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2009年10月の95件の記事

忙しかったなあ。

妻と次男と私と三人で自転車に乗って幼稚園のバザーを見に行った。

めぼしいものはなにもなかったので、子どもは駄菓子、私は焼きそばとフランクフルトを買って帰ってきた。帰り際に、私の同僚の先生一家と遭遇。先生は私に気づかなかったようだ。

いったん帰宅してから、昼ごはんを食べ、その後業務スーパーへ行って、強力粉1キロ198円を6袋購入。

午後は、小学校のコンサートを聴きに行った。息子が絶対見に来てほしいと嘆願していた理由がよくわかった。相当に練習したようで、楽器の演奏も歌唱もすばらしかった。子どもたちの成長ぶりとがんばりに司会の先生も感激していた。

夕方、長男のスィミングスクールに付き添い。待っている間、買い物を済ました。

Testu

鉄分不足が心配なのでヘム鉄のサプリメントを、肌がぼろぼろなので化粧水を購入。

写真には撮っていないが、櫛(くし)も10年くらい使い続けて歯がぼろぼろになってしまったので新調した。今度は赤だ。

それから、靴屋で革靴用の中敷(オドイーター)を、ユニクロでセールのフリースを購入。

100円ショップでは、植木鉢、アルカリ電池、付箋紙を購入。

ゆうちょ銀行に1万円(自転車通勤で浮いたお金に2000円を足したもの)を貯金し、通帳記入も済ませてきた。利息に13円がついていた。いつ私は利息で暮らせるような人間になれるのか?

夕食は外食。私は長崎ちゃんぽんで、家族はマクドナルドで。

帰宅すると、四街道ガス灯ロードレース大会の参加通知書が届いていた。私は10キロ、妻と長男は親子マラソン2キロを走る。私は50分切り、二人は12分切りを目標にしている。

ようやく闘争心に火がついてきたぞ!

Yotsukaidomarathon

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貧血

今朝の体重は55.8キロ。夏休みには58-59キロあったので、だいぶ脂肪が落ちてきた。

おなかの皮に張りがなくぶよぶよになっている。

体重が減ったのは喜ばしいのだが、栄養やビタミンやミネラルが不足しているため、立ちくらみするときがある。

明らかにスタミナが落ちている。昨日だって20キロをやっと走れたくらい。

貧血対策に、レバーを食べよう。

案の定、昨日洗ったジョギングシューズが二足とも乾かないので、昼間走るのは無理。

左のふくらはぎも筋肉痛だから、正直言って、走りたくもないけれど。

いつも土曜日は仕事だが、今日は大学祭で休み。

午前中は次男の幼稚園のバザー、午後は長男の小学校の発表会を見に行く予定。

朝から気温が19度くらいある。暖かいので、活発に体を動かしたくなるほど。

なので、たまっていた家の仕事を一気に片付けることにした。

掃除(風呂・トイレ・玄関)に、衣類の整理(衣替え)、植物の世話。

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ギャロウェイ式

ランニング&健康・ウォーク「BEST RUN!」のメールマガジン480号にこんな表が掲載されていた。

 適正レースペース    ギャロウェイ式   80%RUN

 4分00秒/Km    →   5分15秒/Km    5分00秒/Km
 4分30秒/Km    →   5分45秒/Km    5分37秒5/Km
 5分00秒/Km    →   6分15秒/Km    6分15秒/Km
 5分30秒/Km    →   6分45秒/km    6分52秒5/Km
 6分00秒/Km    →   7分15秒/Km    7分30秒/Km

ギャロウェイ式だと、レースペースに1分15秒を足したペースで練習するのがいいという。

私が目指すのは5分30秒/Km以上なので、ふだんの練習は6分45秒/kmになる。

10キロ走るとすると、1時間7分くらいでちょうどいいようだ。

いつもは55分で練習しているので、逆に言うと、レースペースは4分15秒/Kmになる。

いまの私にはありえないなあ。

万が一1キロを4分15秒で走れたら10キロだと42分、ハーフだと1時間29分になる。

やはりありえない。

ランニング&健康・ウォーク「BEST RUN!」

http://archive.mag2.com/0000024176/index.html

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円楽さん死去

三遊亭円楽さんが亡くなった。76歳だった。

円楽さんといえば、師匠は円生だ。

円生師匠のお弟子さんの1人に、円丈さんがいる。楽太郎さんが円楽を襲名するのなら、円丈さんが円生を襲名するのかもしれない。

今日は、ポッドキャストで配信された円丈さんの名古屋弁『金明竹』を聴いて、笑いながら走った。

円丈さんの名前の由来は落語の神様である円朝(えんちょう)と師匠の円生(えんしょう)に濁点をつけたものだという。

円丈さんは新作落語で有名であるが、彼の演じる古典もきわめてすぐれている。ときおり円生が乗り移ったように演じるところが泣かせる。

話は変わる。

自動車保険を、4年間契約し続けた三井ダイレクトからSBI損保に替えることにした。

自転車などでの事故も補償してくれるという特約があったからである。

ついでに弁護士費用保障の特約などもつけて、2万円以内で収まった。

車両保険はいつものようにつけていない。

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深夜は寝ています。

深夜は寝ています。

子持ちの中年男なので夜は10時までに寝ています。

だから、深夜におなかがすくことはありえません。

先日、独身の先輩(45歳)と話しをしていたら、毎日午前3時に就寝しているとのこと。

まるで大学生みたいな生活です。

もし、深夜に何か食べたくなったとしたら、私なら何かカロリーの低いものを飲んで空腹感をまぎらすと思います。

たとえば、りんご酢のお湯割りとか。

ブログネタ: 深夜に食べたくなるものは何?参加数

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朝ラン20K

水曜日に買ったゴールドウィンのコンプレッションタイツC3Fitを履いて走った。

最初の10キロくらいは調子がよかった。

折り返し地点でカロリー補給のためにアイスクリームを食べようとして自販機に500円玉を入れてボタンを押したら、うんともすんともいわない。しばらくすると、500円玉が返却口に落ちてきた。つり銭を確認すると10円多い。ラッキー? 要するに、自販機に小銭が不足していてお釣りが出せないから、商品が買えないというわけである。がっかり。

あきらめて、持参したペットボトルのハイポトニック飲料のアサヒのH2Oを一口やって、来た道を折り返した。

15キロ地点で、急に空腹感に襲われた。やはりカロリー不足だ。

残り3キロの地点で、砂糖を使っているコーヒー飲料を自販機で買って、一気に飲み干した。すこし楽になったが、足取りは重い。

昨日は夕方10キロ走ったばかりだし、夕食もカロリーの低い食事だった。気温も20度もあって、暖かく、汗を大量にかいて水分に飢えていたのだろう。

今日は20キロ以上走れるかと思ったが、結局、20キロで帰ってきた。

20キロ以上走るのは週に1回程度に抑えておくべきかもしれない。体力の消耗が激しい。

帰宅後、大量に水分を取り、食べ過ぎるくらい食べた。そのせいか、少し気持ちが悪い。

肝心なC3fitのインプレッションだが、悪くはない。さらりとしていて暑苦しくもならないし、むき出しの脚のまま走るよりは、安心感はある。ひざ周りのサポート力はないかもしれないが、疲れは何もないよりは感じにくいと思う。

前半10キロ 1時間1分17秒
後半10キロ 55分49秒

月間累積距離は256キロになった。がんばったなあ。

今日は天気がいいから、洗濯を2回やって、ジョギングシューズも2足とも洗った。

乾かなかったら、明日はランニングを休む口実ができる。

そうそう、ランニング用の薄い靴下に穴が開いてしまった。もったいないので、かがって使いつづけようか。それとも、新調しようかな。貧乏くさいけれど、1足で1200円もしたんだよなあ。

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ランニングの魅力

おしゃれ、節約、健康、エコ、達成感、交流。

ランニングの魅力ってこんなところにあるんじゃないだろうか。

ランニング業界はうまく時代の波に乗っていると思う。

自転車業界も同じである。

(この話は深く展開しませんよ。)

話は変わるが、宗教は英語ではreligionというのはご存知だろう。これは人と人とを結びつける(to bond / to bind)というのが語源である。

武道は、その意味で、宗教に近い。私が所属していた団体も、非常に抹香くさい組織だった。それを前面に出すのがウリなので仕方がないと思うが、私にはそれが耐えがたかった。

メンバーはモラルを含めものの考え方を徹底して教え込まれる。指導者が極端だと、右翼思想を洗脳することにもなりかねない危うさがある。

もともと武道というのは人を殺す危険な技術である。それを防ぐためにモラル教育という強力なブレーキが必要になるのは当然である。

しかし、そのモラル教育が過剰に行われると、個人のトライアル・アンド・エラーが阻害される。

われわれは人生を楽しむために生きている。

苦労や失敗をするのも人生の楽しみの一部であり、それによって人間は精神的な成長を果たせるのである。

それを最初から阻害するような教育は、明らかにやりすぎである。

人生はかく生きるべきであるという考えはまさに正論であり、誰にも文句が言えない。

しかし、誰にも批判ができないような主張は、かえって危険な場合もある。人生の楽しみを奪うこともあるし、多様な価値観を共有することを拒否し、単一的な価値観で人々を拘束することにもなりかねない。右翼思想が危険なのは、そういう意味である。

絆を固くする(to bond)のはいいが、拘束力(to bind)が強すぎると、居心地が悪くなる。私はその居心地の悪さを痛感し、休会することにしたのである。

私は日常生活を送っているふだんの自己から解放されるアナザー・ソサエティーを求めているのだが、私が休会した団体は、私の個人的な問題や仕事のことなどを深く詮索してくる人たちが多く、アナザー・ソサエティーにはなりえなかった。自分はどういう仕事をしていて、どういう考えをもって、どういう経済的生活をしているのかというようなことまで調査されているように感じてしまっては、居心地が悪くなるのは当然である。

正直なところ、心底疲れててしまった。ストレス解消と健康増進と達成感を求めて参加した団体に、ストレスを与えられ、不健康になってしまったようなものだ。

一方、ランニングはひとりで楽しめる世界である。わずらわしい人間関係によるストレスは感じることなく、達成感を得ることができるとともにストレス解消ができ、健康増進もできる。

レースに参加すれば、団体競技のように共闘するという意識ではなく、共感をもつことができる。戦いはひとりひとりのものであり、誰かの足をひっぱったりすることもない。ただ、一緒に戦っている仲間に対して共感し、それによって走り続ける気力をもらえるのである。

この個人主義的な戦いと共感を私は美しいと思う。

団体競技(特に球技)の体育会系のベタベタした人間関係が、私の文化にはまったく合わない。私にはドライでさっぱりしたものがいい。

武道では胴衣は、冬でも夏でも同じものを着ている。夏は暑苦しく、冬は寒すぎる。だから、風邪を引いてしまう。

健康維持のためにやっていることで、体を壊してしまうなんて本末転倒だし。愚の骨頂である。

ランニングの魅力は、最初に書いたように「おしゃれ、節約、健康、エコ、達成感、交流」というところにあると思う。

何より、重要なのは、ランニング仲間は、ふだんの自己から解放してくれるのである。

職業や年収で人間を判断するようなことはなく、重要な要素は、その人が走ることをいかに愛しているかだけである。

ランナーが仲間のランナーの情報として参照するのはこれのみである。なんてシンプルで潔いのだろうと思う。



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文系です。

何でも数字で判断する人を理系とするなら、数字にこだわらない私は文系に入るだろう。

世の中、何でも金、金、金。

金さえあれば幸せなのか。ホリエモンなら金さえあれば幸せだと言い切るだろうが、仮に火星にでもロケットで送られてそこで暮らすことになったら、いくらお金があっても幸せだとは思えないだろう。

国家の裕福度の指標であるGNPは、人が事故にあっても医療費やクルマの修理代などがかかっても、あるいはその結果死んでしまって葬式が行われても、経済活動があったということになり、その数値が押し上げられてしまう。実際、不幸なことばかり起きていても、経済活動があったのであるから、世間一般にはGNPの高い幸福な国であるということにされるのである。

世界の人口の多くは一日2ドルで暮らしていると言われている。先進国側の人間は、彼らは貧困で苦しんでいる、その貧困を撲滅しなければならないと言う。しかし、物価の違いは考慮されていない。彼らは経済活動がなくても、すべて自前で調達できる環境に住んでいるのかもしれないし、テレビもラジオも必要がないと思っているかもしれない。もしあなたが途上国で暮らしているとする。そこへ先進国側の人間が急にやってきて、お前たちは貧乏だから不幸だ、俺たちが貧困を撲滅してやると言われたら、どう思うだろうか。

現場に行って、実際に暮らして見なければ、本当のことは何もわからない。自分たちの価値観だけで物事を安易に判断してはいけないと思う。

もしかしたら、先進国に住んで、毎日アルバイト漬けで、余暇はテレビ、食事はコンビニ弁当か、ファーストフードばかりという人のほうがはるかに不幸かもしれない。

数字だけでなんでも判断できたり、解決できると思っている社会こそ貧しいと思う。

理系的な発想も重要だけれど、文系的な発想も大切にしていきたい。

ブログネタ: あなたは文系? 理系?参加数

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音楽とやる気になる話

基本的には、ラジオの場合、仕事の邪魔にならないような音楽を中心にかけてほしいです。

そればかりでも飽きてしまうので、音楽のつなぎに楽しい話が聞きたいですね。

できれば、生きる気力を与えてくれるような話がいいです。

でも、不出来な自分たちをお互いに慰めあうような話題は最低です。

それから、テレビのニュースみたいに、世の中もう真っ暗だというような年寄りの繰り言だけはやめてほしいです。

自分の体を使って体験し、自分の頭で考えていたら、あんな知的レベルの低い発言は出てこないはずです。


ブログネタ: ラジオで聞きたいのは、音楽?スポーツ中継?ニュース?楽しい話?参加数

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夕ラン10K

自転車通勤。

帰りに、ママチャリに乗った中学生たちと一緒になってしまい、抜きつ抜かれつ、オヤジはがんばってしまった。

カラダがあたたまっているうちにと思って、帰宅後すぐ10Kランへ。

前半はゆっくり入って30分20秒。

後半は少しずつペースを上げて25分38秒。

月間累積距離は236キロ。

後半、エネルギーを出し切ることはできるだろうかと思って走ってみたが、自制心が働き、だいぶ余力を残してしまった。

10キロ程度では、もう足が動かないというような状態に持ち込むのは、なかなかできるものではない。でも、フラットな道を本気で走れば、50分くらいでフィニッシュできるかもしれない。

3週間後、四街道ガス灯ロードレースで10キロを走る。この前、コースの一部を下見してみた。コースの最初と最後に、急な坂が来るので、そこでかなり疲労するだろう。障害者と一緒に走るのに、どうしてそんなにきついコース設定にしたのだろうかと疑問に思う。今の私には50分で走破するのはありえないだろう。

今日も某教授と自転車&ランニングの情報交換をした。教授は怪我が癒えたばかり。ようやくランニングを再開できたと喜んでおられた。半年前に、脚を疲労骨折をされたときに、松葉杖を突きながらCW-Xを買いに行き、それを履いてみて歩いたら、普通に歩けて驚かれたそうだ。それだけ安定感が高いのだろう。C3fitじゃなくて、CW-Xスタビライクスを買ったほうがよかったかなあ。

ともあれ、明日から6連休!!!

やったああああああああ!

死ぬほどうれしい。でも死にたくはない。

余談になるが、長男がDSで遊ぶのをなかなかやめないので、「もうやめなさい」と命令したら、まだタイマーがなっていないからやめないと仏頂面で反論された。いつもキッチンタイマーで1時間と設定し、それを目安にゲームをしている。急には終わらせられないようで、いつもだらだらと10分以上時間を引き延ばす癖がついている。

今日は、彼の生意気な口調と態度が気に入らなかったので、「タイマーがなっていないからまだやり続けるというのなら、タイマーがなったらやりつづける理由がないだろう。すぐやめろよ。じゃないと、論理的におかしいんだから!」と言ってやった。やつはグーの音も出なかった。ざまあみろ。

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これって、効くのかな?

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スーツ

家の中では、ジーンズにTシャツなのに、仕事に行くときはスーツ。そういうのって無駄じゃない?

それでなくても部屋のクローゼットは衣料品であふれかえっているというのに。

仕事着と普段着を一致させると、家計の大幅な節約にもなると思う

100年位前までは、ヨーロッパはジャケットにパンツというのが普段着であった。

しかも事務系の職員はそれで仕事にも行っていた。

歴史を振り返れば、今はクールビズやウォームビズなどが流行る昨今は、衣装の過渡期に当たるのだろう。

いずれスーツは日本では滅びるのだろう。

日本の夏は蒸し暑く、冬は寒すぎる。

台風に襲われれば川に落ちたかのようにびしょぬれになってしまう。

スーツはこの日本の風土には明らかに合っていない。

ネクタイだって、なぜ着用しないといけないのか理由がわからないし、革靴は、ランニングシューズやウォーキングシューズを履きなれた足には、つらくてたまらないものだ。

ブログネタ: これって無駄じゃない!?と思うものは何?参加数

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「激走モンブラン!」

NHKの『ワンダー×ワンダー』という番組で、トレイルランニングのレースを取り上げる。放送は、今度の土曜日午後8時から。

この大会で日本の鏑木毅選手は3位に入った。

番組のホームページに見所が書かれている。その一つを引用しておく。

フランス、イタリア、スイスの3国にまたがるコースを一周する「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」。2000メートル以上の峠や山を越えること7回、 全長166キロ、累計標高差9400mというコースを不眠不休で走り抜けます。スタートして最初の夜、ヘッドライトの明かりを頼りにようやくたどり着いた 霧の峠でハプニングが…。

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休会

恋人に愛想を尽かし、いまから別れを切り出そうという場面を想定してみる。

その場合、あなたならどう切り出すか。

私なら自分が別れたいと思った本当の原因は一切口にせず、軽い嘘をつくだろう。

たとえば、仕事が忙しくてあなたといっしょにすごす時間が取れなくなってしまった。あなたにもうこれ以上さびしい思いをさせたくない。これ以上つらい思いをさせたくない。だから、関係を清算し、あなたには新たな出会いを見つけて欲しいとでも言うかもしれない。

本当は、性格や価値観や趣味が根本的に違いすぎたとか、洗濯物のたたみ方が気にいらなかったり、デートの場所に遅れてきたときの口実が納得いかなかったり、ドライブ中、道に迷ったときの対応の仕方が許せなかったり、些細なことの積み重ねがあるはずだ。

しかし、そんなことをこれから別れる相手にいちいち言っても仕方がない。

「いままで楽しかったね」なんていいながら、いやな事はきれいさっぱり忘れてしまいたいのである。

相手に思いが残っているときは、相手を批判することもある。だが、これから別の人生を歩んでいこうと考えている相手には批判しても、自分の利益になることは何もない。

そんなふうにドライに生きていかないと、自分も相手もつらくなるだけである。

ということで、本日、道院に電話で休会の連絡を入れた。

いままで疎かにしていた、いやそこから逃避していた本業に専念したい。

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ランニングウェア&C3fit購入

C3fit
水曜日は仕事のない日なので、今日は私ひとり(妻はパート!)越谷イオンレイクタウンにわざわざ電車で行って、スポーツオーソリティとヴィクトリアを見てきた。両端にあるのはどういうわけだ(歩きつかれて腰が痛くなったぞ!)。

今日の買い物の最大の目的はランニング用のタイツを買うこと。

タイツを買う前に、ウィンドブレーカーとランパンを決めてしまった。今回はともにアシックス。このランパンは、タイツの上に履くことを考えて選んだ。ちょっとスカートを履いているようにも見えるが、最近、女子に流行のスタイルを取り入れてみた。

しばらくCW-XかC3fitのいずれかで迷ったが、スポーツオーソリティでは試着用のCW-Xがおいてなかったので購入をあきらめ、ヴィクトリアでC3fitのロングタイツを購入することにした。

購入を決める前に、SとMを履き比べてみた。ウェストであわせればSだが、脚の太さで合わせたらMになる。もしかしたら、CW-Xでも、Mを選んだほうがよいのかもしれない。ヴィクトリアのクレジットカードを作ることにしたので、10%引きになった。

11月3日までスポーツオーソリティでは会員は15%引き。3日に妻はマラソン大会用のウェアを買いに行くといっていたので、そのときは私もついていき、今日買わなかったランシャツを買うつもり。

トレイルラン用のザックはしばらく購入はしないことにした。Karrimor AR10と、グレゴリーのルーファスが気に入ったが、それぞれ12000円、13000円もする。

しかも、ハイドレーションシステムは別売りで5000円位するのだ。

そこまでそろえたら、トレイルラン用のシューズも欲しくなる。一緒に行ってくれる人もいないのに、いまからそろえても仕方がない。

グレゴリーのディアブロはベルトがカラダに合わなかった。

もうひとつウィンドブレーカーの素材と同じナイロンでできたものも、ベルトが合わない。いずれも大胸筋に食い込むのである。

もし買うなら、やはり友人についていってもらって買うことにした。

noto's web presence: グレゴリー ルーファス + ハイドラパック リザーバーセット II 購入

トレイルランナーごうやす(まだまだ初心者):GREGORY ルーファス - livedoor Blog(ブログ)

信州トレマンの日々奮闘 トレイルランニング | グレゴリー ルーファス 新旧対決

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『ランニング生活』創刊号を読んで

『ランニング生活』誌創刊号を読んで、学んだことを列挙しておく。

1.運動によって、記憶・学習・ストレスの調整機能をつかさどる海馬が鍛えられる。

2疲労物質として知られている乳酸は、カラダの部位によって、エネルギーとして利用している。たとえば、遅筋、脳、心臓、神経などがそれに当たる(15)。

3.いつも同じコースを走るのは、脳によくない。脳と言うものは、いつもと違うことをすることで活性化されるからである(31)。

4.マラソンの疲労のピーク時には、網膜の血液循環量が減少し、視力が低下する。フルマラソンを乗り切るためには基礎体力に加えて、視力や判断力を維持できるだけのスタミナが必要となる。(58)。

5.マラソン後半で足が止まってきたら、後ろからライオンが追いかけてきたと思うこと。フィジカルトレーニングも大事だが、メンタルトレーニングも怠ってはならない(61)。

6.中性脂肪の値が高い人のほうがマラソンの平均スピードが高い。ファットローディングが大切(90-91)。ちなみに過酷な環境に暮らしている人は、脂肪を積極的に摂取する。やせているとそれだけ死亡リスクが高くなる。

7.フルマラソンの目標完走タイムを算出するには、10キロをイーブンペースを維持し、最後に余力がなくなるように走ってみて、それに4.6~4.8をかける。10キロのタイムが50分だったら、3時間50分から4時間が目標となる。ハーフで計算すると不正確になる可能性が高い(108-09)。

8.旅をしながら走るという競技もあるという。いわゆる「旅ラン」である。長期間にわたるレースだと、先を急いだり記録にこだわりのある者は必ず脱落するという。自分の身の程を知り、自然環境と一体化し、歩みを進めるランナーだけが完走できる世界である。(110-11)

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平山修一『美しい国ブータン』



著者はブータン王国を「何もないけれど何でもある国」と称する。

ブータン人の持ち物は少ない。男性は民族衣装のゴを着ている。これはドテラみたいなものであるが、どこかに寝るときには、ゴの帯を緩めて寝巻きにして寝てしまう。こんなふうに彼らは、なければないでなんとかしてしまう。これは彼らがものに縛られてはいない証拠である。先進国の人間から見れば、彼らは物質的に貧しいように思えるかもしれない。しかし、彼らはそれで満足している。足るを知っているのである(知足!)。

彼らはつねにポジティヴ思考であり、失敗をくよくよせず、自信を持って生きている。人間関係が膠着すれば、巧みな話術で和やかにしてみせようとする。そうしなければ狭い共同体の中では安楽に生きていけないからである。

先進国側の人間は、発展途上国の人間は経済的に貧しくて、不幸であり、ものを知らないので、彼らにものを教えてやらなければならないと思い込んでいる。(欧米人の日本人に対する姿勢にもそれが見られる!)

ところがどっこい、ものを知らないのは、先進国側の人間のほうである。彼らの考え方・生き方に触れると、彼らから教わることはあまりに多いことに気づき、衝撃を受けるのだ。

苛酷な自然環境で生きていると、お互いに助け合って生きざるをえない。けれども、何でも他人に頼るだけではだめだし、自分の失敗を他人のせいにばかりすることもできない(日本では、グチばかりこねている人が多いが、彼らは経済的に安定して裕福に暮らしているからだろう)。

途上国は、何事も自己責任の世界だ。そういう生活を送っていると、つべこべ文句を言っても何事も始まらない、やるだけやって運を天に任せようというう風に鍛えられてくる。実に、さっぱりしている。

私もそういう潔い生き方を目指したい。

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みさとハーフ

みさとシティハーフマラソンのパンフレットが届いた。

前回出場したときは強風が吹きつけ、ときどき立ち止まらなければならないほどだった。

片側車線規制の道路を走っているときに、軽トラのジジイが突っ込んできて、轢かれそうになったし、経費削減のためか、給水がスポーツドリンクではなく、単なる水道水だったもので、途中で低血糖になって半日間片目の視力が落ちてしまい焦った。フィニッシュの後、腹が減ったので、売店を覗いたら、あらかた食べつくされて、飢えたカラダも受け付けたくないようなものしか残っていなかった。

みさとハーフ。個人的には、悪い思い出しかない。こじんまりしていていいんだけれど、今回はどうしようかなあ。

Misato


ドクター江部の糖尿病徒然日記  インフルエンザワクチンの有効性は?

インフルエンザワクチンは、感染を防ぐのではなく、重症化を防ぐ効果しかないという正確な情報がようやくマスコミを通じて流されるようになったと江部医師は述べている。

でも、まだまだ誤解している人は多いと思う。


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朝ラン15K

台風一過。気温もこの時期にしては比較高く20度ほど。富士山が晴れた空に映えた。すれ違う人たちの顔が心なしか微笑んでいるようだった。

今日のトレーニングでは、できるだけゆっくり入って、その後も呼吸を一切乱さないようにペースを一定に保つことを心がけた。

6.5K 46分58秒
8.5K 52分56秒

帰宅後、シャワー、洗濯、ランチ。今日はピザをまるごとひとつ食べた。

今日は午後からの仕事。

月間走行距離は226キロ。

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自民壊滅

駅売りの夕刊紙の見出しに「自民壊滅」とあった。

たしかに自民党が政治の話題になることはめったになくなった。

いまの政治には、与党(民主党)vs. 野党(自民党&共産党)という構図は存在しない。

自民党は国民の視野にはもはや入っていない。存在していないも同然である。

国民は彼らに一切期待していないからだ。

実際のところ、今の対立の構図は民主vs. マスコミである。

国民の多くは民主を支持している。ゆえに、マスコミvs. 国民の対立が生まれてしまっている。

八ッ場ダムの中止問題に関して、NHKの『週刊子どもニュース』では、地元民の気持ちを汲まなければならないという立場に立つ報道があった。国は地元民に現金を握らせて問題を処理するのではなく、現地の生活環境をよくすることで中止に関して納得してもらうのも手であるとし、過去のダム建設中止の解決法を参照し、公民館建設や農地の整備の例を伝えていた。

どうも、この報道の姿勢に私は納得がいかない。もうすでに、彼らはだいぶお金はもらっているはずだ。これ以上彼らに何を与えなければならないのか。だいたい洪水対策にはダムしかないという発想自体があまりに時代遅れなのである。

ここにも国民(民主)対マスコミの対立が見られる。マスコミは、国民の考えとだいぶ乖離してきているのではないかと思う。

ようやく自民党的な日本の古い体質を打破するきっかけを政権交代によって国民はつかんだのだ。だから国民は民主党を政権発足からたった一ヶ月で見捨てることはありえない。

マスコミは性急に結果を求め、それがなかなか実現されないと言って、「現場に混乱が生じている」という決まり文句を用いて政権を批判しつづけている。

物事には変化があれば混乱が起きるのは当たり前のことだ。変化がなければ混乱も起きない。混乱が起きなかったのは、誰もが変化をニヒリスティックにあきらめていたからである。その意味では国民は変わったのである。

混乱にも悪いものと、良いものとがある。この混乱は、少なくとも日本が自民党政治から脱却する過程において、良いものであるはずだ。

そういう期待を一身に背負った民主党をマスコミがたたけばたたくほど、国民はマスコミから離れていく。

自民党総裁の谷垣氏が、鳩山総理の所信表明演説についての感想を記者に求められて、ヒトラーを想起したと答えたのが印象的だった。彼らはいつも自分たちとは意見が違う人間を独裁者になぞらえる。彼らの常套句の陳腐さには、なんの効果も意味も持たない。ああ、また言っているよ。「いっていることと、やっていることがいつも違うんだよなあ、自民党は」という感想をわれわれに抱かせるだけである。それだけ自民党が弱体化してしまったわけだ。

日本人がこれほどまでに、政権を温かく見守っている時代は例がない。日本をここまで悪くしてしまった元凶である自民党なんかにゾンビのように復活して欲しくはないし、もはや民主党政権以上の選択肢が国民には与えられていないのである。


話は急に変わるが、池田信夫という御仁は、怨念の塊だ。

グチや悪口雑言は脳の老化現象の証。ちょっとヤバイんじゃないの、この人。

池田信夫 blog

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ぜったいに並びません

行列というものは、人工的に作ることができます。

サクラを使って行列を作ると、次々に行列ができます。

私は昔、男3人で軽井沢の旧軽銀座を歩いていたとき、3軒のアイスクリーム屋さんを見つけました。たまたまどの店にも客が並んでいませんでした。

そのうちの1軒に私たちが並ぶと、後から来た客が、「こちらのお店のほうが有名なのかしら、おいしいのかしら」などといいながら、われわれの後ろに次々に並びだしました。

人間というのは、ことほどさように、馬鹿な生き物です。

行列をつくっているからといって、必ずしも、そのお店がおいしい料理を出すとは限りません。

実のところ、私も行列に何度も騙されています。だから、行列そのものを信用することはできないのです。

行列のできる店というのは、店員たちの手際が悪いだけかもしれません。

スーパーのレジと同じでしょう。若いアルバイトより、ベテランのレジ係のほうが処理スピードが断然速いものです。



ブログネタ: お店の行列、並ぶ派? 並ばない派?参加数

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『ランニング生活』

台風が接近しているせいで今日は朝から冷たい雨。自転車通勤もできないし、ランニングも無理。今日は運動はせずに、休足と栄養補給に徹するしかない。ランチはから揚げ定食。夕食はカレーライスだ。

電車通勤だったので、久しぶりに本屋を2軒ハシゴした。

谷川真理プロデュースの『ランニング生活』という雑誌が創刊されたというので、遅ればせながら見に行ってみた。

となりには『ランニング・クリール』という雑誌が置かれていたが、その中身のなさにがっくり。ひどい雑誌だ。

それより200円ほど高いだけで、こっちにはやる気を出させてくれるような内容がぎっしり。創刊号だし、記念に1冊買っておこう。ランニング初心者の妻も読むかもしれないし。ということで、チェックアウト(もちろんレジのこと)に直行。880円でした。


Running_life

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朝ラン22K

今日も日差しがなく、寒い。

でも、半ズボンと長袖のTシャツのみでがんばった。

持参したのはウェストポーチにハイポトニック飲料500ml&iPod&の玄関ドアのキーのみ。

前半10キロは1時間2分14秒。

後半12キロは1時間6分5秒。

METS法による消費カロリーは、1254kcal。夕食たっぷり一食分を消費した計算。近頃、とみにカラダが軽く感じる。腹の周りの贅肉も夏に比べたらだいぶすっきりしてきた。自分で腹を手でさすると惚れ惚れするほど。あとは腹直筋を鍛えればいいのだが、もう何ヶ月も面倒でやっていない。

今日は、後半になってもペースをほとんど上げずに走った。

20キロ程度なら、休憩を差し挟まずに走れるようになったようだ。

帰宅後、ランチを食べてコーヒーを飲んだら腹が圧迫されて気分が悪くなった。明らかに食いすぎだ。激しい運動の直後は強烈な空腹感を感じて大量に食べてしまうが、それが体にとっては大きな負担になる。

少し横になっていたら気分がよくなったので、子どもたちをつれて図書館に行って、予約していた本を借りてきた。

子どもたちが読みたい本を選んでいる間に、私は『ランナーズ』誌の今月号をイスに座ってじっくり読んだ。先月号にも書いてあったが、フルマラソンの前には30キロ走は必須。ハーフくらいならたいていの人は走れてしまうが、その勢いでフルも走れると勘違いすると30キロを超えたところで大幅なペースダウンが起きてしまう。

30キロまではペースを上げずに脂肪を燃焼させるモードで行き、30キロ以降はグリコーゲンを使うモードに入るトレーニングをしておけば、フルは比較的に走れるようになるのだそうだ。

今日11日ぶりにハーフ以上の距離を走ってみて比較的楽に走ることができた。この調子でハーフの距離を数回走った後、カラダを騙しながら徐々に距離を伸ばして26~30キロ走に挑戦してみる予定。

スピードトレーニングはたまに気分転換でやるくらいにして、フルに目標を定めてゆっくりでいいからより長い距離を走れるようにトレーニングを積み重ねていきたい。

今日で月間走行距離が221キロになった。200キロ超は人生初の快挙だ。先月は180キロだった。

予定では、月末までにあと4日走れる日があるから、少なくともさらに40キロは追加できるだろう。260キロかあ。すごいなあ。捕らぬ狸の皮算用だけれど。

数えてみたら年間累積走行距離はまだ1082キロにすぎない。まじめなランナーの半分か3分の1以下の距離かもしれない。

『ランナーズ』誌に掲載されていたとある記事によれば、月間走行距離が200キロを超える人は慢性的にビタミンやミネラル類が不足しているので、サプリメントで補ったほうがよいとあった。確かに、貧血気味だから、そのとおりなのだろう。

2年ほど前に、ある内科医(大きな総合病院の院長先生!)に診てもらったとき、サプリに何らかの効果があるという研究結果はいまだに出ていないし、サプリには実のところ何の効果もないという研究論文がイギリスで発表されたという話を伺った。彼はサプリをいくら摂取しても意味がない可能性が高いので、安易に頼らないようにと私に忠告した。それ以来サプリには頼らずにやってきたが、プラシーボ効果でもいいので、精神的に負けないカラダづくりをするためにも3か月分のマルチビタミンのサプリを、夕方妻と二人で夕食の買出しに行くついでにドラッグストアに立ち寄って購入した。

Vitamin

今日、借りてきた本。

Hotta

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モノの新陳代謝

このごろモノを買う機会がない。

せいぜいランチを食べるときにお金を払うくらい。

だから所有物が一向に増えていかない。

人は働いた対価としてお金を頂戴する。それを使って自分の生活に必要なものを揃える。

持っていないものだったら買い足し、すでに持っているものが壊れたら処分して新たに買い換えたり、あるいは修理のためにお金を使う。

それがモノの新陳代謝である。

血液が流れるようにモノが自分の生活の中を通り抜けていく。

ところが、私の生活ではその流れに滞りが見られる。動脈瘤だか静脈瘤だか知らないが、そんなものができてしまっているようだ。

我が家のテレビは2ヶ月以上前から壊れているのに修理も買い替えもしないままに部屋に置きっぱなしになっている。その哀れな姿を見ていると、つらくなってくる。早く成仏させてやりたい。

生活を豊かにするために欲しいものがいくつかあるのだが、それを買いにいくチャンスがつくれない。

今週末は、大学祭で約1週間の休みになるので、その間になんとか手に入れようと思う。

テレビは高価なものなのでなかなか買えそうもない。それは当分あきらめて、ランニング用のタイツ、ハイドレーションシステムを利用するためのバックパックを買いたい。

洋書も数冊ほしいのがあるけれど、3年前から買えないでいる。全部買うと10万円くらいになってしまうからだ。

そういうリストの項目がいつまでも減っていかない。増えていく一方である。どうすればいいのだろう?

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走りだしが重たい理由

走りだしが重たい理由 | 岩本能史 running life & more

走りだしが重たい理由は、筋肉が温まっていないからではなく、毛細血管に血がいきわたっていないので、無酸素運動になって乳酸がたまってしまうからだそうだ。知らなかったなあ。

ちなみに、毛細血管を開通させるためには、60分のウォームアップが必要とのこと。

10キロのマラソンなら、ウォームアップが終わる前に、ゴールしちゃうじゃない。

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聞いていません。

このごろテレビもほとんど見ませんし、ラジオも聞きません。

テレビは、せっかくのデジタル放送を生かしきれていない番組が多いのが残念です。報道番組を見ても、多くの場合、誰かの悪口やグチに終始しています。そんなものばかり聞かされると、よりいっそう気が滅入ってしまいます。視聴者が求めているのは、生活を豊かにしてくれるような新鮮さと大人の批評性であって、年寄りの繰言ではありません。

AMラジオを聞かない最大の理由は、我が家ではAM放送の電波の入り具合が悪いために音質が異常に悪くて、ほかの放送局の番組と混線することです(とくに、TBSラジオ!)。それに、AMの場合、一般に高齢者向けの番組が多く、しょっちゅう演歌がかかります。演歌を聞かされると、急に生きる気力が失せて、前向きな気持ちが萎えてしまいます。それは絶対に防がなければなりません。

FMラジオを聞かない理由は、1)最近の流行音楽が自分の趣味に合わなくなったこと(中年の私にはもはや流行についていけない!)、2)DJの英語なまりの妙な日本語が鼻につくことと(英語教師だからかな?)、3)音楽より、喋りとラジオショッピングを優先する番組作りが気に入らないこと(コマーシャリズムにはもううんざり!)です。

いずれにせよ、だらだらラジオを聞いたり、テレビを見ているのは、自分の貴重な時間を奪われてしまうので好きではありません。

でも、キラキラのポッドキャストは毎日欠かさず聞いていますよ。


ブログネタ: 秋の夜長のおともにラジオ。ラジオって聞いてますか?参加数

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夕ラン9K

仕事から戻ってから、時折小雨の降る中を走りに出かけた。

午後3時半だったので、半袖半ズボンで走るには体感温度が若干低く、今シーズ初の上下ジャージといういでたちで家を出た。

でも、1キロも走ると、すぐに暑くなって後悔。

今日は9キロコース(途中オフロード1Kもあり)で、トータル54分55秒。

前半はLSD並みのスローペース(3キロ21分)で入り、ラスト3キロはレースペース。おそらくキロ4分強(私にとってはこれでも全速力である)。

月間走行距離は189キロになった。

明日走れれば200キロは超えるだろう。




通勤電車の行き帰りに、時々飛ばしながら、この本を読んだ。正直言って読みにくい旅行記である。

もっとも印象に残ったのは、いわゆる雉撃ちの場面。著者が脱糞中に、牛が排泄物を狙ってよだれをたらしながら近寄ってくる。恐ろしくなってその場から逃げると、牛がうまそうにウンコにむしゃむしゃと食らいつく。このシーンが衝撃的だった。

この場面は、著者自身の比喩にもなっているように感じた。

私も若いころバックパックを背負って旅をした経験があるのでよくわかるが、若ければ若いほど煩悩の塊になってしまうものだ。

食欲だけではなく、性欲の処理が困るんだよね。若くて美しい女性を見るたびに、次々に恋をしてしまう。でも、自ら行動を起こさないから、よい事は何も起きないけれど。

でも、大草原の中、若い女性がひとりだけで歩いていたら、私もウンコに食らいつく牛のようになってしまうかもしれない。

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シンプル

世の中は自分自身を複雑に見せようとする。

しかし、実はシンプルな線で構成されているにすぎない。

複雑な世間を渡っていくためには、複雑に考えていては迷うことばかり。

世の中が複雑に見えるようになればなるほど、物事を単純化して考えたほうがよいのだ。

世間は人間の欲望が渦巻いているだけである。

人間はつねに欠如を埋めたいと思っているだけの単純な動物なのである。

その欠如を欠如として受け入れ、自分自身の体と頭を使い、自分がすでに持っているもので補うことができない人間たちは、物事を複雑に考えて、混乱し、自分の不出来を他人のせいにし、グチばかり言っているのである。

シンプルに考えると、楽になる。

いらないものはどんどん捨てたり、あるいは他人にくれてやろう。

捨てる!決心がつく「捨てコツ」決定版 - [収納] All About
捨てられないのはこういう人! 診断 - [収納] All About


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『やった。』


4年3ヶ月かけて自転車で世界を一周するという過酷な旅で著者が得た最大のものは、感謝の気持ちであった。

旅が終わったあとに、彼はこのように書いている。

 日本でお礼や報告活動に回る中、自分1人で何一つできないことを、あらためて実感する。人は生かされていること、感謝の気持ちが物事をポジティブに動かすこと、ごく当たり前に挨拶やお礼という行為が幸運を導くこと、いい面を信じていれば、人も物事も厚意を向けてくれること。
 旅の間と同様に、これらのことを日本の生活でも再認識している。(221-222ページ)

 生きることは、人や自然を味方につけることに思える。それには自分の役割を知り、感謝の気持ちをもって、自分の力量や個性を生かすことだと思う。そうすることによって勘が冴え、危険を予知でき、奇跡のような助けが来た。すべてを自分で解決しなくてはならなかったのは事実だが、次第に自分の力というよりは、「サムシング・グレート」(大いなる意思)のようなものに動かされている気になったものだ。1人でできるかと思った時期もあったが、とんでもない思い上がりだった。(223-224ページ)

 4年3カ月は夢のように過ぎた。つらい思い出など一つもない。地球上の人々と大自然が味方してくれた。1人なのに1人じゃない。すべてのものが愛おしくなるような感動に包まれた。そして学んだことは「感謝」である。できないことをするのではなく、できること見つけ、それを精いっぱいするというシンプルなことだった。(225ページ)

旅の中でも、彼は素敵な言葉を綴っている。こういう文句を読むと、涙が出そうになる。

 ベトナム北部の山岳地帯は、走っていればいつか着く、といった他人任せの生易しいところではなく、本当に祈ったり願ったりしないと走れない。決して自分の力だけで進むことはできない。人の助けはもちろんのこと、天候、運、タイミング、そして神の思し召しがあってはじめて進めるところだった。(131ページ)

 走っている時は1人で、誰にも迷惑をかけていないと思っていたが、実際は多くの人の心を心配させ、見守ってもらっていた。見返りを期待しない親切は、骨身にしみる。
 こういう厳しい環境では、人は助け合って生きるしかない。しかしそれは、人の厚意に甘えるということではなく、あくまで自立が前提となる。でなければ、人を助けることはおろか、自分の命さえ守ることができない。アラスカの人は本当に自立していて、実際は何でも自分でできる。(146ページ)

最後に、面白い話(117ページを参照)を紹介しておきたい。

彼が世界中を旅をしていて感じたことは、男性は女性にはかなわないということである(同感!)。

アフリカでは、人の行き来の少ない奥地に旅人が訪れると、村で一番美しく気立てのよい娘をあてがわれる。よその血を入れて、子孫の免疫を強化しようとするのだ。しかも、生まれてきた子どもは誰の子どもであるかなど関係なく大切に育てられるのだという。

別の本で読んだことだが、同じことが山岳地帯の国ブータン王国にも当てはまる。ブータンはフリーセックスの国で、離婚する人が多いらしい。これも血が濃くなることを避けるための女性の知恵なのだろう。女性というのは、本当にたくましい。


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朝ラン15K

仕事の前に朝ラン15キロ。

6.5K 43:12
8.5K 50:12

走る前に右脛の筋肉をマッサージしておいたら、比較的体が軽かった。

9月の月間走行距離が180キロになった。

あと6回は走れそうだから、少なく見積もっても、240キロか?

でも、このごろ疲労が蓄積されているのがわかるから、無理はできない。

昨日、風邪っぽい症状が出ていたが、走ったら吹き飛んだ。

「病は気から」って本当だ。

今月末から来月の頭にかけて学園祭があるので6日連休になる。

少し骨休みしたい。

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情報

そもそも「情報」(information)というのは、敵の軍隊の動向に関する状況報告のことであった。

それが転じて、世の中はいまこんな風になっていますよというお知らせが情報と呼ばれるようになった。

この情報には自分の生活に活用できたり、人生を豊かにしてくれたり、生き方を変えてくれるような効果は一切ない。

毎日、毎日、新聞やテレビやラジオやインターネットから情報を仕入れていると、心底うんざりしてくる。心が貧しくなってくる。

なぜ、こんなものを情報としてありがたく頂戴しないといけないかと思う。

冷静になって考えてみれば、そのうちの99%は知る価値がないものである。

スカートをはく男子が増えたとか、どこどこのスウィーツがうまくて安いという情報を提供されても、私には何の関係もないし、私を幸せにしてくれるものではない。ましてや生き方を変える力も持たない。ただわれわれは消費者としてしか見なされていないんだという認識が強化されるだけである。

マスコミの垂れ流す情報やニュースの99%は「便所の落書き」である。これは紛うことなき真実である。

10年以上前だったと思うが、テレビの報道番組の司会者がインターネットの情報を便所の落書きと呼んで話題になったが、テレビや新聞も「同じ穴の狢(むじな)」である。

彼らの流すものは大方年寄りの繰言のようなグチか「消費しなさい」というメッセージである。読んでいると気鬱になる。

(ホリエモンは学校ではお金をためなさいということばかり教える。でもお金は使わなければ生きていけない。なのに、なぜ学校では節約や貯蓄ばかり教えるのかと言っている。しかし、学校と言うところは世間の価値観と同じことを教えてはいけない場所なのであるという基本原則を彼は認識していないらしい。学校が社会と同じ価値観を教えてしまったら、物事の単一の視点でしか捉えることができなってしまう。)

英語では、不況も鬱もdepressionだ。世の中はこんなに悪くなっているという情報を垂れ流すから、どんどん世の中が不況になっているのではないかとすら思えてくる。

マスコミがに垂れ流す汚水は飲まないほうがいい。余計なことを考えなくてすむので日々を平穏に暮らせるし、体も健康になる。

他人がどういう暮らしぶりをしているのかということも知らないと、自分と他人を比較して、自分のほうが劣っているとか、貧乏だとか考えずに生きていられる。

一時期、私はできるかぎりメディアに触れないようにしていた。その状態が数ヶ月続いた。でも、何の問題もなかった。きわめて重要な情報は、誰かが私に教えてくれたからである。豚インフルエンザ流行の話もそうだった。

まあ、そんなものである。

自分の貴重な持ち時間は、他人の垂れ流すくだらない情報の消費に費やすべきではなく、自分の幸福度を上げるために使うべきである。

いうまでもないか。

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野生児

私は田舎で生まれ育ったので、野生児だった。

田んぼの用水路で沢蟹やどじょうを捕まえたり、藪の中で背の高い草とダンボールで秘密基地を作ったりするのはもとより、山の中に入って、スズメバチがいっぱいたかってる木の幹からカブトムシやクワガタを取ったり、木登りをして木から落ちてしたたかに腰を打ったり、冷たく流れの速い川に入って魚の手づかみに夢中になっておぼれそうになったり、友達と連れ立って自転車で隣町の漁港まで15キロくらい自転車で行って、途中でパンクして帰れなくなって、親にクルマで迎えに来てもらったり、無謀なこともたくさんしている。

都会の子どもにはできないような体験を蓄積していることだけが、私が子どもたちに威張れることかも。

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石の上にもスリーイヤーズ

マウンテンありバレーありの人生ルー大柴「不遇」の10年を語る : J-CASTニュース

30代にルー語でブレイクしたが、40代は日陰道。ふとしたきっかけで50代に再ブレイクを果たしたルー大柴さん。

彼の出ていたNHKの登山の番組のシリーズをすべて見たので、親近感を覚える。

「石の上にもスリーイヤーズ(3年)、風雪ファイブイヤーズ(5年)」か。

なんか、こういう言い方は、さっぱりしていていいね。演歌臭くなくていい。

私の30代はどん底だったから。40代は何かいいことあるかな。

果報はスリープして、ウェイトだ。

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教育と贈与

教育=贈与論 (内田樹の研究室)

学校教育の目的は、学ぶ側に「十分に努力したので、努力にふさわしいだけの報酬を得た」という合理的な達成感を得させることにあるのではない。
そうではなくて、そこで自分が「求めていた以上のもの」「求めていた以外のもの」を受け取ってしまったのだが、それが何であるかがよくわからないので、それを知るために、そのあと長い時間を生き、さまざまな経験を経巡らなければならなかった・・・という行程の全体をふくむものが教育なのである。

これ以上の教育論はない。

学校教育だけではなく、親の子に対する教育でも同じことが言える。

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夕ラン8K

今日も自転車通勤。電車代700円分の貯金ができる。

帰宅後、8キロラン。

3キロ 19分32秒
5キロ 28分14秒

前半2キロあたりまで右脚の脛にこわばりが感じられ気がかりだったが、筋肉が温まるにつれて消えてくれた。

睡眠不足のせいか、ちょっと頭痛がする。今日も早く寝ることにした。

新型インフルエンザは、過去に季節性のインフルエンザ感染&発病があった人には免疫がついていてかからない可能性が高いとのこと。いいニュースだ。

新型インフル、成人に免疫?…過去の季節性感染で : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

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幽霊は裸だ!

王様は裸だ、じゃなくて、幽霊は裸でなければならない。

お化けを怖がって一人で寝ようとしない子どもを諭すために、私はこんなことを話す。

もし幽霊がいるとしたら、幽霊は裸であるはずだ。

なぜなら、命のある人は死んでも、命のない服には死はないので、幽霊にはなりえない。

もし、幽霊が我々の前に姿を現すのなら、裸でなければならない。裸ではない幽霊は、ニセモノである。しかし、裸なら、恥ずかしくて人前には出られないだろう。

だから、たいていの幽霊は我々の前には出てこないのである。

君たち、安心したまえ。

そんなふうに話をすると、しばらくの間、子どもは安心してくれる。それでも暗闇の中に何かがいる気配を察知して、わけもわからず怖がりだす。これは論理では解決しない問題なのかもしれない。

いや、裸の幽霊が怖いのか? 男の幽霊がふりちんで出てこられたら、そっちのほうが怖いかもしれない。

私にも怖いものがある。それは日本人形。夜、人形の置いてある部屋で寝ることは私にはできない。

人形と言うのは、命が宿っているように見えて仕方がないのだ。

自分の気が立っているときは、人形も怒っているように見えるし、こちらが楽しい気分のときは、あちらさんも楽しそうに見える。そういうところが不思議でたまらない。

私は幽霊なんかより、人形のほうがはるかに恐ろしい。

唐突過ぎるけれど、もうひとつ恐ろしいのは、カーボンフットプリントかな。

The Guardian's quick carbon calculator | Environment | guardian.co.uk

これはカーボンフットプリントの計算機。通貨の単位がポンドだから、日本円の計算機があればいいのにと思う。



ブログネタ: あなたは霊を信じますか?参加数

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気重

告別式を終え、やっと帰ってきました。

個人的には、いろいろ考えることがありました。

人の生き死にはもとより、お金のこと、年老いた夫婦の関係についてなどについて、いろいろ思いをめぐらせて、気が重くなりました。

生きていると、わずらわしいことばかりですね。

明日、自転車通勤をして、ストレスをふっとばして、帰宅後、ジョギングもしようかと思います。

自分を痛めつけないと、気分が晴れそうもありません。

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『幸福王国ブータンの智恵』


国民総幸福度(GNH)を政策化している国ブータンから学ぶものは多い。

ブータンという国は、教育費、医療費が無料であるという。

国民の教育(頭脳)と医療(身体)にかかる費用を無料にするというのも、ブータンが国民を大切にしている証拠。

このいずれも国家を維持するための土台として欠かせない。

彼らは国民を大切にしない、国はいずれ滅びることをよく知っている。

日本の場合、消費主義に洗脳され、国民は国を構成するメンバーとしてではなく、消費者としてしか見られていない。新聞の紙面をにぎわしているのは、つねにお金の話ばかりであることからもわかるように、重視されるのは経済ばかり。「もっと、もっと」を常に追求している。一方で、国の根幹である医療と教育はあまりにも軽視されている。

日本人が将来の生き方を学ばなければならないのは、西洋からではなく、実はアジアの小国からかもしれない。

ブータン人は外国に行くと、日本人に間違えられるという。そういわれてみれば中国人より、われわれの顔立ちに近い。年長者に対する礼儀を重んじるところも日本人に実によく似ている。



この本もブータンを知るのに便利な本である。

著者の平山氏は、井上信一氏の本を引用し、このような公式を示している。

幸せ=財 / 欲望

一般に、分子の「財」を大きくすることによって幸せになろうとするのが欧米式であるとすれば、分母の「欲望」を小さくしようとするのが東洋式・仏教式であるという(53ページ)。

情報が多いと、それだけ消費欲が刺激されるので、不幸になるとも書いている。

足るを知る。

これこそが、人類にとっての幸せの公式なのだろう。




これは第4代国王の王妃(4人のうちの最年長)が書いた本である。ちなみに、いまの国王は第5代である。さすがに王妃。美人である。

日本の仏教大学で行った講演が最後に収められている。

 今日もっとも重要な課題は、西洋的政治・経済の理論と仏教的洞察との溝を埋めることです。仏教の活力と仏教社会の将来は、仏教の理想をどのようにして社会の進むべき方向あるいは取るべき選択に肯定的に反映することができるか否かにかかっています(245)。

こういう太い方針を国民全体で共有できる国はたしかに幸せだと思う。

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朝ラン15K

8時台は長袖でも寒いくらいだった。

9時台は日差しも出てきて快適だった。

今日は関東地方の一部では夏日になるという予報だ。本当かいな。

後半3キロはキロ5分で走った。自転車のペダルをこいでいるときに使うような筋肉の働きを意識した。ハムストリングスと大腿四頭筋の全体。本気でスピードランをするときは、シューズの靴底よりもかかと部分に意識が行く。拇指丘で地面をけるのではなく、かかとを押すような走りになる。これは理想的なフォームなのだろうか。

いつものことだが、走り始めてから5キロくらいは、まだエンジンがかかっていない感じがする。10キロを過ぎると、ようやく調子が出てくる。きっと汗をかいて体重が減ると、体が軽くなって走りやすくなるのだろう。

一部、土手を走った。足が取られてスピードが出ない。トレイルランのきつさが少しだけわかった気がする。

6.5K 42:36
8.5K 47:09

10月の月間走行距離は157キロ。

走りこみの時期だから、あせらずに距離を踏んでいこう。今月末までに走れそうなのは、7日間。一回に平均10キロ走れば、70キロ。トータルで227キロになる。

ならば、10月は230キロを目標にしよう。11月は250キロだ。

今日の前半6.5キロはiPodでポッドキャストの番組を聴いていた。政治や経済を扱った番組を聴いていると、スピードが落ちて体がだるくなる。発足から1ヶ月しかたっていない鳩山政権の悪口を言うなんて、まだ早すぎるぜ。

いつものことだが、この先日本はどうなっちゃうんだろうなんて、もう何百年心配しているんだ。もうそろそろ、そんな心配をやめたらどうだ、と畑に向かって大声で怒鳴りたくなった。

TBSの小島慶子のキラキラという番組は聴いていると気分が明るくなるし、自然に笑みがこぼれてくる。

走りながら笑っていると頭がおかしくなったと思われてしまうので、対向者に見られないように顔を背けたり笑いを押し殺したり、今日はたいへんだった。

帰路は音楽を聴きながら走った。いつものようにBon JoviとRod Stewart。私のペースにはRodのほうが合うようだ。

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とにかくやってみろ

八ヶ岳だより 柳生真吾の八ヶ岳便り:八ヶ岳倶楽部

柳生さんはランニング歴3ヶ月で、ランニングが楽しくて仕方がないという。

彼は近い将来「がんばらないランニング」という本を出版するかもしれない。

商魂たくましい方だ。

私もランニングを始めたころは、ランニングで本が書けるかもなんて思っていた。

でも、ランニングのよさは文字になんてできない、と走っているうちに気がついた。

自分が感じている喜びや楽しさや心地よさは、走っている瞬間にしか理解できていないし、それを後から回想するなんてことをすると、ただのナルシシズムに陥ってしまう。

要するに、やらないひとにはわからないのだ。

何事もやってみないとわからない。体験至上主義。

素人が、プロのランナーやランニングのコーチや研究者のように本を書こうとしても、縁台将棋を楽しむオヤジのたわごとを書き連ねるようなものになってしまう。

だから、「あなたもやってみればわかるよ」というスタンスでしかランニングの魅力を伝えることはできない。

そんなものを読んでも楽しくないし、ちっとも参考にならないだろう。

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今年の漢字:削

午前4時半に目が覚めてしまい、それからずっと起きている。

睡眠時間は6時間を確保したから、まあ今日一日心配はないと思うけれど。

それにしても、なぜこのごろ睡眠時間が減っているのだろうか。心配事が多いせい? 

今朝見た夢ははっきりとは覚えていないけれど、その中で私はいろんなことを心配していた。

ご苦労様である。

今年の漢字は、「金」、「欲」が最有力だそうだ。なんか、ピンとこない。

私がすぐさま思いつくのは、「亡」、「忙」、「失」、「死」、「飽」、「飢」、「無」、「去」あたり。

今年は政権交代があったから、「代」もいいかも。

この政権は利益分配の最適化と無駄の徹底削減を目的とするから、「配」、「分」、「減」、「省」もありかな。

でもやはり、私の最有力候補は、「削」かな。

「削」は必ずしもネガティヴとはいえない。

ダイヤモンドだって、削って、磨いて、美しい部分のみを残すのだ。

私も命と睡眠時間を削って時間を都合している。

支出も削り、将来に備えている。

削るということは、持てるリソースを分散させずに一点に集中するということだ。

なんでも手広くやればいいというわけではない。

冒険の世界でも、いろんなことがシンプル化しているという。高山に登るときも、すべて独力で行う。しかも、酸素ボンベを用いない。道具も減らす。そうすることで、人間の限界に挑戦するという。

あらゆる業界で、このシンプル化が起きているように感じる。

もはや、モノやお金があればそれでいいという時代でも、便利でありさえすればいいという時代でもない。

左翼系のウェブ新聞を見ると、貧困撲滅という声が喧しい。近頃では「貧困ビジネス」と揶揄されるくらいである。

自分たちは貧しいと威張っている人たちの中には、金がないくせにタバコを吸ったり、酒を飲んだり、パチンコなどのギャンブルをやっている人もいる。なんか変だぞ、お前ら。

派遣を切られたとか言っているけれど、探せばいくらでも仕事はある。当座生きていけるだけの収入は稼げる。なのに、その努力もせずに、貧困撲滅と騒ぐのは明らかにおかしい。世界の貧困と比較したら、日本人の貧困なんて貧困のカテゴリーに入れること自体おこがましい。

一方、年収が低くても自分が貧しいとは思わない人もいる。私もそのうちの一人だ。

21世紀は、年収の高低だけで、一律に人間の幸福度を判断するような時代ではない。

いまだに、お金だけを幸福度や人間の価値の判断基準にしている社会こそ貧しいのではないか。

それにしても「貧困ビジネス」で儲けている連中は気に入らないね。彼らこそ、無駄。削減の対象にすべきだ。

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自転車通勤

今日も自転車通勤。快適の一言。

帰りは猛スピードで帰ってきた。

走行時間28分。

10キロのうち半分は坂道だし、信号だらけだから、こんなものだろう。

自転車を降りると、いつもフラフラになる。5分くらいはまっすぐ歩けない。

ジョギングのときはそういうことはないのだが、使う筋肉が違うからなのだろうか。

ジョギングではひざのすぐ上の太ももの筋肉を酷使している感じがするが、ペダルをこいでいるときは、ハムストリングスも含めて、太もも全体の筋肉を使っているようだ。

図書館で借りてきた本がたまっている。今週末には返却期限が迫っているのだけれど、丁寧に読んでいればあと2週間はかかりそうだ。ほとんど読む時間がない。

明日は仕事を休んでお通夜に行かねばならない。あさってはお葬式。ちょうど仕事が休みの日。残念ながら水曜日は走りにいけないだろう。明日、お通夜に行く前に、午前中たっぷり走ってこよう。と言っても10キロちょいでやめておかないと、お通夜の最中に眠気に襲われてしまうかもしれない。

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解決

スポーツジムの苦情に見る世の中 - 社会問題 - ツカサネット新聞

不条理な苦情を他人に対してぶつけて涼しい顔をしている無粋なヤツが世の中には一定数いる。自分が苦情を言うことが、さも当然の権利であるかのようにしているから腹が立つ。

そういう苦情を和製英語では「クレーム」という。

英語ではclaimと表記するが、この単語には日本人の多くが誤解しているような「文句を言う」という意味はなく、自分の考えは正しいし、自分にはそれを言う権利があるということを前提にして主張することを表している。

argueのように、議論を通じて問題を解決することを目的とする主張ではない。

だからこそ、claimを言うヤツはやっかいなのである。

解決、解決法というのは英語ではsolutionという。最近では、やたらにビジネスシーンでソリューションという言葉が使われるが、これは日本語の解決とはニュアンスがだいぶ違うことをみなさんはご存じないだろう。

英語のsolutionには、溶液という意味もある。つまり、何かを溶かし込んだものが解決法なのだ。

さまざまな要望や不満を溶かし込むこと。これが解決である。

一方、claimする人は解決を求めてはいない。ただ、自説を押し通すことだけしか考えておらず、中には他人を自分の臣下のように見下し、優越感を得ようする人もいる。これでは下等動物のヤクザと同じだ。

企業もそんなクレーマーを相手にしている暇もないし、自分の会社にとってなんのメリットもないので、全面的に無視するか、100%要求を受け入れる場合が多い。その中間はない。

端(はな)からバカは相手にしないというのもありだけれど、そこにお金が埋まっている可能性もある。それを見抜く能力や、議論を通じて溶液を作る=解決法を導く能力を企業側も鍛えるべきだろう。

この記事に書かれているような、スポーツジムのシャワールームの床が水でぬれているとか、女性従業員がホットパンツを履くのは刺激的だからやめろというのは、くだらないので、完全に無視してもよい。知的レベルが低すぎる。

学校では教師はジーンズは履くな、権威がなくなると言ったどこかの知事さんの意見も相手にする必要はない。これもまた知的レベルが低すぎる。

世の中には、この手のヤクザな風紀委員や、当事者意識のない評論家が数多くいる。

そういう人間にはなりたくないものだ。

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朝ラン17K

7.5K 50:49
9.5K 58:31

月間走行距離は142キロ。

残り2週間で走れそうなのは8日間。

一日10キロずつ走れば、220キロを超える。

義父が畑で収穫した落花生を1週間ほど前にもらった。

しばらくベランダに干していたのだけれど、あまり放っておくと腐ってしまいそうなので、子どもに手伝ってもらいながら皮を剥いて、フライパンで炒った。

食べてみたら甘くておいしい。でも、気を抜いた隙に少し焦がしてしまった。焦げたところは、ちょっぴり苦い。

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お通夜は火曜日、告別式は水曜日に決まった。明日は仕事に行くけれど、火曜日は仕事を休まなくてなければならない。

夕方、礼服の中に着るホワイトシャツを買いに行った。まず、普段着ることはないので、一番安いものを選んだ。880円。

次男は幼稚園の制服を着せられるけれど、小学生の長男の服がない。仕方がないので、黒いズボンは妻のものを借りて、ホワイトシャツと黒のベストを買った。

お金がなくて困っているときというのは、かえってお金が出て行くものである。

本当に本当に我が家は火の車である。

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グリコーゲンローディング


64ページにカーボローディングならぬ、グリコーゲンローディングの方法が紹介されている。

これで実力の10~15%は運動能力が向上すると言われている。

まず目的となる運動を行う5日前からこれをスタートさせる。トレーニングによって、いったん体内のグリコーゲンを使い果たす。

5日から3日前は、炭水化物や糖分は控え、脂質・たんぱく質中心の食事をする。あわせて、疲労物質である乳酸の分解を促進するビタミンB2(海草・レバー・ほうれん草・チーズ等)、B6(麦、とうもろこし、大豆等)を摂取する。

2日前と前日はグリコーゲンを作ろうという体の働きが最大限に高まっているので、今度は逆に炭水化物中心の食事に切り替える。

一流のアスリートはこれで通常の3倍以上ものグリコーゲンを蓄えることができ、一般人でも、1.5倍は蓄えられるという。

当日は、グリコーゲンがエネルギーとして活用される3時間前までに食事を終わらせることもお忘れなく。

身内に不幸があった。今晩はお通夜。葬式は明日の予定。もしかしたら、月曜日に仕事を休まなければならなくなるかもしれない。月曜日は他の曜日と違ってスケジュールがタイトなので本当は休みたくはないのだが。

もうひとつ困ったことが。

礼服のサイズが合わないのである。礼服を買ったときの私の体重は今よりも10キロ多かった。合うわけがない。どうしようかなあ。おまけに、白いワイシャツも持っていない。そんな無地のシャツを普段仕事に着て行くようなこともないので、放っておいたら黄ばみが目立つようになってしまい、汚いのでだいぶ前に捨ててしまったのだ。それも買わなければならない。


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『九里徳泰の冒険人類学』


冒険の進化を、九里さんは6段階に整理している。

1.進化に貢献した時代。二足歩行とか、火を使うといった源初的なもの。
2.歩いて獲物を求めて人類が拡散した時代
3.地理的探検の時代。地図のなかったこと。
4.植民地主義的侵略の時代
5.(侵略ではない)組織での冒険の時代。国威発揚の意図のもと、組織をバックアップした物量作戦が主流。
6.個人の冒険の時代。個人の能力の限界を極める行為が主要視されはじめた。

マスコミを通じて表にも出ず、記録としても認められないようなスタイルの冒険も数多くある。そういう冒険は個人の存在意義の追求にかかわっている。いままさにそのようなスタイルの冒険が重要なのである。

カヤッカーのエド・ジレットは、「美しい冒険」と「醜い冒険」の二種類があるという。美しい冒険とは、できるだけシンプルで自由なスタイルで、お金をかけずに、自分の力だけで行うチャレンジである。冒険で大儲けするなんてことは無粋の極みなのだ。

冒険をめぐる対談の終わり近くで、中沢新一氏がこう述べている。「『本当の冒険』とは、自分を消費していく、捨てていく、そういう消費ですね。母親から離れて、自分という個をつくることでしょう」(220頁)。

彼はこれが冒険の真の意味であるという。同感。

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夕ラン10K

昼飯はいつものように立ち食いそば。わかめとネギしかのっていないさびしいヤツ。毎度ながら、俺って貧乏だなあと思う。

帰宅後、すぐに走りに出かけようとしたが、テーブルの上に3本で100円のみたらし団子のパックが置かれていたので、1本をご相伴に預かり、コーヒーで流し込んだ。そのせいで、走り出してからしばらく体が重かった。ゲップも何度も出て大変だった。

しかも、連日のトレーニングによる疲労が蓄積されてきたようで、左の大腿四頭筋に若干のこわばりがある。気を使いながら走った。ここで怪我したら終わりだからね。

前半33分22秒。
後半29分26秒。

あまり調子がよいとはいえない。

出発したのは午後3時過ぎ。近頃は4時を回ると、半袖では少々寒いくらいである。

月間走行距離は125キロ。

この調子で残り14日を毎日10キロ以上走っていれば、月間走行距離が300キロを超える。

それは、ありえないか。

仕事帰りに小さなスポーツ用品店に立ち寄り、ランニング用のザックがあるかどうか確認した。かわいらしい女性の店員さんがいたので話しかけてみたら、置いてないという。取り寄せも可能だといわれたが、ザックは自分で背負ってみて確認してから購入を決めるものだから、取り寄せなんてことはありえない。

そこはテニス関連用品が充実しているお店で、ランニング関連はせいぜいタイツとシューズとウェアくらい。越谷レイクタウンにでも行くしかないかな。

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ほめ芸

私はこれから「ほめ芸」を目指すことにした。

自分をほめ、他人をほめる。

相手がほめるほどの人物ではなくても、懸命にほめる。

そうすると、相手はその賞賛に答えようとして実力以上にがんばる(はず?)。

それによって、お互いが高まるシナジー効果が期待できる。

いま日本国内では似たような現象が起きているけれども、それはお互いの不出来具合をなだめあうようなことでしかない。

私が目指すのはそっちではないのであしからず。

今日も仕事だ。仕事があるだけましだと思う。

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Windows7

Windows7というOSがもうすぐ発売される。

でも、私にはOSを単体で買う予定も、Windows7パソコンを買う予定もない。

パソコンが壊れているわけでもないし、いまのXPに不満があるわけでもないからだ。

最大の原因は、予算がないからである。国の財政とまったく同じである。

昨日、子どもの宿題を見てやったのだが、わたしのほうが勉強になった。

100万円の束の厚さは1センチになるという。100万円なんてもう何年も見たことがないからそんな厚みになるんだと知って初めて知ったかのように驚いてしまった。

1億円なら1メートル。1兆円ならその10000倍だから、1万メートル、つまり10kmだ。

富士山より高い。

今回の概算要求は95兆円。

積み上げると950kmの高さになる。

国に入ってくるお金(歳入)はその半分以下の40兆円程度なのに、どうしてそんなに使わなければならないのか。

民主党は特別予算を含めて考えているらしいので、一概に批判派できないけれど、こういう借金の増やし方、お金の使い方は貧乏人の私は理解に苦しむ。

収入がないのに、浪費ばかりしていると、家計は必ず破綻する。

ガソリン税の暫定税率の撤廃や、高速道路の無料化も、高校の無償化もしばらくは先送りしたほうがいいのではないかと思う。

とりあえず、今年度は無駄の廃止と「子ども手当て」創設のみに絞ったほうがいいだろう。

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朝ラン13K

前半6.5Kは41分51秒。
後半6.5Kは39分14秒。

昨日は自転車通勤のみで、ジョギングはせず、休息日を入れたので体は軽かった。

仕事に支障をきたしてもよいから、あと2キロくらい余計に走ればよかったかな。

月間走行距離は115キロ。

今日はウェストポーチにゼリー飲料を一本入れて行ったのだが、散歩中のおばさんの目の前で、水溜りに落としてしまい、おばさんに「あっ」と言われてしまった。泥だらけになったパッケージを片手にぶら下げて途中の公園の水道まで走り、そこで泥を水で洗い流してウェストポーチにしまった。

やはりトレイルランニング用のザックを早めに買ったほうがいいな。

ランニングの先輩である友人が買い物に付き合ってくれると言っていたけれど、日曜日も仕事で忙しいらしいから、自分で探しに行かないとならない。「ザック選びは深いぞ。1度は失敗を覚悟したほうがいい」などと忠告された。

ほかにも書き残したいことはあるけれど、書くと暗い気分になってしまうことがわかっているので、今日はこの辺で。

いま読んでいる本は気分が明るくなって、体の底から闘争心が燃え上がってくる。

職を失っても、日本が滅んでも、たとえどんな環境に置かれてもサバイバルできるという自信を持った人間に私はあこがれる。

詳細は省くが、登山家の野口健氏のエピソードにも励まされた。自分をアピールする能力をもっと鍛えようと思った。

電車の中で読むと涙が出て恥ずかしくなるかもしれない。




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反対する理由が見つからない

私は元来リベラルな人間であるから、夫婦別姓に反対する理由を見つけようと思っても、何も見つからないので、賛成するという選択肢しか持たない。

結婚後、妻の姓が変わらなくても、何の問題も生じないはずだ。

逆に、なぜ変えねばならないのか、その理由が聞きたいくらいである。

夫婦別姓の夫婦間に生まれた子どもは、成人するまでは父の姓を名乗り、母の姓はミドルネームとして記載し、成人してからそのどちらを正式な姓にするかを決めればいいだろう。

私の父方の姓はよくある名前で、三文判の印鑑を探す際に、一度も困ったことはない。しかし、母方の姓のほうはきわめて珍しく、街の印鑑屋さんではまず見つからない。そういう珍しい名前を名乗りたかったと思う。

パブロ・ピカソは、成人してからピカソという母方の姓を選んだ。彼がピカソを選ばなかったら、彼は文字通りピカソにはならなかっただろう。


ブログネタ: あなたは“夫婦別姓”に賛成? 反対?参加数

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ゆとり?

格差社会をもたらした「ゆとり教育」 ~いまだに続ける学校は旧政権の遺物か - 社会問題 - ツカサネット新聞

この書き手の子息の通う学校は「子どもに勉強させることに熱心ではない」らしい。

書き手は、学校が子どもたちに勉強させなくなったのは、アメリカに強烈に支持された小泉政権によって推進された「ゆとり教育」のせいであって、これが「格差社会」を生み出しているのだと性急に結論づけている。

私に言わせれば、噴飯ものの議論である。「ゆとり教育が格差社会を生んだ」というテーゼはわかりやすいので、低脳なモンスターペアレントには支持されるかもしれないが、まともな教育者にはまったく指示されない意見である。いうまでもなく、現代の格差社会の根本的な原因を教育者のせいにするような雑駁な議論は、若者が親を殺すようになったのは大企業がいけないのだといった亀井さんと同じような、酔っ払いのたわごとである。

ちなみに、私の長男(小学4年)の通うのは公立小学校であるが、毎日算数と国語の宿題が大量に出されている。おそらく私立なみに勉強をさせられている。

毎日漢字の小テストがあるので、漢字のプリントも片付けないといけないし、休みになれば、休みの間に何をしていたかを日記に書かされたり、本を読んだら読書日記や抜書きをさせられたり、さらにはときどきインターネットを使った調べ物の宿題があり、あとでみんなの前でプレゼンテーションもする。

4年生ともなると、帰宅するのは4時である。それらをまともにこなしていたら、テレビを見る時間も持てないくらいである。夜に習い事などできない(だから少林寺拳法の稽古にも行けないのである)。

私の目には、いまの子どもに「ゆとり」なんかまったくないし、あまりに忙しすぎるように見える。

むしろ「ゆとり教育」を復活させて欲しいくらいである。

日本人は、意味もなく、せかせかしすぎているのではないか。

もっと悠然と構えるべきじゃないかと思う。

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『チベット高原自転車ひとり旅』


この本を読むと中国、チベット、ネパールの擬似冒険ができる。第2章では、冬のチベットを「片付ける」ために中央大学サイクリング部のメンバー5人とチームを作って中国から自転車を持ち込もうとするが、中国では制度が変わって旅行者に対する規制が厳しくなっていることを知る。

逮捕されて日本に強制退去を命じられたら一巻の終わりなので、目立たないように隊を小規模にして、それぞれがいろんな方向から自転車旅行をするという計画に変更せざるをえなくなる。そのときでも、九里さんは、チベットひとり旅の経験者の貫禄を見せ付ける。

垢と埃で真っ黒になりながら、旅で覚えた中国語を駆使し、その都度、チベット人の不利をしたり、漢人のふりをしたりして、彼は関門をすり抜けていく。

日本人が忘れていたたくましさを思い出させてくれる本である。

20年前の中国の実態、つまり共産主義というのは、当時から中国には存在していなかったということもよくわかる。

九里さんは、チェックポイントを抜けていくときに、たびたび軍用トラックを利用している。そのときに、トラックのドライバーは九里さんに車代を要求する。民泊するときも、宿泊代を取られることも多い。

ものを買ったり、食堂で食事を取ろうとすれば、必ず連中はふっかけてくる。そうやって儲けたお金はみな彼らの懐に入る。これは紛うことなき資本主義である。

つまり、中華人民共和国の実態は、共産党の一党独裁&軍事政権なのであり、共産主義とはいっさい関係がない。それは20年後の今も変わっていない。


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ストレス解消法

ストレスは生きている限り、必ず受けるし、たまっていくものである。

ストレスを感じるのは、何も現代人だけに限らないだろう。

大昔の人だって、彼らなりにストレスはあったはず。

よく現代社会のほうがストレスが強いという人がいる。

昔の人を利用した対照実験が不可能なので、そんなことはわからないだろう。

だからどんな時代に生きていようと、どんな環境に暮らしていようと、やはり何らかのストレスを受けるものだと考えたほうがいい。

ただ、ストレスに対する耐性が人によって違うだけである。

そう考えると、ストレスを解消する方法の研究に余念のない現代人のほうが、ストレスに対する耐性が低くなって、人間として退化しているのかもしれない。

それはともあれ、ストレスの解消法としては、私の場合、夫婦で仲良くすることである。

お互いがお互いのことを必要としており、お互いを承認し合っていることを確認できると、日ごろのストレスも解消できる。

自分の目標とすることを実現できると、達成感とともにストレスが吹き飛ぶこともあるけれど、それよりも、誰かに承認され、信頼され、必要とされていると思えることのほうがはるかにストレスの解消になる。

たとえば、大昔だったら、お父さんは、家族のためにどこかで食料を手に入れてくる。家族はその行為に感謝する。父親は自分の努力と引き換えに、感謝の念という家族からの承認を受け取る。当時も、ストレスはあっただろうが、食料が口に入れば解消できるストレスであったはずだ。

現代社会ではそうは行かない。なぜなら、社会を成り立たせているシステムが複雑になりすぎて、承認されることがむずかしくなってしまったからである。

現代人の抱えているストレスは温泉に入ったり、スポーツをしたりする程度では根本的な解決にはならない。

「情けは人のためならず」という格言に従うならば、自分のストレスを解消するためには、周りの人間を無根拠に承認し、彼らをストレスから解放してやることしかないだろう。

このごろ、妻をさりげなくほめるように心がけている。言葉で感謝の念も示す。

おそらく妻も、そういう承認を(お金ではなく)、自分の努力の報いとして求めているのだと思う。

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いったん外国語に翻訳してから

私の口癖は、「ちょっと」、「なんか」、「基本的に」、「再三申し上げておりますが」、「しつこいようですが」、「もうすでにお話したことがあると思いますが」です。

できるだけ、これらの表現を言いたくないのですが、口癖なので思わず知らず口から飛び出してしまいます。

英語では "you know"とか"well"とか"I mean"とか言わないのに、日本語だとそういう無駄な言葉が次々と飛び出してしまう。

ベケットのように、いったん外国語(彼の場合はフランス語)で考えて、それから母語(彼の場合は英語)に翻訳するような技を身につけたほうがいいのかもしれない。

ブログネタ: あなたの“口癖”って何ですか?参加数

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24キロラン

ハーフマラソン以上の距離を走ってみようと思った。私の人生ではいまだかつて走ったことのない長い距離である。

1年前の夏に、自転車で1時間半かけて走っていたのと同じコースを自分の足で走ってみた。

飲み物を1本腰にかかえ走り出した。10キロ地点で、休憩。ここまでは、楽ちん。アイスクリームをひとつ食べ、新たに飲み物を一本調達。中間地点までの2キロを走り、折り返した。

その後の14キロ地点から17キロ地点あたりが一番つらかった。ガス欠状態なのだ。高カロリーのアイスクリームを食べたのに、エネルギーにすぐには変換されないらしい。

ときどき立ち止まって、屈伸をしたり、水分を補給したりしながら、ゆっくり走った。去年までのように、普段走っている距離以上の距離を走ると、足やふくらはぎやひざが痛くて走れないということはない。

往路ではiPodでポッドキャストの番組を聴きながら走ったのだが、全部聴いてしまったので、途中から音楽に替えていた。しかし、いまひとつ調子が出ない。集中力がプツリと切れてしまった。

往路で聞いていた番組をもう一度あきもせず聴きなおすことにした。無性にだれかと会話をしたくなった。番組を聴いても、一方通行なので、まるで会話にはならないけれど、おかげで気分が少しはまぎれた。

18キロ地点からは、どういうわけか自然に笑えてきた。ひさしぶりにランナーズハイを味わった。それからは調子を取り戻した。恐ろしいことに、どこまでも行けそうな気分になってしまった。

残り3キロのところで、また自販機でジュースを調達。今日は500ミリリットルのスポーツドリンクを3本も飲んでしまった。

往路12K:1時間22分51秒
復路12K:1時間20分46秒

朝9時10分ごろ出発し、帰宅したのは12時36分。

休憩時間を入れたら、実際は3時間半くらいかかっている。

メッツ法によると、今日の消費カロリーは2200kcal以上。大人の男の一日分のカロリーである。今日の夕食は2回食べてもいいくらいだ。

月間走行距離は102kmになった。

帰宅後、シャワーを浴び、脚をアイシングし、ウェアを洗濯。テレビを見ながら、ランチ。

NHKの総合テレビで、芥川賞作家の川上未映子さんのインタビューを放送していた。生放送らしい。彼女は、美人小説家で、元歌手。33歳とは思えないほど若々しい。

彼女は小さいころから、なんにでも違和感を感じてしまう、面倒くさい子どもだったそうだ。

彼女の言っていることにいちいち女性アナウンサーは奇妙で理解しがたいといって引っかかっていたが、私にはきわめてよくわかる話だった。哲学と宗教と文学を勉強した人には、彼女の話はちっとも奇妙ではなく、きわめて明快である。

もし私の周りに彼女のような人がいたら、私はもう身も心も奪われて、メロメロになってしまっていただろうなと思わせる女性だった。残念ながら、亭主もお子さんもいらっしゃるらしい。

リボンが好きだという話も興味深かった。完全なリボンというのは、上が無限大∞をあらわし、下がハの字になっている。ハの字のところは、終わりがあることを示している。リボンの中には永遠と終わりが共存しているのだそうだ。何事も永遠に続くというのはつらいものである。終わりがあるから救いがある。

最後まで彼女の美しい姿を見届けてから、歩いて1キロ以上ある理容店に散髪に出かけた。理容師さんは若い女性ばかりなのだが、今日はインフルエンザの影響で、みな白いマスクをかけていて、美しいお顔が拝見できない上に、なんだかSF的な恐ろしい雰囲気だった。

24キロも走ったのに、今日も筋肉痛にはなっていないし、低血糖にもなっていない。体力がついてきたのだろう。でも、まだフルマラソンを走れる体力がないこともわかった。もし今の段階で、死ぬ気で走っても、行けるのは30キロまでだろう。荒川でフルマラソンに挑戦する前に、30キロ、35キロを数回走ってみよう。

ランニング中の水分補給の問題を解決するために、近いうちに、ハイドレーションシステム(1.5Lくらいでいいのかな?)を利用できるグレゴリーあたりのバックパック(トレイルランにも使える!)を買おうと思う。CW-Xのようなタイツを買うより優先したほうがよさそうだ。

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東京マラソンについて

昨日は東京マラソン(2月28日開催)の抽選結果が届く日だったらしい。当たった人はおめでとう。外れた人はまた来年。

私はといえば、石原都知事のもとでは東京マラソンなんて走りたくないので応募しなかった。都知事が東京オリンピックの招致活動の一環で、東京マラソンを開いていたことはご案内のとおり。彼にとっては、所詮、東京マラソンなんて客寄せパンダにすぎなかったわけだ。

そんな東京マラソンを走るということは、石原都知事に利用されるということでしかない。それはぜひとも避けたい。

市民参加型のスポーツの祭典と、一部のエリートだけが競い合う見世物的なオリンピックを天秤にかけたら、我々の時代は前者を優先するべきである。

オリンピックというものが、単にIOCを儲けさせるだけのものに成り下がってしまった今となっては、都知事の夢はあまりに時代遅れだ。

私が東京マラソンに応募するのは、自分の夢を実現するために都民の税金を湯水のように使い込んだ石原都知事が引退し、市民参加型のスポーツの祭典の価値を認める新たな人物が都知事になったときである。

大会要綱を見たら、今年からフルマラソンの制限時間が6時間40分になっていた。前回までは7時間じゃなかったっけ? 

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無駄なもの

asahi.com(朝日新聞社):教員免許の更新制、10年度限り 文科省方針 - 政治

 教員を続けるために10年に1度大学などで講習を受け修了することを義務づけている教員免許更新制をめぐり、文部科学省の政務三役は13日、10年度限 りで廃止する方針を固めた。制度は今春始まったばかりだが、現場にはかねて「教員としての技量向上に効果があるかどうかは不透明」「ただでさえ忙しい教員 がさらに疲弊する」という批判がある。文科省が同日開いた有識者との会合でも批判的な意見が強く、制度を続ける必要性がないという判断を固めた。

 文科省は、現在の制度下で講習を受講しなくても免許が失効することがないよう、11年1月の通常国会で関係法令を調整する考えだ。

 教員免許更新制は、安倍晋三政権の目玉として設けられた教育再生会議などが提案。幼稚園から高校までの教員が対象で、制度化に当たって文科省は「最新の知識技能を身につけてもらうことが目的」と説明してきた。

 ただし、現場には不満も多く、民主党は今年7月、無駄な事業を洗い出す「事業仕分け」の中で、廃止すべきだとの結論に至った。

教職についていない人の多くは、免許制度が教員の質を高めると根拠もないのに信じている。たいへん浅はかな考えである。

彼らは教員の劣化が既成事実ではないことも知らないらしい。教員はすべて官僚と同じように腐っていると信じている者もいる。教員はみなロリコンで、セクハラと痴漢と盗撮と援助交際ばかりしているという妄想に耽っている狂人もいる。スポーツ新聞の読みすぎである。教育の劣化は日教組のせいだとか、経団連のせいだとか、親のせいだとか、マスコミのせいだとか、根拠もないのに決め付ける愚人が世の中には多い。残念ながら、国民の代表者である政治家の中にも、そんな人がいる。そんな連中と比べたら、教員たちのほうがはるかに優秀である。まるで「月とすっぽん」だ。もちろん、教員は「すっぽん」ではない。たまに酔っ払って「すっぽんぽん」になる教師もいるけれど。

運転免許の更新制度にも当てはまるが、更新をすれば、ドライバーが交通ルールを遵守するようになるというデータはどこにあるのだろうか。あんな講習で最新の知識や技能が身につく人がどこにいるのか。たいてい、官僚の天下り団体の出版社が発行する、一度もページを開かずに捨ててしまう「交通教則本」を買わされて、講習を聞くために仕事を休み、数時間拘束され、教官からお小言を頂戴し、いやな気分になって帰ってくるだけだ。ストレスがたまって、制限速度を超えてスピードも出したくなる。

要するに、免許の更新に行くことは、我々はお上に信用されておらず、見下されているんだなということを確認しにいくようなものである。

教員免許の更新制度の場合も同じで、これはそれぞれの教員が自分たちなりの創意工夫を促進するような制度にはなっておらず、マニュアル化されたような教え方を伝授されるだけである。そこで教えられた最新の知識や技能が本当に優れたものであるという保証はどこにあるのだろうか。

現場の教員が、自分の頭をつかって、個々の子どもたちの特徴を踏まえて、その都度、臨機応変に教えていける環境を整えるほうがよっぽど効果的である。

諸悪の根源は、お上や世間が教員を信用していないことにある。

「信用されていない」と思っている人は、信用されることは永遠にないのであるから、信用される努力をする気を失う。一方、信用されている人は、その信用に答えようとがんばるものである。その点は、子育てと同じだ。

だから、教育を今よりもよくするためには、教員をもっと(根拠もなく)信用してやることである。

そして、教員として採用するときに、信用できる人をしっかり選べる制度を作ることである。それで十分である。

免許更新制度のようなものは、役人が天下り団体をつくって国民の税金を自分の懐に流し込むためにあることは、運転免許の更新制度でも明らかである。

無駄な制度や規制は、どんどん廃止したほうがいい。

asahi.com(朝日新聞社):「テレビがないと困る」半数 16~24歳調査 - テレビ・ラジオ - 映画・音楽・芸能

NHKと民放でつくる放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会は、16~24歳の若者とテレビに関する調査の結果を9日に発表した。アンケートに「テレビがないと困る」と答えた人は49.5%にとどまった。「大切だと思うメディア」では、テレビは携帯電話、パソコンに次いで3位だった。

テレビがないと困らない若者が半数以上いるという調査結果は私の実感と合っている。テレビがぜったいに必要だと言うのは、おそらく60歳以上の高齢者に多いのだろう。いまの30~40代もテレビの視聴時間はだいぶ減っていると思う。なにせ、見る価値のある番組がいくら探しても見つからないからである。私の場合、ニュースと天気予報を数分見て、あとは、「NHK趣味悠々」でよいシリーズがあれば、録画しておいて後で見る程度。一日のテレビの視聴時間は1時間にも満たない。

いまの私には、本とインターネットさえあれば、それで十分。ラジオもポッドキャストで間に合っている。

エコポイントもエコカー減税も来年度から廃止される可能性が高まった。あれはエコとは一切関係がない、ただの景気対策だったのだから、廃止されて当然である。

仕方がないので、11月以降、エコポイントがもらえなくなる前に、液晶テレビを買おうかな。

民主党の目玉政策の「子育て支援金」というのは、エコポイントに代わる景気対策である。少子化対策にはならないと思うけれど景気対策にはなる。子育て中の家庭の実情を知っている人ならわかるけれど、一番お金が使えなくて困っているのは、その層(私も含まれる)であるからである。子どもを私立幼稚園に通わせていれば一月3万円もかかるし、そのほかにも写真代だのエアコン代だの牛乳代だのなんだのって請求される。小学生を進学塾に通わせれば2教科で一月1万円。習い事でも、5000円から1万円。親がいくら働いても、親自身が使えるお金がないのである。

子ども二人で一月、52000円もいただければ、そのうちの半分は子どもの教育費に使える。残りは、大学に進学させるために貯金ができる。

その分、親は自分が稼いだお金を消費に回せるのだ。景気対策としてもきわめて有効である。

麻生政権のときにバラまいた定額給付金は、一律ですべての層にバラまいてしまったから、景気対策の効果が出なかったのである。ちなみに私のところは、国民年金を支払うために使ったので、消費には回せなかった。あのときにも言われていたことだが、一番お金がかかって、しかもお金がなくて困っている30代40代の子育て中の家庭にまとめて10万円くらいポンと渡せば、景気をよくするための効果がかなり期待できたはずである。

残念ながら、無能な麻生さんには、そういうことが思いつかなかった。日本の政治史上、もっともおバカな首相の一人と言ってよい麻生さん。今頃、何をしているのだろうか。彼も首相まで経験したのだから、政治から引退したほうがいい。

そうそう、私は昨晩、道でお金を拾った。穴の開いた硬貨がきらりと光ったので、50円玉だと思い、立ち止まって、後ろに振り返り、腰を曲げて、拾い上げた。5円玉だった。

なんだか恥ずかしくなってしまった。しかし、5円玉といっても、お金はお金である。

交番に届けるほどの金額ではないので、懐に入れたけれど、落とした5円玉を拾わなくなるほど、世の中の景気は回復してきているのかもしれない。というより、拾わざるをえないほど、私の家計が苦しいという意味か。

asahi.com(朝日新聞社):教育実習1年・大学院2年必修を検討 教員養成で文科省 - 社会

 教員養成をめぐり、文部科学省の政務三役は、大学の学部4年間だけでなく大学院の2年間も必修とし、修士号を免許取得の条件とする「教員養成課程6年 制」を導入する方向で検討を始めた。現在は2~4週間の教育実習についても1年間に延ばす考えで、子どもと向き合う経験を増やし、よりていねいに教員を養 成する方針だ。

 文科省の政務三役は、10年に1度、現役教員に大学などで講習を受けることを義務づける教員免許更新制を10年度限りで廃止する方針を固めており、教員養成の6年制化はそれに代わる教員の質向上の手だてと位置づけている。

 民主党の総選挙のマニフェストにも盛り込まれており、大学院修了後、最初に取得する一般免許状のほか、8年以上の実務経験を積んでから取得できる 専門免許状を設けることも想定している。文科省は、現在の教員免許更新制で講習を受けた教員の受講分について、将来専門免許状を取る際の単位に振り替えら れるようにすることも検討する。

 ただ、6年制の実現に向けては、大学院側の受け入れ態勢が整うか、1年間にわたる教育実習の受け入れ先が確保できるかという問題があり、相当の準備期間が必要になるとみられる。(青池学)

すばらしい。この記者は、「大学院側の受け入れ態勢が整うか、1年間にわたる教育実習の受け入れ先が確保できるかという問題があり」などと書いているが、そんな問題はない。

大学院は大喜びだ。教育実習の受け入れ先がないなんてことはまったく考えられない。それでなくとも、現役教師たちは忙しいのだ。彼らの助手として喜んで採用されるだろうし、現役教師のそばで仕事ぶりを眺めながら、現場に慣れていけるのだから、願ったりかなったりだ。両方にメリットがある。

朝日新聞の記者は、私はクリティカルなジャーナリストだよというところを見せるために、民主党の考え方に反発してみたかっただけだろう。

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サンスポ千葉マリンマラソンにエントリー

第34回サンスポ千葉マリンマラソン(1月24日)にエントリーした。景色がよさそうだし、一般ハーフの参加定員も7200人。海浜幕張駅まで、私の家から電車で1時間で行けるのも魅力。

翌日は試験監督があるけれど、なんとかなるだろう。

申し込むのがだいぶ遅れたので参加できない可能性もあるけれど、その場合は返金されるそうなので安心だ。

第19回東京ベイ浦安シティマラソン(2月7日)もディズニーランドの周りを回るので、面白そうなんだけれど、日程が近いのでやめておいた。

午前中、仕事に行く前に13キロ走った。

前半6.5Kは40分42秒。

後半6.5Kは36分55秒。

月間走行距離は88キロになった。

あと5キロくらいは走れそうだったけれど、時間がなかったので、急いで帰ってきた。私がシャワーを浴びている間に、妻にパン屋にパンを買いに行ってもらって、私が食べている間に洗濯機を回して、食べ終わったら、洗濯物を干し、すぐに着替えて家を飛び出した。

平日はまったくアイドル並みの分刻みのスケジュールだ。

この前、学生に話したんだけれど、何かをしたいという気持ちがあるときは、先に予定として入れてしまうのがよい。マラソンなら、大会にエントリーしてしまう。できるかどうか、走れるかどうかは、はじめから考えない。やることにしてから、後で対策を考えるようにする。入念な計画を立ててからやる癖がついてしまうと、なかなか行動できなくなるものだ。無謀なことはすべきではないが、無謀とも思えるといえるようなことなら、たいていの場合、やってみればできてしまうものだ。人間はそんな感じで数々のブレイクスルーをしてきたのである。

 

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挑戦

うっかりしていると、すべてを他人のせいにして不平不満ばかり言って、誰かに八つ当たりしてみたり、当事者意識を失って何事も他人事に思えてきたりする。そういう人間が日本人には多い気がするが(評論家やプレス関係者や官僚には極端に多い!)、そんなヤツは最低のランクに所属する人間である。

では、最高ランクに所属する人間は?

それは他人のせいにはできない環境に自ら身をおいて、自分の身体と頭脳を駆使して勇猛果敢に、かつ健気に生きていく人のことである。

このごろ私は冒険の本ばかり読んでいる。これはおそらく逃避願望ではなく、無意識に充実感や達成感を求めているのかもしれない。

来年の3月に私は荒川でフルマラソンに初めて挑戦する。

子どものころから球技が苦手で(でも、短距離走は平均以上だった!)、体育の成績が2であった私にとっては、無謀とも思える挑戦である。

でも、いまではまったく無謀とは思ってはいない。十分挑戦できる距離であると思っている。

不思議なことに、走りきったときの達成感をいまから先取りしてなんだかうれしい気持ちになっている。

間寛平さんは、一日50キロも走っているらしい。彼と比べたら、自分が小さく見えてしまう。でも、ぜったいにそんなことはない。

公式BLOG > 間寛平 アースマラソン - KANPEI EARTH Marathon -


いま予習している箇所にこんな文章があった。

When your turn comes to jump into the Nothing, you too will be a nameless servant of power, with no will of your own. Who knows what use they will make of you? Maybe you'll help them persuade people to buy things they don't need, or hate things they know nothing about, or hold beliefs that makes them easy to handle, or doubt the truths that might save them.

ガキくさいけれど、これが世界の真実だ。私はこうならないように用心深く生きて生きたい。

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もう寝よう

寝る間を惜しまず、寝ています。


ブログネタ: 最近寝る間も惜しんでやったことは?参加数

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夕ラン2K

今日も仕事だった。世間では3連休の最終日だが私の休みは昨日だけだった。

10日ぶりの自転車通勤。帰宅後、700円の交通費貯金ができた。

仕事から帰ってからすぐに、憂さ晴らし(ストレス発散)に長男といっしょに走りに行った。

風邪が治ったばかりなので、彼が走るのは1週間ぶり。たった2キロでもつらそうだった。たっぷり19分もかかってしまった。

物足りなかったので、私は最後の300メートルをダッシュした。

昨日まで、筋肉痛で体が重くて仕方がなかったが、今日は体が異常なほど軽い。自転車通勤の好影響か? 今日が休日だったら、20キロは走れたかもしれない。

月間走行距離は75キロになった。

子どもたちの風邪が治ったと思ったら、"She has a runny nose and a sore throat"だ。

今年一度も風邪を引いていないのは私だけとなった。バカは風邪引かないというのはまんざらウソじゃなさそうだ(笑)。

いま、ジョギングシミュレーターで調べてみたら、私が10キロだと思っていた新しいコースは9キロしかなかったことがわかった。今月そのコースを3回走ったので、月間走行距離は3キロ足りないみたい。48分の新記録も、あと5分ほど足さないといけない。10キロ50分切りなんてありえないな。

神戸新聞|社会|“地球3周超”自転車の旅に幕 川西の中西さん

中西大輔さんは私と同い年。11年かけて130カ国を回ったという。彼は旅の終わりをどんなふうに決めたのだろうか。いずれこの旅の記録は本になるそうだ。今から楽しみ。

4歳の次男は、ふと温泉に行きたい。うさぎのいる温泉に行きたいなどと言い出した。秩父の「星音の湯」を思い出したのだ。私も行きたいけれど、お父さんは休みがないんだよね。

長男とジョギングしているとき、以前折りたたみ自転車をもう一台買ってふたりで葛西臨海公園まで行って、帰りは折りたたんで電車に積んで帰ってこようと私が言ったことを思い出したらしく、いつ行けるのかと再確認された。いまは新たに自転車を買うような余裕はない。その前に、テレビも買わなくちゃならない。本当にお金がないのである。行けるとしたら、いま折り畳みじゃない自転車で行って、そのまま戻ってくるしかない。我が家から葛西臨海公園まで35キロはある。往復70キロ。子どもにそんな距離を自転車で走れるのだろうか?

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夕ラン10K

本日の記録は51分35秒。

体も重いしだるいのにこの記録が出るのだから、距離が10キロに若干足りないのかもしれない。

いつも8キロコースにしているところは実際は7.8キロ。そのコースを走るときは、自宅から200メートルほど手前の信号でストップウォッチを止めずに、自宅まで走ることにしている。

その8キロコースに2.2キロのコースを足しているので、だいたい10キロだと思うんだけれど、どうも記録がよすぎる。

もちろん、走った後に肺が苦しい状態が半日続くほどだし、腸脛靱帯と内転筋がガチガチにこわばるくらいだから、いつものスロージョグのペースではないことは確か。

しかし、この記録は怪しい。やはり200~300メートルくらいは短いのだろう。

帰宅後シャワー。孫の運動会を見に来ていた妻の両親も帰路に着いた。妻も運動会のランチの準備などでぐったりしてしまい、外食をご所望なので、みんなでマクドナルドへ行くことにした。夕食がマックとは、貧乏家族らしい。

というより、私はランニングで軽い低血糖状態のため、口に入れば何でもよかったのである。それに、世間の人たちとは違って、私は明日も仕事なので、だらだら夜の貴重な時間を奪われたくなかったのである。

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早起き

年をとったなと感じたのは、早起きが苦ではないことに気づいたとき。その代わり、深夜まで起きているのは苦手になった。集中力もなくなってきた。何事もすぐに飽きてしまう。堪え性がなくなってきている。

そんなふうにもう年だなあと感じるようになってから、私は自転車やジョギングを通して体を鍛えはじめた。すると、下半身が充実し、姿勢が安定して疲れにくい体を手に入れることができた。

しかも、食欲が増して、運動した後は特に食べ物がうまい。どんな食べ物でもうまいと感じられるようになると、その分だけ幸福を感じる度合いが高まる。

年をとるにつれて、私の肉体は衰えるどころか、かえって元気になってきたように思える(確実に顔は老けてきているけれど)。

しかし、体は元気だけれど、心は元気を失いつつある。

その証拠に、若いころのように異性にときめくようなことが一切なくなってしまった。

独身時代は、一目惚れなんて、毎日のようにしていた気がする。ところが今ではまったくない。どんなに美しい女性を見てもキンモクセイの香りがどこからともなく漂ってきたとき以上のときめきを感じることができない。興奮状態に入れないのである。私も酒井法子のようなことをしなければならないのだろうか。でも、あれを手に入れるにしても、貧乏なので先立つものがない。

冗談はさておき、やはりどんな人間もモノも経年変化は避けられない。

ただ、年をとると、それだけ威張れるようになる。お前らにはまだわからないと思うけれど、年をとればわかるんだよなんてことが言えるようになる。でも一方で、そうやって威張るのは、人間としてみっともないとも思う。

話は変わるけれど、いま咲いているキンモクセイは二度咲きだそうだ。異常な現象みたい。私の家のキンモクセイはいたって正常。花はつけていない。ただ日当たりが悪いだけ?

ブログネタ: 年を取ったなと感じるのはどんなとき?参加数

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運動会

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幼稚園の運動会を見に行ってきた。風が強くて、グラウンドの土ぼこりが目や鼻に入ってどうしようもなかった。

私は写真&ビデオ撮影係。

カメラはCX-1なので、ろくな写真が撮れなかった。このコンパクトカメラは晴天時の屋外撮影、望遠撮影、動きの激しいものの撮影が苦手だから、運動会に持参するのは愚行である(マクロは得意なんだけれどなあ)。デジタル一眼レフが欲しい欲しい病が再発しそうだ。

本当はその前にテレビも買わなくちゃいけない。

でもテレビなんてガキの見るような番組しか放送されていないから私はほとんど見ない。

個人的には、テレビなんかより一眼レフカメラのほうが欲しいんだけれどなあ。

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若いお母さんたちが大きなおっぱいをゆらして走っている姿は目の保養になるけれど、自分の子ども以外の園児たちを見ても面白くないので、お昼ごはんをみんなで食べてからひとりでさっさと歩いて帰ってきてしまった。

家族が戻ってきたらすぐに見られるように、子どもの写真をプリンタで印刷しておいた。300枚くらい撮影したけれど、印刷したいと思えるものは10枚以下。それではひどいので、20枚ほど無理やり印刷した。

このごろ歩数計の感度が悪くなったみたい。5000歩以上は歩いたはずなのに、1000歩しか計測されていない。がっかりだ。

電池は取り替えたばかりだから、電池の寿命ではないだろう。歩数計を携行するようになって2年以上がたった。機械自体の寿命かもしれない。ランニング時にも持っていくので汗でベタベタになるのがいけないのかも。

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つぶやき

近頃、ウェブでニュースや最新の流行をチェックしていると、知らない新語に出くわすことが多くなった。いかに自分が今についていっていないかがよくわかる。

SNSとかMixiとかニコニコ動画とかセカンドライフ(もう終わった?)とか、いまだに何のことかさっぱりわからないのに、今度はTwitterなるものが流行しているという。140語で世界が変わるなどと大騒ぎしている。ほお、そんなもので世界が変わるって、どの世界が? 

twitterとは英語で、鳥がさえずることをあらわしている。転じて、「(つまらないことを)ぺちゃくちゃしゃべる」という意味になった。つまらないことをつぶやいているうちに世界が変わるのかはなはだ疑問である。

そんなことを言い出したら、つぶやきシローさんも世界を変えたということを証明しなければならなくなるだろう。

最近、とある老人のブログを読んでいて、むかついて仕方なくなった。彼の言葉には自分さえよければそれでよいというエゴイズムがあまりに露骨に出ているからである。

世間の老人たちは、エコにも地球温暖化対策にも興味はない。彼らに残された寿命は長くても20年ほど。彼らには未来がない。だから、自分たちの子孫や、外国の人たちの生活に対する想像力もまったく働かないのだろう。

何がエコだ、そんなもの日本だけでしか騒いでいないぞ。金のかかる日本の農業なんかつぶしてしまえ。外国から安い食材を輸入すればそれでいいんだから。介護の問題を解決するために、フィリピンやインドネシアから安い労働力を輸入せよ、と彼は暴論を吐き続ける。

数年単位のタイムスパンで見れば、それである程度日本人の生活はよくなるかもしれない。しかし、数百年単位で見たときに、それでは先がない。日本は、外国への依存体質がひどくなり、自立できない介護の必要な老人になってしまう。そんな耄碌した国に、世界は救いの手を差し伸べてくれるわけがない。資源のない国である日本に住む人間は自分たちの力でなんとかしなければならない。

ダム建設中止の問題で社会が揺らいでいる。ダムの建設に関して、あれこれ言う前に、ダムの寿命は100年であることを知っているのだろうか。たった100年しか持たないものを何兆円もかけて作る時代ではないだろう。コンクリートでガチガチに固めただけのダムを、また100年もたたないうちにぶち壊して作り直すような余力は将来の日本に残っているとは思えない。スクラップ・アンド・ビルドでお金を回す時代は完全に終わったのである。数百年単位でものが見られる人間であれば、そんなことは至極当たり前のことである。

どうして日本人はこれほどまでに近視眼的になってしまったのだろうか。

つぶやきなんかに現を抜かしていてはいけないと思う。バカになる。

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夕ラン10K新記録

仕事から帰ると、クルマがない。

iPodのインナーフォンを外し、ウォーキングシューズを脱いで家にそろりと上がり、2階のリヴィング・ルームに直行。子どもたちが画面に張りつくように至近距離からテレビで『ドラえもん』を無言のまま見ている。なんだか最近の子供は気持ちが悪い。家の主(あるじ)が帰宅したことは気がついているはずなのに、「お帰り」の一言すらないのだから。可愛げのない奴等だ。畜生め。

長男は4年生だから留守番もできる。妻は安心して子どもたちを置きざりにしてパートに出かけたようだ。今日も仕事だという話は聞いていなかった。

私も子どもたちを放置して勝手にランニングに出かけた。

休む暇もない日常生活の中で溜め込んだストレスを思いっきり発散するために本気で走ってみた。いわゆるレースペースだ。給水も休憩も一切取らず、ストイックに走りきった。

残り3.5キロくらいのところで、CW-Xを履いた足の細いランナーに追い抜かれたのをきっかけにカーっとなって、さらにペースを上げて息を切らしながら走った。

ふだんゆっくり走っているけれど、足の筋肉だけではなく、心肺能力も高まっているようで、ペースを上げても脚はついてくる。お尻の筋肉がプルプルするのを感じる。てめー、このやろう!と必死にヤツについていく。でも、そいつはコースを変えてしまったので、ついていくのをやめた。

本気で走ったので、なんだか大腿四頭筋がイってしまった感じ。明日、走れるかどうかわからないくらいだ。

トータルで48分28秒

新記録だ。私にとっては驚くべきタイム。

この調子だと、来月15日の10Kレースでは、ぶっ倒れてもいいと思って死ぬ気で走れば、50分を切れるかもしれない。

明日は、次男の幼稚園の運動会。午前中、長男を連れて見に行ってこようと思っている。走るなら、午後だな。

月曜日は仕事なので、調子がよければ、夕方走れると思う。

10月の月間走行距離はようやく63キロ。

台風による雨で3日走れなかったのが響いている。でも、今日でようやく一日平均6キロを超えることができた。この調子で、残りもがんばるぞ。

次男の風邪が治ったと思ったら、長男の風邪がひどい。

インフルエンザではないからまだいいのだけれど、家の中で風邪の細菌をこれほど撒き散らされているとだんだんイライラしてくる。私もいつ風邪をうつされてもおかしくないくらいだけれど、ここで風邪を引いてしまうと走れなくなる。なんとしてでも、かからないようにしないといけない。

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『ブータン自転車旅行』

Butan

冒険家の九里徳泰さんが奥様の林美砂さんとともに秘境ブータン王国をトレッキング&MTB旅行を敢行した記録。

この本もまた九里さんの他の多くの本と同様に絶版になっている。出版が14年前だから仕方がないのだろうか。

旅行会社勤務の奥様の綴る文章もまた素人とは思えないほどよく書けている。冒険は人を芸術家にするのかもしれない。

GNPならぬ、GNH(Gross National Happiness 国民総幸福度)で有名なブータン王国をシャングリラ(理想郷)のように捉える人に対して、お二人は釘を刺している。そこがこの本の肝だ。

彼らはブータンで出会う外国人がよそよそしく、よその国を旅したときとは違って、自分たちを視野に入れないようにしているのに気づく。その傾向は特に白人に顕著だという。これは、彼らが自分たちの勝手な理想をブータンに押し付けているせいであり、だからこそ西洋文明の下に暮らしている日本人がそこにいることを認めたがらないのだろうと推測している。

また、ブータンを旅した人たちは口々に人々が親切で自然豊かですばらしいところだったと言うけれど、彼らはそんな国で、宿代や食事代、荷馬代などを何度もぼられている。

そういう経験を正直に記すことで、我々の浅はかな幻想を打ち砕いてくれる。

それにしても、旅の終盤に喧嘩をしながらも、ご主人に健気についていく奥様が愛おしくなる。

私の妻はこんな旅についてきてくれるだろうか。かなり疑問である。

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能天気な老人たち

『希望を捨てる勇気』発売 - 池田信夫 blog についたコメントが面白い。

・若い→エネルギーがある→自分で考える力が残っている→先を考えて暗くなる

・年配→欲が少なくなってきた→将来も少なくなってきた→あまり頭を使わなくなってきた→明るい

自民党、産経新聞、読売新聞は、成長戦略、成長戦略と喧しい。彼らは耄碌しており、想像力がないから、そんな能天気なことがいえるのか。よくわかったぞ!

目が覚めた! よし、これから仕事へ行ってくる。

世間では3連休だが、私の休みは日曜日だけ。

「また恨み節が始まった」などとは言わないでくれたまえ。

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『結果を出す人」はノートに何を書いているのか』


ノートテイキングってやはり大事だと思う。

学校でやっていることは、すべて大人になって、自分でお金を稼ぐようになったときに役に立つことばかり。年を経るにつれ、それがだんだんわかってくる。人生に必要なことは砂場だけで学べるものではない。

ふだん授業を受けて、先生が黒板に書いたことばかりではなく、先生が言ったことをノートに書く。

そして、自分が学んだことを、整理して、他人に正確に伝えられるようになること。

これが勉強の極意である。

教材、題材は何であれ、まずこの処理能力を日常的に訓練し、維持していくことが大切。

独創力を磨くのはその次の段階である。


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台風被害

公共交通機関が大混乱になった以外、特に家屋の被害などはなかったようだ。

しかし、返す返すも、昨日は大学は全学休講にすべきであった。

責任者出て来い。

ブログネタ: 台風直撃!あなたの街は大丈夫?参加数

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朝ラン12K

強風(主に向かい風)の吹きつける中の朝ラン。

忌まわしき今年のみさとハーフマラソンを思い出す。

前半5キロで30分40秒。

後半7キロで38分40秒。

いつものことだが、だいたい3キロくらい走った後に調子が出てくるみたい。

私は一見暇そうに見えるかもしれないけれど、平日は分刻みのスケジュールだ。

授業の予習や家事(皿洗い、洗濯など)を含め、ロボットのようにパンクチュアルに動いている。

走っているとき以外は、いつも張り詰めている。

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しいたけ収穫&荒川フルエントリー

第13回東京・荒川市民マラソン in ITABASHI - RUNNET ランネット・大会ガイド&エントリー

意を決して、いや満を持して、フルマラソンにエントリーした。

ついでに500円の参加者への記念品の帽子も注文。


Shiitake
このところ雨が続いた影響で、しいたけを初収穫できた。

原木は、2年ほど前に義父からもらったもので、家の東側の通路に置いてあった。去年はなぜかまったく出なかった。

今回収穫できたのは3つ。明日かあさってにはもうひとつ収穫できそうだ。

自家製しいたけで鍋でもやりたい気分。

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夕ラン10K

仕事へ行こうとして、傘を差して坂道を登っていると、ズボンのお尻側はもとより頭までびしょぬれ。傘の意味がまったくない。

あきらめて引き返し、坂道を下っていると今度はズボンの前側がずぶぬれ。まるで川にでも落ちたような気分。

自然と闘うことはやめて、妻にクルマで職場まで送ってもらった。

講師室に到着すると、教員の数は普段の半分以下。事務の方のところには、次々に休講の電話連絡が入る。なんとか線が止まっているという情報もあちらこちらから聞こえてくる。

教室に行っても学生は普段の3分の1以下。

1限の授業ではトータルで7人。2限は、8人、3限は10人。

明らかに、今回の大学側は対応を完全に誤ったと思う。きわめて非現実的な対応であった。

今日のような特別な日には、鉄道会社は乗客の安全を優先し、その結果大混乱が起きるのは目に見えている。だから、大学も早々に全学休講を決断するべきだった。授業回数を確保することばかり優先し、学生や教員の安全を軽んじる姿勢には大変疑問を持った。特に、大学のようなところは、授業をしなかったといって業務上、大きな支障が起きるようなところではない。教育はビジネスではないからである。

職員や教授たちのように、学生たちはみは優雅なクルマ通勤ができない。だから、電車や駅構内に数時間閉じ込められてしまったり、線路を歩かされた学生も確実にいたはずである。彼らが密室で風邪や新型インフルエンザに感染したり、女子学生が痴漢被害に遭ったり、小競り合いで怪我をしたりしたらどうするのだ。

結局、私は受け持ちの授業をすべて普段どおりこなしてきた(嫌味な教師である!)。幸運なことに無事に大学にたどり着けた学生と、それができなかった学生に、不公平が生じてしまうが、大学の方針だから仕方があるまい。文句があるなら、責任者(学長?)に言ってほしい。

帰りの電車もどうも止まっているとか、タイムスケジュールが大幅に乱れているというので、昼ごろテレホンカードを使って公衆電話から妻のケータイに電話をし、迎えに来てもらうように手配した。公共交通機関は大混乱だったが、皮肉なことに道路はかなり空いていた。いつもは30分くらいのところ、20分くらいで到着。

帰宅後、久しぶりに10キロ走ってきた。ゆっくり走って、55分31秒。本気を出せば、50分切りも可能かもしれない。

ジョギングコースの脇には畑がたくさんある。台風の風でねぎや植木が軒並み倒されていた。

改めて言うが、自然は人間が闘う相手ではない。こういうときは人間は仕事を休むべきなのだ。

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台風

今日は残念ながら休講にはならなかった。仕方がないので、これから大学に行く。

学生だったら休んでたね。

電車の本数も50%程度になっているので、なかなか来ないかもしれない。

いつもより早めに出かけることにする。

私は3つの大学に教えに行っているのだけれど、念のため、ほかの大学のHPを見たところ、全学休講というところがひとつ、午前中の1,2限のみ休講というところとあった。

台風の直撃が一日遅れていたら、休めたのにと残念でたまらない。

我が家には被害がいまのところないので、よかったとするか。

次男の幼稚園は、早々に休園を決めている。もちろん、新型インフルエンザ拡大を防止するために、今日まで学級閉鎖なのだけれど。

長男のほうは、様子を見て遅れて小学校に行ってもいいという話。でも、いま(7時半)でかけたほうが、雨も収まっているのでよさそうだ。これから関東地方も暴風域に入って、風と雨が激しくなるらしい。11時ごろからは晴れ間が出て、暑くなるという。

不謹慎だけれど、台風の日って、なんだかワクワクする。『ちびまる子ちゃん』の話にもそんなのがあったなあ。

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こうなったら最悪

ささやかなニュース めりこみ

こうなったら最悪。

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仮想不況を乗り切るために

今は不況だと言われて久しい。この不況は、「不況、不況」と言い続ける人がいる限り続くものである。この状況はすでに常態化しているのであるから、もはや不況とは呼べず、人々はこれが本来の姿であると開き直るべきかもしれない。この不況は人々の思い込みに基づく不況なのであるとしたら、「仮想不況」とでも言うべきだろう。

ともあれ、不況という声が喧しいのは、モノが売れないからである。では、なぜ売れないのか。理由は3つある。

第一の原因は、個人が消費(浪費?)できるお金が減ってしまったことにある。これは世帯収入が減ってしまったことが最大の原因。

第二の原因は、買うべきモノが見当たらないことにある。家庭に必要なものはすべてそろっているのである。これ以上買っても、物を置くスペースが家にはないし、使う時間もない。

第三の原因は、企業の努力の方向が間違っていることにある。

戦後の歴史は、大家族が崩れ、核家族に移行していく過程だった。その中で、家庭でひとつあれば済んでいたものが、2つ必要になった。単純に、需要が2倍になったわけだ。洗濯機も、冷蔵庫も、テレビも、クルマも2台必要になった。

その後は、核家族さえも崩れ、単身世帯が増えていく。それに応じて、モノの共有が不可能になり、モノがその分売れていった。黙っていてもモノが売れていった。

ひとつの結果として、家庭には同じものが何個もあるような状況になってしまった。もはやこれ以上モノを増やすわけにもいかない。たとえば、複数のテレビを所有し、しかも誰も見ていないテレビがある家庭も多いだろう。

とにかく、日本にはモノが有り余っている。まだ寿命がきておらず、修理すればまだまだ使えるものが道端に捨てられているほど、モノが有り余っている。

この状況では、モノが売れるわけがない。人間と言うのは、足りないと感じるからその不足分を補うためにモノを買うのである。これが消費の基本原則である。

人にモノを買わせるには、「足りない」という気分にさせることが必要である。しかし、足りないと感じていない人に、足りないと感じさせるのは至難の業である。多くの人はもう十分であると思っているのであるから。

Enough is enough.

そう考えてみると、消費者にただモノを買わせて、利益を上げるという商売はもはや時代遅れのように思える。(ついでに言うとブランド物のように付加価値をつけるのも1980年代で終わっている。)

これは私の実感だが、家電やパソコンは以前より壊れやすくなった。本体価格は安くなった分、利益が上がらなくなったので、修理代金や保証代金によって、企業が利益を上げようとしているのかもしれない。ただこれは方向性が悪い。このようなやり口は企業が自分で自分の首を絞めていることになるからである。

こんなふうに、買った物がすぐ壊れたり、リコールされたりするような状況に馴れてしまうと、我々はそういう企業を信用できなくなり、その企業のものは買わなくなっていくだろう。

仮想不況を脱するためには、企業はモノを売るだけではなく、そのモノを使って、新たなサービスを展開するという方向に向かっていかざるを得ない。

たとえば、スポーツ用品なら、それを買った人たちを集めて初心者向けのスポーツ教室を開くというのも手であろう。トレイルランング用のザックを買った人を集めて、一人ではなかなか始めるのが難しいトレイルランニング教室に招待するのもいいだろう。

ランニングシューズなら、そのランニングシューズを買った人だけが参加できるマラソン大会を開くというのもいい。参加者には、おそろいのTシャツをプレゼントして、みんなで同じ格好をしてコースを走るというイベントを企画するのも面白い。ついでに、それで何かの団体に寄付するということもひとつのアイデアだ。

とにかく、モノだけ売っていればいい、モノだけが売れればいいという時代はもう終わったのである。モノは餌にすぎず、その餌を使って、別のサービスを提供するという手段を使うべきだ。そうではないと、消費者の心はもはや動かされない。

消費者が「足りない」と思う部分はどこか。それは、それを使って楽しむ技術の部分である。道具を持っていても、それをどうやって使うべきか、どう使ったらわくわくする体験ができるかということを一緒に体を使って教えてもらいたいと消費者は願っている。

これからの企業は、そういう消費者の願望をかなえる努力をするべきではないか。これから生き残っていく企業は、ただ単に優れたモノを作っている企業ではないだろう。日産が開発しようとしているクルマの自動運転を可能にするロボットなんて、ベクトルが間違っている。そんなものは、消費者はまったく求めていない。

もう製造業だけではダメ。サービス業だけでもダメ。その両方が、消費者とともにエクスペリエンスを作っていく時代に突入したのである。

この仮想不況を乗り切るには、このベクトルしかないと私は信じている。

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休日なのに

休日なのに雨降り。明日台風が関東地方に直撃する可能性がある。

この分では金曜日までランニングができない。週末にまとめてするしかないかな。

私の場合、土曜と月曜は仕事なので、休みは日曜だけでまったく連休にならない。

次男の幼稚園は明日まで新型インフルエンザの流行で学級閉鎖。次男自身も風邪が治らない。たえず咳き込んでいる状態。けっこうつらそうだ。

妻は昼間のパートで家にいないので、私が子守役。

おそらく近いうちに小学生の長男のクラスも学級閉鎖になることが予想される。

こんな状況では風邪も引けないし、インフルエンザにもなれない。

今日はおとなしく、授業の予習でもしていようか。

話は変わる。

日本人の60代以上のオヤジたちの書く文章を見ると、世の中を憂うものばかりだ。

「誰々の言っていることは筋違いだ。こんなことで日本は大丈夫か? もう世も末だね」とか、何かの犯罪が起きると、「ますます世の中は悪くなっていく。誰がこんな世の中にしたのか?」とか、本気で日本のことを心配しているとは思えないような発言ばかりだ。

だいたい誰かが亡くなると、「冥福を祈ります」とか、「おくやみ申し上げます」とか、何の躊躇もなく言ったり書いたりする人が多い。その人が死んだことなど何の関心もないくせに、空々しい。

オヤジたちの嘆きはそれに酷似している。(おばさんは現実離れしたこんな嘆き方はしない。)

上の世代より過酷な現実に直面しているはずの20代30代などの若い人たちの文章を読むと、そういうボヤキは少ない。

それはなぜだろうか。

まあ、そんな理由を問うより、くだらないボヤキを少しは控えろと世の中に訴えかけていくほうが、建設的かもしれない。

我々にできることは、できるだけ上の世代を真似したり、彼らの発言を真に受けないようにすることだ。

彼らに付き合っていると、彼らと同じようなダメ人間になってしまうから。

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割り切る

引きずらない、気にしない、割り切る方法を教えてください : 家族・友人・人間関係 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「割り切る」というのは、「一定の基準で物事の結論をきっぱりと出す。多少納得できないところはあるが、それはそれとしてよしとする」(『大辞林』)という意味である。

たいていのものは端数が出るが、それをないものとみなすということだ。

商売にたとえて言うならば、半端なものをおまけとしてお客さんにあげてしまうというようなものだろう。

そうやって相手が喜ぶようなことをしていると、あのお店ではおまけしてくれるから楽しく買い物ができると評判になってお客の数が増えることもあるに違いない。

相手の細かい過失は水に流して、いつも相手のよいところばかり見ていると、自分も気持ちがよくなるものだ。

しかし、細かいことは気にしないようにせよと言われても、粘着質の人にはなかなか難しい。

他人にとってはどうでもいいようなことに固執してしまう原因は、大きな視野をもっていないことにあると思う。忙しすぎて、日々の暮らしだけしか視界に入っていないのかもしれない。

まさに「木を見て森を見ず」である。

森を見られるようにするには、できるだけ遠い地点に目標地点を定めることである。

目標が近すぎたり、目標がなかったりすると、どうしても、くだらないことにくよくよしてしまう。

遠くに目標地点を定められれば、割り切ることのできる人間になるのは簡単である。

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九里徳泰、『 MTB(マウンテンバイク)ツーリング全技術』

九里徳泰、『 MTB(マウンテンバイク)ツーリング全技術』(山海堂、1997/11、ISBN-13: 978-4381102492)




この本でもっとも重要な記述は「第1章 旅の計画」の冒頭にある以下の部分だと思う。まったくそのとおりだと思うので、そのまま引用させていただくことにする。

宿かテントか。

 行く場所を決めたら、次はどんな旅をするか?を考える。それも自分の勝手で良い。でもあえて言うならば、テントで寝たほうが絶対に気持ち良いし、舗装路よりも山のなかのダート道のほうがどれだけ気持ち良いか! テントのすばらしさは、大地との一体感である。旅をしたという実感が自分の背中を通してじかに体に刻み込まれるのだ。
 ほかにも旅の仕方はある。例えば、宿に泊まりながら、舗装路で長距離を走る旅。僕も南米のチリという南北に4000㎞という細長い国を旅したとき、宿に泊まりながら舗装路を毎日150㎞近く走った。しかし、走りだして2週間ほどで嫌になり、キャンプをしてしまった。宿に泊まり、シャワーを浴びて、レストランで食事。たしかに快適な旅だが、毎日同じことの繰り返し。レールに乗せられてしまったようでつまらない。南米などでは治安の理由で宿に泊まることも多いが、旅そのものがつまらなくなる。

単独かグループか。

 自信をつけるためならば、ふたりや3人で行くよりも単独行のほうが100倍良い。もちろん気心の知れた友達と一緒に出かけるのも楽しいが、お互いの「頼りの構造」が旅をだいなしにする。ひとりで不安で潰れそうな心をもって道を切り開いていく。それが旅の核心だ。ひとり旅は人生の糧となり、ターニング・ポイントにすらなる可能性があるが、グループの旅はただの思い出作り、レジャーになりかねない。
 もしそれでもふたり以上で旅をするというのなら、ひとつアドバイスをしよう。仲が良い友人である必要はまったくない。それよりもひとりひとりが独立した意見を持ち、もし仮にそのグループが分裂してもひとりで走っていける状態であることが大切だ。そうでないとグループを組んでも、デメリットのほうが多い。お互いの不出来具合を慰め合うのが関の山だ。自立したひとりのサイクリストであることが、旅の大前提なのだ(83-84)。




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冷静さ

武器ねえ。

腕っ節は強くないし、知性もそこそこ。時の運もない。根性もない。

私は武器などもたない平凡な人間にすぎない。

武器というのは、自分が戦うための道具ではなく、他人の争いを食い止めるための道具だ。

誰かや何かを自分の思い通りにするための道具ではない。

(そこんとこ、ポイントだよ。赤ペンで印をつけておいてね!)

冒険家の九里徳泰(くのり のりやす)氏は、「自然に挑む」とか「山を征服する」とかいうような戦いの用語を使って、自然を戦場にしてしまっていること時点で、もうすでに冒険は終わっていると言う。

自然を敵視したときから始まるのは恐怖や精神の不安定さだからである。

自然の中で抱かれて「自然との一体感」を味わい、謙虚に自然に教えを乞うような気持ちもつことこそが、冒険家にとって安全面でも精神面でも大切なことなのだと言う。そういう気持ちでいるときに、勘が冴えてくる。気分を落ち着けて、冷静になれと自然が教えてくれているのに、その声を無視すると命を奪われる可能性が高くなる。

征服するなどという気持ちを抱いているときには、勘は冴えてこない。

そう考えてみると、私のもっている唯一の武器は熱狂に流されない「冷静さ」かもしれない。窮地に陥ったときには、ひとまず一歩退いて、全体を見る心の余裕があることだと思う。

ブログネタ: ズバリ! あなたの“武器”は何ですか?参加数

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マスクは効果なし

うがいやマスク「効果薄い」  新型インフル専門家が指摘  : J-CASTニュース

1.ウィルスはのどの奥に入り込んでしまうもの。うがいでは流せない。

2.気道の粘膜に付くと、20分以内で細胞内に取り込まれてしまうから、その間にうがいをしなければ効果がない。

3.一般の人間は、マスクをつけてもはずさなければならない状況があるから、そのときにウィルスは侵入してしまう。

4.うがいをしたりやマスクを着用するのは欧米では一般的はなく、日本だけに特殊な現象である。

発病を食い止めるためには、発病者のそばに寄らないこと、手洗いを励行することが重要とのこと。

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インフルエンザ

次男の幼稚園のクラスが明日から3日間休園することになった。新型インフルエンザに感染し発熱した園児が3人出たからだ。次男も時折咳をして、鼻水をすすっているが、いまのところ元気そうに見える。

長男の小学校でも、すでに3クラスほど学級閉鎖になっている。

しかし、学級閉鎖があると、親が仕事を休んで子どもの面倒を見なければならなくなる。明日は妻がパートを休むことになってしまった。

子どもは元気だし、自分も元気なのに、休日のように家にいなければならないのも変なものだ。

やっぱり暇だからといって、子どもをつれてショッピングモールへ行く不埒な親もいるらしい(妻がその光景を今日目撃したとのこと)。

隣のマンションの女子中学生なんか、親や教師の監視の目がないからといって、タバコを吸って堂々と通りを歩いている。

どうしようもないバカだ。

月曜日は3クラス教えるのだが、いずれのクラスでも学生の数がいつもより少なかった。もしかしたら、その原因はインフルエンザかもしれない。授業が始まったとたん、人的交流が増え、感染者が一気に拡大したのかもしれない。

いよいよ、私も感染し、発熱ということもあるかもしれない。覚悟しておこう。

今日は自転車通勤も、ランニングも雨でお休み。台風が接近しているので、明日もあさっても雨になりそう。

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朝ラン8K

朝早く起きて仕事を片付け、パートに出かける妻を見送った後、長男に次男の面倒を頼んでおいて、おもむろに走りに出かけた。

天気は晴れ。気温がやや高く、23度前後。風はさわやかだが、日向に出ると暑い。

6~8キロ程度走るだけにしておこうと思ってゼロカロリーのゼリー飲料を持って出かけた。5キロ過ぎからガス欠気味。それとも、水分不足? いずれにせよ、昨日の疲れが残っているようだ。出かける前に体重を量ったら、2日前にくらべて1キロ減っていた。

走行時間はトータルで45分40秒。

今月の走行距離は31キロ。年間走行距離がようやく902キロになった。このペースだと、今月は目標の月間走行距離200キロを達成できるかも。

帰宅後、シャワー、洗濯、風呂掃除、ランチ、片付け、台所の掃除、ついでにおやつのスコーンを作って、やっと腰を落ちつけることができた。

また、授業の予習をしなきゃ。

ネットニュースを見ていたら、中川昭一元財務・金融担当相が4日朝、東京都世田谷区の自宅で死亡しているのが見つかったというニュースが目に飛び込んできた。

一部の新聞の報道によると、病死の可能性が大ということだが、前からどうも鬱病的な傾向が見られたので心配だった。彼の父親は自殺だった。一報を聞いたとき、「やはりな」という感じがした。おそらく直接の死因は睡眠薬のオーバードーズじゃないかと思う。

追記:夕方、家族そろって自転車でポタリング。走行時間48分くらい。途中で、どら焼きを買って食べた。このごろ我が家ではスポーツを楽しむ機会が増えた。夜は、長男と妻がまたジョギングに。30分走ったそうだ。長男はぜんぜん疲れなかっただなんて威張りながら帰ってきた。妻によると長男のスピードが上がったとのこと。たのもしいじゃないか。

それから昨日、いとこたちが遊びに来て、長男にポケモンの新しいゲームソフトを買ってきてくれた。もちろん代金は支払った。そのゲームに歩数計がついていた。長男によると、歩数を稼ぐとなにかのゲームができるらしい。朝から、バタバタ階段を上り下りしたりしているので何かと思ったら、そういうことだった。まあ、動機は何であれ、ついに彼も運動の楽しさに目覚めてくれたようだ。

これで学校のマラソン大会でビリになることはないだろう。

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オリンピック

2016年オリンピック開催地の投票で東京が落選し、リオデジャネイロが選出された。

私の予想通りだった。

だいぶ前から妻にはそう言っていたので、ウソだと思うなら妻が証人になってくれる。

というより、東京にわずかでも可能性があると誰が信じていたのだろうか。私の周りにはただの一人もいなかったし、そんなことすらまったく話題にならなかった。

まず、マドリードはありえない。スペインはバルセロナでやったばかりだ。

シカゴは、まだ私の年代にとってはロサンゼルスオリンピックが記憶に新しい。何よりも、アメリカは世界経済の危機を招いた張本人である。

残るは東京かリオとなるが、日本はアメリカ同様に経済も疲弊し、歴史サイクルから見ても国家としての衰退期に入っている。年寄りは環境に悪影響を与えないように、ひっそりと死んでもらうしかない。

ブラジルは今後の世界経済を牽引するBRICSのひとつであり、実に若々しい。

ここが裕福になれば、世界経済に明るい兆しが見えてくるかもしれない。

そういう判断で、私は第一候補をリオとしていたのである。素人にでもできる単純な予想だ。

ともあれ、オリンピックというのは、時代遅れの発想のような気がする。

アスリートたちにとっては憧れの祭典かもしれないが、私は子どものころに見たロサンゼルス・オリンピック以降、一度も真剣に見たことがないくらいだ。もうすでに飽き飽きしている。

世界のトップ選手たちの驚くべき身体能力と美しい肢体を見ることは、こんな私でも心が躍るけれども、所詮他人事である。

やはり自分が体を動かしてみることのほうがよっぽど楽しい。

いまはもう他人のプレイを見るのではなく、自分でプレイする時代に入ったのである。

他人の記録なんかどうでもいいと思う。

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荒川市民マラソン

2010 東京・荒川市民マラソン in ITABASHI

開催日は3月21日。9時スタート。

参加料5500円

受付は10月8日から。あと4日後。

どうしようか。

出ようかな。

でもフルというのはハーフを2回走るってことだぞ。

5時間以内で帰ってこられるだろうか。

うーん。よし、出るか。

フルを走ったことのないランナーはマラソンランナーと呼べないからな。

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鳥の羽はどこから?

寄付なんて、毎年やってます。

自治会の会長さん(会計係?)が集金に回ってくるので、寄付せざるをえないのです。

そのたびに赤い羽根とか緑の羽根とかもらうんですけれど、あの羽は鳥を殺してつくっているんでしょ?

いつも気になるんですけれどねえ。

なぜ鳥の羽を私たちは買わなければならないのでしょうか。



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夕ラン17K

当初6キロか10キロ程度にしようかと思っていたら、調子がよいので、一回5キロ地点でトイレ休憩を挟んで、17キロ走ってしまった。息切れしないようにスローペースで走った。脚は大丈夫だったけれど、足がきつかった。

走行時間はトータルで1時間48分ほど。

今月末までにはハーフマラソンを越える距離にも挑戦してみたいと思っている。



ひとは一人では生きていけないというのはよく言われるせりふ。ひところの自己責任ブームに逆行するかのように内田樹氏はそれでいいじゃないかと開き直ったように言う。

ところが、一方で、他人に頼らず徹底的に自分を自己完結させることを目指す人々もいる。冒険家と呼ばれる人たちである。

彼らの雑草のような生命力に私は憧憬を感じる。

今この本を通勤の電車の中で読んでいるんだけれど、「化石燃料がなくなっても人は旅を続けられる」という副題が刺激的である。これはいま復刊したら、売れるんじゃないかなあ。

走ることで、私も冒険家と同じようなことをしているような気がする。どこまで自分の力だけで走れるだろうか。

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一対一

5限の授業は私と学生一人という一対一の状況になった。5分ほど待ったが後から来るものは誰もいない。

彼に一文ずつ読んでもらい、発音を訂正した後、和訳してもらう。私はそれを訂正し、次の文へ移る。

完全に、個人指導塾である。

大人数でやるときより、効率がよく、普段以上の量を読めたので、30分早く切り上げさせてもらった。

あとから事務職員の方に聞いたらどうもインフルエンザによる欠席者が今週急に増えたらしい。

4限でもなんだか学生の数が減ったように見えたのは、そういう理由だったのかもしれない。

大学側は、もはや全学休講のような措置をとらずに、ひとりひとりに任せることにしている。新型インフルエンザはいまのところ弱毒性なので、集団感染が起きても、放置するのだそうだ。

4限の時間に、勉強ができる人は公式を覚えないという話をした。そういう人は公式を自分でつくる能力がある。公式を丸暗記し、そこに数値を入れているだけの人は、公式を忘れてしまうと、ゼロになってしまう。公式の暗記を勉強だと思ってきた人が多いと思うが、それは勉強ではない。

勉強というのは、わずかの手持ちの道具と材料を組み合わせ、自分の知能を使って、必要なものを作り出す能力、特に応用力を鍛える作業のことである。

同時に、生徒というものは教師の話のポイントを的確につかんで、ノートにメモして、その要点を正確に他人に伝える訓練もしている。そういうトレーニングを勉強というのである。

彼らが学んだ情報のほとんどは世の中では使い物にならない。役に立つのはもっぱら上記のような能力である。

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威張るな

妻が今日から新しいパート先で仕事を始めた。

店に高齢の男性客が来て、壁掛け時計の売り場はどこかと訊かれたという。初日なので、妻は近くにいたパートさんに確認し、対応を代わってもらった。時計売り場は二階にあるのだが、男性はすでに生活用品2点を手にしているので、一階で会計を済まさなければならない。その旨を告げると、急に怒り出した。広い店内で、希望の商品を見つけ出すのに苦労した挙句、さらに面倒な手続きをさせられることに我慢がならなかったらしい。そういうシステムであることを説明しても、納得が行かないらしく、「じゃあ、早くそこの売り場に案内しろよ」と妻の代理を務めたパートさんに命令した。パートさんは、自分の品出しの仕事を放り出し、男性客を売り場まで案内する羽目になった。一方、妻は男性客が買おうとしていた2点の商品を手渡されたまま、置いていかれてしまった。仕方がないので、後について2階へ行き、そこのレジで特別に会計をしてもらう手はずを整えざるを得なかったのだそうだ。

近頃ではよくある話である。

いま、年寄りが一番危険である。万引きでも高齢者が多いし、彼らの犯罪率も高くなっている。人口の4分の1が65歳以上の高齢者だから、犯罪率が高くなるのも無理はないけれど、それにしても、急に怒り出したり、威張り腐ったり、傍若無人で、わがままな態度をとる高齢者が急激に増えている。

人はもしかすると、年をとるにつれてだんだん堪え性がなくなるのかもしれない。

だからこそ、「最近の若いもんは」というのが口癖になって、周りの人間の悪口を言い出すのかもしれない。

だいたい、電車の中でもマナーの悪いのは年寄りばかり。若い者のほうがかえってしっかりしている。どうしてなんだろうなあ。

循環器疾患:生活楽しむ前向き男性、発病危険低く 厚労省 - 毎日jp(毎日新聞)

「生活を楽しんでいる意識の高い男性は、脳卒中や心筋梗塞(こうそく)などの循環器疾患を発症したり、死亡する危険性の低」く、「生活を楽しむ意識を持てる男性は、運動習慣がある傾向も目立った」という。

この場合、生活を楽しむ意識を持てるから、運動習慣があるのではなく、運動習慣があるから、生活を楽しめるのだろう。つまり、面倒ぐさがらずに体を動かすことを楽しむことができるからこそ、生活を楽しめるということだ。

女性の場合、特に目立った関連は見つからなかったというのが興味深い。さすがだねえ。やっぱり福岡伸一先生の言うように、女性が人間のデファクト・スタンダードだな。

女性に比べて劣等な遺伝子を持つ男性はぜったいに威張ってはいけない。特に女性に対してはね。

 

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嫉妬

配偶者が、仕事の打ち合わせとして、ひとりの異性と食事をしたとする。

そういう行為があった場合、私は嫉妬の念を抱き、「浮気」と見なすかもしれない。

性的な行為があってもなくても、配偶者が私以上に懇意の異性の友人を持つことを好まないからである。

そう考えてみると、私の(頭ではなく)体が嫉妬するかどうかが浮気か浮気ではないかの境界線になると思う。

ただ、嫉妬こそが、「愛」とはもっともかけ離れた感情であることもよく理解している。

この問題は、仕事に行く前に答えるのはちと難しいなあ。

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いかがなものか?

私は絶対に使わないんだけれど、テレビを見ていると、コメンテーターのオヤジどもが、「○○はいかがなものかと思いますよ」などという表現を捨て台詞のように使っている場面にときどき遭遇する。新聞や雑誌でもこの表現が頻繁に使用されるので、近頃では世間の無教養な人間たちもたびたび口にするようになってしまった。

その表現を耳にするたびに、私はあなたの「いかがなものか」という言い方は「いかがなものかと思いますよ」と心の中で反論してしまう。まだ喧嘩になったことはないが、私に向かって直接そんな言い方をしたら、90%の確率で議論になってしまうはずだ。

この「いかがなものか」とは、私にはどういう意味なのか正確にはわからないが、その表現を使っている本人が相手(あるいは不特定多数の誰か)に対して威張りたいという態度が嫌らしく透けて見える。「率直に言うと、私には情勢を正確に分析したり評価したりする能力がないのだけれど、でもなんとなくこれはよくない気がするよ」というニュアンスをかもし出しながら、婉曲的に相手の存在自体を否定しようとしているように私には感じられる。

しかし、「よくない」と思うならはっきりそう言えばいいだけだし、「視聴者や読者のみなさんはどう思うか」と意見を聞きたければ、そう言って、意見を募ればいい。

英語に翻訳する場合、この表現をどう処理すればいいのか私にはよくわからない。無理やり英語にしてみたら、たとえばこんなようになるのだろうか。

I don't understand why it happened.
I can't agree.
How do you feel about it?

こういうことを言いたいのだったら、それぞれを単独で言ってほしい。

明らかに、「いかがなものか」は外国人には通じない日本語である。

マスコミの人間がそんな内輪でしか通用しない表現を「自己満足的に」使っていることに対して、私は以前から強い不満と憤りを抱いている。

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店ごと食べたい

甘党です。お酒は飲めない体質ですから。

ふだんからだのことを気にしているので、甘いものはできるだけ食べないようにしているのですけれど、ケーキ屋さんやアイスクリーム屋さんの前に差し掛かると、死んでもいいから「店ごと」食べたくなるときがあります。


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あまり気にしませんね。

食べ物が腐っているかどうかは、自分の目と鼻と舌で確認します。

なぜなら、私にはそれがわかる能力があるからです。

世の中には、そういう能力のない人がいるらしいですが、にわかには信じられません。よく生きていられますよねえ。

数値だけを信用して、自分の五感を信じないというのは、人間として劣化した証拠です。

(ちなみに、ビジネスの世界も教育の世界も数値だけを信頼するようになってしまったがために、だめになってしまったのですよ!)

賞味期限の場合、ものにもよりますが、数ヶ月以上過ぎてもなんともないものも多いです。味が若干悪くなっているような気がしますが、食べられなくもないです。

でも消費期限は気にします。一日でも過ぎていれば、即刻ゴミ箱行きです。

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法の力は借りない。

小3暴行を動画撮影、殺人未遂容疑の15歳 携帯で : 週間ニュース : 九州発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

小3の男児に暴行を加え殺害しようとして逮捕された卑劣極まりない15歳の中学生二人は自分の携帯電話のビデオにその模様を記録していたという。げに恐ろしや。

私の長男は小4。だから、他人事ではない。

もし息子が誰かにそんなことをされたら、私は自分の手で復讐したい。法の力は借りなくても、半殺しにあわせる術を知っている。チュウボウ二人くらいなら、簡単に仕留めることができる。半殺しの目にあわせるどころか、勢いあまって、あっさり殺してしまうかもしれない。

その結果、私が懲役刑や死刑になっても、その罰を甘んじて受けよう。これは息子のためではない。自分のためである。私の遺伝子を受け継ぐ息子の命を奪おうとする行為は、私の遺伝子の系譜を途絶えさせようとする冒涜行為である。だからこそ許せない。

日本は法治国家であることはよくわかっているが、そんなやつは心情的に許せない。

もし私がこの裁判の裁判員になったら、犯人の死刑を求めるだろう。それを、「感情に流された」と見る人もいるだろうが、私の中では十分に論理性を持っている。

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夕ラン6K

昨晩はひさしぶりに少林寺の稽古に顔を出した。二段抜、押小手の復習。ごりごりやられてしまったので、左手首が傷い。シップを貼って寝たが、今日も一日中痛かった。

今朝も自転車通勤。職場の駐輪場に着くと、後から友人がバックパックと半ズボン姿で到着。朝寝坊をしてしまったので、今朝は片道10キロをランニングしてきたという。帰りも10キロだから、これで一日20キロは確保できるとはりきっている。

私にはまだそんなまねはできない。

彼は月間走行距離を何年間も300キロ保っている。フルマラソンにも何度も出ているし、最高記録が3時間20分。数ヶ月前には山を登ることがメインのウルトラマラソンの70キロコースを10時間で走ってきた。私にとっては雲の上の人。

刺激をたっぷり受け、仕事から帰った後、急いで走りに行った。8キロ走る予定が、6キロになった。なんだか力尽きた感じ。貧血気味なのかも。

前半3キロが17分48秒。

後半3キロが17分00秒。

とうとう長男が通っている学校で新型インフルエンザによる学級閉鎖が出た。当該クラスの子どもたちは4日間も学校に出られないという。その間、働いている母親は、仕事を休まなければならないのだろうか。それとも、一人で留守番か。病気になっても、ならなくても、たいへんだな。

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