字幕か吹き替えかのいずれかを選ばねばならなかったとしたら、私は断然、字幕を選ぶ。
英語の場合だったら、シナリオに目を通してから、字幕なしで見るのが理想だね。
見るなら、映像もシナリオもしっかり読み解きたいタイプ。
映画の話はここまで。ここからは英作文の話。
英作文の授業で、「英作文というのは、基本的に作文の授業なので、高校の国語の時間のように作文指導をします」と言ったら、唖然としている学生がちらほらいた。
英作文というのは、和文英訳のことだと思いこんでいる学生には衝撃的だったかも。
先日、「なぜ私(たち)は英語を学ばなければならないか」という題で作文を書いてもらった。
ある学生は、授業で教師に当てられたら恥ずかしいので、勉強せざるを得ないと書いた。大学生とは思えない知的レベルの低さを露呈しているだが、こどものように純真でかわいいかもしれない。
また別の学生は、海外に行ったときに、英語が使えないと道すら聞けないし、英語ができれば、世界の人たちのいろんなことが話せると書いた。
前者は英語を受動的に学んでいるタイプの典型で、後者は積極的に学んでいるタイプの典型だ。
しかし、いずれも土台は同じ。両者ともに、目的意識が決定的に欠如している。
海外に行ったら、向こうの人と話したいというのは一見優等生的な意見のように思えるけれど、自分(たち)の考えの中で特に何を伝えたいのか、あるいは、向こうの人たちから何を吸収したいのか、という具体的なことを想定していないことには難がある。
特に、自分から伝えたいことがあることが重要だ。教えてもらうことばかりではなく、教えてやることがなければ、先方はありがたく迎え入れてくれない。
ただ、道に迷ったときに道の聞き方を知っていればいい、あるいは物が買えればいいという程度なら、わざわざ大学にきてまで英語を学ばなくてもよい。中学校3年までの勉強でことが足りているはず。
作文の話に戻すが、外国に行ったときに英語を話すと便利だからというのなら、「なぜ外国に行かない人まで、英語を勉強させられているのか」という反論には、その答え方では応じられない。
他者からの反論を想定していない発言は、外敵に対して無防備で、警戒心がなく、思慮の浅い、甘ったれた人格、つまり島国根性を表出してしまっている。そういうことに対して無自覚のままいままで生きてきてしまったことは大きな問題である。
作文というのは、読み手との戦いである。相手をどう屈服させるか、感心させるか、納得させるかが重要なのである。言葉を使うというのは、つねにそういうものである。母語であろうと、外国語であろうと同じである。
英語で作文をするのが英作文の授業の基本。正確な英文をつくることと、説得力のある作文を書くことと、どっちが重要かといったら、明らかに後者である。
下手な英語でも、内容があれば、読む価値がある。まともな英語でも、取るに足らない内容なら、読む価値がない。
また、わき道にそれてしまうが、お許し願いたい。
「バイリンガル」と自称するものたちの多くは、圧倒的にバカであることをいままで私はずいぶん思い知らされてきた。だから、バイリンガルであると威張っている人は、信用しないことにしている。
もちろん、バイリンガルだけではなく、英語のネイティヴ・スピーカーだって同じである。
人によるのである。That depends on the individual.
日本語のネイティヴ・スピーカーだって、話のつまらない人もいるし、バカもいるように、英語のネイティヴスピーカーだって、話のつまらない人だっているし、バカだってたくさんいる。当たり前である。
私はバイリンガルだと威張っている人間は大嫌いである。
だいたい「バイリンガル」という言葉の定義が論理的に正確ではないし、そのことに無自覚なことが気に入らないのである。
たとえば、日本語のできる聾唖者は、言葉を話せないけれど、日本語の読み書きも聞き取りもできる。だからといって、彼らは日本語を使えない人であるとは誰も思っていない。
そういう人でもモノリンガルな人間である。だったら、その上、外国語が上手にしゃべれなくても、さほど不自由なく読み書きや聞き取りができるのであれば、これは立派なバイリンガルであろう。まさか異論はあるまい。
ならば、私だって、十分にバイリンガルである。もちろん、映画俳優のように流暢に話すことはできない。でも、二ヶ国語を十分に解す人間である。
自分は「バイリンガル」であると威張っている人は、たいていろくな作文ができない。どっちの言語でもまともに文章をつづれない。
モノリンガルの人間より、はるかに能力が低いこともよくある。
自分の周りで、バイリンガルを気取っている人たちの会話に耳を済ませてみたら、彼らはたいていバカであることがよくわかる。日本語の母語話者が、日本語で話している内容を、英語にしている状況を想定してもらえばわかるが、英語を話しているからと言って、けっして知的レベルは高くないのである。当たり前でしょ?
ちなみに、映画の台詞は、あらかじめつくられたものだから、わりとまともな感じに思えるけれど、即興でしゃべっている俳優さんの言葉遣いはかなりひどい。稚拙だし、文法的にも間違いが多いし、論理的じゃなかったり、めちゃくちゃなスタイルでしゃべる人も多い。
そういうのを知っておくと、だいぶ自信がつく。
彼らよりはるかに収入は少ないけれど、自分のほうがはるかに知的レベルがずっと上だなあ、とか。
なんか、とりとめもない話になってしまったなあ。
このごろ疲れているみたい。さっき風呂場で体を洗っているときに、急に鼻血がたれてきて、手が鮮血に染まって驚いた。
早く寝よう。
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