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2009年6月の100件の記事

健忘症

このごろなんでも忘れてしまう。

ストレスが多いせいかもしれない。

ストレスが多いということは、嫌なことが多いということ。嫌なことは、できるだけ早く忘れないと、人間は生きていけない。

よいことや楽しいことはしっかり覚えているけれど、仕事のこととか、妻と言い争いになったこと、どこかに体の一部をぶつけたこと、わざわざ買いにいかなければならないものなどは片っ端から忘れてしまう。

さっきも、ベープマットを家中探し回った挙句あきらめてインターネットでも見ようかと思ったら、パソコンのわきに置いてあるのを発見。

妻には、「近ごろ忘れっぽくなったわねえ。昔はもうちょっとシャキっとしていたのにねえ」などと皮肉を言われる始末。まったくおっしゃる通りなので、言い返すこともできない。

まだ40歳前なのに、もうボケが始まっているのかもしれない。

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ボケといえば(って強引だけど)、仕事帰りに駅ビルでいい写真集を発見。

ダカフェ日記

このボケは、F1.4の単焦点レンズを使用することによって出しているのだそうだ。

ダカフェストア

そのうち、わたしも一眼レフと単焦点レンズを買って、写真集の出版でも目指そうかな。

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私を刺した蚊の最後です。

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いま読んでいる本。この手の本はベストセラーにはならないでしょう。しかし、読む価値はあります。

この本の肝は、イギリスとアイルランドの関係を通じて、日本と韓国の今後を探るところにある。

アイルランドとイギリスの和解が進んだのは、支配・被支配の関係が日本と韓国よりも長かったからというのと、経済成長の著しいアイルランドが、イギリスに対して優越感を抱けるようになったことでカタルシスを味わったということがあるという洞察は、長年外交の世界に携わってきた著者ならではのものである。

その他、私もいろいろ知らなかったことを教えられた。チェ・ゲバラにもアイリッシュの血が流れていたことや、彼の有名なポートレイトを売り出したのもダブリン生まれの男だったなんてちっとも知らなかった。

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英語の環境

英語に挫折しないコツってあるの?! - [英語の学びなおし]All About

英語学習の動機を保つというのは難しい。学習意欲の維持には「環境」の要因がきわめて高いからである。

英語を学び、使うことによって、何らかのメリットを得られなければ、学習者はおのずと飽きてしまう。それは仕方がないことだ。

実際問題として、英語を使う機会は、一般の日本人にとってそう多くはない。というより、皆無に等しい。

いまのようにモノリンガルで暮らしていける環境を維持している限り、英語なんてできなくても何のデメリットはない。だから、英語ができなくても当然なのである。

ならば、日本国が英語を話す外国人を1000万人単位で日本に移住させて、日本の人口の10分の1程度が外国から来た人になるように構成し、彼らにはできるだけ日本語を使わないようにしてもらうしかないだろう。

しかしながら、現実問題として無理である。外国人を受け入れても、現在の日本には彼らがつく仕事がないし、同時に、英語圏以外の外国人を差別することになってしまうからである。

残念ながら、日本で生活している限り、動機がよほど強くない限り、英語を使えるようにはなかなかならないだろう。

わたしはそれでもいいと思う。

ということを考えなら、今日も私は英語を教えに行く。

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高麗聖天院

日和田山に登った日曜日の日帰り旅行の続き。

高麗神社だと思って入ったら、実は高麗聖天院だった。

ここは高麗神社とは違って、入館料がかかる。大人一人300円。けっこう高い。

でも、受付のオバさんが大の話好きで、たいへん楽しい時間をすごさせていただいた。

今度は初詣のときに来てくださいねとお願いされた。

実際、高麗神社より建物がずっと立派なので、一見の価値はある。

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阿弥陀堂。

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こっちが、阿(あ)。「あ」は宇宙の始まりをあらわす音。

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こっちが、吽(うん)。「うん」は宇宙の終わりをあらわす音。

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醤遊ロール

昨日、醤遊油王国(@埼玉県日高市)で買った醤油スイーツ。

家族にも大好評でした。

フタを開けるとすぐに醤油の優しい香りに包まれます。

醤油せんべいで育った日本人(ニッポンジン)なら、きっと幸せな気分になれるはずです。

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仕事帰りに、ぺろりとふた切れ。

ごちそうさまでした。

このごろ、仕事がしんどいです。月曜日は非常識な女子学生を相手にしなければならないので、帰宅すると精神的にどっと疲れが出ます。

そろそろ一息ついて、ずる休みをしようかな。

食後に、ごろりと床に寝転んでいたら、いつの間にか寝てしまいました。

手には、よだれがべっとり。

今晩は、少林寺の稽古も休むことにして、早々に風呂に入らせてもらいました。

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日和田山登山

本日のコース: 日和田山登山、高麗聖天院、高麗神社、醤遊王国、新しき村、JAいるま野日高中央直売所。

3時過ぎから土砂降りになったが、私たちのコースには何の支障もなかった。

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途中で野いちごを見つけ、長男と一緒に分け合って食べた。もともと「お菓子」というのは、野山にある木の実などを指していたそうだが、まさにこれはお菓子である。(そうすると、この定義から行って、バナナもリンゴもお菓子の仲間であろう。)少しすっぱいけれど、甘くておいしい天然の味。人工甘味料では出せないだろう。

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男坂を登る。

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頂上付近から見える巾着田。

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頂点を制した。都合により長男だけモザイクを入れてあります。

高麗神社。出世大明神。わたしも出世したい。

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高麗神社の、狛犬ならぬ、狛猫。何をしても目を開けてくれなかった。

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醤遊王国(弓削多醤油)の、卵かけご飯(350円)と、醤遊プリンと醤遊団子。プリンには、豆が入っていた。この後、じゃがバターも頼んで生醤油をかけてみんなで食べた。

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醤遊ソフトクリーム(280円)は絶品だった。秩父方面に行くときは、ぜひともまた立ち寄りたい。

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醤遊王国の敷地に流れる小川で沢蟹と戯れる。

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醤油のしぼりかす。もったいないけれど、ただの産業廃棄物。塩分が大量に残っているので、畑の肥料にはならない。なので、牛になめさせる程度にしか使えないのだという。

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ひとつの桶(ふたがついていないほうが桶で、ついているほうが樽)の価格が250~300万円で400年ももつという。商売にならないので、木桶職人の後継者不足が深刻な問題なのだと工場見学のツアーで案内してくださったご主人が教えてくださった。弓削多醤油では全体で(日高工場+坂戸工場)29の桶を所有しているそうだ。桶の大きさは直径2.6メートル、高さ2.3メートルもある。

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武者小路実篤が起こした「新しき村」。建物がみな古びていた。共同生活をしている方々も高齢化しているようで、全体的に活気がなかった。

基本的に商売っ気がほとんどない。売店で売られていたのは、10個200円の卵と袋に入ったジャガイモだけだった。

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君たち、他人の命も尊重してよ。

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人にはいろいろ都合があるもの。深く詮索するのは、よそう。

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世間では、このくらいの量なら、150円くらいで売っている。

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ここはトイレではなく、公会堂。中で、おばさんが一人作業をしていた。

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左のドアは、受付の方が利用するものらしい。

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これをヨメに見せたかった。仲良くしようよ。

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作家が使うのは、これで十分。パソコンなんていらない。

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わたしもそう思う。

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夫婦は仲良く、一生添い遂げたいものだ。

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「新しき村」の精神は、少林寺拳法の精神とかなり似通っており、親近感を感じる。7月に八ヶ岳に一泊旅行に行くのだが、柳生博、真吾親子の八ヶ岳倶楽部も、ある意味、現代の新しき村のように思える。相違点は、ただビジネス的にうまく行っているかどうかというところだけのように思える。実情はどうなのか、いずれ調査報告したい。

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入間の直売所で買ったとうもろこしを茹で、妻の実家からもらったじゃがいもでじゃがバターをつくって、それに下の「しぼりたて生しょうゆ」をかけて食べた。

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一般の醤油のように大豆油を絞った後の大豆の搾りかすで作るのではなく、丸ごと使うので、甘みがあって、やわらかく、まろよかな味に仕上がるのだという。使用している大豆も小麦もともに国産。360mlで価格は630円。

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定番のもろきゅうです。

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ごちそうさまでした。

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DIYの計画

handmade*ボンド木工de簡単な飾り棚♪ |トイロイロ ***happy color life***

この方の製作した飾り棚を参考にして、この夏、階段の空きスペースに設置する棚をつくってみようかと思っています。

トイレプチリフォーム★腰板貼りと玄関のリースたち♪|トイロイロ ***happy color life***

腰板を貼るとこんなにきれいになるんですね。

我が家もトイレでちょっと試してみようかな。

気に入ったら、リビングにも貼って、残りの部分はうまくヌレールを塗ろう。

 

【楽天市場】大人気!扉とフック付きの壁掛け鏡♪アンティーク風オープンドアミラー:雑貨&ハンドメイドの店 チアフル
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オタマジャクシ

【報告します!】全国に広がった「オタマジャクシ現象」のナゾがついに“解明”! あの「ガードレール現象」と共通点… (1/4ページ) - MSN産経ニュース

先ごろ、オタマジャクシが天から降ってきたぞとマスコミが大騒ぎした。

だが、これはサギなどがエサを巣に持ち帰る途中で吐き出してしまうという現象であり、まったく珍しいことではないという。専門家に聞けば、すぐにわかった程度の話。ニュース性はかなり低い。

斉藤教授によれば、現代人には、環境破壊や地球温暖化など、漠然とした将来への不安を抱えている人が多い。そこで、何か大きな環境の変化が起こると、「やっぱり地球の環境が大きく変わっているんだ」と自分を納得させることができるため、自然界で起きる不思議な現象に飛びつきやすい状況なのだという。

これは相当に危機的な心理状態だと思う。

現在、多くの人は何かあるとすぐに金融危機や不況のせいにしたり、地球温暖化のせいにしたりする。

これはバランス感覚と冷静さに欠けた、知能の低い人がかかる流行病のようなもの。

関東大震災の後、朝鮮人が日本人に対して反乱を起こすというデマが広がって、朝鮮人を殺害するということが起こったらしいが、それと似た現象だ。

「エコ、エコ」っていうのも、一種の集団ヒステリー。

気候の変動なんて、いつの時代にもあったことである。

恐竜が生きていた時代より、今のほうが年間平均気温が低いんだけれど、どの時代と比べて温暖化していると言っているのだろうか。

地球が悲鳴を上げているなんて言う人もいるけれど、地球はそんなにヤワじゃない。悲鳴を上げているのに、人間のほうじゃないか。

人間は、滝にでも打たれて、少しは頭を冷やしたほうがいいのかもしれない。

納豆を食べれば血液がさらさらになって健康になるとか、バナナだけ食べればやせられるとか、政権交代が実現すれば日本の不況は解消されるとか、ハイブリッドカーに乗り換えれば生活費が安くなるとか、みんな巧妙なまやかしにすぎない。

そんなに世の中は単純にはいかないものだ。

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リフレッシュしたい。

今日は、仕事から帰ってきたら、妻の実家の両親と義理の妹たちが遊びに来ていた。みんな興奮気味。ヘトヘトになって帰ってきた私にはやや居心地に悪い空間だった。

明日、リラックスというより、リフレッシュするために、山登りに行ってくる。近ごろは暑いので、できるだけ早い時間に登り始めたい。






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ケンカ

小4の息子の話では、このごろクラス内で殴り合いのケンカがたびたび生じているという。

殴り合いというのは、顔面を殴るというような本当の殴り合いのこと。

昨日も、クラスメートが片方の目を殴られ、視界がぼけてしまって、保健室に駆け込んだそうだ。

昨年は4クラスあったところ、今年は転出した生徒が数多くいたため、クラスの編成が変わって、3クラスに縮小され、1クラスの人数が増えてしまったことが、ケンカが生じやすくなってしまった最大の原因だろう。

息子によると、以前から性格の悪いやつはより悪くなって凶暴化しているという。

私も、子どものころ殴り合いのけんかを2度経験している。プロレスのように椅子で殴られそうになったこともある。あのときは、顔面を殴り合って、お互いひどい顔になった。でも、私の場合は、小4ではなく、小6のときだった。

小4のときは、ストレスもなく、もっと平和だったような気がする。

息子によると、殴り合いの原因は、たいてい、おせっかいな子どもが、別の怠け者の子どもに、「勉強しろよ。忘れ物をするなよ。先生の言ったことをちゃんと連絡帳に書いておけよ」などと言ったことに対して逆ギレして、「うるせーんだよ」というところから始まるのだそうだ。

みんなイライラしているのは、小学校の教室は冷房もなく、昼間暑すぎることにも起因しているのかもしれない。エコ、エコって言いながら、結局は大人たちが子どもたちを犠牲にしているだけではないか。

息子は、少林寺拳法を習わせているだけあって、常に止めに入る側になっている。

でも、「邪魔だよ」とかケンカの当人たちに言われたり、別の友達に「危ないから下がってろ」と言われたりする始末。

息子は体格はよいけれど、気持ちが私に似て優しいので、ケンカを止められるような貫禄はまだついていない。

念のため、暴れている子どもを、警察官のように取り押さえつける方法を、息子と実地に研究しようかな。

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明石康、『サムライと英語』

サムライは、「忠」と「孝」との板ばさみにあった場合、迷わず「忠」を選ぶものだと新渡戸稲造は『武士道』に書いている。その「忠」は必ずしも天皇崇拝だったり、国家権力への忠誠だったりするのではなく、個人的なものより、公的なものを優先するという崇高な意識である。その「忠」の意識が、戦後、日本を復興させた原動力だったのだろうと、明石さんは書いている。

この本を読みながら、来年度の授業では、新渡戸稲造の『武士道』や、岡倉天心の『茶の本』や、川端康成の小説の翻訳を行ったサイデンステッカーや、ドナルド・キーンの本をテキストにすることのもいいなと思った。村上春樹のエッセイの英訳を名前を伏せて読むのもいい。

頭の軟弱な学生を相手にした、軟弱なテキストが横行している現在、ややハードな教材を使って、彼らの頭に刺激を与えてやるのもいいかもしれない。

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ダノン BODYismレポート

風呂上りに一口。ぐびり。

おや。

おや、おや、おや。

私が風呂上りに毎晩飲んでいる、リンゴ酢やレモンのお湯割りに似ているではないか。

それに水で薄めたスポーツドリンクにも似ている。

カルピスの味もするような気がする。

成分表を見ると、「原材料名:ナチュラルミネラルウォーター、クエン酸、香料、炭酸カルシウム、リンゴ酸、酸味料、甘味料(アセスルファムK、スクラロース)、ビタミンD」とある。

リンゴ酢を想起させたのは、このリンゴ酸のせいか。

スポーツドリンクを思わせたのは、クエン酸のせいか。

でも、カルピスを想像させたのは、何?

それはともあれ、飲む前は、どうせレモンの香りのする水みたいなものなんだろうと思って、まったく期待していなかった。

これならちょっとしたジョギングのお供にもいいし、レジャーなどの外出時に、麦茶では物足りないときに飲むのもいい。

口の中にいつまでも甘ったるさが残ることがないところが魅力だ。

別に、モニターに当選したからといって、好意的なことを述べているわけではないけれど、私はけっこう気に入った。

これはリピーターになるかもしれない。

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コネタマ参加中: 『DANONE BODY-ism Calcium Works』モニターキャンペーンスタート

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珪藻土、漆喰、うまくヌレール

珪藻土は、さわったときの感触が紙に似ている。ふわっと軽い感じ。まったく冷たさを感じない。

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うまくヌレールは、さらさらした軽い感じ。砂粒のような粒が残るからかもしれない。

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漆喰(下の2枚)は、冷たい。さわるとひんやりする。もしかしたら、夏の間、暑苦しいところでは、体感温度を下げてくれる効果があるかもしれない。

いずれにせよ、塗布後は、ビニールの壁紙より雰囲気がよくなる。

私が塗ってみて一番扱いが簡単だったのは、うまくヌレール。

一番難しかったのはロイヤル通販の練り漆喰。安い分だけ、難易度が上がるのだろう。

これらは押入れや階段の壁に塗ったものなのだが、部屋の内部に塗るときは、一番コストがかかるけれど、うまくヌレールを選択すると思う。

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ダノンのモニター当選レポート

コネタマ DANON BODY-ims Calsium Works モニターに当選しました。

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説明によると、これ一本分で、一日に摂取すべきカルシウムの量(700mmg)の50%を摂取できるそうです。

レモンフレーバー(無果汁)で、0キロカロリー。

さっそく、冷蔵庫の中で冷やしております。

感想は、後ほど。

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God bless you, Michael.

Michael Jackson has died | Music | guardian.co.uk

Michael Jackson, the American pop legend, died of a heart attack in a Los Angeles hospital last night, just weeks before he hoped to resurrect his four-decade long career with of sold-out shows in London.

The embattled music icon was taken to the University of California at Los Angeles medical centre last night, and paramedics administered cardiopulmonary resuscitation in the ambulance. He did not regain consciousness and was reported dead about three hours later.

"God bless you Michael, heaven just got another beautiful angel."

Jackson suffered from vitiligo, a condition that causes the skin to lose its pigment. In May the Sun reported he had been diagnosed with skin cancer, a rumour his camp denied.

Jackson's impact on American pop music cannot be overstated. His signature vocal style, dance moves including the moon walk and his military-inspired fashion sense also influenced pop culture worldwide. He earned worldwide acclaim for his 1982 Thriller album, produced by Quincy Jones. His subsequent efforts, including his Bad album of 1987 and a collaboration with sister Janet were also well received. His Thriller video, with its occult imagery and choreographed ensemble dance helped launch the music video genre.

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いずれも

鳩山邦夫さんは昆虫好きで、世界各国に蝶の採集に行くのが趣味なのだと聞いたことがある。

一方の、兄の由紀夫さんの趣味は存じ上げないが、彼には虫も殺さないような雰囲気がある。ゴキブリが怖いと騒がれて、駆除を頼まれても困る(鳩山御殿にはゴキブリなどいないかもしれないが)。

ボスにするなら、どっちがいいかという質問だけれど、どちらもボスにはしたくないタイプだなあ。蝶の採集もイヤだし、ゴキブリの駆除もイヤだから。



コネタマ参加中: 鳩山兄弟対決!?自分のボスにするならどっち?

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ロマンチックなサバイバル生活

無人島に持っていくならばという質問に対して、かつての私は1冊の本をすぐに思い浮かべた。それは一生かかっても読めないような本である。

しかし、現実問題として、無人島では本を読んでいるわけにもいかない。

まじめに考えたら、やはり優秀で協力的な人間が一人必要となるだろう。

ロビンソン・クルーソーにとってのフライデーのような存在だ。

だが、私は男だから、始終男と一緒に暮らすのは耐えられない。

となると、若い女性がいい。

でも、そういうことを言うと、これまで10年以上も連れ添ってきた妻に申し訳ない。

だから、若い女性として、わが妻を指名しておこう。

彼女とは気心も知れており、ともにいろんな面で協力し合って生きていけると思う。

私は無人駅なら知っているが、無人島がどんな場所か知らない。

先輩に、新婚旅行に無人島へ行ったというカップルがいる。朝、船で島に連れていってもらい、帰りに船が迎えに来る。その間、無人島で二人きりの生活を楽しむ。

いったい彼らはそこで何をしていたのだろうか。

ロマンチックな感じもするが、サバイバルな感じもする。

私もそういう映画みたいな体験をしてみたい。


コネタマ参加中: 無人島に一つだけ持って行けるとしたら、何?

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スパイダー

庭いじりをしていると、近くにアリが通りかかった。

そこに庭の守り神たるクモがすかさず近づいてきて、獲物の周りを高速で回転しながら、お尻から出す糸でぐるぐると巻き上げてしまった。

その手際のよさと来たら、まるで引越し屋さんのよう。

ひたすら感心して見ていた。

Spider

















昨日、アップしたオクラの写真に、無色透明のきれいな粒粒がついていたのをご記憶だろうか。

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昆虫好きの小4の息子の見解では、どうやらアブラムシ(アリマキ)の卵だそうだ。

ためしにつぶしてみると、確かに油っぽくて、気持ちが悪い。にきびをつぶしたみたいな感触だ。

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リセット

近ごろ5月病にかかる人はめったに見かけなくなったが、一方、6月病にかかっている人が増えたような気がする。

症状は、無気力とだるさ。

わたしがまさにそれ。

今年も、授業のコマ数が一回増えて、2年前と比べると、半年で2回増え、おかげで7月の終わりまで仕事が続く。子どもの夏休みとより、私の夏休みが遅くなってしまった。

例年だと今の時期、授業の回数が残り1、2回というところなので、かえって気合が入ったところだが、まだまだ先かと思うと中だるみする。

疲れも取れない。諦めと絶望が、重たい湿気のように体にしがみついてくる。

一度この辺でリセットしないと、いけない気がする。

今週末の日曜日、山登りに出かける計画がある。

山に登ったらリセットできるだろうか。

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活人拳

今晩、パートナーの昇級試験が急遽行われた。私はほとんど練習らしい練習をしていなかったが、急に始まってしまったものは仕方がない。しかし、10分ほどの猶予が与えられたので、その間に、半分ほどのメニューを練習。試験中は、気合を入れて、本番のように演武を披露した。疲労した。

うまくいかなかったのは、外押受突、屈身突、襟十字、腕巻。

試験の総括として、振子突、外押受、鈎手の脇の締めの練習をたっぷり行った。体全体を使うことの大切さを再確認した。

帰り際に、サンドバッグを使って蹴りの練習を行った。私の蹴りは、自分ではよくわからないけれど、上体がぶれていないので、比較的よいそうだ。力強く押し込む必要はなく、当たる瞬間のスピードを意識すればよいとのこと。

先先の先、先の先、後の先の違いも教えていただいた。

先先の先は相手が攻撃を開始しようとする動き(のどの動きや視線の変化)を察知して反撃をすること。先の先とは、相手の攻撃が起こった瞬間に、反撃すること。後の先とは、相手の攻撃の矛先がほぼ確定した時点で、反撃することだという。

あくまでも、いずれも、相手の攻撃があってからではないといけない。

なぜなら少林寺拳法は、宗門の行&活人拳であるからである。

振子突も、相手の耳の近くを狙うのではなく、あごを狙う。そうすれば、相手は死ぬこともない。気絶はするかもしれないが、怪我をさせることはないという。

ともあれ、パートナーはめでたく1級に昇級した。これからはともに初段の試験の勉強に入る。このままがんばっていけば、ふたり一緒に来年の3月あたりに試験を受けられるような気がする。

念願の黒帯取得へ一歩踏み出した。

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知覚過敏

夕方、歯科医へ行った。

X線写真を撮ってみたが、虫歯ではなく、知覚過敏らしい。

歯茎というのは、加齢とともにどうしても歯茎が下がってくるから、仕方がないのだそうだ。

歯茎が下がってくると、歯と歯の間にスキマができる。それが気になるというので、歯の上からかぶせるようなことをすると、また下がってきて、スキマができてしまう。1年に0.3ミリ程度は、年をとってくると、誰でも下がってくるもので、10年もすれば3ミリも下がってしまうという。

今回は、コーティングをほどこしてもらって、様子を見ることになった。

以前から、奥歯の銀歯が気になっている。ついでに、これを白いものに換えられないか聞いてみたら、一本10万円もするし、1年に一回は割れてくるので、やめておいたほうがよいと言われた。

「たいていの場合、1回割れると、もういいですという患者さんが多いので、私は勧めませんね」とのこと。

芸能人みたいに使い切れないほどのお金があるならいいだろうけれど、庶民はそういうものに手を出さないほうがよいようだ。

息子が、また傘を壊して帰ってきた。

杖のように使ったり、バットのように何かを叩いたりするから、柄のところが折れてしまう。

自分では、そんなことはしていないといつも否定するが、そうでもなければ、あんな硬いものは折れない。

「これからは自分の小遣いで買いなさい。お父さんはもう買ってやらないからね」と言ってやった。自分のお小遣いで買うのであれば、そうやすやすと壊さないはず。他人のお金で買ったものだから、大事に使わないんだろう。

アマゾンマーケットプレイスの出品中の本をすべて引き上げた。急に、売るのがもったいない気分になってしまったのだ。

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デート

午前中、ひさしぶりに妻とデート。幸せな時間が過ごせた。

イオンモール浦和美園に行き、靴を2足、仕事用のズボン1本、下着(上下)、蓼科&清里のガイドブックを購入し、カルディの無料のコーヒーを飲みながらたい焼きを食べ、帰りにパン屋でランチ(こちらもコーヒー無料)をとった。子どもがまとわりついていないので、ゆっくり買い物ができて満足。

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午後、郵便局へ行き、ゆうメールの配送手続きをとり、ついでにゆうちょ銀行の総合口座を開設した。学会費など振込み先に郵便局が指定されていることが多いのだが、口座がないと法外に高い手数料が取られることがわかったので面倒だが開設することにした。

キャッシュカードにはスイカではなくEdyをつけることにした。使い道はないと思うけれど。

カードが届いたら、生体認証の手続きもしてこようかと思っている。

ついでに、ゆうちょダイレクトの手続きも取った。

歯が痛いので、歯医者の予約を入れた。夕方行ってくる予定。

午前中は雨降りで、涼しかったが、午後から晴れ間が戻り、また暑くなった。

もう夏だなあ。

昨日、ジョギング後、軽い脱水症状になって、熱中症気味だったが、今日の午後になってようやく回復。元気になってきた。

hitomiのフルヌード、全面広告で 読売新聞朝刊 - MSN産経ニュース

これを見たらまた元気が出てきた。

これまたキレイな妊婦さんですねえ。

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若いころの愛妻のヌードも撮影しておけばよかったかな、と今頃になって思う。

我が家のオクラです。

花芽が3つ見えます。

数週間後、オクラが3本収穫できるはず。

捕らぬ狸の皮算用。


 

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そのまんま軍団

とりのまるやき 「 そ の ま ん ま 軍 団 」党が結成されるようです

内閣総理大臣が東国原英夫で、官房長官がビートたけし、水道橋博士は財務大臣だそうだ。

自民党は地に落ちたな。麻生より、そのまんま東のほうがまだましだったりして。フフフ。

民主党の鳩山代表が、自民党の打ち出した「骨太の方針2009」を揶揄して、骨ボロボロの方針と言ったそうだ。実に、気が利いている。

それに、「骨粗しょう症」とまで言わなかったところに、お年寄りへの配慮が見られて信頼が置ける。お兄ちゃんも、弟の邦夫君に負けず劣らず、なかなかやるねえ。

自民党は、政策に「骨太」などという、英語に訳せないような、子どもっぽいあいまいな表現を使っているところが、国民を煙に巻くようで信頼できない。要するに、大胆(ドラスティック)な改革という意味なのだろうが、実のところ、ぜんぜんドラスティックではない。年金の改革も決して安心できるものになってはいないし。

政権交代の可能性について、先日遊びに来た私の両親と話をした折、私はほぼ確実であるという意見を述べると、母はすぐさま私に同意してくれた。ここで、自民党に下野してもらわないと、ますますニッポン人は生活が苦しくなるからであるというのが母の意見である。

ところが、昔からウルトラ保守の父親は、結局、この国は官僚が支配しているのだし、法案を作るのは主に官僚なのだから、別の党が政権の座についても何も変わらないよ、というのである。まったくニヒルな男である。

「自分たちは年金をたっぷりもらって悠々自適名生活を送っているからそんなことがいえるのだろう。後の世代のことも少しは考えてくれ」と叫びたかったが、ぐっとこらえて、二人の意見はともに正しいだろうと私は述べた。

そこで私は、間をとって、政権交代をしても実質的に何も変わらないのかもしれないが、自民党に下野させることで、官僚たちに冷や水を浴びせるという意味では、実に重要なことであろうと申し上げた。ここで、国民が主役なんだということを示しておかないと、官僚のやりたいように世の中が突き進んでしまう。私は「主権在民」という日本国憲法の原則の一つを思い出させてやりたいと思うのだ。

それに、そのまんま軍団と化した自民党によって日本が牛耳られるよりは、民主党政権のほうがまだましだろう。

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マクロ撮影

現在、コネタマの順位が過去最高の23位。過去数週間、24~25位をうろちょろしていたのに、何があったのだろうか。

ところで、いま私が特にハマっているのは、写真。

リコーのCX-1というカメラを使って、マクロ撮影を毎日のように楽しんでいる。

このカメラだと1センチまで被写体に寄れるので、ふだん見ることもないような世界を写し取ることができる。

子どもの顔の皮膚の様子や、老眼の人には見ることが不可能な、植物の葉の表面の毛や花粉まできれいに写すことができる。

参考までに、私が今読んでいる本をゴリラポッドという三脚を使って接写してみた。CX-1は「半押し」をしなくても自由に焦点を移動できるのがいい。この写真では「英語」という文字に焦点を当てている。

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コネタマ参加中: 最近ハマっていることを教えて!

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できれば現金払いのほうが、個人情報をつかまれて利用されないのでいい。

しかし、近ごろは私はクレジットカード派になってしまった。

カードを利用したほうがポイントがつくし、いちいち現金をATMでおろさなくて済むので便利。小銭もたまらないから、財布が重たくならない。

ただ、1000円以下の買い物の場合、あいかわらずクレジットカードを使うのは気恥ずかしい。

そこで電子マネーの登場となる。でも、電子マネーはスイカを電車に乗るときと立ち食い蕎麦を食べるとき以外は使わない。

電子マネーを普及させたければ、うちの店では現金を受け取らないというようなやり方を全国的に拡大しなければならないと思う。

ゆくゆくは現金を使わない社会が実現するのだろうか。


コネタマ参加中: 買い物をするとき、あなたはクレジット派? キャッシュ派?

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自分はいったい何をしたいのか?

ClubNature +の運営者は、アウトドアが好きで千葉県の外房に移住してしまった方。本業はコピーライターだそうだ。依頼があれば、どこに住んでいようがこなせる職業だから、移住がしやすかったのだろう。

私も、他人には「田舎暮らしなんて、不便極まりないからいやだね」なんて言いながらも、反面では大いにあこがれている。

でも、もし私が田舎暮らしをし始めたとしたら、転職先はどこになるのだろうか。

英語を教えることくらいしか能がないのだから、転業でもしなければ田舎では暮らしていけそうにない。

昨日書店で立ち読みをしていたら、お店を始めるための入門書に目が留まった。

パラパラとめくっていたら、カフェを始めるには自己資金が1000万円、雑貨屋の場合は500万円ほど必要だということを知った。

実際には、銀行からの融資を受ける必要もあるだろうから、人生を賭けるようなことになってしまいかねない。

私のように貧乏な人間は、そう簡単にはリスクを取れない。

いろいろ考えているうちに、「とどのつまり、残りの人生で、自分は何をしたいのか」という大きな命題が浮かび上がってきた。

生活のために仕事をするのではなく、「人生を楽しむこと=仕事をすること」を理想とする人生を送りたい。

でも、どうすればいいのだろうか。

もうさっぱりわからなくなった。

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朝ラン6K

今日の6キロは本当につらかった。久々につらいジョグだった。

朝の9時の段階で、気温は26度で、湿度が87%もある。まるで蒸し風呂状態。

筋肉はストレッチをしなくてもゆるゆる。

4日ぶりのジョグだったので、ペースがつかめず、最初から飛ばしてしまい、途中でばててしまった。

前半15分57秒
後半15分06秒。

帰りの3キロは2度休んでしまった。最後の1キロのところで、もう熱中症で倒れるかと思った。だから、後半のほうが記録はよいけれど、休憩時間を抜いたからである。実際は20分くらいかかっている。

とにかく、きつい6キロだった。

何もドリンクを持っていかなかったというのも良くなかった。油断大敵である。

帰ってきてから、少し左の頭が痛い。やはり、軽い熱中症になってしまったのかもしれない。

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入門式

新たに入門された2名のために昨晩入門式が執り行われた。この前行われたのは1年くらい前のような気がする。

式が終わると、いきなり私のパートナーのための1級の昇級試験が始まった。私は相手を頼まれたのだが、試験科目のほとんどができない。

天地拳第5と6は、ふたりともほとんど教わったことがないので、まったくできなかった。これは初段科目なので、パートナーができないのは当然なのだが、道院長はそんなことはお構いなし。きっと私に合わせたのかもしれないが、私が習ったのは、半年以上前で一回きりなので、覚えているわけがない。

組演武の10の技も、順番はもとより、中身についてもさっぱり覚えていない。

結局、今度の水曜日におさらいして、来週の月曜日に再試験ということになった。

いつも思うことだが、少林寺拳法には覚えなければならない技が多すぎるし、構え方もさまざまで、そのすべてを瞬時に思い出すことは中高年の硬くなった頭ではむずかしい。

私は1級で、今年か来年あたりに初段取得を目指しているが、まだまだ無理であることを思い知らされた。

いまだに燕返と千鳥返、襟十字と片胸落、外受突と外押受突、上膊捕と袖捕をしばしば取り違えるほどの、できの悪い弟子である。

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疎外と搾取

【予約】池上彰の講義の時間 高校生からわかる『資本論』 /池 セブンアンドワイ ヤフー店 - Yahoo!ショッピング

近年、人々の間でマルクスへの関心が高まってきている。

これは人類が原始に回帰したがっていることを示しているのだろう。

マルクスといえば、「疎外」(Alienation)と「搾取」(Exploitation)というふたつの概念が有名だ。

農業や手工業の時代が過ぎ、機械による大量生産の時代に移行したとき、人々は、自分が作ったものが、まるで自分が作ったものではないかのように扱わなければならないことに違和感を感じ始めた。

たとえば、カバンの製造では、手工業の時代にはどこの誰々が作ったという刻印がつけられていた。あるいは、そんなものをつけなくても、誰が作ったか、誰の目にも明らかだった。ところが、大量生産の時代に入ると、単に、会社の名前が刻まれるだけになってしまう。そこでは作り手と物との関係は完全に切れている。このように、自分と物との関係が遠くなってしまったことが、「疎外感」というものである。

世界と人間との関係が遠く離れてゆくにつれて、自分は世界の一部ではなく、誰かに消費されているような気分になってくる。労働者は、自分の時間と身体を提供し、それを雇用主が労働力として商品の製造に利用し、その対価を支払う。

その間に移動するのは、貨幣である。しかし、労働者はいくら働いても、賃金に対して満足感を得ることはできない。この満足感の欠如は、物と自分との関係が完全に切れ、製造者であるにも関わらず、ただひたすら消費される者として物を作ることに関わっていることに起因する。それがマルクスの言う「搾取」であると私は解釈している。

マルクスの出したこの二つの概念は、我々が住んでいるこの世界を理解しようとするとき、その有効性をいまだに失っていないように思える。

我々は、「疎外感」と「搾取」からの解放を求めて、原始へと回帰することを希求している。

原始とは、人間が人間である以上、失ってはいけないものが残っていた時代である。

一言で言えば、人間と世界とが融和していた時代である。この二つに齟齬のない環境では、人間は自然の一部であるという意識を持ち、自然の恵みをいただき、自然のおかげで幸せに暮らさせてもらっていることを素直に受け入れ、自然に感謝することができる。

現代人は、徐々に、「疎外感」と「搾取」を意識する必要もない、自分と世界との一体感を取り戻したいという気持ちになっているのだろう。

マルクスブームの再燃は、明らかに、ロハス、エコ、共生、里山、田舎暮らしなどというキーワードの背後にあるコンセプトと連動している。

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電車内で子供が暴言、暴力を受けました : 生活・身近な話題 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

自分の3歳の子どもが電車内で大騒ぎ。それを見かねた小学5年生くらいの少年にたしなめられたが、3歳の子どもが「うるさいな、ばーか」と暴言を吐き、小5に強く叩かれたという。

その母親に対する批判の回答が大量に寄せられている。

過保護すぎる。きちんと自分の子どもの躾(しつけ)ができていないという意見が大勢であるようだ。

私もその意見に同意する。

世の中には、自分のことを棚にあげ、他人に迷惑をかけていることを反省しない輩が、老若男女問わず大量にいる。昔からいるのだろう。

我が家の近所にも、そういう親が一人いて、妻はいつも困らせられている。

詳しいことは省くが、子どもがダメな場合は、99%親がダメ親なんだよね。

原因は、甘やかしすぎ。自分に甘くて、自分の子どもにも甘い。そういう自己中心的な人だから、他人のことを一切考えられないのだろう。

「躾」という文字は、「身」と「美」からできている。

それを見れば、いちいち説明しなくても、何が大切かわかるだろう。

躾のできていない人は、身のこなしや、他人との関わり方が美しくないのである。

掘り出しニュース:買い物かごが相次いで盗難 年3500万円分被害の社も - 毎日jp(毎日新聞)

スーパーの買い物籠を盗む人が大量にいるという。犯人の多くは40から50代だそうだ。かご一つにつき250円もするので、スーパーにとっては大きな被害になる。持ち去る人を店員がとがめると、かごくらいいいじゃないかと開き直るのだそうだ。

この自己中心的な態度を美しいと思えるだろうか。

我が家の前の道路に、タバコの吸殻を棄てる奴がいる。昨日も一つ拾った。

どういう気持ちでタバコの吸殻を拾っているか、棄てた奴は分かっているのだろうか。

屈辱を感じながら、自分は奴隷かよ、と思いながら私は一つ一つ拾っているのである。

タバコを吸う人の99%は、道に吸殻を棄てているように思える。

私は、タバコの値上げをするのもいいけれど、タバコが完全に燃え尽きてしまうように、現在売られているものをすべてフィルターなしの両切りにしてしまえばいいと思う。

そうすれば、スモーカーは癌で早く死んでくれるだろうし、棄てられた吸殻も土に返るので、環境にもよい。

景気対策になるんじゃないか。葬式関連、病院関連が儲かるのだからね。

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父の日

息子の誕生日のお祝いに私の両親が遠方より駆けつけてくれた。

息子は高価な誕生日プレゼントを買ってもらったうえに、昼にはおいしい食事をごちそうになり、帰り際にはお小遣いまでもらった。

そういえば、今日は父の日だ。

子どもたちから私にはいまのところ何のプレゼントもない。

午前中は、たまっていた仕事を片付けるのに忙しかった上に、昼間は親の相手。さらに両親が帰ってからは、子どもの日記(宿題)の手伝いまでさせられる始末。

今日も、体と心を休ませる暇はぜんぜんなかった。

父の日というのは、父を疲れさせる日だったのか。

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ニッポン

ここ一ヶ月は、社会生活に支障をきたさないように、テレビのニュースを少しずつ見るようにしている。まずい飯を、健康によいからと勧められて、むりやりのどに流し込んでいるような気分になる。

近ごろ特に気になるのは、NHKでの「ニッポン」の連呼である。

NHKでは、「ニッポン」という言い方が急に多くなった。

一部の人が指摘するように、「ニッポン」の連呼で、ことさら愛国主義を煽ろうというようには私には思えないけれど、「ニッポンジン」という発音はぜんぜん美しくないし、きわめて聞き苦しい。

ニホンとニッポンという発音の差が生まれたのは、昔は「ホ」の音が、唇をくっつけて出す音だったからであると聞いたことがある。

つまり、「ニフォン」から、「ニホン」と「ニッポン」に枝分かれしたのである。

また、昔は、国号の呼び方が統一されておらず、ジッポンと言っていた可能性もある。

だからこそ、外国では、ジパングとかジャパンとかジャポンとかいう表記が生まれたのだろう。

ただ、ニホンには、イントネーションの違いで日本と二本がある。「日本」は「本」に、「二本」は「二」に強勢が置かれる。

そういう区別は、もしかしたら外国人には、わかりにくいものかもしれない。

そこをニッポンと統一すれば、その発音は、「日本」しかないので、間違うことはない。

ただ、「ニッ」という促音(=無声閉鎖音k・t・pや無声摩擦音sの前で一拍分だけ息をとめるもの)は、外国人には難しいらしいので、そこでも問題がある。

さらに、「ニッポン」の発音は、英語では"nip on"(=乳首をくっつけるということ)に聞こえてしまうようだ。

まったく無様である。

ニッポンでもニホンでもいいけれど、むやみやたらにニッポンを連呼するのはやめようや。

そんなに力んで何をしようというのか。

少なくとも私には、気の抜けた「にほん」の方がまだましに聞こえる。

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およげーるの

バイオラバーで名を馳せた山本化学工業が、泳げない人も泳げるようにしてしまう特殊な水着を発売するという。

泳げない私にとっては朗報だ。

だが、発売は秋。

今夏は、そんなものに頼ることなく、「息継ぎ」を覚える覚悟だ。

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紅茶パン

今朝は紅茶パンを食べた。ティーバッグを引きちぎり、まるごと一袋タネに放り込んだだけ。香りもよく、うまい。渋いかもしれないと心配したが、問題はなかった。

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私は土曜日だというのに仕事。家族はポケモンセンターとテレビ朝日に行ってきたそうだ。

私は帰ってきてからも、仕事に追われている。

だんだんイライラしてきた。

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100キロ超えてもETC割引

100キロ超えてもETC割引を適用 地方圏高速で7月8日から - MSN産経ニュース

 東日本、中日本、西日本の高速道路3社は19日、地方圏の高速道路で 自動料金収受システム(ETC)利用車を対象に実施している通勤割引と平日昼間割引を7月8日から拡大すると発表した。これまで適用外だった走行距離100キロを超えた場合も、100キロ分の料金までは割引対象とするのが中心だ。

 現在の割引は走行距離が100キロ以下の車だけに適用し、毎日朝夕に実施している通勤割引は5割引き、平日昼間割引は3割引きとなっている。

 拡大はこのほか、平日昼間割引の対象時間を「午前9時~午後5時」から「午前6時~午後8時」に広げる。1日2回までとしていた回数の制限も撤廃する。

来月下旬の平日に我々一家は蓼科に一泊旅行をする予定。これなら、もし通勤割引を利用できなかったとしても3割引きになって恩恵を受けられる。

上信越道の佐久ICから八ヶ岳に向かって小海線沿いに南下するコースを取る予定なので、交通費は往復5000円程度で済ませられるな。

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エコポイント?

エコポイントというのは、省エネ家電に買い換えると、その金額に応じてポイントがつき、Suica、図書カード、旅行券、商品券、地域型商品券、地域特産品などに交換できるという制度だと、さっき勉強した。

それにしてもなぜ、そんなわけの分からない面倒なことを庶民にさせるのだろうか。

買い替えを促すことのどこがエコフレンドリーなんだと思う。

まだ使える冷蔵庫や洗濯機やテレビやエアコンをゴミにして、新しいものを買わせることほど、エコから程遠い政策はないだろう。環境に負荷をかけるだけではないか。

ほんと、もったいない。

それにものを売りたければ、エコポイントなどつけずに、最初から値引きをして売ってくれればいいだけのこと。

本来の価格に上乗せしてポイントをつけ、そのポイントでさらに消費者にお金を使わせるのはヨドバシカメラがはじめた悪名高い制度。あれのせいで、人々の財布は、札束ではなく、ポイントカードで膨れ上がってしまった。

エコポイントに交換するには、面倒な手続きをしなけれればならないらしい。

これは、役人の天下り先を作ってそこにお金を還流させるためだろう。そのそのために使われるのは、国民の税金である。

ああ、もったいない、もったいない。

夜、駅売りの夕刊紙を見たら(買ったわけではない。あんなものを買うわけがない。)、「自民党大敗」という見出しが躍っていた。

昨今のニュースの中で、唯一明るい話題である。

バラマキ(借金を増やすだけ!)で景気を浮上させるというアイデアほど、国民を不安にさせるものはない。それが庶民の財布の紐を固くしている最大の原因。経済を浮揚させるためには、当然だが、自公政権が下野し、民主党が政権をとり、年金改革、税制改革、行政改革、天下り廃止を断行するしかない。

これ以上、環境に負荷がかかる無駄な制度をこしらえてもらっては本当に庶民は困るのである。

いい加減にしてくれ。自民党よ、もっと現実を見たまえ。そして、永遠にさようなら。

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朝ラン8K

トータル41分16秒。朝のうちの涼しい時間を狙って走った。

子どもたちの夏休みが始まったらすぐに(今から約1ヵ月後)、蓼科に1泊旅行にいってくることにした。

私の夏休みは実質8月からだけれど、7月下旬の平日の数日間のスケジュールがあいているので、急遽旅行を決め、予約も入れてしまった。

蓼科だから、八ヶ岳や清里を訪れるのに便利。

気に入ったら、あっち方面に移住してしまってもよいくらいだ。

柳生真吾さんのブログで紹介されていた特定外来生物の黄色い花を、ジョギング中、私も発見した。「オオキンケイギク」というそうだ。指定された理由は「繁殖力が強いため」。

子沢山の家庭や、浮気性のお父さんも、厚生労働省によって、特定外来生物に指定されてしまうのではないかと心配になる。


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スポーツの目的

近畿大学ボクシング部の学生2人が、鍛えた拳で路上強盗を繰り返し逮捕されたという。

体ばかり鍛えて、頭の中身を鍛えなかったのが、事件の最大の原因だろう。

このごろは、ボクサーというと、私の中ではダイレクトに犯罪者と結びつくようになった。

まったく尊敬の念を抱くことができなくなった。

もしかしたら、この条件反射は私だけにとどまるものではないかもしれない。

競争重視のスポーツというのは、得てしてこのような事件が起こりがちである。

スポーツというのは、古くはfun or amusementを表していた。

きっと暇をもてあます貴族たちの暇つぶしだったのだろう。庶民は暇つぶしをするほど暇じゃなかったはずだから。

ラグビーというのは、エリートたちに戦争で部下の兵士たちを統率する戦略や戦術を身につけさせるための学科の一つであったと聞く。だからこそ、勝負の後は敵味方関係なく、友好的に交流する。ジャージ交換はそれに由来する。

だが、いまではスポーツそのものが戦争になっている。

本来の目的とは大きくかけはなれたスポーツのイメージに私は違和感と不快感を覚える。

現代におけるスポーツの最大の目的は、実社会で生き抜く技術を学び、体力を身につけること。

他者を叩きつぶして自分だけ生き残るという競争原理を身につけ、実社会で生きていけなくなることが本来の目的ではない。

スポーツのあり方、存在意義などをきちんと考え直すべき時期が来ているのかもしれない。

2代目タイガーマスクが試合中に亡くなった。子どものころよくプロレスを見ていたので、感慨深い。

前の座席に座っていた人が読んでいた駅売りのスポーツ新聞に、会社社長も兼業していた三沢さんは、テレビ放映も打ち切られ、資金繰りに奔走していたために、それが彼の寿命を縮めたのではないかと書かれていた。

このエンターテイメントとしてのプロレス人気の凋落は、ガチンコと称する真剣勝負の隆盛と比例している。

現代人の中に、八百長を八百長と承知で、ウソをウソと承知で楽しむという、心の余裕がなくなっていることを表しているのではないか。

わざと負けやって、勝者を格好良く見せることを目的とした、敗者の演技を堪能するということができないのは、われわれの人間性が浅くなったからではないか。

相撲界の八百長問題が大きく報道されていたことがあったが、あれなど無粋の極みである。八百長のどこが悪いのか私にはわからない。もともと相撲取りは、四股(醜)を踏んで邪気をはらい、人々に気力を取り戻させる神事であった。

その機能が完全に忘れ去られ、競争重視の競技スポーツに成り下がってしまった。

勝ち負け以外にも、立ち居振る舞いの美しさや技の正確さや残心など、見るべきもの、堪能すべきものは多い。

しかし、そのような面は一切考慮されることがない。

人々の視野が狭くなり、物事の全体像を捉える能力が大きく低下してしまったのだろう。

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最後から2番目

最後から2番目がいい。

期待が最も集まるアンカーにつなぐ「縁の下の力持ち」に私はなりたい。

前半でつけられたトップランナーとの差を縮め、もう少しでトップになれそうなところまで追いつくというのが理想。

これが一番格好いい。

ところで、徒競走の話になると、「おれは昔は足が速かったんだ」と言って自慢する人がいる。

あれって嫌な感じ。

昔はどうだったというより、「今はどうなんだ。なんなら、今、勝負しようじゃないか」と言いたくなる。

私も来年40歳になるが、今なら、昔、私を追い抜いた連中を追い抜く自信がある。


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中間

都会と田舎の中間地点で、物価が安く、収入が少なくても1ヶ月の生活費が10万円以下で暮らしていける場所がいい。

病院も買い物できるところもきちんとあって、田舎ほど人付き合いがベタベタしてはおらず、都会ほどギスギスしてもいないようなところが理想。

民間の生命保険や医療保険に入ることをわざわざ考えなくても生きていけるような環境がいい。

癌になっても、病院なんかに入院せず、美しい自然の中で野垂れ死にたいと思えるような、居心地のよいところに私は住みたい。

話は変わる。

仕事から帰ってきてから急いでメガネ屋へ。昨晩折れ曲がった鼻当てを直してもらった。「特殊な工具を使わないと折れてしまうこともあります。調整は無料ですので、何かあったらご自分でいじらず、すぐに持ってきてくださいね」とお店の方に言われた。

その気持ちはよくわかるのだが、壊れたのは夜だ。すぐに来いといわれても、店は翌朝の10時ごろまで閉まっている。その前に、私だって仕事に行かねばならない。とりあえず直さないと仕事にいけないではないか。

人にはいろんな事情があるのだから、余計なことは言わないでほしい。

いま本当にレーシックを受けることを考えている。

夜、子どもの頭を風呂場で洗ってやったら、上がるときに、妻に「よく見てよ。まだシャンプーが残っているから洗いなおして」と言われてしまった。「よく見てよ」と言われても、私の目ではよく見えないのだ。

歪みのない裸眼で、子どもたちのかわいい顔をぜひとも見たい。

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『デジカメに1000万画素はいらない』

たしかに、昔の200万画素のデジカメのほうが印刷したときの色彩が自然でキレイだったし、手ブレも少なかった。A4程度に引き伸ばしても、十分見られた。

著者によると、画素数を無理に上げると、色がつぶれるというのが、その原因だという。

さもありなん。



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朝ごパン

私はホームベーカリーで焼いたパンを食べることが多いです。

毎回混ぜるものを工夫しています。

たとえば、黒ゴマ、白ゴマ、胡桃、ひまわりの種、蜂蜜、コーヒー、抹茶、紅茶など。

今度は、黒胡椒をいれて、ハムサンドをつくってみようかと思っています。

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メガネ

稽古中、相手の上段突を外受で受けるとき、自分の体勢をしっかり確立していなかったので、自分のこぶしがメガネに当たり、鼻当てがひしゃげてしまった。その後はずっとメガネをはずして稽古を続けたが、よく見えないのでつらかった。

帰宅後、自分で修理してみたが、不完全なので明日にでも買ったお店に行って調整してもらうつもり。

改めて思ったが、スポーツをするときにメガネは邪魔になる。道院長には、東洋医学で治せるので治す努力をしましょうなどと言われたが、そんなことは無理でしょう。0.02くらいの視力の人がいくら訓練しても、0.05程度に上がる程度であろう。

思い切ってレーシックをしてしまうことも検討している。2度の眼底検査をしてくださったかかりつけの眼科医によると、老眼になるのが早まるだけで、私のような病を持っている人間でも問題なく手術は受けられるそうだ。

ランニング時も、サイクリングのときも、少林寺拳法の稽古のときも、裸眼でできるのはいい。外を走るときに、紫外線を防ぐためにサングラスもかけられる。視野も広がるので、事故の予防にもなる。

最近はイントラレーシックやらエピレーシックやらカスタムなんとかというものもある。安いところだと10万円くらいからある。高くても30万円ほどだ。残りの人生を裸眼で生活できるなら、おそらく後悔しないと思う。

レーシック 後悔してませんか? | 折りたたみ自転車♪ YAMAHON(ヤマホン)で行こう!

レーシックで視力回復手術を体験するブログ -体験談と失敗しないためのポイント-

今日の稽古は、天地拳第2系の相対と、義和拳第1系の単演の練習。

天地拳第2系の単演は知っているが、それを受けるほうの練習は実のところ初めてである。

振突を受けるために、後ろに重心をかけて外受をし、内受と下受の同時受をし、鈎突きを受ける。そのまま、鈎手のように脇を締めながら腰を入れて上段順突き、開き下がって、左の外受け、内受と下受の同時受をし、順蹴りを受ける。順退りで、下受し、元の位置に戻る。

義和拳第1系は、左前中段構えから、上段順突、中段逆突、順退りで下受、順蹴り、全転換(手を開いて払受をしっかりやる)。その位置から、右前になって繰り返す。

上受、外受、上段順突などすべて、鈎手のように脇を絞って腰ごと入るようにする。上受は、重いものを持ち上げる要領で、前の腰骨の部分を意識し、3:7で後ろに重心をもっていく。前の足は引いて、猫足立ち。すぐさま蹴れるようにする。上受をした手を下ろす勢いを借りて、すぐさま蹴り返す。若干腰を返す。腰を動かしすぎるのは不自然だし、蹴り返しが遅れてしまう。蹴りをするとき、足首に力が入っていない状態にする。高く蹴り上げるときは、軸足を曲げ、腰を低くする。不思議なことに、そのほうが足が高く上がる。

そうそう、昼間、妻とイトーヨーカドーに行ってきた。フードコートでランチを一緒に食べて目的のものを買わずに帰ってきた。

本当は、仕事用のズボンとウォーキングシューズ、それとサンダルを買うのが目的だったのだが、ズボンはメタボの人用のばかりで、自分には履けないものしかなかった。ウォーキングシューズは、メレルとロックポートのいずれかで迷ったが、値が張るので、最後の最後にあきらめた。サンダルは、履きやすそうなのはなかった。

帰宅後、壁塗りを再開。一応、完成。

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『幸田文のマッチ箱』



 ばたばたとはじめると、待ったとやられた。「はたきの房を短くしたのは何の為だ、軽いのは何の為だ。第一、おまえの目はどこを見ている、埃はどこにある、はたきのどこが障子のどこへあたるのだ。それにあの音は何だ。学校には音楽の時間があるだろう、いい声で唄うばかりが能じゃない、いやな音を無くすことも大事なのだ。あんなにばたばたやって見ろ、意地の悪い姑さんなら敵討がはじまったよって駆け出すかも知れない。はたきをかけるのに広告はいらない。物事は何でもいつの間にこのしごとができたかというように際立たないのがいい。」ことばは機嫌をとるような優しさと、毬(いが)のような痛さをまぜて、父の口を飛び出して来る。もともと感情の強い子なのである。このくらいあおられれば恐れ・まどいを集めて感情は反抗に燃える。意地悪親爺めと思っている。「ふむ、おこったな、できもしない癖におこるやつを慢心外道という。」外道にならない前にあっさり教えてくれろと、不敵な不平が盛りあがる。私ははたきを握りしめて、一しょう懸命に踏んばっている。「いいか、おれがやって見せるから見ていなさい。」房のさきは的確に障子の桟に触れて、軽快なリズミカルな音を立てた。何十年も前にしたであろう習練は、さすがであった。技法と道理の正しさは、まっ直(すぐ)に心に通じる大道であった。かなわなかった。感情の反撥はくすぶっていたが、従順ならざるを得ない。しかし、私の手に移るとはたきは障子の桟に触れずに、紙にさわった。房のさきを使いたいと思うと力が余って、ぴしりぴしりという鋭敏過ぎる破壊的な音を立てる。わが手ながら勘の悪さにむしゃくしゃするところを父は「お嬢さん痛いよう」とからかい、紙が泣いていると云った(91-92)。

第5章「露伴の躾」の中で、この文章を引いて、村松さんは「その滑稽は、少女を相手に真向上段から正論を振りおろす、露伴の生真面目さと、その太刀筋に右往左往する自分を面白がりつつ、父の凄さをみつめ直している幸田文の文章から生じているにちがいない」(93)と控えめに分析している。

私は、幸田文のこの文章を何度読み返したか思い出せない。「軽快」な「リズム」に、落語のような滑稽感がまじる不思議な文章の手触りに、一発でやられてしまったのだ。この本の中で、ふたたびこの文章に出会い、私は思わず知らず紙に乗ったインクの凸凹を指の腹でなでてしまった。

私の幸田文体験はこれにとどまっていた。だが、この本は幸田文のもっと深い部分を教えてくれる。「結婚と性」と題する第7章に、私は打ちのめされた。幸田文という人は、これほどの筆力のあった作家だったのかと改めて思い知らされた。

 それからだった。ひた闘いにたたかった。物ががらがらと落ちた。何でもへ足で突っ張り、手で突っ張った。歯も爪もぎしぎしして、むちゃくちゃに抵抗した。腕が捻じ上げられて、ふっ、ふっと息がちぎれる痛さだった。あっちもこっちも痛くされた。痛いからもっと夢中で暴れる。暴れて着物はいよいよ引ん剥ける。裸なんぞ何でもありはしない。裸! とおもう一瞬のことである。たとえ裸と裸がどんなに搦みあおうと、もうどうで大したことはないのである。けれども裸の皮膚のも一つ内側には、私のなまというものがある。皮膚は洗えば落ちるが、なまはなまだから浸みてしまう。浸みるなまに比べれば浸みない皮膚の価値なんか何程のこともない、今まだ全く保たれているその私のなまが、金輪際彼はいやだとがんばり通している。ただそれだけなのだ。なまという平生は身体の機関の一つにすぎないものが、この場合私の心に直結しているものだった。二つとは欲ばらない、一つだけのこと、――この男にはいやだという一つだけの心であった。
 夫がコートのまま、立ったまま、「よせよ、おい、よせよ」と云っていた。彼が私を棄てて、すっと立った。半ズボンが膝のびじょうまで裏がえしになって落ちてい、それをずっとたくしあげると悠々と無言で出て行った。狭い入り口に立った夫とすすれに通って(155-56)。

露伴もいいのだが、娘の文も物凄い。

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江戸時代

私が行ってみたいのは江戸時代の江戸ですね。

落語の世界が現実にあったのかどうか知りたいのです。

もし、あれが虚構であることを確認できたとしたら、面白いではないですか。


コネタマ参加中: タイムマシンがあったら、どの時代に行きたい?

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朝ラン6K

前半:17分42秒
後半:15分57秒

疲れが取れないようで、ゆっくりしか走れない。

帰宅後、昼飯を食べるためにコーヒーを入れようとしたら、ドリッパーをひっくりかえして、左手の手のひらを軽く火傷してしまった。

台所はコーヒーで水浸し。粉はいたるところに飛び散って、キッチンマットも引き出しの中も泥(コーヒー)だらけ。雑巾絞りをするときに、負傷した左手が痛んだ。

もう仕事を休もうかと思ったけれど、私の生活は惰性で動いているので、足が勝手に駅に向かってしまった。

妻は昨夜、雷の音でよく眠られなかったらしい。

一方、私は連日疲労困憊状態が続いているので、雷の音などまったく気にもならず熟睡できた。

こんな私でも、数ヶ月に一回くらいは、眠りたいのに眠れないときはある。

そういうときは、眠れないのだから、眠らないに限る。

本を読んだり、ストレッチしたりして、ゆっくりすごすのが一番。

眠れないことがストレスになると疲れるから、眠ることをあきらめる。

どうせ1日くらい寝なくても、死ぬことはない。

その分、翌日たっぷり眠れるはずだ。

私の場合、眠れないのは、夜激しい運動をしたために体内温度が下がらないということが原因であることが多い。

散歩でもして、外の空気に触れて体を冷やすのもよいのかもしれない。

それでもだめなら鎮痛剤を飲む。これは即効性が高い。


コネタマ参加中: 眠りたいのに眠れない! そんな時、どうする?

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『わたしの整理術』


著者の一人である茂木健一郎氏は「『脳』整理法」という文章の中で、「セレンディピティ(serendipity)」という言葉を紹介している。

たとえば、新聞を読んでいたら、興味を引かれる本の広告に目が留まる。その本を探しに書店に行くと、折りたたみ自転車の特集を組んだ雑誌を見つけ、そこで勧められていた自転車を1週間後に買うことになる。このような形で偶然、意味のある情報に接する能力をセレンディピティと言う。

これは、「脳が、『ここまでが自分の領域』と囲い込まれた空間の中だけで機能しているのではなく、無限定でオープンな世界に開かれていて、初めて成立する」(25)ものである。セレンディピティにあふれたプロセスこそ、彼の脳は「整理」とみなしているらしいと茂木氏は書く。

一体何を整理しているのかというと、つまり、自分の脳の中の情報、自分と世界の関わり方、自分の脳の志向する方向を「整理」しているような気がする。そのような「脳」整理にくらべれば、本の整頓とか、書類の整理とか、そういうことはどうでもイイ、どちらかと言えば、副次的なことだ(25-26)。

押入れの整理をしていると、昔の写真が出てくる。それを見ていると、旧友の名前を思い出す。その名前をネットで検索すると、自分の仕事に関係のある職業についている人間だとわかる。そこで連絡を取り合い…。

押入れの整理はいっこうにはかどらないが、こういうふうに自分の脳や自分の暮らす世界は整理されていく。

このセレンディピティは、獲物を狩る肉食動物にとっても重要な才能であろう。きっとあっちのほうに行けば、獲物がいるはず。そういう直感がなければ、生きていけないのが肉食動物である。

人間も、同じ能力が必要である。この人物と密接な関係を保っておけば、なんらかの形で恩恵を受けるはず。この本を読んでおいたほうが、自分の人生に役に立たせることができるだろうとか。

セレンディピティか、いい言葉を知った。この言葉で、私の脳が少し整理されたような気がする。

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威張るな

昨晩は息子とともに車に乗り込み道院に向かったが、道院の駐車場が満車だったので、少し離れた駐車場にクルマを停めて出ようとしたら、余りに激しい雨と雷なので、息子が怖くなって、「別のところに停めようよ」などと言うものだから、車を移動させ他を探したのだが見つからず、結局途中であきらめて帰ってきた。稽古をせずに夜のドライブをしただけだった。

昨日無性にイライラしていた。イライラの原因はゲリラ雷雨の前触れだったのだろうか。

ともあれ、その夜のドライブでなんだかストレスがすっきりと抜けた感じがする。

道院から帰ってくるとき、激しい雨にクルマのボディが打たれ、「痛い、痛い」という悲鳴が聞こえてきそうなほどだった。

土砂降りの雨の中、レインコートも着ないで、突き刺す雨の痛みに耐えながら自転車で帰る人も見かけた。

駅前通りを通ると、駅には傘の代わりにケータイ電話を持っているサラリーマンであふれかえっていた。

こういうときケータイなんかより、傘のほうがまだ役に立つ。でも、傘すら役に立たないようなゲリラ雷雨だ。

運転中、「自然にはかなわないよ」と、心の中でアメリカ人のように両手を広げてあきらめのポーズを取るしかなかった。

人間なんて、自然には到底かなわない。

自然をコントロールできるなんて思っている人間が圧倒的多数になっているが、人間なんて弱いものだ。ざまあ見ろ。

偉そうに、威張るなよ、人間どもめ。

今日6月16日は、私たち夫婦が入籍した日。11年目に突入です。結婚記念日は正確には思い出せないけれど、入籍した日はぜったいに忘れられない。

11という数字は、再生の数字(だと思う)。

さあ、心機一転、ゼロからやり直そう。

さきほど、玄関に出てみたら、敷地の外周にまかれている軽石(踏むとジャリジャリ音がする泥棒よけの石)が押し流されている様子が目に止まった。我が家の近所は水はけが悪いので、水がたまりやすいのである。大雨が降ると、いつもそうなるので、何か対策を採らねば。

植物はなんともなかった。あの豪雨の中、じっと耐えていた。芯がやわらかいので、柔軟性があるだろう。

なんだか、「見習わなければ」という思いに駆られた。

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イライラ

悪いけれど、イライラしています。

誰に謝っているか自分でも分かりませんが、いまここで感情を素直に吐露したい気分です。

日々、自分が満足できるように過ごそうと心がけていても、さまざまな不確定要素によって自分の生活が不当に妨害されます。

私を妨害する人間も同様に、私に妨害されたと思っているのかもしれません。

お互いさまですよね。

このストレスフルなライフにたまった不要なジャンクを、ただちに清掃して、デフラグし、きれいにリセットして、オーガナイズしたいです。

ちなみに、夫婦の仲はいまのところステイブルでハッピーですので、ご心配なく。

問題は、それとは別のことです。

近頃風邪を引いている人が私の周りに増えてきました。私の免疫系は加齢とともに弱くなってきているし、最近は疲労とストレスがたまっているので、風邪をうつされて近々仕事を休まざるを得ないかもしれません。

I feel really tired and can't think clearly.

I need a time-out!

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内田樹氏結婚

just married (内田樹の研究室)

おお、内田先生は結婚されたんですね。まったく、おめでたい。

今後、彼の書くものに大きな変化が出ることは間違いない。

これは面白くなった。

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知恵

テレビを見たら、千葉市市長選挙で民主党が推薦した候補者が当選したというニュースがさかんに報じられていた。

新市長は、31歳。全国で最も若い市長の誕生だそうだ。

これで民主党が推薦した市長が誕生したのは、名古屋市、さいたま市に続いて3回目である。

民主党にはいいニュースだろう。

しかし、ちょっと待ってくれ。

わが川口市では、市長は5期目に入っている。市民の誰もが予想した通り、民主党系議員はあっさりと敗北した。

このことからも分かる通り、必ずしもすべての地方で民主党への期待が高まっているわけではなさそうだ。

千葉県知事の森田健作氏は自民党系の議員だ。彼はそれを隠して当選したが、そんなことを千葉県民はみな知っていた。

ということは、いま問題になっているのは、自民・公明 vs. 民主・社民という党の対立ではなさそうだ。

国民の期待は、「新鮮味」と「知恵」をもつ者に対するものであり、それがたまたま今回は民主党推薦の市長の誕生につながっただけかもしれない。

自民党は選挙対策ということで、方々でバラマキをしている。だが、一方で、増税の議論も隠さない。そこには「新鮮味」や「知恵」があるようにはまったく思えない。ありていに言えば、救いようのない「頭の悪さ」を感じる。

選挙の当落を決めるのは「新鮮味」と「知恵」のバランスである。

7月は都議選、8月末には衆議院選挙が待っている。

代表者を選ぶ国民の側の「知恵」が試されるときは近い。

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朝ラン8K&壁塗り

この記事で1000エントリーを達成。

もし朝のうち雨がふっていなければ、埼玉県の川越の隣にある日高市の名峰(?)日和田山(305.1m)に登り、高麗神社(こまじんじゃ) に参拝し、 醤遊王国(日高市)で醤油ソフトクリームを食べて、武者小路実篤の起こした「新しき村」(毛呂山町)に立ち寄って、帰りに清河寺温泉あたりで日帰り入浴でもして来ようかと話していたのですが、子どもたちが風邪を引いたらしく二人とも咳き込んでいるので、今回は見送りということにしました。

久しぶりに8時過ぎから、ジョギング。すれ違うランナーは、みな60歳くらいのベテランの男性ばかり。近頃女性ランナーとすれ違うことがないと思っていたら、どうやら日焼けを避けて夜走っているようです。ナイトランか。

今朝はスロージョギング(ジョギングのスロトレ版)を意識して、最初の3キロを19分37秒で走りました。いつもは、16分くらいなので、超スローペースです。

8キロで、45分58秒。もどかしくなって、後半は少々スピードを上げました。

その後、図書館とスーパーに行って、午後からは重い腰を上げて壁に漆喰を塗る作業を再開しました。3ヶ月ぶりかな。

問題は、我が家は階段の上のスペースがむやみに高いこと。

明らかに設計ミスだと思います。

棚でも作ったほうが、よいのかも。どうせなら、神棚か?

以前買って置いた2.3メートルの梯子ではちょっと届かない部分があり、今日もそこだけ塗ることができませんでした。

4メートルの梯子を買おうかとまで思ったのですが、それだけのために買うのは癪だし、しまっておく場所もないので、下の写真の右側に写っている窓枠に、危ないけれど、梯子を乗せてしまって、その上に乗って曲芸師のように塗ってみようかと思います。

今日はロイヤル通販で購入した練り漆喰を2袋使いました。3袋残っていますが、最終的に2袋余ることになりそうです。

それを使って、乱雑に塗ったところに重ね塗りしようかな。

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生キャラメル作り

CARTON CAFE : 生キャラメル作り

缶入り練乳を購入し、沸騰したお湯の中で缶ごと2時間ゆでるだけ。

このままだと柔らかすぎるので、耐熱皿に移して電子レンジで水分を適度に飛ばし、冷蔵庫で冷やしてカットすれば、生キャラメルの出来上がりだそうだ。

夏休みの自由研究のネタに困ったら、これをレポートするのもよいかも。

ただ、以前、花畑牧場のものではなく、高速道路のSAで買った別のメーカーのものを食べてみたら、値段のわりに大してうまくもなかった(。というより、有体に言うと、かなりまずかった)ので、試してみる価値はあるのかどうか疑問に思う。

でも、練乳ならそのまま食べてもうまいので、その成分をそのまま使ったキャラメルならうまいのかもしれない。

近頃、生キャラメルという文字が、いたるところで躍るようになった。

今朝も、我が家の食卓には生キャラメルパンが上っている。

冷静に考えたら、ただのキャラメルのパンじゃないかと思うんだけどなあ。

そもそも、キャラメルに「生」なんて存在しないはずだから。

熱を通しているものはすべて「生」ではないという事実をどうして無視するのだろうか。

このことにを疑問を呈した人をいまだかつて私は知らない。

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早朝の坪庭

しその葉は、成長が早い。放っておくと葉が硬くなってしまうので、若いうちに摘み取らないと食べにくくなる。

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キンギョソウは、一回花が終わったのだけれど、種がつかないように咲き終わったものを摘み取ったらまたつぼみがついて咲き出した。地味だけれど可憐な感じが好き。

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オクラはどうも成長が遅い。栄養が足りないのかもしれないので、即効性の液体肥料を与えてみた。

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摘み取った大葉。硬くなってしまったものは汁物に入れたほうがよさそうだ。

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シソの育て方|ヤサシイエンゲイ

プランター菜園(ベランダ菜園・家庭菜園)での紫蘇(青しそ)の栽培方法・育て方。~節約的!家庭菜園~

シソ(大葉)栽培 育て方

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『英語でスラスラ話すための自分事典』

200の質問事項について自問自答していくと自分のことがわかるようになり(=自分事典が作られる)、英語を話すための神経回路が作られていくという。

たいていの英作文の授業で実践されているようなことだと思うが、ネーミングがうまい。

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牛のポーズ

急に「牛のポーズ」という言葉が頭の中に浮かんだ。

迷わずグーグルで検索。

ヨガのポーズのひとつだった。

猫・牛のポーズ - そらりのヨガりライフ - 楽天ブログ(Blog)

この突き出したお尻の曲線が、私好み。

雄牛のポーズというのも別にあるらしい。

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申し訳ない

息子が幼稚園のイベントで、父の日のプレゼント用に似顔絵つきの紙製のバッグを作ってきてくれた。

実は、今日は父が主役の参観日だった。毎度の事ながら、仕事で行けなかった。

私はまだ一度も次男の幼稚園に足を運んだことがない。

ほんとうに申し訳ない。

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情報の永田農法

糸井さんが、今日のダーリンの中で、「情報の永田農法」という表現を使っています。要するに、必要最小限のもので生きるほうが活力が出るということでしょう。

これ、人間と情報の関係に置き換えたくなるんですよね。
 だって、見すぎ、読みすぎ、聴きすぎ、調べすぎだもん。
 消化できる分量を超えた情報を入力して、腹を壊して、
 やっと生煮えの出力をしているのが現代の人でしょう。
 その反対のことを、やってみたらどうかなぁ‥‥って。
 たった一冊の文庫本かなんかを、選んで、
 それだけを1年とか2年とか、何度でも読むわけです。
 最初は、へーっと思って、次にわかった、と思って、
 その次にまた発見があって、さらに次に発見があって、
 やがて飽きて、それしか本がないことを嘆いて、
 それでも同じ本を読み続ける、というようなこと。
 いつか、時期をみて、やってみたいと思うんです。
 でもねぇ、いまだ、とは、いつも思えなくてねぇ‥‥。

私は目下これを実践しています。ミニマムライフの一環で。でも、学生時代には、意識せずにそういうことをしていました。

不要な情報をそぎ落としていくと、最後に残るのは自分だけになります。

これは自己中心的な自分とは、まったく相容れない自分なんですよね。

分かる人にしか分かりませんよ、こんな考えは。

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脚下照顧

ここ数日落ち込んでいたんだけれど、我が家の玄関を見て、ようやく気が晴れた。

恥ずかしながら、家人はいつも靴をそろえて上がらない。

それを直すのはずっと私の役目だった。

ところが、今朝、玄関の様子を見てみると、キレイに靴が整列されてある。

「脚下照顧」という言葉がすぐに頭に浮かんだ。

まず、おのれの足元を見よ。

自分にできることをこつこつとやっていけば、それでよし。

少林寺拳法には、つまづいたときに、じっくりかみ締めるべき教えがある。

ありがたいことである。

周りのことをくよくよと気にすることなく、自分自身を満足させながら、一所懸命にやっていこう。

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気枯れ

「穢れ」とは「気枯れ」のことである。

出産後に家族でお宮参りに行ったり、葬式の後に塩をまくのは、枯れてしまった気の力を再び高めるため。

いま私の気は完全に枯れてしまっている。

神社へ行ったほうがよいのかなあ。

「衣食住」の衣が一等最初に来るのは、身につけるものが大切だからという意味。身につけるものというのはもちろん衣服だけではない。身につける言葉、礼儀作法、躾などもそれに含まれるのだそうだ。

「目からうろこ」である。

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『彩色江戸物売図絵』

江戸の物売りたちの150の姿がすべてカラーで収録してある。きわめて興味深い。

七夕の竹売りとか、朝顔売りとか、キリギリス売りとかよく知られているかもしれないが、ゆで卵売りなどもあったことを初めて知った。

狐の飴売りは、売り子は狐の格好をして、飴が売れると狐踊りを踊って見せたという。

ある時期から、物を売るには店舗を持つのが常識となった。だが、店などなくても物は売れる。物売りというのは貧しい庶民の商いだったのである。

現代では、インターネットの空間の中にそれが復活していると言ってよいのかもしれない。

一方、物貰いにも面白いのがいた。

幽霊などに扮し芝居を見せてお金をもらうのだ。

托鉢の僧侶が猫のお面をかぶっているというのもあったそうだ。

こういうものを見ると、不況だ不況だといって騒ぐのも知恵がないという気がする。

人間は頭を使わないとダメだよなあ。


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『今日からデジカメ写真がうまくなる』

ズームを広角(W)にして被写体に近づいて写すと、遠近感が強調され、形がゆがむ。

ズームを望遠(T)にして、少し離れた位置から撮影すると、形がキレイに写る。

だから、見た目どおり、プロポーションよく、プロのように写したければ、望遠で撮影するのがいい。さらに背景もぼけて、被写体を目立たせることができる。

これはよいアドバイスだ。

被写体がすべて写らなくてもいい。画面からはみ出る部分があってもよいと割り切ることというアドバイスは、実によい。あまり律儀に、すべてを写そうなどと考えるのはよくないのである。いらないものは、省略せよ。

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ピントは、オランダ語のbrundpunktに由来する言葉。brundは「燃える」とか「焦げる」、punktは「点」である。日本語にすれば、焦点である。このpunktがなまってピントとなったそうだ。参考になるねえ。

また、デジカメは、実物の色を忠実に写すのではなく、実物よりキレイに見える色に写すように作られている。記憶色や期待色に近い色に再現するのだそうだ。

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『デジカメ時代の写真術』

なんとなくわかってはいたが、まだ術にはなりきれていない状態だったものが、誰かに言葉にしてもらえると、自分の中で明確になって、技術として確立するということがあるが、著者のアドバイスはそういうタイプのものである。

1)いつも全身を写そうとするな、上半身のみだっていい。

2)自然の中で人物を写す場合、カメラを高く掲げて見下ろすようにとると収まりがいい。

3)あえてシルエットで残すのも乙なものだ。

4)アホ写真を残せ。

5)背景を入れて人物を写すときは、広角にして人物に近寄れ。

6)見せたいもの(主役)を意識し、それ以外の余計なものは省略せよ。

7)絵になる構図を探せ。(いい絵や写真を見て勉強しろ。)

8)街中でスナップ写真を撮る場合は、カメラを構える前に構図を決めよ。風景に溶け込め。

9)アルバムを作るために、鳥瞰したり、虫瞰したりしてメリハリをつけること。

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力が入らない

超能力(supernatural powers / psychic power)の定義(『大辞林』)とはこうである。

(1) 今日の科学では合理的に説明できない超自然な能力。テレパシー・透視・予知・念力などの総称。→ESP。
(2)他人、他の動植物と比べて著しく優れた特異な能力。

私は別に(1)のような能力は欲しいとは思わない。

でも、(2)のような、他人より優れた特異な能力があればいいなあとは思う。

たとえば、他人の心を掌握するカリスマ(=人を引きつける強い個性)がそれである。まるで神のように世界全体を思い通りに動かせたら、気持ちがよいだろうと思う。

現在、私は一時的に目標を失って、ぼんやりしているところ。

気が抜けて、何事にも身が入らない。

しかも体中が筋肉痛で、力が入らない。

自分自身すらコントロールできない情けない状態に陥っている。

超能力がほしいなどと言っている場合ではないのである。

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そうそう、今日、駅でポケットティッシュをいただいた。

おばさんが私に狙いを定めたようにティッシュをもってわざわざ近づいてきたので、サラ金の宣伝かなと思って受け取った。

チラシの部分を見ても、最初は何の宣伝なのかさっぱりわからなかった。

よくわからないのでポケットにしまいこんで、改札口を過ぎたところで、はたと気がついた。

ポケットから取り出して、改めてよく見てみると、「花ビラ大回転」とか「追加料金一切ナシ 6~ラストまで5000Yen」とか書かれている。

これって風俗? 

でも何系の風俗なのだろうか。

もしかして、超能力がなければ、わからないお店?

ちょっと気になる。

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Wipe Glove

汗をふきとる【Wipe Glove】

これいいなあ。

手にとって見たいけれど、小売店では販売いていないとのこと。

これはランニングだけではなく、少林寺の稽古でも使えそう。

でも、使ったら叱られるかな。

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本日の稽古

振子突、上受、内受、下受のいつものメニューが終わった後、ひさしぶりに前受身、後受身、大車輪の練習を行った。ときどきメニューに入れていただかないと忘れてしまいそうになる。大車輪はかつて苦手だったけれど、いまは大好きになった。子どもみたいに無邪気になれるからね。

息子は前受身のときに肩と臀部を打撲してしまった。紫色に変色していて、かわいそうなので、風呂上りにシップを貼ってあげた。私は無傷。

その後は、初段科目を最初から教えていただくというお願いをして、金的蹴膝受波返、逆蹴膝受波返、廻蹴三防受波返を教わった。

三防受は、腰を回しながら脚を持ち上げることを意識してから、両手で受けるようにすると、うまくいく。野球のバットでボールを打つような感覚に近い。すべてが連動するのである。上げた足の足首は力を抜いて伸ばす。軸足は若干曲げて、親指の拇指丘に重心がかかるようにする。不安定になるなら、上げた足の親指が、軸足のふくらはぎに乗るようにする。この状態で蹴りが入っても、脛の筋肉がゆるんでいるので痛くない。

金的蹴膝受波返(対構え)は、攻者は差込足で右足で順蹴。守者は右前一字構えから、それを右脛の筋肉(前脛骨筋)で必ず受けてから、腰を返して、足首を伸ばしたまま蹴り上げる。足を戻していったん鶴立を保ってから連反抗を行う。

逆蹴膝受波返(開き構え)は攻者が金的を狙いながら右逆蹴を仕掛けてくる。それを金的蹴膝受波返と同じように受けるだけ。あとは一緒。

いままで教えていただかなかったことがある。それをあえて質問してみた。拳(こぶし)のどの部分を相手に当てればいいのかということである。

師曰く、活人拳たる少林寺拳法では、殺人拳(空手)のように相手の骨を砕くために大拳頭を使うことはしない。使うのはもっぱら、握り締めたときにできる指の平らな部分。特に小指から中指にかけてのところである。

だからこそ、下から突き上げるような突きをしないと、効果が出ない。

この部分でも、相手の急所にしっかり当ててやれば、相手は目を回すほどの効果がある。

これで2年間抱いていた大きな疑問が氷解した。

今晩も目からうろこが落ちまくりだった。

そうそう、またまた褒められた。本当に姿がきれいになったねえ、と。

自分では自分自身のことはよくわからないけれど、自分の息子を見ていると、それがわかる。気合が入っているときの、息子の姿かたちが格好良くて、美しいんだよね。おそらく自分もそうなっているのだろう。

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借りてきた本

夕方大急ぎで息子と一緒に図書館に行って5冊借りてきた。デジカメの本3冊は予約していた本。上の3冊は、息子が読む本を選んでいる間に、私が見つけたもの。

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今日、本当は仕事用のズボンとウォーキングシューズを買うつもりだったのだが、よいものがなかった。後日、改めて別のショッピングモールへ行くことにした。

仕事にも使えるカジュアルなスラックスを探したのだけれど、みな中年のおじさんのメタボなおなかに合わせてあるので、76センチ以上のものしか置いてなかった。

私のウェストサイズは68-70くらいなので、大きくても72センチのものを買わないと、ブカブカになってしまう。

ウォーキングシューズも靴底がある程度厚くて、クッション性が高くないと、長時間歩くのは疲れる。でも、デザイン性と経済性を重視する余り、靴底が薄く、ウォーキングシューズもどきが多いのが残念である。(それとも、裸足のほうが足底筋膜が鍛えられるのかな。)

ヘタにマーケティングなんかやるから、逆に、そういうろくでもないものしか作れないんじゃないかとつくづく思う。

メーカー側は作り手としての自分たちが買いたいと思えるようなもの作って、自信を持って売ればいいんじゃないのか。

それで売れなければ、消費者が馬鹿なんだよ。

私はそれくらいの気概をもった剛毅な日本のメーカーをほとんど知らない。

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本音と建前

私が大学生たちに向かって言う「建前」は、「勉強することは大切ですよ」である。

でも、心の中で思っているだけで、決して口に出さない「本音」は、身も蓋もないことだが、「君たちなんかいくら勉強してもだめだよ。才能がないんだから」である。

大学生としての資格は、学ぶことに対する強い意欲と知的好奇心があることである。それが「才能」である。

その二つのないのは「学生」ではない。

才能のある人は1000人中1人いるかいないかである。

だから、才能のない学生に対して無駄にエネルギーを注いでいるだけの人生にときどきうんざりする。

教師の仕事というのは、セールスマンが1000軒訪ねて1軒注文が取れるかとれないかという仕事をしているのにきわめてよく似ている。

拭いても拭いても、埃がたまる床の掃除のように、本当に報いのない仕事である。

親身になって教えれば教えるほど、ウザイとか言われる。

まことにバカバカしい仕事である。

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根回し

「根回し」という園芸用語を『大辞林』は次のように定義している。

(1)木を移植する際、一、二年前に、根の周囲を切り詰めて、細根を発達させておくこと。
(2)事を行う前に、関係者に意図・事情などを説明し、ある程度までの了解を得ておくこと。

移植するときに、根の周りを丸く切り詰めておいて、しばらくしてから小さな根っこが出たかどうか確認するために木を根っこごと回すから、根回しというのだそうだ。それが転じて、(2)のような使い方が生まれたわけだ。

いい言葉だなあと思う。

研究社の『新英和中辞典』を見ると、こう書いてある。

1 〈移植用に根のまわりを掘ること〉_根回しをする dig around the root of a tree (before transplanting).
2 〈準備のための工作〉_根回しをする lay the groundwork 《for sth》

lay the groundworkという表現以外にも、previous arrangementとかconsensus-building processとかbehind-the-scenes workとかwheel-greasingというようなものもある。

「根回し」というのは、私には、日本的な民主主義に裏打ちされたひとつの技術であるように思える。古来日本の共同体では村の代表者全員が納得するように議論を重ねて意見を調整し統一していた。そうすれば誰からも不満が出ない。

多数決で物事を決定し、少数意見を無視したり、お金と権力を有するものが、貧者と弱者を牛耳るという西洋流のやり方が現在は日本社会の多くの場面で採用されるようになってきているが、どうも私にはガキっぽいように思える。

「根回し」のできない人は、日本的なリーダーにはふさわしくない。

小泉純一郎元首相は、根回しができなかった人である。あの人を高く評価する人たちが若者の中に多くいるが、彼らは完全に西洋流の考え方に洗脳されてしまっているのだろう。

私は、彼らの弱肉強食を肯定するような考えに対して強烈な違和感を感じており、まったく受け入れることができない。

近頃は、「共生」という言葉を人々が口にするようになってきたけれども、残念ながら、「弱肉強食」の思想が全世界を多い尽くしていることは事実である。さもなければ、「共生」などという言葉すら生まれなかったはずである。

弱肉強食の思想に完全に洗脳された愚劣な学生たちのお世話をして、か弱い命を削るような仕事を捨てて、思い切って八ヶ岳あたりに引っ込んで田舎暮らしをはじめようかなどと、私はこのごろ妻に向かって口にするようになった。

心のそこから満足できるような、人間らしい生き方をしたいからである。

この「根回し」によって、私の環境がどうか分かるかまだまったくわからない。

1、2年後、細根は発達しているだろうか。

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自分自身を見つめ直す

ブログを書くことの最大の楽しみは、自分自身を見つめ直すことができるということ。

自分の日常生活を写真や文章で記録することで、自分というのは、こういう人間なのかということがわかる。

思いつくままに書いた文章を読み返していると、いつも矛盾したことばかり言っていることがよくわかる。

ブレまくりだ。それが人間性ってものだと開き直っている。何か文句でもある?

今日、買ったもの。

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長男が撮った次男の近影。

私の汚い脚が背景に写り込んでいるのが笑える。

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朝ラン10K

気持ちよかった。

どうして気持ちよかったかというと、いつもすれ違う気になるおじさんランナーに「おはようございます」と挨拶ができたからである。

黄色いランパンとTシャツ、白い鉢巻姿の筋肉質の50代後半くらいのおじさんとときどきジョギング中にすれ違う。

ここ数ヶ月で、もう5回くらいお目にかかっている。

最初の3回目くらいに、挨拶しておいたほうがいいかなと思いはじめたのだが、なかなかできなかった。

今日は先方から手を上げてくれたので、思わず「おはようございます」という言葉が口を突いて出た。

たまっていたストレスがぜんぶ放出された気分になった。

あと、3名ほど、挨拶したい方がいる。ふたりとも女性なので、私から挨拶しないと、挨拶する間柄には絶対にならないと思う。

今度お目にかかったら、勇気を出して挨拶しよう。

前半は28分02秒。
後半は25分03秒。

ともにLSDを意識してゆっくり目に走ったのだが、それでも帰りは5キロ25分だった。

がんばれば23分くらいまで縮められたかもしれない。

今日も走りながら、いろんなことを考えた。

人は走っている間は、誰しも哲学者になれるのかもしれない。

何を考えていたかは、不思議なことに今まったく思い出せない。

それでもストレスが解放できたのだから、よしとしよう。

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『ランニングの科学』

『ランニングの科学』は、かなりマニアックな本である。理科系の人間が、自分や知り合いを実験台にしてさまざまな分析をしている。数字や数式が数多く出てくるのでさっぱりわからないところがあるが、それらを読み飛ばしてもなんら問題はなさそうだ。

参考になったことは多々あるが、そのひとつは、長腓骨筋に関してである。

私は限界を超えて長く走っていると、たまに右の脛の外側の筋肉が痛くなることがある。シンスプリントになったこともある。筋肉が板のようになって、固まって動かなくなってしまうのである。

その筋肉をいままで前脛骨筋だと思っていたが、この本の著者によると、長腓骨筋のほうなのだそうだ。この痛みを軽減するためには、拇指丘だけで蹴るのではなく、足を若干内側に向けて、小指丘までふくめた全体で蹴ればいいのだという。

おなかが痛くなるのはガスのせいらしい。上下運動を繰り返していると、腹部の左右にガスが偏ってくる。だから、我慢できる程度のスピードでゆっくりと走りながら、そのガスを全体に散らせばいい。そもそも、イモ類などガスのたまりやすいものは走る前には食べるべきではないということだ。

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ケータイを持ったサル

ケータイを3月いっぱいで解約したので、私はもう2ヶ月ケータイなしの生活をしています。

予想通り、何の不自由もありません。

外出しているときにインターネットをしたいとも思わないし、電話をする機会も用事もべつにありません。

電車の中などで、意味もなく携帯電話を握り締めて、画面になにやら打ち込んでいる人を見ると、その人と、以前何かのCMで見た「ケータイを持ったサル」のイメージと重なってしまうほどです。

おのずと笑いがこみ上げてきます。

そんな自分たちを笑っている人がいるなんて、ケータイ中毒の人には思いもよらないのでしょう。

これが私の「外でインターネット!」の楽しみ方です。

コネタマ参加中: 外でインターネット!いつ使う?どう楽しむ?

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真に受ける人

このごろ、他人の話を真に受けやすく、何かあると他人のせいにして責任を回避するような、非常識な人が急激に増えた気がする。

他人の話を真に受ける人のことを、ふつうは馬鹿とか阿呆とか呼ぶ。私なら最大級の侮蔑をこめて白痴(idiot)と呼ぶかもしれない。

そういう人の最大の特徴は、自分の頭を通して考えることができないことにある。

落語で、与太郎が知ったかぶりのご隠居の話を真に受け、方々でその話をして恥をかくというのがある。中には頭のよい与太郎もいて、きちんとウソだとわかっていて、他の人を担ぐためにわざと吹聴するというのもいる。

いずれにせよ、落語では、他人の話を真に受けてはいけないという、重要な教訓をわれわれに与えてくれていることは確かである。

なぜ他人の話を真に受けてはいけないか。

それは、他人の話を裏を取らずに真に受けてしまうと、そこで、その話の真偽のチェック機能が実行されず、ウソやウワサやデタラメという有害な情報が世間に撒き散らされてしまうからである。これはウソが常識化してしまう可能性をいたずらに高めてしまう。

最近では、マスメディアの人間の中にもそういう頭の悪い人間がいるようである。

この種の人間は、聞いた話の真偽を自分で判断することなく、垂れ流すことに躊躇することがない。そもそも自分が言ったことではないから、自分はその発言に責任はないと考えているのである。この無責任な人間には、完全に倫理観が欠如している。

こういう連中は、なんでもいつでも他人のせいにしたがる。自分の頭を通して考えることがないから、平気で他人のせいにすることができるのだろう。

近頃では、私の印象だと、このような傾向が、大学生の95%くらいにまで拡大しているように思える。たいへん憂慮&危惧すべき事態だと思う。

コミュニケーションの大部分は、実は言語そのものを通して行われていない。その言葉が発話されたときのトーンや顔の表情やその他さまざまな文脈があってこそ、メッセージが正確に伝わるのである。だから、実際に発話されたり、書かれたりした言葉を字義通り受け取ることは大変危険なことなのだ。

その言葉が言わんとしているのは、実はまったく逆のメッセージであることが多い。

「もうわかったよ」という言葉は、「本当にあなたの意図や考えがわかった」という意味ではなく、ふつうは「もうその話はやめてくれ」という言う意味である。

最近の若い人は、「もうわかったよ」というのを、本当にあなたの考えを理解したと受け取っているらしいのである。

この状態がさらに進行すると、たいへん困った事態が起こる可能性があるように思える。

「おまえなんか、もう死んだほうがいいよ」と私が誰かに向かって言ったとしたら、その人は、その言葉を真に受けて(私の意に反して)本当に死んでしまうかもしれない。

言うことを聞かない子どもに向かって、「お前にはもう何も買ってやらないからね」と言ったとしたら、その子どもは、もう飢えで死にそうになっても、何も買ってもらえなくなるというふうに受け取って、絶望の余り自殺してしまう可能性もある。

そのように言葉を文字通り受け取る人が増えたとしたら、もう言葉をこれまでのやり方では使うことができなくなってしまうだろう。

メッセージは、言葉の背後にあるものであるという前提があるから、言葉は自在に使えるのであって、もし、言葉はその言葉のデノテーション以上のことは指し示さないということになったとしたら、人類はこの上なく不幸になってしまうだろう。

昨今耳にすることが多くなった若者たちのコミュニケーション能力の低下という現象と、責任回避と、ネットの掲示板やブログなどで他人を口汚くののしるような品のなさと、何でも人のせいにする他責的傾向は、根底で連動しているのだというのが私の実感である。

兎にも角にもバカが増えた。養老先生のお嘆きが身にしみてわかる今日このごろである。

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鯉と鮎の違い

鯉と鮎の違いなら簡単に説明できるけれど、恋と愛の違いを説明するのはひどくむずかしい。

「恋」と「愛」という漢字があるから、違いがあるように感じられるのであって、その二つは本来、不可分なものなのかもしれない。

これは、40年ほど生きてきた末に、私が感じている実感である。

ただ、人類愛という言葉はあっても、人類恋というものがないし、動物愛という言葉はあっても、動物恋という言葉がないことからもわかるように、愛の対象が恋の対象より幅広いように感じられる。愛は、肉体的な交渉への渇望を直接的に言及することもなく、ひたすら抽象的なイメージがある。

「傾城(けいせい)の恋はまことの恋ならで、金もって来いがほんの恋なり」というのは落語の艶ばなしに必ずといって出てくる言葉である。

一見、この言葉からは、恋というのは、肉体的な結びつきを求める感情のように思えるかもしれない。しかし、実際には、江戸の遊郭は、擬似夫婦関係を構築するゲームを楽しむ場だったわけで、必ずしもお金を支払って性的渇望を充足させるだけの場所ではなかった。ゆえに、恋という言葉が、必ずしも肉欲を指すものとして使われていたわけではないことはご理解いただけるであろう。

日本語の文脈で、恋と愛という言葉の違いを説明すると、ただただ混乱するばかりであるが、英語では、いずれもloveの一言で事を済ませる。

肉体的に相手を求める感情も、精神的に相手を求める感情も、いっしょに交じり合ってloveになっている。

ということは、最初に書いたように、「『恋』と『愛』という漢字があるから、違いがあるように感じられるのであって、その二つは本来、不可分なものなのかもしれない」というのが、実は正解だったりするかもしれない。

で、鯉と鮎の違いだが、そんなものを比べること自体がちゃんちゃらおかしい。もしかしたら、恋と愛を比べること自体、そういうものと変わらないのかもしれない。

蛇足になるが、言葉があるから、現象があるように感じられるのであり、その言葉がなかったら、その現象も存在していないと考えるのが現代の常識である。その言葉が存在するからこそ、その現象があるように感じられるだけで、実は、そんな現象なんてそもそも存在していないということもありうることに、気がついていない人がけっこう多い。

「地球温暖化」や「グローバリズム」なども、ひょっとしたら、そういうものの仲間なのかもしれない。


コネタマ参加中: 「恋」と「愛」の違いって?

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お小遣い

asahi.com(朝日新聞社):サラリーマンのお小遣い、月4万5600円 民間調査 - ビジネス・経済

「2009年の男性サラリーマンの1カ月当たり平均小遣いは前年から700円減り、4万5600円。ピークだった90年の7万6千円と比べ40%減となった」そうだ。

それに昼食代(500円×20日)が含まれているのならば、残りは35,600円。

飲みに行くのは週1回に押さえ、一回1500円程度に収めれば、6千円。

残金はおよそ3万円。

それくらいあれば、趣味のものも買えるし、書籍代や衣類代もまかなえる。

ひと月に1回程度なら、日帰り温泉やキャンプくらいのレジャーにだって行けるかもしれない。

そう考えたら、リーズナブルなお小遣いだろう。

逆に、バブル期に7万円以上も自由に使えたということのほうが、異常なことだったと思う。

世の中の多くのサラリーマンが、身の丈にあった生活をするようになってきたのは、歓迎すべきことである。

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朝ラン6K

往路は16分38秒。
復路は14分10秒。

いままでまったく気がつかなかったが、私のジョギングコースは若干の勾配があるのかもしれない。さもなければ、たった3キロで2分も差がつくことはあるまい。

妻は、女性のお友達と越谷イオンレイクタウンへ遊びに行ってしまった。いいなあ。

私はこれから仕事。

明日は休日なので、やっと休める。ショッピングモールで妻とデートしよう。

ジョギング用の靴下と、ウォーキング用のシューズと、仕事用のズボンを購入したい。

それから、予約した本を受け取りに図書館にも行きたいし、壁に漆喰を塗る作業もある。

部屋の掃除もしばらくしていないので、それもある。

散髪にも行かなきゃ。

まるで買い物と掃除と雑用をこなすために生きているのかと錯覚するほどだ。

いや、これは錯覚ではなく、現実なのかもしれない。

今週の日曜日は久しぶりに何も予定が入っていないので、天気がよければ家族で高尾山あたりにハイキング(山登り?)にでも行きたいと思っている。

今日もがんばっていこう。

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互いに高め合うということ

ほぼ日刊イトイ新聞の「今日のダーリン」に糸井さんは、こう書いている。

 「自分が犠牲になるだけじゃなく、
  自分も相手も気持ちよくプレーできるようにする。
  そういう〈人も自分も生かせるサッカー〉を
  目指しているのだと思う」(『日刊スポーツ』より)
 ‥‥なんだか、いいなぁと思っちゃってるんですけどね。
 「個」を中心に編まれるドラマというのは、
 とてもおもしろいんですよね。
 共感性が高くなるというか、視点が安定するしね。
 でも、「集団」のドラマというのは、
 「個」が味わうには複雑すぎるんですよねー。
 「集団」を「わたし」と、とらえるような目って、
 なかなか持つのが難しいんですけれどね。
 いま、興味があるし、ぼくがもっと知りたいと思うのは、
 「集団」を主語にした物語なんですよね。

 中村俊輔のような、いわゆるスター選手が、
 「集団の力」を軸にした考え方を語っているのは、
 なんか、とても「いまの時代」を感じました。
 他の仕事を考えるときでも、同じなんじゃないかなぁ。

時代は、少林寺拳法の思想を受け入れ始めているのかも。

でもね、若い子らの多くは相変わらず、「すべてはお金、お金、お金なのだ」とか「こんなもの、世の中に出たら、役に立たないよ」とか「数字がすべてだ」とかと平気で言う。

大阪商人やアメリカの証券マンのような、自己中心的かつ功利主義的な発想を無批判に受け入れてしまっている。

その思想こそが、弱者たる自分たち自身を苦しめるものだということは、すでに歴史が明らかにしたにもかかわらず、周回遅れで、いまのワカいもんは、彼らの後を追いかけている。

残念だが、お前らはすでに死んでいるんだよ。死んでいることにさえ気づかないのは、すでに死んでいるからなのだよ。

おお、これは「粗忽長屋」か?

Letter from Yochomachi: 「”KY”と”上からの目線”を意識する若者に世の中へのおびえを見てしまう」(清水義範)

今の若者はものすごく古代ニッポン人精神風土への「先祖帰り」をしているのである。恐ろしいくらいだ。それがいいことだとするのが「ポリティカリーコレク ト」なのかも知れないが、マッカーサーが「日本人の精神年齢は12歳」と言い放ったように、あまり国際的にはカッコイイものじゃない。

NHKをはじめとするマスコミを動員して「みんな一緒に仲良く楽しく地球にやさしい」とかの文化で国民を洗脳することで、自分たちへの利益誘導を狙う一部の既得権集団が組織的に演出した陰謀なのだろうと思う。洗脳されてしまった若者たちが不憫でならない。

糸井さんとは正反対のことをいう団塊の世代もいる。どっちが正しいのか私は神様ではないのでよくわからないけれど、私はたいていの陰謀説は、その陰謀説を唱えることによって自分に利益をもたらそうとするまやかしだと考えているので、そういう説には不用意に信じないようにしている。

清水義範説に共感する散人さんは、今の若い者は陰謀に乗せられ、「みんな一緒に仲良く」に洗脳されてしまっているのは格好悪い。欧米流に他人を出し抜くことが格好いい生き方だと唱える。糸井さんの見方とは逆に、散人さんは個人プレーを賞賛するタイプなのかも。

私は、上で書いたように、必ずしも今の若い者がみな「みんな一緒に仲良く」なんて言っていないと思うし、それが主流の考え方にはまだなりえていないと実感を持って感じている。散人さんや清水さんのほうこそ、ある意味、メディアの影響を過剰に受けてしまっているのかもしれない。

(いまの学生は、上の世代の人間が考えているより、はるかにがめつく、醜く、自己中心的ですよ。学生と直接ふれあい、学生の英作文を読んでいるとそれがよくわかります。)

いずれにせよ、日本的な「先祖帰り」がポリティカリーコレクトと一致していたとしてもそれはそれでいいじゃないかと思う。

団塊の世代が生きてきた、戦後の復興の中の平和的状況では、この陰謀説は当たっていたのかもしれないし、欧米流にやっていくことが最善のサバイバル術だったのかもしれない。しかし、現在のように、資源が先細りしていく危機的状況においては、国家レベルでも、民族レベルでも、個人レベルでもたがいに協力し合って生かざるをえない。それのどこが格好悪いの私にはわからない。

欧米流のやり方こそが、グローバルスタンダードであるとするのは、ビジネスの世界だけであり、少なくとも、その考えは、個人レベルの話とはきっぱり分けて、ダブルスタンダードでやっていったほうがよさそうだ。

まとめると、目指す方向は、「生き馬の目を抜く」ことでもないし、「みんな一緒に仲良く」でもない。

いうまでもなく、大切なのは、競争をしながら、「互いに高めあうこと」である。

おそらく、糸井さんもそういうふうに考えているのであろう。

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本日の稽古(Back to Basics)

新入門の方がいらっしゃったので、本日の稽古は基本からおさらい。

何年練習しても、基礎というのはなかなか身につかないものだと改めて思った。

まず、基本の振り子突きだが、鈎手守法のときの同じ位置にひじを置いて(脇を締めながら)、腰を回転させながら、重心を移動して、狙いを定めて突きを下から上に入れる。突きが当たったと思われる瞬間に、すっと力を抜く。その体勢のまま、蹴り上げられるように。この蹴り上げをして、鶴立をして足を置く練習をたっぷり行った。

その後は天地拳第1系の相対。私は、守者側の内受と下受を同時にするときに、内受が甘くなっている欠点を指摘された。攻者の鈎突を受ける払受の際に、ひじを軽く曲げながら、途中で止めずに勢いよく上げる。そのとき、間合いを考えて横に出ると、相手の帯の結び目に蹴りを入れやすくなる。それを自分で考えながら調整するのが難しい。

さらに、攻者の場合、鈎突は、腕だけで突こうとせず腰を回しながら入れる。そうすると、拳が重たくなる。

小手抜の際の、鈎手の練習もたっぷり行った。これは、ひじをきちんと、わき腹につけて、ひじが体の外に出ないようにすることが大切。

息子は今日は欠席。どうも本人は少林寺拳法をあまり長くは続けたくないらしい。さびしいな。

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合わせる

少林寺拳法を通じて学ぶことは数多あるけれど、最近私が学んだことは、相手に合わせることのむずかしさである。

多くの人は他人に合わせることを好かないし、中には自分の個性を殺すものとしてよくないものだと考えている人もいる。

しかし、よく考えてみたら、われわれの社会の中では、他人に合わせていかないと生きていけない。他人の言うとおりに生きるのでもなく、自分の主張も通しながら、円滑に社会を回していく。自然を相手にするサバイバル術も実はまったくおなじものである。

少林寺を通じて、われわれはその技術を学んでいるのだと思う。

他人に合わせるのはよくないと考える人の多くは、他人に合わせるのが難しいから、その難しさに向き合うことを拒否するために、他人に合わせると自らの個性を殺すことになるという屁理屈を考え出したのかもしれない。

そういう予断や先入観には、警戒しなければならないということも、私は少林寺を通じて学んでいる。

今朝は、雨降り。自転車通勤はできない。昨日の大会のために枯渇しかかっている体力を使い切ることもないので、また今夜も稽古に行けそうだ。

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県大会

緊張せず、リラックスして、親子演武を楽しめました。もちろん予選通過などすることはありえないので、私たちの出番は午前中で終わり。

マラソンを走った後のような高揚感を感じることができたせいか、また来年も出られたら親子で出たい気持ちになりました。

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お昼ごはんはロビーのベンチにおいて、自分たちは床に座って食べました。

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朝出発する前に、羽化したアゲハを野に放ちました。

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柳生博、生和寛、『柳生博の庭園作法』

『森と暮らす、森に学ぶ』の最新版のような感じの本である。

柳生さんの言葉を、生和寛さんが編集したような本になっているので、まとまりがいい。

掲載されている写真には、息子さんの柳生真吾さんの撮られたものも使われているようだ。

この本にもめまいがするほど素晴らしい知見が含まれている。ぜひとも引用しておきたい。

アンモナイトや恐竜が絶滅する。それは自然の摂理だ。いまの絶滅は百パーセント人間の活動による。それをどうとめるか。生き物にどこまで思いをはせることができるか。現代ではそれがいちばんの知性であり教養だが、いちにもににも絶滅を止めなくてはならない。人間が戦争するのはよい。人間同士が憎しみ合って殺し合う。これはしかたがない。人のひとりやふたり殺したっていいんだ。生き物の種が滅びるのに比べたらどうってことない。すべての生きものは進化の頂点にたっている。その生きものが人間の活動で絶滅するなんて馬鹿な話があってたまるか。そういう激しい思想を持っていなければ生きものの絶滅をとめることはできない(35)。

たしかに、こんなことは軟弱なテレビではぜったいに言えない。

日本野鳥の会の会長に就任したときのこと。記者が質問した。『意見が対立したらどうしますか?』。答える。『徹底的に話し合います』。あったりまえの応答だ。記者もそう感じただろう。『それでもなお対立したらどうしますか』。ここからが独自である。間髪を入れず『奥さんと話します』と答える。記者もこんどはホウと思ったに違いない。重ねて質問した。『それでも対立したら?』。さあ、次の答えの予想がつきますか? 柳生翁はいった。『その人の子どもと話します』。日本野鳥の会という生きものに関わる団体での会見であることを考えると、これ以上の応答があるとは思えない(36)。

もう、人生の師匠と勝手に呼ばせていただくことにした。

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『八ヶ岳倶楽部 森と暮らす、森に学ぶ』

柳生博、『八ヶ岳倶楽部 森と暮らす、森に学ぶ』。

1994年の出版だから、15年前の本になる。当時、八ヶ岳に住み続けて18年目だったというから、今はもう33年目になっている。

柳生さんは39歳の駆け出しの俳優で、年収は350万円。子どもは4年生と幼稚園生の二人。いまの私と境遇が似ている。八ヶ岳に荒れた土地を買い、自分たちで庭(雑木林)を造り、家を建て、パブリックスペースとしてのギャラリー&レストランを併設する。その体験から彼はさまざまなものを学び、また作り出していく。

俳優さんの書いた一種の伝記本だからと思って、私はあまり期待していなかった。

彼は自らを造園家と呼ぶ。しかし、彼の作り出すものは、庭、雑木林、里山だけにとどまらない。彼はひとつのコミュニティーを作りあげていくのである。そのすばらしい生き方に圧倒されてしまった。

今年の夏は、清里に立ち寄りながら、八ヶ岳倶楽部を最終目的地として行くことにした。思い入れたっぷりに書く八ヶ岳というところがどんなところなのか、ぜひこの目で確認してみたい。

 教育、というと、どうしても今の世の中、ある種、義務のような響きを持ってしまうけれど、そうじゃなくて、本当は学んだり、勉強したり、教えたりということって、すごく楽しいことだと思います。現に、この清里を開拓したポール・ラッシュが、僕らの先輩たちを教育してくれたおかげで、今の素晴らしい清里があるのですから。

 僕らの先人たち、またそういう教養を持った人たちから、何かを学ぶ、時には、植物や動物たちから学ぶ。そうやって学んでいく楽しさに、実際に行動するという労働が伴う、というのが、ポール・ラッシュさんから学んだことであり、僕のコンセプトにもなっているのです(50-51)。

 僕は、いろいろなことを、いろいろな物の立場で考えられることこそ、「教養」だと思います。それは、人であり、動物や植物であり、海や川であり、土であり、そういう物の身になって考えられるように勉強しなくちゃいけないな、と思うのです(124)。

寄せ植えって何が素敵かっていうと、生き物全部が共生しているというか、競争してるんだな。それで、そこにひとつの生態系みたいなのが出来てくるじゃない。で、淘汰されていったり、はびこるものが出てきたり。でも、じゃあ、ずっとはびこってるかというと、そうじゃなくて次の年にはまた変わるしな(157)。

私の大学時代の1年先輩の女性は、八ヶ岳の魅力に取りつかれて、夫婦で移住してしまった。私にも、もしかしたら、そんなことが起こるかもしれない。

な~んてね。

八ヶ岳倶楽部公式ホームページ

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高橋尚子:「スラムの子にチャンスを」

高橋尚子:「スラムの子にチャンスを」 アフリカの子供に靴をプレゼント ケニア訪問 - 毎日jp(毎日新聞)

ほんと、Qちゃんは、いい活動をされていますよねえ。

彼女の話には必ずと言ってよいほど、「恩返し」という言葉が混じります。

頭が下がります。

彼女の動機はいつも子どもみたいに純真です。その上で、状況を柔軟に受け入れ、現実にめげない強さがあるというところが、彼女の最大の魅力です。

スラムの子どもたちのことを考えたら、スポーツをさせていただいていること、勉強させていただいていること、おいしいものを食べて、健康に暮らし、人生を楽しまさせていただいていることを、素直に感謝したくなりました。

今朝は朝から、雨降りですが、気分がよいです。

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『デジカメ散策のすすめ』

Rimg0016 柳生真吾さんは、「写真とはそれが作品になるのではなく、絵柄の向こうに撮った自分が見えてきたり、僕たちの生活や環境などをあらためて考えさせてくれる何かが伝わったりすることが大切なのだ」(49)と書いています。

まったくおっしゃる通りだと思います

肉眼ではなく、デジカメを通して見るからこそ見えてくるものがある。

そういうことでしょう。

真吾さんがリコーのGX200やニコンD200で撮られた素敵な写真も豊富に掲載されていて、たいへん楽しい本です。

実は、私がリコーのCX-1を購入したのは、実は真吾さんの影響もあります。ファインダーを覗かないといけない一眼レフだと、地面すれすれのところは撮影できませんが、コンパクトカメラなら、地面から小さな花を見上げることも可能です。

今度そういう写真を撮影してみたくなりました。


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朝ラン6K

前半16分42秒
後半13分56秒。

後半、3キロ14分切りを初めて達成した。最後の1.5キロくらいは、1キロ4分ちょっとで走れたようだ。

しかし、さしがに、きつかった。それに、今日はゲルカヤノを履いたので、足が重かった。

帰宅後、愛車へのガソリンの給油。価格が値上がりしている。1Lあたり117円だった。

その足で、図書館で予約本を受け取り、ホームセンターで日用品を購入。ついでに青じそも買ってきた。日当たりの悪い東側の通路で育てようと思う。写真は後ほど。

で、昼飯を食べ終わったので、午後からは仕事。

もう一日終わったような気分だ。

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夫の嫌なところランキング

主婦、結婚、不満 …[夫の“イヤなところ”ランキング]- ミセス All About

妻の夫に対する不満をまとめてみると、こんな感じ。どれもこれも、夫に限らず、人間としてダメなところ。私もこういう人間は大嫌い。

周りの人間に対する配慮がない。

家族より、仕事や自分を優先する。

自分勝手に行動する。

何事も他人のせいにする。

片付けないし、やりっぱなし。

自己管理能力がない。

ひとの話を聞かない。

家事育児に非協力的。

専業主婦を馬鹿にする。

酒癖が悪い。

ギャンブル好き。

女好き。

自分だけがつねに正しいと思っている。

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カメラケース

リコーGR DIGITALケース - suono -

Gr007_a2 CX-1のケースとして代用できるかも。

いかんせん値が張る。

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I got a flat tire again.

Dahon

またパンク。世話が焼けるぜ。

仕事から帰ろうとしたら、後輪がペッチャンコ。

汗をたらしながら30分かけて修理。

後輪をはずしたせいで、リアブレーキと、フロントのアウターギアの調子が悪くなってしまった。

インナーギアのままにして、ごまかしながら帰ってきた。

自宅で本を見ながらシフトワイヤーのテンションを調節してみたら、あら不思議。ギアが勝手に変速する状態が修正され、ほぼパーフェクトな状態に戻った。ブレーキの調整は簡単、簡単。

以前、自転車屋に持ち込んで、調整してもらったときよりも具合がいい。

こういうのを「怪我の功名」と言ってよいのだろうか。

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ランニングキャップ

走るときには、ランニングキャップをかぶります。

以前は無帽が常態だったのですが、このごろはかぶりなれしてきたので、カジュアルなかっこうにも似合うようなアシックスのキャップを先日購入してきました。

近いうちにハットとハンチングも買いたいと思っています。ハンチングって芸術家みたいに見えていいんですよねえ。

コネタマ参加中: あなたは帽子をかぶる派? かぶらない派?

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棒茄子

バカボンのパパは、ナスに棒を突き刺して、「ボーナスとはこれのことか」と言っていた。

さすがに天才である。

bonusとは"money added to someone's wages, especially as a reward for good work"というものであるから、要するにご褒美。

どんな仕事だって、きちんとこなして当たり前。できなかったら、叱られるだけ。できて当たり前ということに対してはそもそも特別なご褒美はいただけないのである。

そもそもなぜボーナスなんて出す企業があるのかまったく解せない。

夏のボーナスやら、冬のボーナスやら、マジ、うざいんだよね。

非正規雇用の人が多くなってきているのだから、ボーナスなんてもらえない人のほうが最近は多いと思う。

近いうちに、ボーナスという言葉は死語になるはず。

無邪気にナスに棒を突き刺しているバカボンのパパが、天才ではなく、ただの無知としか思えなくなってくる時代は近いと思う。

いつも思うけれど、「社会人」という言葉の無思慮で差別的な使い方と同様に、ボーナスで何を買うという質問の仕方が差別的でイヤらしい。

ボーナスなんて、もらえなくて当たり前の時代なのに。

もうこんな質問やめてくれませんか。

コネタマ参加中: 夏のボーナス、何を買う? どう使う?

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本日の稽古(最終調整)

私が攻者になって前進するとき、左足をただ前に送るような動作をしていた。正しくは、いったん内側に寄せるようにして斜め左に足を差し出すようにする。あくまでも上体は垂直にしたまま、顔はあげておく。忘れてならないのは、後ろの手は脇を締めておくこと。私はいままでそれをしていなかった。

中段突きをする場合、相手が子どもだと帯の位置が低いので、帯の結び目を狙うためには、低い体勢をつくる必要がある。しかし、腰をかがめるとみっともないので、前に足を差し出す距離を長めにして、腰を低くしておいて、そこから腰の回転で、こぶしをを下から上へ突き上げるようにする。

押小手や袖抜のときに、私が軽く誘うように腕を出す。つかまれそうになったら、大きく腕を後ろに引くようにする。そして、徐々に前に差し出す。それを待って、守者である息子が私の腕(袖)をつかむ。このタメがメリハリをつけるために大事なのである。

そして攻防を速く展開することができれば、演武はきれいに見える。

押小手をかける際に、私は体を大きく左に移動させながら、相手を回転させるようにする。倒したら、閂をかけるのだが、その際に、私が取るべき体勢が重要。

左に体の重心を持っていき、相手の体からできるだけ離れたところで腰をかがめ、相手の腕を伸ばす。自分の右手の親指が相手の手首にかかるようにする。技が極まったら、できるだけその体勢を維持して、相手の腕を持ち上げ、腹を自分のほうに向かせる。そこで、蹴りを帯の結び目に当てて、足を引き戻す。手を握ったまま、一拍おいて、手刀を相手の腕に当てて押し込み、転がりやすいようにしてやる。

今晩は、たいへん学ぶものが多かった。

前回の市民大会で自分たちの弱点を認識できたため、それをつぶすという意識が持てたことがよかったのだと思う。

木金土と、毎日十回ずつ練習すれば、なんとか赤っ恥をかくようなこともなく、リラックスして演武を披露出来ると思う。

採点は気にせず、自分たちの満足が行くように演じて、思う存分、大会を楽しんでこようと思う。

本日の内田樹氏は、昔の人はよく稽古事をしたという話を書いている。

私はその理由が少しわかりかけた気がする。
それは「本務」ですぐれたパフォーマンスを上げるためには、「本務でないところで、失敗を重ね、叱責され、自分の未熟を骨身にしみるまで味わう経験」を積むことがきわめて有用だということが知られていたからである。

本業では感じることがないようなストレスフルな状態をわざわざ自腹を切って経験するなんてたいへん不思議なことであるが、しかし、私も市民大会に出てみて、そういうことがいかに重要か、やっとわかった気がする。

そして、まことに玄妙なことであるが、私たちが「失敗する」という場合、それは事業に失敗する場合も、研究に失敗する場合も、結婚生活に失敗する場合も、「失敗するパターン」には同一性がある、ということである。

(略)

だからこそ、私たちは「自分の失敗のパターン」について、できるかぎり情報を持っておくべきなのである。

そして、そのパターンを学ぶためには、「きわめて失敗する確率の高い企て」を実行するのだが、どれほど派手な失敗をしても「実質的なペナルティがない」という条件が必要なのである。

(略)

素人がお稽古することの目的は、驚かれるかもしれないが、その技芸そのものに上達することではない。
私たち「素人」がお稽古ごとにおいて目指している「できるだけ多彩で多様な失敗を経験することを通じて、おのれの未熟と不能さの構造について学ぶ」ことである。

それは玄人と目指すところが違う。

まったくおっしゃる通りでございます。

あ、いつものフレーズだ。わたしはいつも人の意見に賛同を示してばかりいる。もちろん、賛同できない意見は、時間がもったいないので、基本的に無視しているだけなのだが。

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運動会

Sports01

運動会で一番盛り上がるのが徒競走。

わが子の勇姿を撮影するのは難しかった。連写モードで撮ることはできたんだけれど、フレームの端のほうにいたり、背中しか写っていなかったり、あるいは顔がゆがんでいたり。

ここに掲載できるようなものは残念ながら撮れなかった。

でも、試し撮りのつもりで他の子どもを写したものには、けっこういいものがあった。

二番目に盛り上がるのは、騎馬戦かもしれない。

Sports02

Ageha03

息子が、学校から虫かごをもって帰ってきた。今日、アゲハが羽化したんだそうだ。

虫に詳しい彼に教えてもらったことだけれど、小さい幼虫のときは、鳥の糞に見せかけているので、白と黒と茶色が混じったような汚らしい色なんだそうだ。

次に脱皮すると、緑色になって葉っぱと同じ色に擬態する。

でも、最終的には、こんなにきれいな色になるんだね。

今日は妻の誕生日。

わざわざ自分の誕生日を祝ってもらっても別段うれしいような年齢ではないからと言って、今日は次男の誕生日なんだよと妻が息子たちにウソを教えているのが微笑ましい。

今晩の夕食は、誕生日パーティーになるはずだけれど、運動会で疲れたので、買ってきた弁当ですますそうだ。

それじゃ味気ないので、ケーキも食べる予定。

我々からはプレゼントは何もしないけれど、まあいいでしょう。

そのうちまた、ってところで。

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「社会人」

A will to change~東大院生のランニング日記:【大会】手賀沼エコマラソン---2日で締切

あらあら、ランニングブームですねえ。

このブロガーさんは、マラソン大会で、後ろからぐいぐい追い抜いていって、他のランナーにぶつかっても、あやまりもしないマナーの悪いランナーがいることを残念に感じていると述べております。

私は幸運にも、そんながめついランナーにいまだかつてお会いしたことはありません。だいたい、私のペースなんてかなり遅いほうなので、そういうガツガツしたレース展開をする人とは同じセクションにはなりっこないのです。

「社会人」として、どんな場所でも、マナーを守るということは大切なことですね。

それはそうと、「社会人」という言葉を、近頃、誤解して使っている人があまりに多いようです。最大の原因は、メディアによる「悪影響」でしょう。

世間では、社会人というのは、学校を卒業して会社に就職した人のことを指すように思われています。特に正規雇用で働いている人のことを指すようなイメージも定着しています。要するに、彼らが言っている「社会人」とは「勤め人」のことですね。

しかし、本来の「社会人」とは、社会の中で暮らす人のことです。

もっと正確に言うと、社会人というのは社会の秩序を維持する責任を引き受けた人間のことです。

その意味では、子どもも老人も八百屋のおじさんも専業主婦も農家の人も学生もみんな「社会人」です。

会社という組織の中だけで働いている人を社会人というのであれば、子どもや学生や老人や非正規雇用者や自営業者は社会の秩序を乱しても許される「非社会人」ということになります。

定義上、そんなことはありえませんよね。

教師は社会を知らないとか平気で言う、おバカな世間知らずも世の中には大勢います。教師だって、会社は知らないけれど、社会は知っているんですよ。そういうことさえ知らない、つまり社会を知らない「社会人」がいますよ。

英語で教育を表すeducationという単語は「外へ導く」というのが本来の意味です。ですから、教師は、外の世界を知っていなければ、教育などできないのです。教師が教師である限り、定義上、教師も社会を知っていることになっているのです。

繰り返します。

「社会人」というのは、会社に雇われた労働者のことだけを指しているのではありません。

社会の一員としての自覚を持っている人、もしくは、その自覚を持たざるを得ない人すべてを指しています。

だから、実際には、人間である以上、すべての人間は社会人なのです。例外はいません。ヤクザも犯罪者も例外ではありません。

話を戻しますが、マラソン大会に参加するときであっても、どんなランナーも社会人としてのマナーを守ることは義務なのです。

自分の記録を更新する目標を優先して、他のランナーの足を引っ掛けたり、ぶつかって倒したり、危険なことをすることは許されていないです。

そんな当たり前のことがわからない人が世の中にはいます。

他人を押しのけて、自分だけがよい思いをしようと考える人が多すぎるようです。

そういう人に出会うと、本当に残念な気分になりますよね。

自分がそうならないように、「社会人」として、できるだけ気をつけたいと思います。

それにしても、「社会人」とは差別的でイヤな言葉です。

自らを「社会人」とみなし、一方で、勤めていない人たちを「非社会人」とするのですから。

私はなるべく使いたくない言葉ですね。

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捕鯨

驚いた。

鯨が絶滅しそうだなんて、歪曲された事実が書かれていたので。

あたりまえだが、鯨は1種類しかないわけではない。

マッコウクジラは人間が保護をしすぎた結果、現在過剰に増えすぎている。

そのせいで、シロナガスクジラが絶滅しそうになっているのである。

これは一部の人間が感情的になって、根拠のない同情心から「かわいそうだ」と言い張って、鯨という天然資源を利用しなくなったために起きている現象である。

マッコウクジラが増えることで、エサとなるプランクトンやエビが減る。シロナガスクジラのエサもなくなってしまうのである。さらにプランクトンやエビが減れば、当然、他の魚も減る。とどのつまりは、人間の食料さえも減ってしまうのである。

(マッコウクジラがよく海岸に打ち上げられたり、どこかの湾に入り込んだりすることがニュースになるが、鯨が増えすぎて、エサが足りなくなっているせいかもしれない。)

人間は知性を持って世界の資源を管理をしていく必要がある。これが西洋風の考え方の基本だったはず。

なのに、西洋では、その考え方を非知性的に放棄し、こと捕鯨の問題に関しては、「放置せよ。何もするな」という自分たちの非健康的な考え方を捕鯨国に強引に押し付けようとしている。

明らかに行き過ぎである。

これは地球温暖化の問題にも根っこで通じている。

人間が私利私欲のために地球を放縦に開発し、森を切り倒し、地面を乾かしすぎた。それが地球の危機の根本的な原因だろう。その反省から、今度は管理さえもしないで、放置せよというのである。

とにかく、何もかも度を越しているのである。適度に利用し、管理し、維持していくというのが、人間の知恵。

今、人間たちはその知恵を失ってしまったようにさえ思える。

もうひとつは、外来種の問題。

自分の国に、外国の動物や植物や昆虫が入ってきて帰化すると大騒ぎする。だが、人間の場合、外国人がたくさん流入し、帰化することは容認されている。

これは矛盾してはいないだろうか。

外来種を駆除し、帰化させないようにするのは、差別であり、理性がないと思う。

生態系を破壊するとはいうけれど、生態系など、人類が誕生する以前の大昔から、次々と破壊されては、作り変えられてきた。

どうして、生態系のこととなると、みな近視眼的で、差別的になってしまうのだろうか。

私には一向に解せない。

ブラックバスを捕獲して食べずに殺してしまうという映像がNHKのニュースでよく流される。

そういう行為は外国人を大量殺戮するのと同じことではないのか。

私はこの現象を「ブラックバス・ホロコースト」と名づけたいくらいである。

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お疲れさま

アルコールの飲めない体質(口汚い人に劣等な遺伝子だと罵られる下戸)の私にも飲めるビールで一日の疲れを癒しております。今日は精神的にも体力的にもたいへん疲れました。

It's been a tiring day.

Alcohol_free_2

下に置いてある『和暦で暮らそう』という本で知ったことですが、相撲取りが四股を踏むのは、醜(しこ)を踏みつけて、穢れを払うことを表現しているのだそうです。

相撲取りが裸なのは、もちろん穢れのない体をあらわしているから。

「醜」(しこ)という読みは、「醜女(しこめ)」以外に見たことがなかったのですが、こんなところにも隠れていたんですねえ。

明日は延期されていた子どもの運動会があります。ちょうど休みなので、私は写真&ビデオ係でございます。

本日のほぼ日刊イトイ新聞の中で、糸井さんはこう書いています。

   アメリカ中心の考え方や、

 それを追いかけるばかりの日本のやり方というのが、
 あちこちで、「もうだめじゃないか?」と言われてます。
 だけど、じゃ、どのへんに「この先」についての
 ヒントがあるんだろう、ということについては、
 語られることは、あんまり多くないですよね。
 いろんな人が、いろいろの視点から、
 手分けしてね、「この先」の生き方を
 探しはじめられたらいいね、と思うんです。

私も特に『和暦で暮らそう』を読んで以降、そんなふうに考えることが多くなりました。

この先の生き方のヒントは、もちろん西洋(北欧も含む)を模倣するようなものでもなく、中国やインドなどの大陸文化(仏教・道教・陰陽道を含む)に色濃く染まった現代日本の文化を無批判に受け入れるのでもなく、もしかしたら大陸文化や西洋文化に汚染される以前の原始的な日本列島の「風流な」文化にあるのかもしれないなって。

昨年、宮本常一氏の著作にどっぷり浸かったから、そういう考え方に親しみを感じるようになってきたのかもしれません。

 

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朝ラン6K

朝食を食べずに、朝ランをやってみた。

最初は空腹感を感じていたけれど、1キロ程度走ったところで収まってくれた。

帰宅後はあまり食べる気がしないほどだった。

前半は16分36秒。
後半14分47秒。

いつものことだが、前半はウォーミングアップのような感じになっている。自分ではふつうに走っているつもりだが、前半と後半ではだいぶ差が出る。

コースには大きな傾斜はないので、そのせいではないだろう。

後半の3キロも、がんばれば13分台にはもっていけそうだ。今度試してみよう。

でも、朝から張り切ると午後眠くなって仕事にならないので、今朝はこのくらいでやめておいた。

滑り止めつきのランニング用のソックスの親指のところに大きな穴が開いてしまった。夏用のソックスはあと1組しかない。今度、いいのを買いに行こうっと。

9時ごろ、コンビニに行ってアマゾンマーケットプレイスの注文の本を発送した。店員のおばさんは私を学生だと勘違いしたようで、学生を扱うような口調で応対した。よれよれのTシャツにジーンズで、髪の毛もボサボサというラフな格好だったので、だいぶ若く見えたのかもしれない。悪い気はしないけれど、コンビニの店員さんはもう少し丁寧な言葉遣いで応対してもらいたいと思った。まあ、おばさんから見たら、私は息子みたいなものなのかもしれない。でも40歳に片足を突っ込んでいる2人の子持ち中年男なのだから、やっぱり違和感がある。

そういえば、昨日、同僚の先生に、「後ろから見ると、けっこう肩幅があって、逆三角形の理想的な体型ですね」なんて褒められた。昨日は、肩の周辺の筋肉が凝り固まっていたので、よけいにそう見えたのかもしれない。

でも、シャワーの後、鏡に自分の上半身を映して、しげしげと見てみたら、以前よりも大胸筋も三角巾も上腕二頭筋も上腕三頭筋も盛り上がって見えた。

これから、昼ごはんを食べて、仕事に行く予定。

今日は天気がよいので、かさばる胴衣とジーンズを洗って干せた。

これは昨日買ったムック。

Running

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昨晩の稽古

昨晩の稽古で、私たち親子の技かわ技への転換方法に誤りがあることがわかった。

まず、技と技の間は3秒程度あけること。

下受蹴のとき、私が前に左足を踏み込む。それと同時に、息子が、順退りで、下受をしてから、両腕を張って、八相構えになる。この手順を忘れていた。

私の袖抜が雑であった。脇を閉めておきながら、自分の顔のガードするように、ひじを立てて、まっすぐに下げるようにして抜かないと減点になるという。

さらに、蹴りは、基本的に、相手の正中線に自分の足の位置が即していれば、帯のあたりに当てる。正中線から外れていれば、廻蹴になる。

蹴りを当てるときは、スナップをきかせること。

息子の突きは、体を前傾しすぎていた。上体と顔は起こし、腰を落として、相手の懐に入り込んで、突きを当てるようにしないといけない。

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叩くな!

世の中では、北朝鮮と千葉県知事の森田健作を叩くのが流行しているのだろうか。

森田健作氏の自称剣道二段問題と完全無所属問題という詐称はあまりに低レベルなので、ノーコメント。

そんなことより大事なのは、北朝鮮問題である。

彼らを一方的に悪者にするのは、かなり視野が狭いと思う。

考えてみてごらんなさいよ。

みんなから仲間はずれにされ、バカにされ、誰にも頼ることができなくなった弱い男が、自分の身は自分で守るといって自分のお小遣いをためて、高価なナイフを購入し、それを携行して強がっているからといって、誰が彼を批判できるだろうか。

そのヒロイズムを褒めることはできても、批判なんて誰にもできないだろう。

彼をそういう状況に追い込んだのは、周りの人間たちなのだから。

彼にナイフの携行を思いとどまらせ、愚かなヒロイズムを捨て去ることを決意させ、現実を受け入れさせるには、周りの人間が彼を信頼し、自分たちの仲間の一員として認めてやるという選択肢以外にはないだろう。

実は、北朝鮮なんかより悪質な連中がいる。それをみんな忘れてはいないだろうか。無論、国際社会の中で大威張りのお偉方である。

あえて名指しをすると、中国、アメリカ、ロシア、フランス、イギリスである。

アメリカの傘の下で、威張っているコバンザメの日本もその一味である。

そんなわれわれに、北朝鮮を批判し、彼らを「ヤクザ」呼ばわりする資格なんてあるのだろうか。

もういちどよく考えてみてほしい。

自分たちのやっていることのほうがもっと悪質ではないのか。

ミサイルを打ち込まれても仕方がないようなことをやっているのは我々のほうではないのか。

自省がなければ、打開策は生まれない。何でも相手のほうが悪いと考えるのは、子どもと一緒である。

北朝鮮相手に「なめられてはならない」などと虚勢を張る連中は、自分たちだってヤクザ者であることを認めなければならない。

今の日本は北朝鮮と同じような、低レベルの知性しか持たないということを私はまだ信じたくない。

まだもう少しまともな外交センスがあると思いつづけていたい。

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仕事

これから出勤。

痛いのは三角筋、大胸筋、上腕三頭筋。

上腕二頭筋のほうはいわゆる力瘤ができるところ。

一方、上腕三頭筋はその裏側の筋肉。女性がたるみを気にする「二の腕」である。

これらは「筋トレ」といったら、すぐに思い浮かぶ上半身の筋肉かもしれない。

私は、上半身を鍛えることに熱心ではない。

でも、少林寺の場合、突きや受けなどでそれらを常に酷使する。

上受、下受、払受は上腕三頭筋が大活躍する。

二の腕は、たるんでなんかいられないのである。

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