前半は37分46秒。

後半は35分52秒。

10キロ以上を走るのはほぼ1ヶ月ぶりなので、ちょうど10キロを超えたあたりからエネルギー切れ。

10キロ以上走るときはきちんとエネルギーを補給しておくこと、そして、レース前には15キロ以上は1回走っておくべきことを改めて実感しました。

今日は筋肉痛も腱鞘炎も何もないので、ようやく体ができてきたのかもしれません。

というより、自分が食べたいものが食べられない状況なので、どこも痛くないのは体が軽くなったせいかもしれません。

妻が近々パートに出るらしいです。1週間以上口をきいていないので、ほんとうに何もわかりません。

一応夕食のテーブルは一緒に囲むのですが、私は顔を上げず、ひたすら栄養補給に専念し、まったくしゃべらないので、お通夜のような雰囲気です。子どもたちはテレビに夢中なので、会話らしい会話はありません。

「家族団欒」という言葉は、我が家では死語になりました。

急いで食べ終わると、逃げ去るように書斎にひきこもります。まるで居候させてもらっているような気分です。あまりに居心地が悪いので、いらいらして、ときどき子どもに当たることもあります。

ひどい父親です。

そういえば、定額給付金がもらえることがようやく決まりました。

私が住んでいるところは年度内に支給されるらしいです。怪しいですけど。

我が家の場合、子ども二人の家庭だから64,000円いただけることになっています。今年度の確定申告による所得税の還付金とあわせて妻と私の分の年金に当てる予定です。

それでも半年分が足りません。

うちと似たような家庭は、まったく報道されていませんが、けっこうあると思います。

こんなんじゃ、消費はもとより、預金すらできません。

金持ちや犯罪者や暴力団なんかに支給せずに、我が家のような家計が苦しい子育て世代に50万円くらい支給してくれれば必ず使わせていただくのに、どうしてそうしなかったのでしょうねえ。政治家の考えることは、まったくわかりません。

我が家では、来月から幼稚園代もひと月3万円かかります。私は所得が少ないので、年末あたりにいくらか戻ってくるのですが、あと2年間はかなり節約しないとなりません。

陰鬱な気分になります。

他人のやる気を失わせる人は最低だというのが私の持論ですが、今の私は、そういう意味で、最低な人間であると思います。

どうあがいても、出口が見つからないのです。もどかしさでいっぱいです。

でも、そんなふうに思えるようになったときは、出口の前にすでに立っていることが多い気がします。とりあえずそう思って、生きていきます。

Yahoo!占いによると、3月10日(火)は「気持ちが切り替わる日」だそうです。

長いこと根に持っていたようなことがどうでもよくなって、もっと楽しく生きていこうという気持ちになるでしょう。点と点がつながって、急に物事の背後にある意味が浮かび上がってくるような経験をするかもしれません。過去を好意的にとらえることができて一番の収穫は、自分がラクになること。そんなふうに心に余裕ができると、良いインスピレーションが浮かんで、今何をすべきかはっきりしそうです。

ほんとうにそうなるといいなと思います。あさってかあ。気が遠くなるほど長いなあ。

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アマゾンのマーケットプレイスに出品

この棚のものをすべて、アマゾンのマーケットプレイスに出品しました。

値段のつけ方が少々悪いかもしれませんが、冷やかしがてら覗いてみてください。

Sale

『新編 英和活用大辞典―英語を書くための38万例』

『リーダーズ英和辞典 第2版』

『リーダーズ・プラス』

『ディラン、風を歌う』

『究極の英語学習法K/Hシステム入門編 ワークブック』

などなど。

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世界規模で起こっていること

深刻な不況に見舞われている企業は削れるところは削れる分だけ削っている。

これは落語のマクラ。

不景気になったので、社長が社員を一人ずつ切っていく。一人切っても、会社はうまくいく。それでまた、一人切ってみる。すると、何の問題も起きない。とうとう社長自身と社員の二人だけになった。残った一人も切ってしまう。それでもなんとかやっていける。最後に残った社長は、自分がいなくてもやっていけれると信じ、自分のクビを切ってしまう。

いま日本の大企業は、それと似たようなことをしている。

大企業の広告費を当てにしてきたマスコミ関係は番組に予算がつかず、たいへんな思いをしているらしい。だから、いまテレビ番組には見るべきものがほとんどない。

この不況は、「100年に1度の危機」だと言われているが、大きなパラダイムシフトが起きているのだと思う。

企業をスポンサーにつけてその宣伝費でやっていくというビジネスモデルが崩壊してしまったのである。

昨日、NHKの「週刊こどもニュース」を見ていたら、青森県のどこかの町の「バナナ運動」というものが紹介されていた。

スーパーでバナナを買うと、そこからいくらかが地元のアイスホッケーチームに寄付される仕組みになっていて、寄付されたお金がユニフォームや道具代にあてられるのだそうだ。

そういう形で、地域の人たちが地元チームを応援していく。

いまこういうことが世界規模で起こっているのかもしれない。

J-CASTニュース : 不況下の節約作戦 貸し借りや物々交換サイト

人々の中に「シェア(共有)する」という感覚がよみがえってきている。ものを購入し、独り占めするという発想が消えて、みんなで所有しようとしている。

これは知識や情報にも当てはまる。

昔の学者は、海外の文献の紹介記事を書くだけで業績になった。だから、海外の文献をたくさん独占していることが重要であった。そういう時代は、インターネットの登場とともに、ようやく終わりつつある。

古本屋、リサイクルショップ、物々交換サイトなど、「シェア」に関わるような魅力的なサービスが多く登場している。

これは新たに登場したサービスではなく、大昔からあるものである。落語を聴けばよくわかるが、江戸時代は質屋がものすごく発達していた。あの感覚が、人々の間で、よみがえってきているのかもしれない。

「物が売れない」とお嘆きの貴兄には、これから数十年間は、人々にものを購入させ、所有させる産業ではなく、共有させるサービスが主流になることは、ほぼ確実であるということだけをお伝えしておこう。もし、儲けたければ、そちらに転職を検討するのもよいかもしれない。

世界規模で起こっていることとは、所有から共有へのパラダイムシフトである。

上掲の落語のマクラに戻るが、あれは、社員を所有物と見なす発想である。それを揶揄するものだ。社員一人ひとりを会社のパーツだと思っているような発想がそろそろ終焉する気配がある。おそらく、大マスコミはこのパラダイムシフトに乗れずに、店をたたむことになるだろうな。

これからのマスコミは、大企業の広告費をあてにせず、「バナナ運動」的なNHKモデルを採用するしかないのではないかと思う。

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本を大量処分するぞ

もう二度と読まないか、あるいはもし読みたくなったら図書館を利用すればよい本を集めたら、300冊を超えた。これを月曜日にブックオフで買い取ってもらおうと思う。

買い取り価格が1冊10円でも3000円にはなるだろう。単行本や辞書もあるから、うまくいけば1万円くらいになるかもしれない。

以前にも何度か本を処分しようと思ったことがあったが、なかなか踏ん切りがつかなかった。今回は本気モードだ。

思い出したが、旧型の石油ストーブとコタツはいつも春になると処分しておけばよかったと思う。秋にリサイクルショップにもって行けばよろこんで引き取ってくれるだろうが、いつも気づくのが遅い。

あとはクルマ用のチャイルドシートとジュニアシート。もう下の子は4歳だから、使わないし、使いたがらない。

海水浴のときにビーチで使おうかなと思っていた寝そべることができるチェアも処分したい。寝心地は最悪だから、一度も使ったことがない。だいたい、海水浴になんていかないし。

ものの本によると、どの家にも不用品が3分の1はあるそうだ。我が家には、私のもの以外に、子どもの思い出の品と着られなくなった服、妻の時代おくれの服もある。

その本には、収納のケースをやたらと増やしてはいけないということも書いてあった。もっと収納できると思うと、どんどんたまってしまうのだそうだ。

それから、家の中で一人、捨てる係を決めるとよいという。その人が要らないと決めたら、あとのものは従うようにすれば、どんどん捨てられるらしい。

自分は中年になったと意識してそろそろお墓のことも考えないとなあなんて思い始めたら、持ち物を徐々に減らしていくべきだろう。

「ブックオフ」と「古本買取」で検索したら、ブックオフは買い取り価格が安すぎるから、よその店で売ったほうがいいらしい。わが町には、古本屋が少なく、他には「古本市場」くらいしか見当たらない。どうしようかな。

それにしても、本は買うものではなく、借りるものだな。

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リストラ

J-WAVEをたまたまつけたら、人間にとって大切な4つのことというのが紹介されていた。

1.愛されること

2.ほめられること

3.必要とされること

4.役に立つこと

家族のみんながリビングルームでにぎやかなテレビを見ている間に、階下の書斎で静かにラジオを聴きながら、片付けものなどをしていると、自分が一人暮らしをしているのではないかと錯覚してしまう。

自分に子どもが二人もいるなんて急に信じられなくなった。

夕方、次男と一緒に、土砂降りの中、雨傘を2本買いに出かけた。長男の傘は撥水性が完全に失われてしまい、さらにサビついて開きにくくなっていた。次男の傘は、折れてしまったので、先日捨ててしまった。

土砂降りの中、わざわざ出かけるのはバカみたいだと思うひとがいるかもしれない。妻にもそう思われたはず。でも、私は土砂降りの中をクルマで走るのが大好きなのだ。

子宮の中で泳いでいた頃を思い出すのだろう。

数日かけて、何年も掛けて貯め込んできた所有物をどんどん減らしている。面白いように捨てられる。いままで後生大事に取っておいたものが、このところ急に邪魔くさくなった。

これがリストラなのだろうか。

リストラというコトバわぁ、「ご存知のようにぃ」(麻生総理の口癖のひとつ)、従業員の解雇という意味ではなくぅ、再構築を指してぇ、おります。

いま私は、自分を再構築せざるをえないような気持ちに駆り立てられている。

愛着も感じず、役にも立たず、必要とされないモノを、ゴミ袋の中に片っ端から叩き込んでいる。腹の回りついた贅肉をナイフでそぎ落とすような気分であると同時に、自分が積み上げてきた時間をゴミとして焼却するような気持ちでもある。

そのうち私自身も誰にも必要とされなくなってしまって捨てられてしまう日が来るのだろう。私がいま行っている身辺整理は、その予行演習であるに違いない。

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雨降り

長男が生まれてから早10年。その間に撮りためてきた写真やビデオを収めたCD-RをDVD-Rに焼く作業をした。

ついでに、そのほかのCD-Rを整理し、いらないものは捨て、必要なものはDVDに収める作業をしている。ずいぶん貯め込んだものだとあきれ返る。

捨てるCD-Rも70枚くらいになった。

本当はHDDにすべて入れておけばいいのだろう。でも、機械モノだからいつ壊れるかわからず安心できないのである。

10年以上使ってきたビデオデッキが壊れてしまったので、今度はどこかからデッキを借りてきて、捨てられないビデオをDVDに焼こうと思う。

子どもの写真を見返すと、なんだか涙が出てくる。

親というものはそういうものなのだろうか。

押入れの奥には、昔書いた論文が衣装ケースの中に入って眠っている。大学の紀要や学会誌に投稿すると、10冊から20冊部分の論集と自分の論文が50冊くらいもらえる。いらないんだけど、なかなか捨てられない。しかし、意を決して数冊分残し、来週捨てることにした。

私がいま死んでも残された家族が私の残した荷物を前に途方にくれないように、整理整頓しておこうと思う。

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ジョグ8K

昨日とはうってかわって穏やかに晴れ上がった。気温はおそらく10度を上回っているはず。

早めのお昼を10時半に食べて、12時半頃ジョグに出かけた。はじめ4キロコースか6キロコースにしておこうと思ったのだが、わりと調子がよかったので8キロ走ってしまった。

今日は完全なLSD。

走行時間は46分45秒。

帰宅後、右ひざの内側に痛みがあることに気づいた。川沿いのコースなので、傾斜がついている。そのせいだろう。明日も休足することにした。

ほんとうは毎日走りたい。やはりワコールのタイツを買ったほうがいいのかな。

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貯める

さしあたって私の頭から離れない疑問は「人はなぜ貯め込むのか」である。

わざわざ使わないものを何十年も取っておいて、死んでから誰かに処分してもらうなんて、馬鹿げてはいないだろうか。

ものは人間を助けてくれるけれども、同時に悩ますことも多い。

そういうモノを私なりに分類してみると、こんな感じなる。

1.いま自分が使っているもの

2.いつか自分が使うかもしれないもの

3.子孫に残してやりたいもの

4.他人にとってはガラクタだが、自分にとっては大切な思い出の品

5.使っていないし、使う予定もないけれど、捨てるのはもったいないので持っているもの

5はいますぐ処分すべきである。捨てるのがもったいないなら、誰かに譲ってしまえばいい。そのほうが、モノも生きる。

4はなかなか捨てられないが、自分が死んだときには、おそらく家族のものはただちに処分するだろう。自分の思い出なんか、他人には価値がないことのほうが多い。写真にでも収めて、現物はさっさと捨ててしまうほうがよい。

3は受け継ぐ子孫のことを考えると、かなり迷惑かもしれない。自分が生きた証拠として残すのは、せいぜい数冊の本と、小さな家具一つ、それと家族のアルバムで十分だ。

2も大半は処分してしまってもいいだろう。必要なときに、必要な分だけ購入するというのは、食料品だけにあてはまらない。衣料品などもみな必要以上のものを持っていると邪魔なだけである。タンスの肥やしは、単なる「場所塞ぎ」でしかない。

自分の周りに置いておくのは1だけにしておくのが理想である。私が一人暮らしを始めた当初、部屋には必要なものだけしかなかった。この上なく居心地がよかった。思い出の品物なども一切置かれていない。

それが時を経るにつれ、いつしか、いらないものだらけになってしまった。

人間の「所有欲」というのは恐ろしいものである。この所有欲から解脱できれば、もっと楽になれるのかもしれない。

なぜ人は身動きができなくなるほどまでにものを貯めるのか。

多くの人はゴミで砦をつくるゴミ屋敷の住人を笑えないと思う。

モノに取り囲まれているだけで自分が強くなったような気分になれるのかもしれない。

それは貯蓄の額が多いほど、偉くなったように思えるのと同じだ。

浅ましいというか、さもしいというか、情けないというか。あきれ返ってものが言えない。

人はみな身一つでこの世に生まれ、身一つで死んでいくのだから、中年になったら、少しは枯れたっていいような気がする。

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「人は死ぬのが分かっているのに、なんで生まれてくるん?」という川上未映子の言葉に散人さんは言葉を失っている。

うーん。

私が生まれてくるときは、死ぬなんてことを知らなかったけどな。

まあ、それはそうと、この作家が言いたいのは、人は何のために生きるのかということだろう。

ここ数日、わたくしは部屋に籠もって屈託した日々をすごしているので、なんだかそういう鬱な言葉に反応してしまう。

昨日、病院から帰ってくる途中、ドブ川で必死にエサを探しているカモを橋の上から見た。

おそらくカモは自分の住んでいるところが人間の垂れ流した汚物にあふれた川であることを知らないと思う。

自分たちが生きているところがどういう場所かよくわからないままに生きている。なんのために生きるのかなどということすら考える暇もなく。

ひたすら自分の食欲を満たし、子孫を残すためだけに、汚水にまみれながら、汚染された魚を必死になって探している。

人間も一緒じゃないか。

ため息が出た。

自分の祖父二人(60と78)が死んだときの年齢を平均すると、69になる。私はいま39だから、人生の折り返し地点を4年ほど過ぎてしまった。残りはあと30年しかない。

持病もあるから70歳前後で死ぬというのはリアリティがないわけではない。

与えられた残りの時間をどう過ごそうか。

自分のためだけを考えて生きていくのも、年のせいか、なんだかもったいない気がしてきた。

私の大きな希望は、自分の子どもを立派に育てること。私みたいなクズにはならないように、自信過剰になるほど、自信をつけさせてやりたい。

毎日毎日褒めてやろう。褒めちぎろう。

残りの人生の使い道は決まった。

周りの人間を褒めて、自信をつけさせてやること。

そのかわり、自信を失わせるような人間を徹底的に軽蔑してやる。

それでいこう。

人は何のために生きるのか。

この疑問は、自分を中心に据えているところから発せられたものである。

いつも言うが、都合には「自分の都合」と「世間の都合」がある。

人は自分の都合より、実は、世間の都合で生きている。

「人はなんのために生きるのか」なんてことは、世間の都合を考えたら何の意味もない。

この事実を受け入れられるかどうかで、その後の人生が「楽」になるかどうかが決まって来る。

もちろん地獄のような人生より、「楽」な人生のほうがいいに決まっている。

極めつきの楽が「極楽」であるなら、現世をその一歩手前の「楽」にすることが人間に課せられた使命なのかもしれない。

一人ひとりが努力して、世界を「楽」にしていくこと。これが重要なのだと思う。

と、ここまで考えてきて、わが身を振り返ると、家庭不和に苦しんでいる自分がいる。

自分の半径1メートル以内も「楽」にできない人間が、世界を「楽」になんかできっこないだろうという矛盾を感じる。

神仏に礼し、祖先を奉じ、双親に孝に、国法を守り、師を重んじ、兄弟を愛し、朋友を信じ、宗族相睦み、郷党相結び、夫婦相和し、人の難を救い、急を援け、訓を垂れて人を導き、心を至して道に向かい、過を改めて自ら新たにし、悪念を断ちて、云々と稽古で唱和していると、反省しきり。

まったく私はダメ人間だ。

でも自ら自信を持てないような人間が、他人に自信をつけてやるなんてことは不可能である。

「やせがまん」や「虚勢」でもいいから、自信を持っている自分を演じよう。演じている役が、素の自分になることもよくあるのだから。

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本日の稽古

一般部の出席者は私一人だった。

メニューは逆転身蹴(対構)のみ。

守者は、八相構より、腰を回転させることだけを考えて、中段逆突をかわす。八相構は両腕を脇を軽く締めて、あまり上のほうを広げない。後手を強く引くようにすると、腰が回りやすくなる。下受は、腕で下へ押そうとしてはいけない。腰の回転があるので、ほとんど動かさなくても、そのまま跳ね飛ばせる。脇は大きく開かず、ぐっと締めておく。相手の突きをよく見て受ける。早く動きすぎてはいけない。

攻者は、前の肩を出しつつ、後足を踏み込んで(差し替えて)腰の回転を利用して逆突。顔から出て行かず、あごを引いておく。差し替えてから後ろ足になったほうで蹴り、前足の前足底でブレーキをかけるような感じ。前足の先は、相手の正中線に向ける。

相手の正中線をわずかにかわすだけなので、横に出過ぎないようにすること。

間合いは、お互いが手のひらを開いて両腕を伸ばしたところから、さらに一歩ずつ下がった距離。相手が一気に突きを入れてくるとは信じられないほど遠い距離なので、効果的なのだと言う。

これを散々練習したため、右足の親指が靴擦れしたような感じで痛くなった。しかし、その距離から突きを入れられるようになったので、四段の突きだとお褒めの言葉を道院長からいただいた。ふつうは武専でもそんな遠い間合いでは練習しないらしい。

腰を曲げずに上体を安定させたまま、腰の回転を活かすというのがすべての技に共通する動き。これをマスターすれば、師匠のように無駄のない美しい動きができるようになるはず。

家にいると、私を人間として認めようとはしない無愛想な妻の存在が気になって、それだけで陰鬱な気分になる。でも、道院の仲間とともに和気藹々と稽古をして帰ってくると、ほんわかとしたいい心持ちになる。

今晩は、「自分も捨てたもんじゃないな」と、自信を少しだけ取り戻せた。

自信を喪失させるような人間にはぜったいになりたくないね。人間として最低だ思う。

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時速180キロ

いつも疑問に思っていることがいくつかある。そのうちのひとつ。

どうしてクルマには時速180キロまで刻まれたスピードメーターがついているのか。

時速180キロを出せるからと言って、上限いっぱいの速度で走る人はまずいない。出せば、スピード違反で逮捕されるのは目に見えているのだから。

その能力を発揮させてもらえないのに、その分が車両価格に織り込まれているというのは、私にはとうてい納得できない。

日本の高速道路はせいぜい時速120キロくらいまで出せれば十分なはず。120キロも出せれば、余裕をもって追い越せる。

時速120キロまでしか出せないようにして、クルマの価格を時速60キロ分、すなわち3分の2にすることはできないだろうか。150万円のクルマなら100万円で買えるようになるのだ。

不況にもかかわらず、ホンダのインサイトというハイブリッドカーが売れている。これは価格設定が割安だからである。

つまり、クルマも割安にすれば、売れるということ。

割安が受けるのであれば、時速120キロまでしか出ませんので、価格を3分の2にしますという商売もありじゃないか。

自動車業界も、「不況だ、リストラだ、解雇だ」なんて騒いでいないで、いろんな対策を考えたらいい。

クルマの維持費も相当に割高である。国は税金をとりすぎている。

高速道路料金を安くするより、車検のときにかかるいろんな税金を大幅にカットしてくれないかと思う。そのほうが、クルマが売れるようになると思う。

高速道路の料金なんて、自動車にかかる税金に比べたら、高が知れている。

予算案が通過したけれど、急場しのぎの短期的な景気対策しか盛り込まれていないから、景気はけっしてよくならないと思う。この国の為政者は、小市民の心理をちっともわかっていない。

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定期健診

定期健診を受けてきた。糖尿病の具合がよくなったので、今日でめでたく通院は終了。

あとは職場の定期健診を受けてくださいと医師に言われた。

HbA1cの値は5.6、血糖値は98mg/dl、LDLコレステロールは113にまで下がった。

前回(12月)の検査は、それぞれ5.7、72、152だった。

LDLコレステロールの基準値は70-139なので、きわめて優秀である。油ものを控えたのが功を奏したようだ。

BUN(尿素窒素)の値が基準値(8-20)を超え、21.2という数字が出た。しかし、腎臓が悪いという数値は出ていないので、脱水気味なのかもしれないと言う。確かにその通りだと思う。尿検査のとき、尿が50ccしか出なかったんだから。

帰りは小雨。傘を持っていかなかったので、ひさしぶりに濡れて帰った。

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もっとシンプルに

風呂上りに、バスタオルの代わりに、20×80センチくらいのスポーツタオルでカラダを拭いてみた。十分に間に合った。私がその大きさのタオルで済ませられるのなら、子どもたちなんて、ハンドタオルで十分かもしれない。なにゆえバスタオルなんてあるのだろうか。洗濯物が増えるだけではないか。

新聞は終わるのか:鈴木家.Net — 気になったニュースと日々の出来事にまつわる臆病者の放言

6年位前から我が家では新聞を定期購読していない。伝えられている情報に、代金に見合う価値があるとは思えないからである。

そういえばしばらくテレビも見ていない。DVDレコーダーに予約を入れなくなって早1ヶ月。テレビは他の家族のメンバーが占領してしまった。我が家の政権争いに私は破れ、放逐され、1階の部屋に幽閉されている。奪われた土地を奪還する気にもなれない。犠牲を払って奪還するだけの価値をそこに認められないからである。

情報源はインターネットだけである。しかし、ネットの情報もろくなもんじゃない。ラジオもくだらない。どんどん、世間から自分が疎くなっていく気がする。

民主党代表の小沢一郎氏が窮地に立たされているらしい。もともと小沢さんは選挙の顔にはならない人だ。そろそろ代表選挙を行い、総選挙に備えて、若い岡田さんに首を挿げ替えたらいい。

小沢代表が腐っていることは以前から周知の事実。あの人がきれいな政治をしているなんて誰も思っていない。いまさら何を言うか。

いままで知らなかったふりをしていたマスコミなんて、信用できるわけがない。

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オイル交換&身辺整理

昨日はネッツに次男を連れて、オイルボトルキープの最後の残りを入れてもらいに、ホンダ車でノコノコ出かけていった。

オイルボトルキープとは20L分のエンジンオイルを先払いし、それを使って3年間にわたって定期的に支払いなしで交換してもらうという仕組み。

私の場合、途中でトヨタ車からホンダ車に替えてしまったので、非常に行きにくかった。それに、その都度現金の支払いがないので、かたじけないような気分になっていた。

今回はオイルフィルターも交換してもらった。1400円ほどかかった。以前は1050円くらいだったような気がするが、値上がりしたのだろうか。

ネッツではコーヒーなどの飲み物を出してくれるし、子どもを連れて行くとお菓子ももらえ、しかも遊び場があるのでたっぷり遊ばせられる。ホンダのディーラーも同じ事をやっているけれども、ネッツのほうが概して遊び道具は充実している。

今朝、金属ごみと紙ごみを捨てた。あらたにビデオデッキと書籍を追加。本は全部で100冊を超えた。

本や雑誌はできれば買わないほうがいい。紙の辞書ももういらない。

本を処分するには、アマゾンを利用する手もあるが、個人売買なので、トラブルも心配だ。ブックオフや街の古本屋に持ち込むのもありだが、処分したいと思える本なのだから、もっていくのも恥ずかしい。ただちに燃やして欲しいくらいだ。

手元に置いておきたい本なんていうものは、実はものすごく少ない。せいぜい100冊もあれば十分。私は2000冊以上所有している。主に専門書である。実家の倉庫にも、500冊くらいまだ残してある。あれも処分したい。

身辺整理をしていると死支度をしているような気分になってくる。

このごろときどき体調が悪くなる。瞬間的に、意識がなくなることがある。軽い脳梗塞が起きているのかも。貧血の間違いであって欲しいが。

私が死ぬとしたら、死因は動脈硬化に関連するものなのかもしれない。場所は心臓ではなく、脳だろう。

私が死んだとき、子どもたちはきちんと生きていけるだろうか。いまだに何も残してやっていないことだけが悔やまれる。

屈託が陰鬱へと変わってきている。天気のせいだろうか。

昨夜は雪が舞った。寒い。

左の臀部に筋肉痛があるので、今日はジョギングを控えることにした。毎日走れるような脚力は、まだ私にはついていないらしい。

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バカボンのパパ

タイトルの通り、私の好きなアニメキャラクターで一番好きな声はバカボンのパパの声。

雨森雅司さんだ。

調べたら、この方は、1984年にすでに亡くなっていた。知らなかった。

コネタマ参加中: アニメキャラクターで一番好きな声は?

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夢のまた夢

私は大学院に進学したから、大学卒業を控えても会社に奉公するという感覚がなかったために、学生最後の思い出作りに卒業旅行をしようなどということは一切考えなかった。

それにバブル期とはいえ、実際のところ学生の頃には今以上にお金がなかったので、自腹で旅行をするなんて夢のまた夢だった。当時は私と同じような人が多かったのではないかと思う。

いまは「卒業旅行」というキャッチーな言葉もあるので、旅行会社に乗せられて、旅行に出かようという学生もいるのかもしれない。でも私の教え子の多くは、私の学生時代よりも貧しいらしいので、旅行などに行く学生は、きわめて少ないのではないか。

卒業旅行なんて、旅行会社の商売根性丸出しで、気持ち悪いなあ。

コネタマ参加中: 卒業旅行の思い出を教えて!

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ジョグ6K

恐らく外気温は2度前後だろう。寒いけれども、風が弱いのでなんとか耐えられる。

3日連続で走った。こういうのは久しぶりだ。明日は休足日にしようと思う。

左の大殿筋に筋肉痛があったため、走行後、腸脛靭帯まで痛むようになった。無理は禁物だ。

走行距離は昨日と同じ6キロ。今日は少しペースを上げてみた。

前半は17分15秒。

後半は16分40秒。

やはりキロ6分を切るように走ると、息が切れてしまう。

さしあたって(今後1年?)中年の私には6分ペースで十分だ。

ゆっくりでもいいから長く走れるように体力を戻さないと、月末の草加ふささらマラソンに間に合わない。とにかく怪我をしないように、無理せずにやっていこう。

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花粉症難民

昨夜から花粉症の症状が悪化してきた。ヒスタミンを含むアサリを夕食に食べたせいかもしれない。

J-CASTニュース : 若者2人に1人「花粉症」予備軍 根本的治療法はあるのか

根本的な治療を考えるのも重要だが、20年以上花粉症を患っている者から言わせてもらうと、根本的な対策としては、日本中の杉の木をすべて伐採してもらうことしかないと思う。

私が総理になったら、強権的にすべての杉の木を切ることを命じたい。それが私の夢である。

その木材を国が全面的に買い上げ、それを使った国営住宅を公共事業で作り、期間限定で低所得者層に貸すのである。ただ、一定期間を過ぎたら民間に払い下げて、安価な住宅として販売してもらう。これなら、「民業圧迫」とも言われまい。

それから、山間部のガードレールも杉材に替えてしまいたい。田中康夫氏の提言をいまさらながら実施してもよいだろう。その際、官僚の天下り先の財団法人をいくつか潰せるかもしれない。

子どもの頃、杉というのは、保水力も低く、周辺の川に毒を流すので、川に魚が住めなくなってしまうと何かの本で読んだ。だから、もっと別の種類の木を植えたほうがいいんじゃないかと思う。

杉は、石油やガスや石炭や鉄鉱石のように、天然資源のひとつである。杉山の伐採および植林と、杉材の活用は、景気対策として雇用も生むし、花粉症の問題も緩和される。よいことづくめじゃないかと思う。

二酸化炭素は、年老いた杉には吸収できない。だから、伐採して活用してあげて、新しい木を植え育てないと、いけないのである。森をタンスの肥やしにすることが、エコなのではない。

「定額給付金」というアイデアは、お金を配るだけだから、短期的な対策でしかない。あまりにインパクトが小さかった。そのスケールの小ささが、麻生政権には大きな打撃を与えたわけだ。

花粉症がなくなれば、よろこんで山の中に移住する人も増えるかもしれない。これは山間部の過疎化対策にもなる。都会に人が集まる理由は、便利さを求めてだけではないような気がする。もしかしたら、無意識に杉の花粉から逃れようという意識が働いているのかもしれない。まるで「花粉症難民」だなこりゃ。

今朝クローゼットの場所ふさぎでしかなかった古いスーツなどの衣類を大量に処分した。特大のゴミ袋3つ分になった。ずしりと重たい贅肉を収集場所に置いたとき、軽やかに若返ったような気がした。

明日は金属ごみと紙ごみの日。金属は、古い体重計とデジカメ、壊れた傘やミニカーなど。書籍は40冊ほど捨てさせてもらう。古い辞書も数冊含まれているので、ブックオフに持ち込んだら500円くらいにはなるかもしれない。もし収集場所から誰かが持ち去って現金にかえるようなことがあっても、寄付だと思って喜ぼう。

今日は雪が降るかもしれないらしい。今週1週間は、ずっと雪マークがついている。でも、空を見ると、ほんとうに降るかどうか怪しい。

午後はディーラーにオイル交換に行って来るので、午前中にジョギングに行って来る予定。今日も軽めに。軽めのジョグを積み重ねていくうちに、きっとまた体力が戻ってくるだろう。

今日はひなまつりの日。うちには女の人はおばさんが一人しかいないので、関係ない。でも、ちらし寿司を作るとか言っていたのを数日前に小耳に挟んだ。別に誰も祝う人がいないのに、本当に作るんだろうか。

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本日の稽古

新人さんが一人今日から参加。もう2人ほど近々増えるかもしれない。お父さんと息子さんが見学に見えていたから。

今日は長男も1週間ぶりに参加。

本日のメニューは、屈身突と送小手(から天秤)。

屈身突は、竹光を使った練習もした。自分がやるより、見ているほうが恐ろしかった。型なの刃がアタマの3センチほど上をかするのはリアリティがありすぎる。

この技のコツは、一歩前足を踏み込むこと。そうすれば、腰を低くしやすい。踏み込む際に、腰を刀の導線に同調させて腰を使って円を描きつつ相手の懐に入り込む。そして、腰を返して突きを当てる。相手の振り突きをかわすために、ひじを上げるようにして頭をガードする。頭は起こしておかないと、後頭部に振り突きが当たってしまう。屈伸してかわす動きと逆突の二つは、いっぺんに行わないこと。ガードする内腕刀は相手に見せると、動きがそこで止まってしまうので、外腕刀を見せる癖をつけておく。

送小手は、鈎手をつくって、ひじを腰に乗せながら、腰で押し上げるようにする。手首をつかまれたら、すぐに巻抜ができるように練習しておくこと。その動きがマスターできたら、反対の手を相手の手にひっかけて、送小手へ。相手の正中線に向かって、腕に力をいれずに腰を使って押し込むと、相手が肩が回って落ちる。裏にそっくり返って反撃されたら、天秤をとって倒す。下から押し上げて打ち落とすようにすると、自然に倒れてくれる。上から打ち下ろすと、相手のひじが壊れてしまうから注意。

どんな技でも手首を取られてしまったら、相手が心得のある人なら必ず負けてしまう。いかなる攻撃も甘受するしかない。だから、すばやく相手の裏に回りながら瞬間的に技をかけることができないと実戦では使い物にならない。

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本棚整理

本棚の整理をしていたら、奥のほうに、クズ本を多数発見。あんなものを息子に見られたら、親父はこんなくだらない本を読んでいたのかとあざ笑われてしまうので、明後日捨てることにした。ブックオフで買い取ってもらうのも恥ずかしい。

基本的に教科書以外の本は捨てたことがないのだが、今回生まれて初めて自分のお金で買った本を捨てることを決意した。クズ本とは、資格関連の本と経済関係の本。いずれも賞味期限が短い。

我が家の本棚は180センチの高さのものが3棹あり、6帖の書斎を占領している。院生時代から、ずっと2つだったのだが、この家に引っ越してきてから、安物の本棚をもうひとつ買ってしまったのだ。本の重みに耐えられずに板がゆがんでみっともない姿をさらしている。できるならば、こいつも処分したいくらいである。

本は、一回読んだらたいていは場所塞ぎでしかなくなる。自分で買うべき本や、手元においておきたい本というのは、実は少ない。自分の専門の書籍くらいだ。あとは、図書館を利用すればいい。たいてい文庫本や新書の類はデザインが美しくないので目障りである。少しでも見た目をよくしようと思って、100円ショップで買ってきた文庫本をいれる不織布のケースに入れて、ベッド下に放り込んだ。でもまだまだ視界から消したい本が1000冊ほどある。

壁の中に本棚をつくることができるならばいいのだけれど。

私は本を読むのは好きだけれど、本に取り囲まれているのは大嫌いなたちである。

日ごろ使っているバスタオル類もだいぶへたれてしまっているので、思い切って捨てることにした。もちろん、妻には相談せずに。相談なんてしまら、重度のビンボー症の妻はぜったいに捨てさせてくれない。明日が収集日。代わりに、タンス一番上の引き出しにしまってあったバスタオルを4枚出しておいた。驚いたことにすべて10年前に買ったタオルだ。タンスの中には、上の二段分にタオル類がしまわれていた。わたしが使ってやらねば、気の毒なことに、あのタオルたちは死ぬまで使われることはなさそうだ。

古いスーツ類も思い切って捨てることにした。全部で7着あった。デザインの古いものもあるし、ヘタってしまったものもあるし、10キロ痩せたので、ブカブカで着られなくなったものもある。父親にもらったテーラーメイドのスーツもデザインが古いし、重たいので、捨てさせてもらうことにした。父上、御免なさい。そのほか、Tシャツもよれよれのものを3枚追加。コムサのは生地が薄いので1シーズンしかもたいない。明日は繊維ゴミの日なので、ちょうどよかった。もらいものの薄っぺらのビジネス用の靴下も捨てたい。あんなもの絶対に履かないし。もう10年以上も衣装ケースの中で眠っている。

クローゼットの中の壁に塗った漆喰が乾いて、明るいクリームイェローだったものが、いい具合に白っぽく落ち着いた。お金が有り余っているなら、家中の壁という壁を、漆喰で塗り固めたいくらい気に入った。

漆喰壁であるならば、おそらく梅雨時でも部屋がさらりと気持ちのよい空気で包まれるような気がする。とにかく毎日陰鬱なので、ものすごくさっぱりしたい気分だ。

とにかく、我が家は、所有欲が高じてしまい、なくても一向に困らないようなものが大量に存在している。今年は、少しずつ、それらを処分していきたい。子どものおもちゃや思い出の品も。

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いつかこのタイプの机を自作しようかな。

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ジョグ6キロ

天気はよいのだけれど、冷たい北風が強く、あの忌まわしき「みさとシティハーフマラソン」を思い出させた。気温は10度を超えていない。往路は向かい風、復路は追い風だった。

当初から6キロの予定。負傷を避けるために、フォームに注意して走った。ペースも一定を保つようにした。

トータルで35分33秒。キロ6分ペースといったところ。

速くなることが最優先課題なのではなく、怪我をせずに、完走することがもっとも重要なことなのだということを、怪我ばかりした末にようやくわかった。今日のジョグも満足。痛いところがまったくないから。

Kerr

asahi.com(朝日新聞社):なつかしいなあ、スティーブ! - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

懐かしい。私も子どもの頃よく見ていた。

スティーブはいるのか、いないのか私も疑問を持っていた。

DVDを見てみたいな。私には大人買いができるほどの収入がないので、TOKYO MXテレビあたりで放送してくれればいいのに。

次男は4月から通う幼稚園に一日入園。

「鬼のいぬ間の洗濯」ということで、本当にトイレのマットやら何やらいろいろ洗濯機に放り込んで洗った。風が強いので、よく乾くだろう。

YouTube - グラハム・カー

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引きこもり

まだ人通りの少ないうちに2往復して、45L入りのゴミ袋を4つゴミ収集場所に運んだ。普段は多くても2袋だから、4袋も出すと近所の目が怖い。人間の死体でも入っているんじゃないかと疑われるかもしれないからね。

朝食に、バナナ1本、一口チーズ1個、納豆1パックを、ダイニングチェアに座らず、台所で立ったまま胃袋に放り込んだ。

安全な自分の部屋に入り、コーヒーを飲んでいるところ。

ほとんど、引きこもり状態。

身内の恥をさらすようだが、妻の兄は半引きこもり状態。もちろん仕事もしているが、実家に住みながら、父親とは一切口をきかないし、同じテーブルを囲むことも、一緒に出かけることもない。10年以上も前に殴り合いの喧嘩をしてから、その状態が続いているという。

原因は、父親にあることは間違いない。その父親の顔(自民党の古賀さんそっくり)によく似たわが妻が、同じ遺伝子を確実に受け継いでいるということが、年々はっきりしてきた。何でも他人のせいにして、自分勝手でわがままで、こうるさくて、他人の主張には一切耳を貸さず、ぜったいに反省もしないし、誤りを認めることも、謝罪することも、感謝することもしない。時々キレるところが、またよく似ている。

あとは捨てたいものは、古いスーツ。5着もある。夏物のスーツなんて、本当にいらないな。夏にスーツを着るような生活していないし。

Of money and motherhood | The Japan Times Online

勝間和代氏のインタビュー記事がJTに掲載されていたので、起床する前にベッドの中で読んだ。

勝間氏の主張はよく誤解されているという。

「効率」というのは、無理に仕事の量を増やしても、すばやく片付けられるようになるということではなく、きちんと余裕をもって仕事の量を決め、余分な時間に余分なことを入れて楽しむということなのだそうだ。

投資に関しては、外国債、外貨、円の国債、日本のインデックス連動型の株式の4つにリスク分散して投資をして、かつ1年単位ではなく、ひと月ごとに買うべしと言っている。

仕事も生涯雇用は危険だという。40年以上も会社が安定経営できるかどうかわからない時代なのだから、当たり前である。

子どもを育て終わった女性は、試練を通過しているのだから、仕事も効率よく行う能力を身につけているはず。それを活用しない手はない。

少子化問題に関しては、子どもをコストと見るのではなく、投資と見よと提言している。

いずれも、誰でもいいそうなことなのに、どうして彼女の本はベストセラーになったのかといったら、彼女自身、わかりやすい言葉で自身の考え方を伝えているからだと話している。ちなみに、ビジネス関係のハウツー本だと、専門用語が大量に出てきてたいていは面食らうらしい。それでは売れるはずもない。

彼女自身、部下に教えるということばかりしてきたので、仕事を通じて、教え方のコツをつかんだのが活きているのだそうだ。

「生きる」ことは、すなわち「教える」こと。私も仕事柄、そういうことをよく考える。

ヤフー占いを見たら、今日は「物事を見極められる日」だそうだ。

物事を見極められる日。あまりにも大きな出来事が続いて少し混乱しているかもしれません。何が自分にとって正しいことなのか、だれが自分にとって大切な人なのか、このあたりでハッキリしてくることでしょう。祈りが通じやすいときなので、信じている対象に向けて祈ることも、気持ちを落ち着けるためにはいいでしょう。人の気持ちがもっと理解できるようになることを願ってください。明日からの毎日がもっとラクになっていくことでしょう。

「見極める」とは、辞書によれば、「最後まで見とどける」、「事理の奥底をきわめる。本質をはっきりとみる」、「真偽を鑑定する」、「見切りをつける。迷わないで一つのものに定める」とある。

昨日、論文のテーマを変えることにした。いくら書こうとしても、何も出てこない。不毛な作業に見切りをつけた。

私はわけのわからないことをやっていたほうが楽しい。他の人にはわからないような作品を、こねくり回そうと思う。

体重を測定したら、55.3キロ。ここ数日で2キロも落ちた。カラダが軽い。よい天気なので、今日も、軽くジョギングをしてこよう。

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捨てる

ヨーロッパの家庭では、使っていないものは家においておかないとあるところに書いてあった。

使わなくなったら捨てる。理想的なシンプルライフだ。

また、リビングルームにはダイニングテーブルかソファのいずれかしか置いてはいけないらしい。

我が家はテーブルがあるので、ソファは置けない。

家人は、なんでも衣類を椅子の背に掛けてしまうし、台所に物が散乱していても平気なタイプ。ソファなんて買ったら、物置代わりにされてしまう可能性が高い。今以上に居心地が悪くなるだろう。

そういうことを注意すると、家人はとたんに不機嫌になるので、私は小さくなって何もいえない。

捨てられない人を捨てる気にさせるのはきわめて難しい。

先方の親は、物を捨てられないだけではなく、拾い集めてくるほどの重症。

そういう悪い癖をどうも受け継いだらしい。

ああ、いやだ、いやだ。

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ジョグ10K

昨日に引き続き、クローゼットの壁に漆喰を塗る作業を行ったあと、ジョグに出かけた。体調は万全だが、左足の長指伸筋の凝りがひどく、気をつけていないと、最後のほうはパタパタ足になってしまいそうだった。それ以外は筋肉痛はまったくなし。

走行距離10キロ。

走行時間1時間0分6秒。

帰宅後、シャワー&ランチ(このごろは冷凍食品ばかり)。

私は気が立っているときに掃除をする癖がある。今日は、3年以上着ていない服やネクタイなどゴミ袋1つ分集めた。

女の人は気分転換に髪の毛を切ると言われているが、私の場合は、掃除をして不要なモノを大量に処分する。

以前トイレ用品をしまっておく棚をつくったのだが、白木のままだったので、ブライワックスで塗装した。手袋をしていなかったので、手がワックスだらけになって、職人の手のように荒れてしまった。

いずれ近いうちに目障りなトイレットペーパーを乗せておく網棚を除去し、目立たないところに棚を吊ろうと考えている。

糸井重里さんが、今日の日記に、「やせがまん」という言葉が好きだと書いている。

わたくしの「やせがまん」はいつまで続くのだろうか。

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占い

占いは信じるとか信じないというよりも、気になる事が書いてあると気にするという感じに近い。今日の ヤフーの占いにはこんな風に書いてあった。

人間関係の結論が出そうなとき
しばらく前から気になっていた人間関係について、何かしらの結論が出ることでしょう。もっとうまくやっていくためにどうしたらいいのか、それぞれの幸せのためには何が必要なのか、そんなことを考えて実行に移すべきときです。「この人とはこういうつき合いをする」と線引きができる、恋人と将来を約束しあう、またはそれぞれの道を歩いていく選択をとる、と内容はさまざまです。でも、「これまでと同じではない」ということを感じる出来事が起こることでしょう。

ちょうど、そうしなきゃいけないなと思っていたところ。今後の人生を決める重苦しい一日になりそうだ。

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